第100話 混沌の幕開け⑤

 義勇兵たちとゴブリン軍は、正面から激突して大乱戦となった。


 両軍ともに前進する以外の戦法を取れず、また取るつもりもなかったからである。


 敵味方入り乱れている中で、【朱の騎士】ベルレルレンは、鉄の爪付き手甲をはめた美女へと向かった。


「お前が【悪喰】ルーシャムか?」


「いかにも。お初にお目にかかるよ。君が【朱の騎士】ベルレルレン殿かい?」


 随所に漂う丁寧な言葉に、ベルレルレンは面食らった。


「そうだ」


「なるほど。君は人間族最強と聞いたことがある。確かに……」


 ベルレルレンはその言葉の続きを勝手に「強そう」と連想していた。


 だが実際に聞こえた言葉は異なっていた。


 その聴きなれた言葉は、どの種族の国の言葉でも『強い』を意味していないはずだ。


「なんだと?」


 聞き返すベルレルレンの言葉に耳を貸さず、ルーシャムはシャリシャリと両手に装着した鉄の爪を鳴らした。


 乱戦となった戦場において、それはほんの些細な音でしかない。


 しかしその音に呼応して、同じような武器を持つ者たちがシャリシャリと音を鳴らしながら集まってきた。


 マーメイド、エルフ、人間、ゴブリンもいる。


 集合するまでも早い。


 なにか特殊な訓練をつんでいる者たちだと、ベルレルレンは推測した。


「こいつが朱の騎士ですか?」


 集まった中の一人が聞くと、ルーシャムは「そうだよ」と頷いた。


「ふむ。ではわたしは、肝臓を」


 今度ははっきりと聞こえた。


 病院でしか聞かない単語である。


 怪訝な顔をするベルレルレンをよそに、集まったものたちは次々と言葉を発した。


「私は胃を」


「最近目が悪くてな、眼球を」


「おいは女以外は食べない。けど、せっかくだから、髪を」

「肉付きがよさそうだ。足を頂こう」



「わたくしは〇〇〇を。殿方の雄々しい物に目がありませんの」


「好きだねぇ。俺は心臓」


「わたしは脳です」


 好き勝手な言葉に、堪らずベルレルレンは叫んだ。


「貴様ら!」


 それは世界最強とも言われる【火炎山の魔王】ガランザンと対峙した時ですら感じなかった感情であった。


 底知れぬ恐怖が、ベルレルレンの精神をかき乱している。


「貴様ら、何を話している!」


「気にすることないよ。ただの分配だから。騎士殿も戦利品の分配はやるだろう。僕は腸を予約するよ」


 ルーシャムがまるで肉屋に注文をするかのように言った。


「お前たちは、俺を、……」


 食うつもりなのか、とは聞くまでもなかった。


 鉄の爪を鳴らしながら、別の兵士が言った。


「早く太陽の姫君のところに行こう」


 それはレィナス姫の突撃によって、ゴブリン軍がずたずたにされることを心配しての言葉ではもちろんない。


「確かに。あっちの方が美味そうだ」


 恐ろしい言葉である。


「待ちたまえよ、諸君。メインディッシュは最期に取っておくものだよ」


 その恐ろしい言葉をルーシャムが嗜めた。


 嗜めてはいるものの、発言の趣旨に大差はない。


 ベルレルレンは身を震わした。


 彼の戦士としての力量は彼らには決して劣らない。


 むしろベルレルレンの方が強いだろう。


 しかしそういった実力とは次元が異なる、生理的な嫌悪感が溢れ出て止まらなかった。


 理解することが出来ない思考。


 受け入れることが出来ない嗜好。


 魔王軍とはなんと恐ろしいところなのかと、今更ながらに恐怖した。


(こいつらを姫君のところに行かせてはならない。ここで根絶やしにする)


 ベルレルレンはその決意を固めた。


「手の空いている者は集合せよ」


 ベルレルレンは周辺にいる義勇兵たちを呼び寄せ、人数上は互角とした。


 もちろん義勇兵たちには荷が重い相手だが、いないよりは数段にましである。


 ルーシャムが戦いの始まりを意味する言葉を発した。


 ベルレルレンはその言葉を、戦場で聞いたのは初めてであった。


 丁寧な言葉であったが、それは彼が経験した戦いの中で、最もおぞましい合図であった。


「自然よ世界よ全ての者よ。今日も美味しい獲物をどうもありがとうございます」


 ルーシャムが感謝の言葉とともに、戦いの幕開けを告げた。


「それでは、いただきます」


 舌が覗けるほどのに大きく開いた口は、喋る為であるか、食べる為であるか、戦う為であるか。




《君が立派な人間だろうが、不道徳な人間だろうが、僕には関係ない。僕は君に、美味しさ以外の何も求めない》

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