第99話 混沌の幕開け④

【太陽の姫君】レィナスは、義勇兵を従えてゴブリン軍の討伐にやってきていた。


 傍らには【朱の騎士】ベルレルレンがいる。


「姫君。義勇兵たちの士気は非常に高いです」


 ベルレルレンが言った。


 その言葉に呼応するように、義勇兵たちは大声を上げて、まるでそれは歓声のように響いた。


 ベルレルレンはレィナス姫の耳元に近づき、小声で更なる言葉を囁く。


「ですが細かな指揮は出来ません。そこまで調練できませんでした。命令は前に進むか、逃げるか二つしかないと思ってください」


 義勇兵たちは訓練も十分ではなく、憧れの太陽の姫君に指揮してもらえるとあって、熱に浮かされているようでもあった。


 しかしレィナス姫は、それをたいした問題とは思わなかった。


「元からそのつもりだから問題ない。一つでもいいくらいだ」


 前進あるのみと、レィナス姫は言った。


「……勇ましいのは良いことです」


「わたしは全軍を率いて、真っ直ぐ進む。敵を倒して、戦争は終了だ」


 ベルレルレンは予想されていた姫の言葉を、再び戦場でも聞いて、しばし思案した。


 ゴブリン相手ならばそれで問題はない。


 問題があるとすれば、種族以外はほとんど謎に包まれた、【悪喰】ルーシャムという司令官だ。


 敵の司令官がレィナス姫に一騎打ちを挑んで、姫がそれを受けたりすると、事態は厄介なことになる。


「レィナス姫様、敵軍に動きがあります!」


 義勇兵の若者が大声を上げた。


 ベルレルレンが視線で追うと、確かに敵軍に動きがあった。


 見たこともない、奇妙な行動であった。


 数十人が手甲のような妙な武器を持ち、バラバラに草原を歩いていた。


 隊列も組まず、本当に思い思いに歩いてこちらの軍に近づいている。


 その一団の中央には、人間の女性がいた。


(あれがルーシャムか?)


 義勇兵たちの視線も、ブラブラと歩いてやってくる敵軍に視線が集中していた。


 ベルレルレンもまた、敵の意図が読めずにその様子を見ていた。


 だがしばらくして、観測はある予感へと至り、騎士の背筋に悪寒が走った。


 こんな衆人環視の中で一騎打ちを申し込まれたら、絶対に断れない!


 大急ぎで、ベルレルレンはレィナス姫に開戦を急かした。


「姫君、何をしているのです!」


「んん。いや、あいつらなんのつもりかなぁ、と」


「戦いは始まっているのです。早く開戦の合図を。真っ直ぐ進んで、敵軍を踏み潰してください!」


「……」


 ベルレルレンの声に、レィナス姫君の反応は鋭敏なものではなかった。


 ベルレルレンはてっきりレィナス姫が「よしわかった。全軍突撃!」と大声を上げるかと思っていた。


 しかし姫は黙したまま、ベルレルレンの顔をずっと見ているばかりだ。

「姫君、どうしました?」


「わたしは必ず勝つ」


「は?」


「敵を打ち倒し、襲われた村を解放しよう。国を守ってみせよう。可能な限り、義勇兵も生きて国に戻れるようにしてみせる」


「素晴らしいお考えです」


「だから……」


「はい?」


「……お前はわたしを守ってくれ」


 レィナス姫はそれだけ言うと、右手を高々と上げた。


 そして「全軍突撃!」と声を張り上げ、義勇兵に一つしかない指示を出す。


 義勇兵たちは雄たけびを上げて動き出した。


 できれば後方に控えていて欲しかったレィナス姫は、動き出した義勇兵の波に乗るように走り出した。後方どころか先陣を切る勢いだ。


 ベルレルレンは頭を掻いた。


「最前線に出ておいて守ってくれとは。我がまま極まりますね」


 この王家の血筋だとベルレルレンは思いつつ、ベルレルレンは【悪喰】ルーシャムに向かって走っていった。




《わたしの背中は一つだけだ。誰か一人が守ってくれればそれで十分だ。たった一人が守ってくれれば、それでわたしは満たされる》

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