第71話 隻腕王と魔王②
【隻腕王】ジョシュアの治める国に、火炎山の魔王が率いるゴブリンの軍勢が攻め込んだ。
ジョシュア王は騎士たちを緊急召集して、軍議を開いた。
冷静さで鳴らす近衛騎士、【蒼の鉄壁】ギャラットが戦況を分析した。
「魔王の武力は、おそらく私とザバラック殿を足しても及ばぬでしょう。またゴブリンどもの兵数は、我軍の騎士団の五倍を超えると思われます」
ギャラットの正直すぎる分析に、ジョシュア王は暗澹たる気持ちになった。
「つまり、まともにぶつかれば負けるか」
軍事に疎いジョシュア王も、それだけはわかった。
「篭城しかありません」
ギャラットは城という軍事拠点の有用さを説いた。
だがジョシュア王は首を横に振る。
「ゴブリンは道の村々を略奪してこちらに進軍している。王都の門を閉じて篭城すれば、周辺の村の被害は広がろう」
それは王都に住む以外のすべての国民を犠牲にするようなものだ。
「民衆は恨むでしょう。しかしそれ以外に方法がありません」
「回りの村を略奪して、王都の周りにゴブリンが居座ったらどうする?」
「それは……」
「十分にありえることだ」
ジョシュア王の言葉に、ギャラットは黙るしかなかった。
それから更に時間を掛け、王と騎士たちの軍議が行われた。
出撃すれば負ける。
篭城すれば時間が稼げるが、被害は拡大する。しかも解決しない。
軍議は出口のない迷路に迷い込んでいた。
ジョシュア王は度胸だけならば世界一と呼ばれた程の、何者にも動じない肝を持っている。
口さがない者は彼を『獅子の魂を持った鼠』とも呼んだ。
どのような決断であっても、ジョシュア王は堂々とそれをやりきる自信があった。
だが肝心の、何して良いかがわからない。
際立った力も知恵もない、ジョシュア王の悲しさであった。
「国王陛下、提案がございます」
騎士の一人が、手を上げた。『老いて益々盛ん』という格言を具現化したような老騎士、【白槍公】ザバラックだ。
「発言は全て許す。言え」
「王にのみ、お話しとうございます」
その部屋には、数十人の騎士が居並んでいた。
その前であえてジョシュア王だけに提案をしたいという老騎士ザバラックに発言に、皆の視線が集まった。
この絶望的な状況を打破できる案なのかと、自然、ジョシュア王の期待も高まった。
「許す」
ザバラックはジョシュア王の傍に寄り、彼なりに最上と思える策を耳打ちした。
広い会議室内に、老騎士のボソボソとした声と、ジョシュア王の相槌のみが響いた。
「……なるほど」
ザバラックの提案を聞き終え、ジョシュア王は小声で呟いた。
それはかつて中興の祖として名高い【黄金王】ヴァンベールと共に戦った、有名な高い騎士【白槍公】ザバラックの口から出たとは思えない策であった。
卑劣極まる提案であった。
しかしジョシュア王は顔色一つ変えなかった。
こういった時、表情で彼の心の動きを表情から読み取ることは不可能だ。
目の前でドラゴンが吼えても、ジョシュア王は表情を変えない。
ジョシュア王はあえて耳打ちという形で、ザバラックが提案した意味を汲んだ。
「……」
老騎士ザバラックも無言で頷いて、席へと戻った。
騎士たち全員の視線がジョシュア王に集まった。
だが彼がザバラックの策を皆に公表することはなかった。
「取るに足らない提案である。小賢しい。ザバラックよ、無駄に年を取ったな」
公表しない代わりに、ジョシュア王はザバラックの提案を皆の前でこき下ろした。
「誠に申し訳ございません」
ザバラックは深く頭を下げ、その後の軍議において発言することはなかった。
※
翌日も軍議が続いた。
だが魔王軍の進軍速度は速く、これ以上会議を続ける余裕はなかった。
今日中に結論を出さねばならない。
そんな切迫した状況に陥っても尚、有効な手段は出てこなかった。
「是非もなし」
【隻腕王】ジョシュアは呟き、騎士たちに宣言した。
「これ以上の軍議は不要である。この国の王として、進むべき道を示そう」
ジョシュア王の言葉に、騎士たちは固唾を呑んで見守った。
「出兵だ。ギリギリまで魔王軍を引き寄せた後に、全軍を持って魔王軍を迎え撃つ」
「は!」
しかし、と騎士たち誰もがそう思った。
迎え撃つのはいいが、無策では玉砕するだけだ。
「同時に、【火炎山の魔王】ガランザンの息の根を止める決死隊を編成する。死を覚悟して、魔王に特攻をかける選抜部隊である」
魔王さえ殺せば、ゴブリンはやがて散り散りになるはずだ。
果たして戦争も勝利となる。
「決死隊……ですか」
騎士が呟いた。
ガランザンを殺すほど敵軍深くに切り込めば、生きて帰ってくることは不可能だ。
ましてや相手は【火炎山の魔王】ガランザンである。
国を代表する騎士の【蒼の鉄壁】ギャラットが、【白槍公】ザバラックとの二人がかりでも勝てないと太鼓判を押している。
目的の達成如何は問わず、まさしく死が決った部隊であることは間違いない。
「これには本人の不退転の決意が必要だ。強要はすまい。志願のみの部隊とする」
ジョシュア王が居並ぶ騎士たちを見た。
水を打ったような静けさが、室内を包み込んだ。
「このような老いぼれで宜しければ」
静寂を初めに破り、重厚な声とともに手を上げたのは、老騎士ザバラックであった。
国を代表する勇者の申し出に、騎士たちは一気に湧き上がった。
ザバラックの言葉に釣られるように、いや正しく釣られて、若い騎士たちも次々と手を上げる。
「このような名誉の任務を、老人に任せられるか!」
「ザバラック老、今更手柄は必要ないでしょう。俺にやらせて下さい!」
「強い者でなければ魔王は倒せまい。ならば俺の出番だ!」
騎士たちが次々と志願し、特に勇猛で忠誠の厚い者が選抜されて決死隊が組織された。
ギャラットはザバラックの顔をちらりと見て、そのまま口を塞ぎ押し黙った。
ジョシュア王は罪悪感で押しつぶされそうになりながらも、顔にはまったく出さず、高らかに言い放った。
「死をも恐れぬ我らの前に、魔王軍などどれほどのものか!」
ジョシュア王の勇壮な開戦の宣言に、騎士たちは沸きあがった。
《難しい状況だが、勝負をかけるしかないな。
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