第70話 隻腕王と魔王①

 平原にある人間の大国を、【隻腕王】ジョシュアが統治している。


 ジョシュア王には息子がいた。過去形である。つい先ほど、流行り病で死んだからだ。


 部下の騎士が、報告に訪れた。


「先ほど、お亡くなりになりました」


「死んだか」


 ジョシュア王は、深い辛い悲しみを、感情と反比例する短い言葉で表した。


 王妃は嘆き悲しみ、静養を取るために実家へと帰ってしまった。


 ジョシュア王も悲しみで打ちひしがれていた。


 誰かに頼ることが出来るのならば、彼は喜んで三日は自室に引き篭もったであろう。


 だが彼は国王であった。


 この大国の最高権力者であり、誰もジョシュア王の代わりにはなれない。


「医療の改善は、緊急の課題だな」


 ジョシュア王は強引に感情を片付けて、感想を述べると執務に戻った。


 部下の大臣が、次々と報告に訪れた。


 凶作。


 地震災害とその復興。


 農民の反乱。


 商人と貴族の汚職。


 ジョシュア王の精神的なダメージを見透かしたかのように、問題が多発した。


 さして賢明ではないジョシュア王は、そのたびに頭を抱えた。


 何か一つ解決しても、問題が多すぎて解決する前に別の問題が深刻化する。キリがなかった。


「お疲れのようですが、大丈夫ですか? もうお休みになられたほうが?」


 問題が一つとして解決しないさなか、側近の者がジョシュア王を気遣ってそう言った。


「そうだな……」


 今休めればどれほど楽か。


 しかしそれではなにも解決しない。


 それどころか残された問題が更に被害を拡大させるだろう。 


「……いや、気にするな。王に疲労という言葉はない」


「左様ですか」


 側近がそれではと、トロールの部族との交渉のもつれを報告した。


 これもまた頭を抱える問題だ。


 改善の為に努力しているはずなのに、何も前に進めていない気がする。


 飲み物で喉を潤しても、全身から湧き上がる疲労を止めることが出来ない。


「王!」


 執務室のドアが荒々しく開き、一人の騎士が駆け込んだ。


「何事だ?」


「ゴブリンが攻め込んで来ました」


「……たしかに大事だな。だがその程度ならば、いつも通りに対処せよ。まずゴブリンの襲撃がきた地域を所領とする騎士に民兵を組織させろ」


「地方騎士などでは対処できません!」


「どういうことだ?」


「数が多すぎます」


「……どのくらいだ? まさか千を越えるのか?」


「そんな数ではありません!」


 騎士の言葉に、ジョシュア王はもう飽きるほど感じている『嫌な予感』を止めることはできなかった。


「具体的に報告しろ」


「詳細な数は不明ですが、地平線を覆い隠すほどいます!」


 ジョシュア王の体がグラリと横にずれた。


「指揮する者はトロール。【火炎山の魔王】ガランザンです。道々で村を略奪しながら、王都に向かって進軍中です!」


 ジョシュア王の頭にある王冠が滑り、カランと音を立てて床に落ちた。




《我に七難八苦を与えたまえ! ……なんて願ったことは一度たりともないのに、七難八苦は情け容赦なく俺の人生に襲い掛かってくる》

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