第九章 亡国戦争
第68話 魔王の私領
【火炎山の魔王】ガランザンは、滅ぼした国の残骸、廃墟、荒野に、彼に従うゴブリンを住まわせていた。
ガランザンに従うゴブリンは多く、領土は広かった。
王をガランザン、民をゴブリンとするならば、それは国と呼称してもおかしくはなかった。
しかし誰も国とは呼ばなかった。
『魔王の私領』
それが彼らの総称であった。
ガランザンが所有する、個人的な土地。つまり魔王の私領である。
魔王の私領において、法律は一つしかない。
ガランザンが戦争を起こすとき、一切の反論をせずに従軍すること。
たったそれだけである。
これについて魔王の右腕である【林冠】パヌトゥが、ガランザンに進言をした。
「魔王様、もっと法律を増やしましょう。軍備を整えるために、税金も課しましょう。そうすると税金を徴税する者と、税金の金額を決める者と、税金の分配を決める者が必要です」
「不要だ」
ガランザンは気だるげに椅子に座りながら、パヌトゥを一瞥だけして答えた。
「しかし魔王様。この有様では、我らは国として成り立っていません。より我が軍を強力にする為には、我々は秩序を持つべきです」
「不要だ」
ガランザンは頑なであり、パヌトゥの意見を退けた。
魔王の私領は混沌としていた。
ゴブリンたちは魔王の私領以外のゴブリンとまったく変わらず、小集団ごとに王を持っていた。
ゴブリンたちは争い、妥協し、集合し、分裂し、稀に生産したものを皆で奪い合っていた。
つまり混沌だ。
魔王の私領を示す言葉は、混沌以外の何物でもなかった。
秩序を重んじるエルフたちは、魔王の私領のことを嘲笑した。
「あんな混沌とした状況が、いつまでも続くわけがない。やがて崩壊する」
だがエルフたちも、その巨大な混沌がどう崩壊するかは説明できなかった。
法律を重んじる人間は、魔王の私領の存在を鼻で笑った。
「あんなものは国ではない。【火炎山の魔王】が死ねば、それで全てが雲散霧消するではないか」
だが人間たちは、どうすれば魔王が死ぬのか、殺せるのかは説明できなかった。
神への信仰を重んじるマーメイドたちは、魔王の私領の存在が信じられなかった。
「神様も女王様もいないなんて信じられない。信じるものが何もないのなら、そんなのはすぐになくなるに違いない」
だがマーメイドたちは、いつ魔王の私領がなくなるかは説明できなかった。
魔王の私領は、あいかわらず混沌として存在し続けた。
※
ある時のこと。
【火炎山の魔王】ガランザンがいつものように唐突に、出兵を宣言した。
「敵は人間。片腕の王がいる国だ。殺し尽くし、奪い尽くし、焼き尽くせ」
ゴブリンが大急ぎでガランザンの宣言に応じた。
だが応じない者もいた。
あるゴブリンの集落が、魔王の出兵宣言を、無視してやり過ごそうとした。
「従軍はしたくない。どうせばれないだろうから、隠れてやり過ごそう」
もちろんガランザンが、そんなゴブリンを許すわけがなかった。
集合した魔王の軍が初めにやったことは、兵の集まりが悪い周辺の地域を攻撃することであった。
魔王の軍は従軍しなかったゴブリンの集落を、徹底的に壊滅させた。
軍は魔王の領土内で連戦、快勝をつづけ、従軍したゴブリンは、従軍しなかったゴブリンを略奪して回った。
「自国民を攻撃するなんて、なんて酷い王だ! ゴブリンの王でもここまでしない」
攻撃されたゴブリンたちは嘆いたが、魔王の回答は明確だった。
「お前は俺の国民ではない」
「ならば、なんなのだ!」
「家畜だ」
「……え?」
「この領土に住むものは等しく俺の家畜である。逆らう者はすべて屠殺する。ただし家畜のお前たちに俺がお前たちに望むことは、俺の戦争に参加することだけだ。これに逆らわぬ限り、好きに生きろ。俺はお前たちを放し飼いにしている」
権利を一切認めていない、それでいて自由を認めてくれているようなガランザンの言葉に、ゴブリンたちは身震いした。知的生物として扱ってもらえていない。
魔王ガランザンは、その混沌とした軍容を正そうともせず、平原に向かい行軍を開始した。
《目隠しをせよ。耳栓をせよ。鼻も塞げ。口も閉じよ。何一つ感じることなく、前に進むのだ。恐れる必要はない。安心して全てを委ねよ。豚よ。お前が何かを考える必要はないのだ》
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