第67話 姫君の成長と騎士の思惑

【放浪の姫君】レィナスは、【朱の騎士】ベルレルレンの待つ大森林の入口に戻ってきた。


「待たせた」


 待ち合わせは三ヶ月前で、本日はおよそ百日目である。季節という観点では待ち合わせ時期は合っていた。


「お疲れ様でした。首尾はどうでしたか?」


「上々だ。トロールとの交渉は楽だったな。あいつらは好きになれそうだ。トロールの族長も、わたしを気に入ったようだ」


「それは重畳。姫君の直情的な性格は、トロール族の勇猛さと同一です。彼らが気に入らないはずがありません」


「そうだろう。そうだろう」


 ベルレルレンは僅かに皮肉込めたつもりだったが、レィナス姫はそれを全て褒め言葉として受け取った。


「それで?」


「それで、とはなんだ。トロールとの仲介をエルフに頼まれて、わたしは無事にそれを務めた。話は全て終了だ」


【樹海の苗】ピクラスとの交際はどうなりそうですかと、ベルレルレンは視線で聞いた。


 その視線をレィナス姫はあえて無視して、無言のままであった。


「……振られましたか」


「違う! どちらかというと、わたしが振った」


 振った振られたという話にはなっていないともレィナス姫は考えたが、しかし森に誘われて自分から断ったのだから、大雑把な話で嘘はついていない。


「ほうほう。ではピクラス殿は好みではないと」


「そうだ。あいつは頼りない。腕力もないし、そもそも物を知らん」


「エルフの大天才を掴まえて物を知らないとは。大きく出ましたな」


「事実だ」


「そうですか。いや、わたしも樹海の苗との直接の面識はありませんので。ではかの大天才も、噂ほどの人物ではなかったと?」


 ベルレルレンはあくまで軽口のように、しかし非常に重要な情報を確認しようとした。


 エルフ族の大天才にして最年少の長老である【樹海の苗】ピクラスが、実はさほど知識がないという話は、もはや機密情報として扱っても良いレベルだ。


 だがその軽口のようなベルレルレンの口ぶりが、レィナス姫の癇に障った。


 レィナス姫はベルレルレンの懐にまで近寄り、すかさず襟元をねじり上げた。


 その動きがあまりにもスムーズだったので、ベルレルレンはあっけに取られてそのまま首元を押さえられた。


「あいつは物を知らないが、わたしの友達だ。あいつもわたしを親友と呼んだ。侮辱は許さん」


「……失礼を」


 首筋が抑えられては、ベルレルレンもそう言う他なかった。


「下らんことを言うな。旅を続けるぞ」


「は」


 ベルレルレンは素直に頭を下げた。


 思えば、実力で首筋を抑えられたのはいつぶりだろうか。


 ベルレルレンは素直に感心した。


 もはやレィナス姫に勝てる騎士など、そうはいないだろう。


 本国では自分を除けば、残るは二人しか思いつかない。


【白槍公】ザバラックと、【蒼の鉄壁】ギャラット。


 しかもザバラックは老齢だ。そうすると国内で五本の指どころか、三本の指に入る戦士になってしまう。


 それが意味するところは一つ。


(まずいな。ますます婚礼が遠くなる)


 ベルレルレンは眩暈と頭痛を覚えた。


 まるで泥酔した翌朝のような気分だ。


 これでは『姫君が幸福な人生を送れるようにする』という、先代のヴァンベール王との約束を守れない。


 ベルレルレンはレィナス姫を鍛えに鍛えてきたが、それは予想以上の成果を挙げつつあった。


 このまま順調に強くなり、自分をも負かすようになったらどうなるか。


 世界最強の騎士で、諌める臣下もいない、我儘放題の、本国と深刻な仲にある、王族の姫君。


 縁談があるとは思えない。


 勇名が高まっていて、自分の諫言に効果があり、しかも若く美しい今こそが、嫁ぐには最高の時期なのだが。


「お前はどうなんだ?」


 レィナス姫が唐突に聞いた。


 意味が分からず、ベルレルレンは呆けたように「はい?」と返事をした。


「お前は再婚を考えたりはしないのか? せっかく平民から這い上がってつくった騎士の武門が、このままだと一代で途絶えるのだろう」


「ああ、わたしですか。わたしはお構いなく。運がよければ末代まで。悪ければ初代で末代。覚悟はできております」


「ふん、そういうものか」


「再婚するにも、候補者すら見当たらないのです」


「そうか。候補もいないのか。……ところで、あくまでも好奇心で聞くが、それは容姿の問題か? それとも性格か? もしくは歳とか?」


「色恋沙汰の話題が好きなのは、姫君も街の女とかわりませんね。安心しました」


 ベルレルレンは笑い、質問には『個人的問題』で押し通していた。


 そして二人の旅は再開となった。




《三歩進んで二歩下がるとは上出来な。一歩進むこともままならない人だって、世には数多いのに》

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