第64話 姫君と樹海の苗③

【放浪の姫君】レィナスと【樹海の苗】ピクラスが、肩を組んで森から出てきた。


 親しげな人間とエルフという、世にも珍しい光景である。


 それを見た【朱の騎士】ベルレルレンは、珍しく心の底から動揺した。


「いったい何事ですか?」


 ベルレルレンが真っ先にレィナス姫に尋ねた。


「森で意気投合してな。友達になった」


 レィナス姫は笑顔で答えたが、ベルレルレンは姫からの情報だけでは信用できず、ピクラスの方も見た。


「我が友人の発した情報で、過不足なく正しい」


 ピクラスもまた否定しない。


 レィナス姫は更に親しげに、ピクラスの肩を叩いた。


「そうです、か」


 ベルレルレンはさらに困惑した。


 噂に聞くエルフ族の天才、【樹海の苗】ピクラスが、ちょっと意気投合したくらいで人間の友人を作ろうとするわけがない。


「それで友達の頼みでな。トロールが持つ赤褐色の鉱石というものを取りに行こうと思う」


「トロールの?」


 レィナス姫の言葉に、ベルレルレンが聞き返した。


 それに呼応するように、ピクラスがバツの悪い顔で下目使いに視線をそらした。


そしてベルレルレンは全ての合点がいった。


「了解しました。姫君、ちょっと二人きりでお話があります」


 ベルレルレンはレィナス姫を、ピクラスから引き離した。


 ことさら『二人きりで話がある』と言われて良い想像が出来るほど、レィナス姫は甘い教育をベルレルレンから受けて来ていない。


 すぐさまレィナス姫は、自分が独断専行で話を進め過ぎたことに気が付いた。


「ひめ……」


「勝手に決めたのは悪かったと思っている。ただ友人になろうと言われたし、困っているようでもあった。面白いものも見せてくれた。それに友人の頼みは断れないだろう?」


 レィナス姫はベルレルレンが口を開くよりも早く言い訳を始めた。


 だがベルレルレンの思惑は、姫とはまったく別にあった。


「姫君」


「いや、少しなら反省もしているんだ。確かに一言、相談はするべきだった」


「姫君!」


「はい。すいませんでした。ごめんなさい」


「姫君、素晴らしい行為です」


「……はい?」


 意味が分かっていないレィナス姫の手を、ベルレルレンは堅く握った。


「独断ですが、内容は完璧です。よくやりました」


「え、なんだ。もしかして、皮肉か?」


 レィナス姫には、褒められる意味がわからなかった。帰結した答えは、ベルレルレンの皮肉という理由だったが、それも違っていた。


 ベルレルレンは、レィナス姫を本気で褒めている。


「【樹海の苗】ピクラスとは素晴らしい。エルフ族の千年に一人といわれる大天才です」


 ピクラスはエルフが統一王朝を築くとしたら王かそれに近い地位につくであろう、最高位の長老であることを、ベルレルレンはレィナス姫に細かく説明した。


「そう、なのか」


 レィナス姫は良くわからないまま、生返事を返した。レィナス姫は相手の社会的地位を考慮したことがないのだ。


「どうも姫君は、人間よりも異種族に好かれるようですね」


「そうかな。そうかもな」


 マーメイドの頂点に君臨する【珊瑚の女王】イオナは、レィナス姫の義理の姉妹として誓いを立てたほどの仲だ。


「けっして逃がすことがないように。応援しております」


「応援って」


 なにを? と聞き返すことも出来ず、ベルレルレンは更に言葉を続けた。


「幸い人間とエルフ族との混血は可能です」


「ああ、うん。……なんだと?」


「わたしはしばらく別行動をとりますので、姫君はピクラス殿と旅をしてください。三ヶ月後に、この場所で会いましょう」


 赤い騎士は言うだけ言って、さっさと姫君から離れようとした。

「ちょちょ、ちょっと待て!」


 レィナス姫の脳には、言わなくてはならない言葉が溢れかえった。


 このエルフはただの友人だ。


 わたしにその気はない。


 前にそういうことで口出しするなと釘を刺しただろう。


 お前は何を考えているんだ。


 本当は相談されなかったことに怒っているんじゃないか。


 トロールと交渉するには、どうしたらいいんだ。


「ま、待て」


 だが言いたいことが多すぎて、どれも口から発声されることはなかった。


 しかしベルレルレンもまたレィナス姫との付き合いは長い。姫が何を言いたいかはだいたい理解していた。


 全てを理解した上で、都合の悪い疑問は全て無視して、もっとも簡単に答えられる質問のみ回答した。


「姫君とトロール族との相性は最高です。いつもの調子で頼みに行けば、彼らも嫌とは言いますまい」


 ベルレルレンはそれだけ言い残して、馬に乗って去っていった。


 後に残されたのは、呆然と立ち尽くすレィナス姫である。


 走り去る騎士の後姿を見ていることしか出来ない。


 そこへピクラスが近寄ってきた。


「彼が噂に聞く人間族の戦士、【朱の騎士】ベルレルレンか。挨拶もろくに出来なかったが、彼には急ぎの用があると推察される」


「あ、うん。そうだ。たぶん」


「友人よ。トロールの大山脈までの道のりは遠い。早めに動かないと、森の付近で一晩過ごすことになるぞ」


 ピクラスは言った。


 森の入り口には、他のエルフ達が樹海の苗の旅支度を用意している。


「いっしょに来るのか?」


「当然と答えよう。エルフは友人の好意に全面的に甘えるほど役立たずではない」


「そうか」


「それとも私が同行することに不都合でもあるのか。友人よ?」


 ピクラスの感情がめったにこもらない顔に、僅かながら不安の要素が感じ取れた。


 この顔を見て、「ある!」とは言えない。  


「……うん、問題ない。友達との旅だ。楽しく行こう」


 レィナス姫は笑った。


 愛想笑いをするつもりはなかった。


 これからの旅が心から楽しみというわけでもない。


 ただ笑う以外に、表情が出てこなかった。




《生まれてやがて死ぬ以外、私の予想はことごとく外れた。人生とは本当に予測不能だな》

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