第62話 姫君と樹海の苗①
【放浪の姫君】レィナスと【朱の騎士】ベルレルレンが、旅の途中でエルフの大森林に立ち寄った。
エルフたちは神の呪いにより、子供を産むことが出来なくなっていた。
その対策として永遠の命を得ようとした。
理論は完成したものの、必要な素材である褐色の鉱石をトロールから手に入れようとして見事に失敗し、事態は行き詰っていた。
だがそんなことは、立ち寄っただけの二人が知る由もない。
「森に来るのは久しぶりだ」
レィナス姫が言った。
エルフの住む森に踏み込んだことのある人間は少ない。
しかしレィナス姫は以前、エルフとゴブリンの争いを仲裁したことがある。
「相変わらず、余所者を歓迎する風習はないようですな」
ベルレルレンも感想を口にした。
歓迎する余裕がない理由は別にあるのだが、それがわかるはずがない。
「人間たちよ。我らの森になに用か?」
エルフを代表し、長老の一人である【樹海の苗】ピクラスが現れた。
「用がなければ来てはいけないのか?」
レィナス姫の問いに、ピクラスは子供を諭すように答えた。
「当然だ。人は目的を持って行動し、目的には理由がある。理由が不明では、たとえ貴公といえども森の滞在は許可できん」
「それもそうか。ならばお答えよう。用事は……ええと、なんだ?」
レィナス姫はベルレルレンに小声で聞いた。
彼女はもう放浪の旅を初めて何年にもなり、多くの経験を積んで強力な戦士に成長したが、機転を利かせた応対はまったく出来ない。
レィナス姫にはその方面の才能がまったくなかった。
「エルフの知恵の結晶を見せてもらう為です」
こそっとベルレルレンがレィナス姫の耳元で言った。
「そう、それだ!」
レィナス姫は手を叩き、ピクラスに伝えた。
「我々は観光に来た!」
「観光、か。エルフの我々にはない文化だな」
ピクラスは冷淡に答えた。エルフ族にとっては森が全てであり、外の世界に興味はない。
「お待ちを。ええと、つまり観光とは文化の相互交流といいますか……」
ベルレルレンが懸命にフォローをしようとするが、それは無駄なことであった。
「我々に交流をする必要はない」
「そうだ。交流するつもりなんてない」
二人は異口同意の言葉で、ベルレルレンの言葉を否定した。
レィナス姫までも否定したので、ピクラスは姫君の言う『観光』がどんな定義なのか興味を持った。
「放浪の姫君よ。では君にとっての観光とはなんなのだ?」
「貴方の文化を見せてもらいたい。それだけでいい」
「それで君にどんな利がある」
「珍しくて楽しい」
「我々にどんな利がある?」
「自慢できて楽しいだろう」
「……論理的とは言えないな」
理解できん、とピクラスは繋げた。
ベルレルレンはレィナス姫の欲求のみをストレートに口にする振る舞いに呆れながら、森へ入ることを断られると覚悟した。
しかしレィナス姫とベルレルレンの知らぬところで、エルフたちは種族的危機を迎えていた。
誰かの助力が必要であった。
助けてくれる者が、エルフと同じようなタイプでは意味がない。エルフならばたくさんいる。
エルフでは思いもよらない発想をする者でなければならない。
更に付け加えれば、エルフ族の種族的危機をすぐさま察するほど賢くても困る。
やってきたレィナス姫は、その要件にぴったりであった。
「偶然とは恐ろしい」
「なに?」
「よいだろう。【放浪の姫君】レィナスよ。君のいう観光とやらを許可しよう」
「ありがとう」
「だが【朱の騎士】ベルレルレンは断る。森の外で待っていろ」
「え?」
二人は驚き、いったいなにが気に食わないのかと抗議した。
しかしそれは無駄なことであった。
どちらかというとピクラスにとって、レィナス姫の奔放な振る舞いの方が気に食わない。
だが今のエルフ族にとっては、相手によって適切な行動がとれる賢い人間は困るのである。
賢い人間ならば、森のエルフに赤ん坊、幼児がいない不自然を感じ取ってしまうであろうから。
「以上だ。入国するか?」
ピクラスの最終通告のような問いに対し、レィナス姫君は小声でベルレルレンに聞いた。
「……いいか?」
レィナス姫は森への好奇心を止められないが、そのためにはベルレルレンを置いていかねばならない。ちょっとした罪悪感がある。
「ご随意に。森での見聞はきっと姫君に糧となります」
ベルレルレンはそんなレィナス姫の気持ちを察し、努めて気軽に頷いて答えた。
「ん。では承知した。わたしだけでも森に入れてもらう」
レィナス姫はベルレルレンを森の外に残して、エルフの大森林へと入っていった。
《耳が聞こえないなら秘密を聞かれない。目が見えないものなら秘密が見えない。口が利けないなら秘密をしゃべる心配がない。この世界は役に立つ人間しかいない》
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