第八章 賢い愚者と、愚かな賢者

第61話 エルフとトロールの交渉

 エルフたちは神の呪いにより子供を産むことが出来なくなった。


 だがエルフたちはその知恵を結集し、不老長寿の薬を作り出すことで対抗しようとした。


 そして研究は理論上、完成した。


 あとは理論を実現させて、薬をエルフ族全てに行き渡らせれば、計画は完了となる。


「材料があと一つだけ足りない。赤褐色の鉱石が十分な量あれば、我々の不老長寿は成る」


 研究の総指揮を執っているエルフの長老の一人、【樹海の苗】ピクラスが言った。


 エルフの住む森は多くの恵みを与えてくれるが、山の産物である鉱石は手に入らない。


「さて、どうするか。金で済むならば、人間から買うことで解決したいが」


 別の長老が提案した。


 エルフたちは有用な発明品を人間との交易に出すことで、莫大な利益を得ていた。


エルフの森にはうなるほど金が余っている。


 だがピクラスは首を横に振った。


「我々が必要とする鉱石の総量より、人間の市場にある総量が少ない。理論上、人間から必要量を得ることは不可能だ」


 金はあるが、品物がないので仕方ない。


「では山に住むトロールに直接、頼むより他無いか」


 エルフの長老たちは、赤褐色の鉱石を産出する大山脈に領土を持つトロールの族長へ、手紙を送った。


 エルフからの手紙を受け取ったトロールの族長は、困惑して髭を掻いた。


『我々は赤褐色の鉱石を欲している。貴公の欲しい物を我々は提供するので交換しよう』


 トロール族にとって、赤褐色の鉱石は価値のほとんどない物であった。


 坑道を掘る時に、勝手に出てくるゴミに等しい石だ。


 産業には使えず、研磨しても鈍くしか輝かないその鉱石は、人間族でも金の余った変人が宝石として所有するのみであった。


「あんなゴミを欲しがるとは。エルフの趣味は理解できないな」


 トロールの族長は笑ったが、その内心で不快にも思っていた。


「だが今まで完全に我々を無視してきたエルフと、薄っぺらな手紙一枚で交易を開始するのは面白くない」


 族長はエルフの申し出を断った。



 トロール族に断られたため、エルフの長老たちは対策を練った。


「よりよい条件を提示することにより、トロールは納得するであろう」


「その通りだ。彼らにとって不要な物を、有用な物に交換するのだから

な」


 長老たちは再度、手紙を書いた。


 今度は具体的に何を供出するかを書いた手紙だ。


 多すぎるほどの交換条件をエルフの長老たちは提示したが、もちろんトロールの族長の答えはNOだった。


 名誉を重視するトロール族にとって、『頼みごとはがあるなら、きちんと顔を見せて頼む』という単純な儀礼は、利益よりも遥かに優先する。



 エルフの長老たちは更に対策を練った。


「利益で動かないのであれば、不利益で動かすか」


 長老たちは文章を再考し、再々度、手紙を送った。 


『断れば、我々エルフが総力を結集して山を襲うであろう』


 ゴミに等しい鉱石のために、領土を危険には晒せないだろうと、エルフの長老たちは考えた。


 損得勘定の考えではそれはまったく正しい。


 だがこの手紙はトロール族の族長の逆鱗に触れこととなった。


 果たしてトロールの族長から送られた返信は、巨大な文字で書かれた一言であった。


『やってみろ!』


 エルフの長老たちは、問題が収拾不可能な程にこじれていることを感じていた。 




《それはお前が勝手に創りだしたルールだ。俺が従わなければならない理由がどこにある》

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