第60話 放浪珊瑚の姉妹
【放浪の姫君】レィナスと【朱の騎士】ベルレルレンが、マーメイドの王国に滞在している時のこと。
レィナス姫と【珊瑚の女王】イオナは、非常に仲のよい友人となった。
イオナ女王にとって放浪の姫君は、初めて出会った無償で他人を助けてくれる聖人であった。
レィナス姫にとってイオナ女王は、ベルレルレンにも匹敵する勇者であり、マーメイドの王国を統治する完璧な王であった。
互いに人を認めると長所しか目に入らなくなる単純な性格であったため、尊敬と友情は日増しに強くなり、ついに二人は義理の姉妹の契りを交した。
二人は互いを姉、妹と呼び合い、本当の姉妹よりも仲睦まじくなった。
だがどれほど仲がよくても、レィナス姫は放浪の旅の途中である。
王国への訪問から二ヶ月が経過した頃、レィナス姫は旅立ちを決意した。
「妹よ、国を出るのですか。残念です。本当に残念です。代われるものならば、代わってあげたい」
イオナ女王は、心の底からレィナス姫との別れを惜しんでいた。
「珊瑚のお姉様、わたしも旅立つのは辛いです。でも放浪の旅は、王族の義務ですから」
しかたありませんと、レィナス姫も別れを惜しみつつ言った。
「何か困った時には、私を必ず頼るのですよ」
「珊瑚のお姉様こそ、何かあったら遠慮なく言ってください。旅先から飛んできます」
二人は堅く握手し、抱擁し、互いの頬に接吻をして分かれた。
※
マーメイドの王国を旅立って半日。
【放浪の姫君】レィナスはその歩みを急に止めた。
【朱の騎士】ベルレルレンが不思議そうに振り返るが、レィナス姫は歩き始めない。
「……」
レィナス姫は考えていた。
【珊瑚の女王】イオナには困った時に頼ってくれと言ったが、イオナ女王は困難が訪れた時に自分を本当に頼るだろうか。
むしろ女王の人柄からして、面倒ごとに自分を巻き込むことを避けようとするだろう。
翻って、自分はどうか?
我儘な性格だと自負している。
しかし妹とまで呼んでくれたイオナ女王に頼り、迷惑をかけることが出来るか?
「どうかしました、姫君?」
「どうしよう。このままだと珊瑚のお姉様はわたしを頼らないし、わたしもお姉様を頼らないぞ」
「はて?」
ベルレルレンは、レィナス姫の不安を聞き、そして納得した。
たしかにこのままでは、困難に陥った時に、むしろ相手を遠ざけてしまうだろう。
「わたしは珊瑚のお姉様を助けたいのだ」
「向こうもそう思っているでしょう」
「だったら、このままじゃダメだ!」
姫君は急ぎ、王国へ戻った。
イオナ女王は、早すぎるレィナス姫の再訪を、驚きをもって迎えた。
「どうしました、妹よ。忘れ物でもありましたか?」
「珊瑚のお姉様。昨日の別れ際の言葉を変えさせてください」
「なんです?」
「もしお姉様が困った時には……」
「ああ。困った時は言って欲しい、と」
「それを変更して欲しいのです」
「?」
「もしお姉様が困った時には、絶対にわたしを頼ってください。もし頼らなかったら、縁を切ります!」
「……過激ですね」
「あと同じ事を、わたしにも誓ってください」
レィナス姫の言葉を最後まで聞き、ようやくイオナ女王も姫君の主張する意図を理解した。
「わたしの妹は乱暴で、無骨で、とても優しい心をもっています。自慢の妹です」
イオナ女王はレィナス姫の提案を、熱い抱擁を持って受け入れた。
《何でもするなんてありえない。だって私は貴方を愛し過ぎて、貴方に何も求めないから》
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