第58話 死人戦争⑦

【火炎山の魔王】ガランザンは、三人の猛者に取り囲まれていた。


【珊瑚の女王】イオナ、【放浪の姫君】レィナス、【朱の騎士】ベルレルレン。いずれも簡単には殺せない戦士である。


「三人掛かりなら俺を殺せると思うか」


 魔王ガランザンはその不利な状況にも一歩たりと引かず、むしろ進んで戦いを望んでいた。


 ガランザンに残るトロールとしての遺伝子、より強い敵を求める魂が、刃を交える楽しみを味わっていたのだ。


 彼らの周囲ではゴブリンとマーメイドが戦っていたが、四人の戦いのあまりの激しさに見とれて停戦状態となり、戦いの場を中心に円を描いてその趨勢を見守った。


「世界は広いな。これほどの戦士がいるとは思わなかった」


 ガランザンは戦いを継続しつつ、敵である三人に語りかけた。


 対応は三者三様であった。


 イオナ女王は言った。


「貴方に世界を語る資格も、我々を語る資格もありません」


 レィナス姫が言った。


「そうだろう。だがお前が思う以上に、わたしたちは強いぞ」


 ベルレルレンが言った。


「その通り、世界は広い。貴方が思う以上に、わたしが思う以上に、世界は広いのです」


 三人の返事を聞き、魔王ガランザンは惜しくなった。


 この戦いの行方である。


 魔王ガランザンはトロール族の勇者として、この三人に対しては正々堂々と戦いを申し込みたい欲求にかられていた。


 しかしこの戦いは、既に死人の兵によって穢されている。


 イオナ女王は、その穢れをけっして許しはしないだろう。


 すべて自分の責とはいえ、勇者との戦いを穢されるのは惜しかった。


(どうしたものか)


 火炎山のトロール族の知恵と魂を一身に受け継いだ魔王ガランザンは、戦いながらも考え、その解決策を見出した。


 ガランザンは三人と戦いながらなお一歩も引かず、そして三人に語りかけた。


「わかった。ここは降伏する」


 降伏という、魔王に不似合いな言葉がレィナス姫の耳に届いた。


「え?」


 レィナス姫が聞き返すと同時に、イオナ女王の巨槍が魔王ガランザンのわき腹を貫いた。


 ガランザンはかまわず片腕でその槍を抱える。わき腹から鮮血が噴出したが、槍は脇の筋肉に挟まれて抜けない。


「しまった!」


 イオナ女王が見上げると、魔王ガランザンが大剣を片手で振りかぶっていた。女王は太陽に光る大剣を見上げながら青ざめる。


 ベルレルレンとレィナス姫が盾になろうにも、間に合わない。


「先ほどの申し出、如何だろうか?」


 振りかぶった大剣を空中で止めて、魔王ガランザンが再度聞いた。


「とは?」


「降伏したいと思う。如何かな?」


「こうふく?」


 イオナ女王が上手く言葉を返すことも出来ないまま、ガランザンが続けた。


「降伏の条件として、死人兵の使用禁止を確約する。情報も封鎖し、他所へ漏らさない。如何だろうか?」


 イオナ女王は唖然として、上空に止まる大剣と、その持ち主を見上げる。


 声を上げようとしたのは、レィナス姫であった。


「ふざけるな……!」


「姫君!」


 ベルレルレンは大慌てて、レィナス姫を制した。


 全ての判断を、イオナ女王へと委ねるためである。


 ここはマーメイドの王国。戦争を挑まれたのはマーメイド族なのだ。


 まして珊瑚の女王の命が掛かっている。彼女に任せない訳にはいかない。


「わたしが命惜しさに降伏を認めるとでも?」


 イオナ女王が、死を目の前にしても女王としての誇りを失っていなかった。


「今すぐ死にたいのであれば、殺してやる」


 ここで死に急ぐようならば、魔王にとってそんな戦士に興味はなかった。


 その一方で。


「…………」


 魔王の大剣を頭の上に見上げながら、イオナ女王は押し黙っていた。


 女王にとって命は惜しいものではない。


 しかし全てのマーメイドにとって、女王の命ほど大切なものはない。


 エルフとの戦争で、女王もまたそれは理解していた。


「まだわたしは死ぬわけにはいきません。貴方からの勝利を受け取るとしましょう。降伏の条件を忘れることないよう」


「承知した」


 魔王ガランザンは大剣を肩に戻し、ゴブリンに命令を下した。


「転進せよ。戦いは終わりだ」


 退却命令は戦いを見守っていたゴブリンにすぐさま広まり、軍が引いていった。





 マーメイドたちは勝利を喜び、歓声を上げた。


 だが【火炎山の魔王】ガランザンに大剣を突きつけられていた【珊瑚の女王】イオナの顔は複雑であった。


 彼女の価値観では、勝負は負けている。


「我々は、勝ったのでしょうか?」


 残されたイオナ女王が、呆然としたまま【放浪の姫君】レィナスと、【朱の騎士】ベルレルレンに尋ねた。


「相手が負けを認めて、逃げたのです。勝ちでしょう」


 レィナス姫が返事をしたが、それはイオナ女王にとって納得できるものではない。


「しかしあのトロールは私より強かった。彼は本当に負けたのですか?」


 去っていくゴブリンの軍勢と魔王ガランザンの後ろ姿を、イオナ女王は不思議そうに見つめていた。


 今度はベルレルレンが口を開く。


「強さのみではどうしようもないこともある。女王は今朝そうおっしゃいました」


「はい、言いました」


 エルフとマーメイドの戦争において、イオナ女王は間違いなく戦場で最強であった。だがしかし、戦いは完敗であった。


「ならば弱い方が勝っても良いでしょう。戦勝を喜びましょう。被害はほとんどありませんでしたよ」


 ベルレルレンの言葉に、イオナ女王は無理矢理に「そうですね」と頷いた。


 マーメイドの王国は、魔王軍の来襲を初めて退けた国となり、その勇名を轟かせた。




《不思議なことだ。命をかけて殺しあったのに、双方が生き残り、双方が勝利した》

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