第55話 死人戦争④

 死人兵を率いる【林冠】パヌトゥは、マーメイドの軍が二つに分かれたのを確認した。


 そして別れた片方の軍が突撃してきて、すぐに混戦状態に入る。


 マーメイド軍の士気は高く、死人兵は恐れを知らない。


 戦いは一進一退になるとパヌトゥは考えていたが、敵軍の様子がおかしかった。


 マーメイドの兵は、的確に死人兵の弱点である脚部を攻撃しているのである。


「どういうことだ?」


 パヌトゥは呟かずにはいられなかった。


 死人兵の弱点は足と頭である。どちらかが破壊されれば、そこで動けなくなってしまう。


 時間を掛ければ判明すると思っていたが、初見で判明する程、マーメイド族の頭は良くないはずだ。


 パヌトゥの疑問が回答に到達する前に、マーメイド軍の先陣が死人兵を切り開き、その切っ先が指揮官のパヌトゥまで届いた。


「エルフまで死人に……。いや、瞳に力がある。貴方はまだ生きていますね。この軍の司令官ですか?」


 マーメイド軍の先端に立つ【珊瑚の女王】イオナが、パヌトゥに話しかけた。


 最も危険な切り込み部隊に女王がいるのは、パヌトゥには理解できなかった。


 しかし最も強力な戦士が先頭に立つ利点は理解できる。


 おかげで死人軍はズタズタだ。


「死人を動かして、あろうことか兵士にするなど。貴方はその行いが、どれほど罪深いかわかっているのですか?」


 諭すようなイオナ女王の物言いが、パヌトゥの癇に障った。


「何を言う。死体を動かす技術を、私が開発したのだ。新しい技術を使っていただけだ。それの何が悪い!」


 現にこの技術によって軍団は二倍以上に膨れ上がっている。


「貴方はやっても良い事と、やってはいけない事の区別もつかないのですか? 貴方に禁忌はないのですか?」


「禁忌だと?」


 イオナ女王は、生きとし生ける者の禁忌について説いた。


 エルフ族にとっては森の最深部は神聖不可侵の領域である。


 神聖の領域を持つが故に、禁忌の領域があるという理屈は、普通のエルフであればそれは理解できることであった。


 だがパヌトゥにとって、森は自身を苛んだエルフたちの住処である。


 森の奥に火を放ったことすらあり、その心に禁忌という概念はない。


「やって良いことだの悪いことだの、下らぬことだ。そんな線引きをするから、進歩が止まるのだ。ある物をすべて使う。利用できるものはすべて利用する。それの何が悪い」


 パヌトゥはいきり立っていた。


 それに対し、イオナ女王は冷静である。


「貴方の論理は良くわかりました。頭だけが育って心を育てそこなったエルフよ。私が貴方の親に代わり、叱って差し上げましょう」


「ふざけたことを言うな!」


 パヌトゥが弓を引き、一瞬の間もおかず矢を放った。


 しかし両者の戦闘能力には大きな開きがあった。


 パヌトゥも強い戦士ではあるのだが、イオナ女王は人間の騎士団もゴブリンの軍勢も退けた無双の猛者である。


 イオナ女王はその矢を苦もなく最低限度の動作でかわすと、パヌトゥに近づき、その頬を思いっきり引っぱたいた。


 パチッンと、戦場には不釣合いな破裂音を響いた。


 パヌトゥはその場でぐるりと一回転して倒れた。


「死者を尊びなさい。それが他人を尊ぶ心にも繋がるのです」


 イオナ女王の渾身の説教は、しかし一切、パヌトゥの心には届かなかった。


「蛮勇が。今は貴様の腕力が勝ったが、やがてお前は知恵にひれ伏す」


 パヌトゥは鼻と口から血を流しながらも、勝ち誇っていた。


 事実、勝利を確信もしていた。


 死人兵は敗れたが、イオナ女王がこちらに来ているのなら、もう一方は烏合の衆である。


【火炎山の魔王】ガランザンが率いるゴブリン軍が、王宮を陥落さえているはずだ。


「哀れな」


「俺を哀れむな。なぜ貴様が正しいと思う。俺の方が正しいのかもしれないのだぞ!」


「……なるほど。そうかもしれません。しかしこの世界では貴方の考えに賛同する者はいないでしょう。貴方は孤独です。たった一人で生きていくつもりですか?」


「一人ではない!」


 パヌトゥは主君であり志を共にする仲間でもある、魔王ガランザンの名を口にしようとした。


 だが同時にガランザンもまた、死人兵の発明に関して、さして喜んではいなかったことに気が付いた。いや、むしろ苛立ってさえもいた。


 そのことがわかり、パヌトゥは愕然とした。


「貴方は孤独な人です」


「……違う!」


 パヌトゥは自身の心中からでた答えとは、真逆のことを口にする。


「ならばこちらに来なさい。敵であれ味方であれ、人を尊ぶ心があれば分かり合えるはずです」


「うるさい! お前に、なに一つ疑いなく神など信じられるお前などに、いったい私の何がわかる!」


 パヌトゥは死人兵の軍団を置いて逃げ去った。


 イオナ女王は逃げる彼を追いかけて、背中を槍で貫くことが出来た。


 だがそれは行わず、未だ健在しているゴブリン軍へ走っていった。




《私は孤独ではありません。可哀想ではありません。そんなことは認めません。だから私を憐れむ必要はありません。…………憐れむな!》

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