第56話 死人戦争⑤

【放浪の姫君】レィナスと【朱の騎士】ベルレルレンが、マーメイドの軍勢を率いていた。


 既にゴブリンを率いる【火炎山の魔王】ガランザンと交戦状態にある。


 レィナス姫とベルレルレンはゴブリン軍を穿つように進み、小柄なゴブリン軍の中でひときわ目立つ巨人のトロールまでたどり着いた。


「こちらにイオナ女王はいないのか」


 ガランザンはやってきたレィナス姫とベルレルレンを迎えるように言った。


「貴様は、何者だ!」


 レィナス姫が大声で聞いた。


「姫君。あの者をよく見て下さい。傷だらけの体、赤い目に白髪、巨大な大剣を持ったトロール。あいつは間違いなく、【火炎山の魔王】ガランザンです」


【火炎山の魔王】ガランザンの悪名は、世界中で鳴り響いている。


 ベルレルレンが噛み締めるように、レィナス姫に覚悟を促すように言った。


「うん。……誰だ、それは?」


 レィナス姫は正直すぎる瞳で、ベルレルレンに聞き返した。


 戦場に不似合いな静かな風が流れ、ベルレルレンを絶句させた。


「……あ、後でお教えします」


 ベルレルレンはそう言うしかなかった。


 ガランザンはそのやりとりを見て、大声で笑った。


「近頃、不快なことの多いが、久しぶりに笑ったわ。俺もまだまだ無名だな」


 そう言い、ガランザンは担いでいた大剣を振り回してた。剣の腹が起こした風圧が、ベルレルレンのところまで届いた。


「うちの姫は特殊な例ですがね」


 ベルレルレンは剣を構えながらも、魔王に対峙して言う。


「おい。わたし今、バカにされてないか?」


 自分を指差しながら、レィナス姫もまた愛用の鉄球を持つ。


「気負わずに戦えるので、むしろ良いでしょう」


 ベルレルレンは、レィナス姫に世界情勢の座学を施さなかったことを恥じたが、今回はそれが良い方向に進んでいるようであった。レィナス姫に気負いもなにも感じられない。


 ベルレルレンとレィナス姫が、同時に魔王へと攻撃をかけた。


 ガランザンはそれを受け、大剣を振るい二人を弾き飛ばした。


「あいつ何者だ!? 恐ろしく強いぞ!」


「知っています」


 魔王ガランザンは、騎士であれば誰でも知っている世界最強のトロールである。


 ドラゴンを除けば、世界最強の生物といっても良い。


 レィナス姫との力の差は、本来であれば絶望的なほどだ。むしろ一撃で殺されなかったことが奇跡といってもいい。


「ふん、だが所詮トロール。わたしはサイクロップスを倒した勇者だぞ」

 レィナス姫はサイクロップスを倒した武勇を誇った。


 魔王ガランザンの前に、なんの意味もない武名だが、少なくともレィナス姫の心に恐れはない。


「その意気です。死なないように頑張りましょう。いずれイオナ女王が助けに来てくれます。三人掛りならばあるいは勝てるかも」


「必要ない!」


 レィナス姫が叫び、またガランザンへと躍りかかった。彼女一人では斬り殺されてしまうので、大急ぎでベルレルレンもまた魔王へと斬りかかる。


「素晴らしい闘争心だな。見ているだけで血が沸き、肉が滾る」


 魔王ガランザンは心底から嬉しそうに、その若々しい挑戦を受けてたった。




《子犬が吠えたら獅子が驚いた。……その数秒後、なにが起こったかを知りたいか?》

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