第七章 死人戦争

第51話 死人の兵

 世界の破滅を願う【火炎山の魔王】ガランザンの腹心に、【林冠】パヌトゥというエルフがいた。


 パヌトゥは今のままでは、魔王軍が世界を破滅させることは出来ないと考えていた。


 ガランザンは無双の戦士であり、パヌトゥもまた十分に強い。


 しかしそれだけである。


 武力は十分だが、軍事力が足りない。


 配下にゴブリンが大勢いるが、数がいるだけで役に立たないし、いざとなれば雲散霧消する頼りない軍隊だ。


「魔王様、我々にはもっと頼りになる、強い軍が必要です」


 パヌトゥは、ガランザンに進言した。


 だがガランザンは首を横に振った。


「必要ない」


「なぜです?」


「我々に軍など無用だ」


 ガランザンはそっけなかった。


 ガランザンが一考もせずにそう断じたのは、彼なりの哲学と理由がある。


 第一に。巨大な力が必要であれば、他人を集めるよりも、自分がより強くなる方が近道である。


 そして第二に。世界の破滅という目標は、人数を集めるには適していない。


 今いるゴブリンの軍も、打算により仲間になっているに過ぎない。


「魔王様、わたしに案がございます」


「なんだ?」


「裏切る心配のない、我々の意のままに動く軍を作る計画です」


「裏切る心配がない軍隊だと? そんなことは不可能だ」


「可能です」


「……詳しく言え」


 ガランザンに促され、パヌトゥは自分の考える案を口にした。


 ガランザンはその案をじっくり咀嚼するように聞き、そして不覚ながら顔をゆがめた。


 ガランザンはトロール族である。その根底に残るトロール族のモラルが、パヌトゥの案にどうしようもない程の嫌悪感を覚えさせたのだ。


(ふん……今更、詮無きことだ)


 だがその後に、自身にモラル云々を言う資格がないことを思い出し、ガランザンは自嘲した。


「すべて許す。ゴブリンを好きに使え。俺の力が必要ならば言え。この件に関しては、お前の指示に従おう」


「ありがとうございます」


 パヌトゥはガランザンの許可を貰い、喜び勇んで行動を開始した。





 パヌトゥは計画のために、まず人足となるゴブリンを招集した。


「ゴブリンどもよ。お前たちは死体を集めてくるのだ。この前にマーメイドとエルフの戦争が起こった戦場跡に行けば、死体はいくらでも落ちているはずだ」


 パヌトゥはゴブリンに命じて、死体を集めさせた。


 そしておぞましき研究をはじめた 


 パヌトゥにはエルフ族のもつ豊富な知識と、彼しか持ち得ない倫理観を無視した発想の飛躍と、世界への怨嗟という原動力がある。


 その全てを連動させ、パヌトゥはついに目的とする技術を実現させた。

 死体を肉体のみ復活させて、意のままに操る技である。


「死人の兵、と名づけました。意思はなく、恐怖心もなく、命令にのみ反応する、理想の兵です」


 先の大戦で死んだゴブリン、人間、マーメイドたちの死体を死人の兵に変え、パヌトゥは満足げに報告した。


 死人の兵の動きは遅く、しかもゆっくりとだが腐っていく。


 だが食事も金も要らず、痛みも知らず、もくもくと仕事をする。


 理想の軍団といえた。


「……ふん」


 だが【火炎山の魔王】ガランザンは報告を淡々と聞いただけで、パヌトゥの努力の成果を褒めることはなかった。




《数だけで揃えばいいんですね? 間違いありませんね? わかりました。ならば何人でもあなたの味方をご用意しましょう》

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