第52話 死人戦争①
【放浪の姫君】レィナスと【朱の騎士】ベルレルレンが、マーメイドの王国に招かれた。
マーメイドの王国は海洋を領土にしている。
しかし海中に建造物を立てることは出来ないので、王宮は沿岸にこぢんまりとある。
「よくいらっしゃいました、放浪の姫君」
【珊瑚の女王】イオナは、レィナスとベルレルレンの二人を、両手を広げて歓待した。
「初めまして、【珊瑚の女王】イオナ」
「お呼びだてして申し訳ございません。【放浪の姫君】レィナス。どうぞくつろいで下さい」
イオナ女王はそう促した。
余裕たっぷりの緩んだ様子であるが、レィナス姫にもベルレルレンにも、女王が無双の戦士であることはすぐわかった。
「イオナ女王、さすがマーメイド族の最強と呼ばれるだけはあります。是非、一度戦ってみたい」
レィナス姫は思ったことをすぐ口にする性格であった。
一方で、ベルレルレンからサッと血の気が引いた。
レィナス姫の言葉は無邪気ではあるが、聞きようによっては他種族の女王に喧嘩を売っているようにも聞こえる。
だがイオナ女王はそんなレィナス姫の無礼に対して、曖昧に笑うばかりであった。
「勇敢なレィナス姫よ。力だけではどうにもならないこともあるのですよ」
諭すように言うイオナ女王は、エルフとの戦争を思い出していた。
国民の半分以上を動員し、戦闘員の九割が戦死するという、凄まじい負け戦であった。
ただ敵方の人間、ゴブリン、エルフにも甚大な被害を及ぼしたので、一概に負け戦ともいえないが。
「戦争とは、恐ろしいものです。レィナス姫にもいずれわかるでしょう」
「はあ」
レィナス姫はわからなかったが、否定することもないのでとりあえず相槌を打った。
「それで、お呼びいただいた理由は何ですか?」
ベルレルレンが、話を振った。
「貴方たちの知恵を拝借したいのです」
「なんなりと」
「我々マーメイド族は、エルフとの聖戦により多くの戦死者を出しました」
「はい」
「せめて埋葬をと戦場の跡地に行ったのですが、不思議なことに遺体がどこにもないのです」
「?」
「エルフが埋葬してくれたのかと思いましたが、彼らには埋葬の文化はありません」
「死した肉体は、やがて土に還ります」
ベルレルレンが言ったが、イオナ女王は首を横に振った。
「それは知っています。ですがそれには時間がかかるでしょう」
「ゴブリンが、死体の装備品を漁りにきたとか」
「ならば死体は残るはず。そもそも……」
「ま、それはともかく。続きを」
イオナ女王の言葉を、ベルレルレンは遮った。
不敬な行いだが、イオナ女王が「マーメイド族には盗まれるような立派な装備はない」と言わんとしたことは察知し、それをイオナ女王自身の口から聞くのは忍びなかったからだ。
「諸国を旅するレィナス姫ならば、理由が分かるかもと思い、お呼びしたのです」
「……」
イオナ女王の質問を受け、レィナス姫は「わかるか?」とベルレルレンに視線を送った。
だが経験豊富なベルレルレンも、今回の事件の原因は不明であった。
「マーメイド族の遺体のみがなくなっていたので?」
「いえそういえば、人間もゴブリンも大勢死んだはずですが、遺体はなかったですね」
「そうですか」
状況はわかったが、原因がまるでわからない。
その予測すらできない奇妙な事態だ。
ベルレルレンが更なる質問をしようとした時、唐突に全ての原因が判明する事件が勃発した。
マーメイドの兵士が部屋に駆け込み、大声で報告する。
「女王様、敵です!」
「また、ゴブリンですか? 多くが死んだとはいえ、ゴブリンの侵略を許すほど……」
「ゴブリンも、いる模様です」
「「「も?」」」
イオナ女王、レィナス姫、ベルレルレンの三人が、異口同音に聞き返した。
「異様な軍隊です。ゴブリン、人間、それに同胞までいます」
「マーメイド族まで? 我が民が、我が国を襲いに来たと言いますか?」
イオナ女王が重ねて聞いた。
マーメイド族は女王と神への信仰の元に強固に結びついている。女王の支配下にいないマーメイドは皆無のはずだ。
「あと、異様な軍隊です」
「それはもう聞きました。ゴブリンも人間もいるのでしょう」
「違います。ともかく、異様なのです」
報告に来たマーメイドの言語能力では埒が明かなかった。
三人は高台まで走り、敵軍の様子を見た。
それはまさしく異様な軍隊であった。
ゴブリン、人間、マーメイドが混生した軍である。
通常ではありえない。
だが更に異様なことに、兵士にまったく生気がない。
それどころか、たまに片腕、片足、両腕がない者までいた。
また、かなりの人数の軍勢にもかかわらず、誰一人として声を出していない。
ただ行進の音のみを響かせ、ゆっくりと前進していた。
まるで死体が歩いている様である。
「なんですか、あれは?」
イオナ女王が誰ともなしに聞いた。
その言葉に対し、ベルレルレンが一つ前の質問の返事をした。
ベルレルレンの言葉にはまったく裏づけがない。だがしかし、状況を見ればその答えは明らかであった。
「イオナ女王。死体がどこへ行ったのかわかりました」
そして何の証拠もなく、しかし確信に満ちた言葉を繋げた。
「あそこにいます」
ベルレルレンは異様な軍勢を指差した。
「死人が動く訳ないでしょう」
「動いているのです。現実を見て、対策を立てましょう」
《お伽話が現実になる。今日、神話が始まった》
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