第32話 姫君の王位簒奪②
【朱の騎士】ベルレルレンは、【放浪の姫君】レィナスの護衛を離れ、日常に戻っていた。
レィナス姫の館には、現状に不平をもつ貴族たちが集まっていることも知っている。
だがレィナス姫の行動のあまりの増長ぶりに、ベルレルレンは姫に愛想を尽かしていた。
(忠告は無駄だったか)
ベルレルレンは教育の無力さを痛感し、無気力になりつつあった。
そんな中、危篤の淵にある王が、ベルレルレンを自分の寝室に呼び出した。
気力はないが、大恩がある王の呼び出しを無視するわけにもいかず、ベルレルレンは呼び出しに応じた。
※
【朱の騎士】ベルレルレンが王城に行くと、王の休む寝室へと通された。
寝室に入った騎士を、待ちわびたとばかりに王が迎えた。
【黄金王】ヴァンベール。12歳の時に小国の王として戴冠し、そこから50年以上戦い続けてついに大国の王とまでなった男である。
「よく来た。まずこれを見てくれ」
ヴァンベール王は筋骨隆々とした男であったが、現在の身体にはその往年の姿は見る影もない。
危篤のヴァンベール王はベッドから半身を起こし、ベルレルレンに紙束を見せた。
それには放浪の姫君が反乱を起こそうとしている旨と、その協力者たちの名前が書き連ねてあった。
「これは酷い」
「酷いだろう」
二人は言い合った。
あまりの計画の杜撰さと、それを完璧に掴まれているレィナス姫の愚かさ。
ヴァンベール王とベルレルレンの意見は、彼女のあまりの無能さに意見が一致していた。
「まず間違いなく、娘の傍に裏切り者がいる」
ヴァンベール王は憤っていた。
反乱の兆しを見せたレィナス姫の反骨に対してではない。むしろ反骨心は征服者であった王にとっては喜ばしいことだ。
だが無能ではいけない。そして器がないのはもっとダメだ。
計画段階で既に裏切り者を出しているレィナス姫の統率力のなさに、ヴァンベール王は悲しみを込めた怒りを覚えていた。
「このままでは俺の息子が、俺の娘を殺すことになる」
「ですな」
ヴァンベール王はベルレルレンをじっと見た。
ヴァンベール王は病状の悪化により目が窪み、頬はこけ、死相を纏っている。
「お前にもし、俺の娘を哀れに思う心があれば、もう一度だけ娘の元に行ってくれ」
「それで、どうしろと?」
「それは任せる」
「任せると言われても」
ベルレルレンもまた、そこまで言ってヴァンベール王を見たまま押し黙った。
ヴァンベール王は老年、ベルレルレンは青年である。
年の違いのある主従ではあったが、二人は幾つもの戦場をくぐり抜けた戦友であった。
二人の間にあるもの、それは単なる忠誠心ではない。年若い少年が互いに抱く、無償の友情に近い感情であった。
「今生の願いだ」
「その言葉を聞くのは、何度目ですかね」
ベルレルレンは冗談めかして言った。実際、ヴァンベール王の『一生のお願い』は今までに何度も聞いたことがある。
「これが最後だ。俺はもう長くない」
「弱気な」
「強気になっても、どうにもならん」
「悲観論とは、らしくありませんな。食事か女が足りないのでは」
冗談めかして言うが、ヴァンベール王はわずかに笑うだけだった。
「ザバラックかギャラットを使われては?」
ベルレルレンは二人の騎士の名を呼んだ。
【白槍公】ザバラック、【蒼の鉄壁】ギャラット。そして【朱の騎士】ベルレルレンを足した三人が、国内では最強の騎士である。
三人とも貴族でないため身分は低いが、ヴァンベール王とともに戦場を駆け巡り戦功をあげた。ヴァンベール王が最も頼りにする騎士たちである。
「あいつらは不向きだ。どちらに頼んでも、国を守るために娘が殺される」
死の淵の王は、の両騎士を使うことを否定した。
「……でしょうな」
ベルレルレンも自分で言ったものの、ヴァンベール王の意見に賛成である。
彼ら二人は強いのだが、法と国家への忠義に厳格すぎて頭が固い。
レィナス姫の旅の供にベルレルレンが選ばれた理由も、その思考の柔軟さが理由であった。
「国を守る者は大切だ。それは否定できん。だがお前には、国よりも娘を守ってほしい」
「わたしもどちらかと言えば、両人の意見に賛成なんですが」
「お前ら三人は、意見が合わないことが長所だろう。なんとか頼む」
大恩がある主君であり、無二の親友とすら思っているヴァンベール王に頼まれ、ベルレルレンは覚悟を決めた。
レィナス姫には呆れ返ってものも言えないが、しかし死の淵にある主君であり友人の頼みでは断れない。
自身の中に入り込んだ悪感情を出し尽くすように、ベルレルレンは大きく息を吐いた。
「わかりました。姫君のことはわたしにお任せを」
「受けてくれるか!」
ヴァンベール王は喜び、同時に驚いた。
頼んでいて無責任であるが、ヴァンベール王にもこの事態をどう解決するか、その糸口すら見えていない。
「頼んだ。あとしばらくは死なずに待つ。それまでに、なんとか頼む」
「お受けいたしました。今生の別れですが、どうかご安心してお待ちください」
ベルレルレンは深々と頭を下げ、王の寝室を後にしようとした。
「すまない。あと一つだけ」
ヴァンベール王は厚い布団から、細い腕を出してベルレルレンに向けた。
「なんでしょうか?」
ベルレルレンは差し出されて腕の意味が分からなかった。
「今までありがとう。お前がいてくれて助かった」
それが握手だとわかり、ベルレルレンは堅くその手を握った。
窓から刺す光がとても眩しく、ヴァンベール王とベルレルレンは目を潤ませた。
《本当に、本当に、本当に。これが最後だ。残念だが。これが最後なんだ》
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