第33話 姫君の王位簒奪③

【放浪の姫君】レィナスの館に通う貴族のうち、一人が逮捕された。


「計画が露見した!」


 誰かがそう叫び、それまでレィナス姫の下に集まっていた貴族たちは、我先にと逃げ出した。


「……え?」


 つい昨日まで、今にもレィナス姫が女王にように話をしていた貴族たちは、一晩にして誰もいなくなった。


 取り残されたのは、レィナス姫だけであった。


 その翌日。


 広い屋敷にたった一人で佇んでいたレィナス姫の前に、【朱の騎士】ベルレルレンが現れた。


「お久しぶりです、姫君」


「な、何のようだ?」


 レィナス姫は動揺しつつも、努めて平静の振りをして言った。


 もちろんレィナス姫が冷静ではないことなんて、ベルレルレンには一目瞭然であった。


「待っていても、もうここには誰も来ませんよ。お仲間の貴族たちは皆、逃げ出しました」


 ベルレルレンは、密告者が王に渡した反乱計画の紙束を出した。


 協力者の一人を逮捕したのも彼だ。


 微罪で拘禁しただけだが、効果は絶大であった。


 私欲だけで結集していた不平貴族たちは、被害が自分に及ぶことを恐れて散り散りになって逃げ去った。


 ベルレルレンがその顛末を告げると、レィナス姫は計画の邪魔をされたと思い激昂した。


「なぜ邪魔をする。もう少しで、わたしが女王になれたのに!」


「なれるわけがないでしょう。こんな結束では、女王どころか村長も務まりませんよ」


 酷い罵倒であったが、レィナス姫には何も返す言葉がなかった。結束が簡単に瓦解したことは事実なのだ。


「姫君はそもそも、女王になって何がしたかったのですか」


「なぜって……」


 ベルレルレンに改めて問われ、レィナス姫は首を捻った。


 言われてみれば、女王になることが漠然と良いものだと周りに言われ続けてきただけで、あまりそのこと自体を考えてなかった。


 多くの者にかしずかれるのは気分がいい。


 しかし幼い頃に見た国王の重責に耐えられかと問われれば、レィナス姫には自信がなかった。


「もう一度だけ聞きます。姫君はなぜ女王になろうとしたのですか?」


 強い口調で問いただすベルレルレンに、レィナス姫は俯いた黙ってし

まった。


 こうなったベルレルレンに、言葉だけ取り繕っても無駄であることは、レィナス姫も放浪の旅の最中に学んでいる。思ったことを正直に話したほうが、効果は高い。


「な」


「な?」


「なんとなく、よさそうだったからだ……」


 レィナス姫はなるべく小声で、許しを乞う子供のように言った。


 その上目遣いはまるで媚びているように見え、むしろベルレルレンの逆鱗に触れた。


 湧き上がる怒気を抑えきれず、ベルレルレンは憤激の余り、近くにあったテーブルを拳の一撃で破壊した。


「ひぃ! ご、ごめん!」


「よくぞ、よくぞ……よくぞ、正直に言ってくださいました」


「あ、ああ。もしかして。怒っているか?」


「その理由を聞いて、怒らない人間はいません」

「うう、すまん」


「ですが王に頼まれました」


「お父様に?」


「この馬鹿で馬鹿でどうしようもない娘を、それでもどうにか助けて欲しいと」


「お父様がそんなことを言ったのか?」


 言ってはいないのだが、ベルレルレンは多少脚色した。


「ですから、今打てる最善の方法を取ります」


「なんと。まだわたしが女王になれる方法が……」


「!?」


「……あるわけないな。睨むな、わかっている」


「姫君にも多少我慢してもらわねばなりません。今日中に何とかせねば、明日には姫君は反逆罪で死刑です」


「そ、それは嫌だ。わたしはまだ死にたくはない!」


「死にたくなければ、なぜ王位簒奪なんて考えたのです?」


「そんな大事にするつもりはなかったのだ。ただちょっと王位につきたいと思っただけで」


「それは十分に大事です。ともかく言い争いしている余裕はありません。姫君、ご決断を」


「え、ええと。わかった。すべて任せるから、わたしの命を助けてくれ」


「了解しました」


 頷いた途端、ベルレルレンは苛烈極まる行動を開始した。


 まずレィナス姫の傍に駆け寄り、顔面に強烈な一撃を加える。


 放浪の旅のさなかも、姫君の顔だけは殴ったことがなかった。


 女性の顔を殴りつけない程度には、超スパルタ教育のベルレルレンも騎士道を守っていた。


 だがベルレルレンは今、その禁を強烈な勢いで破った。


 レィナス姫が抗議するまもなく、疑問を挟む間もなく、一言も喋る間もなく、ベルレルレンはさらに姫君を殴り続ける。


 たっぷりと数分間、国内有数の騎士ベルレルレンに全力で殴られ続けたレィナス姫は、ボロ雑巾のようになっていた。


 顔といわず体といわず、怪我のない部位は存在しない。


「にゃ、なにゃにを(なにを)」


 レィナス姫が辛うじてそれだけ喋った。


 歯が折れて口内が血だらけのため、まともに話すことが出来ない。


「軽いお仕置をして、許してもらえるように助命しましょう。幸いジョシュア王子は度量の広い人だと聞いております」


「きょれのどこがきゃるいおしゅおきた!(これのどこが軽いお仕置だ!)」


「ご不満は後で聞きます。助命が失敗したら、処刑されるのです」


「へ(げ)」


「ご安心を。その時は、わたしもお供しましょう」


 ベルレルレンは殴られた側よりもずっと痛む拳を擦っていた。既に命を捨てる覚悟はできている。




《貴方は勇敢などではありません。ただ無謀なだけです》

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