第18話 連鎖する憎しみ
エルフ族にはかつて、【ケヤキの大弓】ポーメッツという英雄がいた。
ポーメッツは自身が最強の戦士であることを示すために、目に付くもの全てに喧嘩を売り続け、そして勝ち続けた。
だが最後には、最強の生物であるドラゴンの炎に、森ごと燃やされて死んだ。
これはその後の話である。
ポーメッツには息子がいた。
彼の名前はパヌトゥという。
パヌトゥは幼き日に偉大な父親を無くし、その後ずっと不遇な人生を歩むこととなった。
エルフたちは【ケヤキの大弓】ポーメッツを憎んだ。
森に争いを持ち込んだあげく、森ごとドラゴンの炎に燃やされるという、森を愛するエルフにとって最悪の死に方をしたからである。
【ケヤキの大弓】ポーメッツは死んだ。
恨みは残った。
残された恨みは幼きパヌトゥへと向かった。
「みんなお前のせいだ!」
パヌトゥは物心つく前から、あらゆることで仲間たちから迫害され、苛められて育った。
少年期を過ぎてからは、誰もやりたがらない雑多で過酷な労働を負わされた。
パヌトゥはなんら希望もなく、愛する人もおらず、愛してくれる者もおらず、救いの手を差し伸べてくれる者もいない、絶望の日々を送っていた。
エルフの長老たちは、幼きパヌトゥになにも責任がないことは理解していた。
だが合理的な彼らは、パヌトゥが一人で犠牲になり、多くのエルフが精神の平穏を得られるのであれば、それでよいと思っていた。
ある日、森に争いがやって来た。
山で死に絶えたトロールの最後の生き残り、【火炎山の魔王】ガランザンが一人で攻めてきたのである。
「たった一人で何が出来る!」
エルフたちは笑った。
しかし魔王ガランザンはまさしく鬼神の如き強さを誇り、戦いは熾烈を極めた。
しばらくして森の奥から突然、火の手が上がった。
「敵だ。森の奥にも敵がいるぞ」
エルフたちは浮き足立った。
けっして他の種族を踏み入れさせてはならない森の最深部に、炎が上がったのだ。
雲の子を散らすような騒ぎになったエルフたちを、ガランザンが次々に薙ぎ倒していった。
森の半分が焼け、多くのエルフが死に、生き残ったエルフは別の森へ逃げた。
戦いはガランザンの大勝利となった。
※
燃えカスとなった戦場で【火炎山の魔王】ガランザンが歩いていると、エルフの少年を見つけた。
ガランザンは剣を抜いたが、そのエルフはガランザンに気がついていないようであった。何かを探しているのか、地面を見て歩き回っている。
「何をしている?」
不思議に思ったガランザンはつい尋ねた。生き残りのエルフは逃げたはずである。答えを聞いた後、少年を殺すつもりであった。
「まだ生きているエルフを探している」
少年に動揺した様子は一切なく、地面を見ながら答えた。ガランザンのことを少年は気づいていたのだ。
「俺は【火炎山の魔王】ガランザンだ。お前はなぜ逃げない?」
「私には逃げるよりも優先することがある。それが生きているエルフを探すことだ。故に逃げない」
「若いが仲間おもいだな。敬意に値する」
ガランザンは仲間の元に送ってやろうと、剣を振り上げた。
だがエルフの少年が持っているものは、治療用の薬ではなく、血塗られたナイフであった。
「まだ生きていたら、止めを刺さねばならない。今ほどエルフを殺せる時はもうこないかもしれない。私に逃げる暇などない」
もう何人も殺したであろうナイフには、生々しく赤い血が滴り落ちていた。
「なぜだ? お前はエルフじゃないのか?」
仲間を第一に思うトロール族のガランザンにとって、エルフの少年の行動は理解を超えていた。
「私は生きとし生けるエルフが全て憎いからだ」
「お前もエルフだろう」
「その指摘は正しい。だが私を苦しめたものはエルフだ。目を瞑れば殺したいエルフばかりが思い浮かぶ。この世界に私以外のエルフがいなくならなければ、私の苦しみは終わらないだろう」
少年の目には憎悪の黒い炎が灯っていた。同族を許さない、むしろ自分に親しい者を積極的に傷つけたい狂気の炎。
火炎山の王は戦いのさなか、森の奥が燃えたことを思い出した。
「森に火をつけたのはお前か?」
「その指摘は正しい」
「名前は、なんと言う?」
「パヌトゥ。【ケヤキの大弓】ポーメッツの息子」
「ではパヌトゥ。その憎しみが俺には必要だ。ともに来るがいい」
エルフでありながら、森を焼く禁忌を犯す少年。同族を積極的に殺そうとする狂気。
ガランザンは、パヌトゥを自身と同列の男だと認めた。
「お前が、俺を、必要としてくれるのならば」
ガランザンの言葉に、パヌトゥは頷いた。
【火炎山の魔王】ガランザンに、初めての仲間が出来た。
やがて彼は、【林冠】パヌトゥと呼ばれ恐れられるようになる。
《闇と絶望が覆い尽くす世界を、貴方の業炎が焼きつくしてくれた。貴方が私を必要だと言ってくれるのならば、私もまた貴方とともに世界を焼きつくそう》
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