第二章 ある少年が魔王になるまでの第一歩

第16話 魔王の誕生

 ある山にトロールたちが住んでいた。


 トロールたちは気性が荒いものの、基本的に平和に暮らしていた。


 ある時、山脈が轟音を立てて燃え上がり、山頂から溶岩を噴出した。


 トロールたちは仰天して逃げ惑った。


 だがトロールがふもとの森に逃げようとすると、エルフたちがそれを遮った。


「森は我々の領土である」


「山が噴火したのだ。助けてくれ」


 エルフが山を見ると、確かに山は燃えていた。


 しかしエルフにとっては森が全てであり、山がどうなろうと知ったことではなかった。


「そちらの事情は知らない。森は我々の領土で、山がお前達の領土だ。山に帰るがいい。森には一歩も入れん」


 エルフは断固としてトロールを入れなかった。


 トロールは次に平原に逃げようとしたが、それも人間が遮った。


「トロールよ、いかなる野心を持って草原に現れた」


「人間よ。山が噴火したのだ。どうか一時、平原に避難させて欲しい」


 人間が山を見ると、確かに溶岩が山を覆っていた。


しかしトロールが平原に住んだら、いずれへ領土を奪われるかもしれない。


 そう考えた人間の王そう考えた。


「さも底の浅い策よ。我々は騙されぬぞ。トロールよ、山へ帰るがいい」


 人間たちはトロールの避難を拒否した。


 トロールたちは頼る者がなく、神に祈りを捧げた。


「神よ。もしあなたに慈悲の心があるなら、我々をお救い下さい」


 しかし神はマーメイド族を守護しており、普段は神を頼っていないトロール族など、神にとってはどうでもよかった。


 神は信者であるマーメイドたちに尋ねた。


「我が子らよ。トロールが火山で苦しんでいるが、いかがする」


「神様、火山とは何ですか?」


 マーメイド族の王である【珊瑚の女王】イオナが、神の問いに質問で返した。


 神の信者であり、同時に海に住む頭の悪いマーメイドたちは、噴火というものがどれほど恐ろしいか理解できなかった。


 神はトロールたちの祈りを、耳をふさいで無視することにした。


 ようやく溶岩は止まった。


 だが山は荒れ果てており、食べるものがなかった。

 やがてやってくる冬を前に、トロールは誇りを捨ててゴブリンに頼った。


「ゴブリンよ。どうか春まで食べる食料を分けてはくれまいか」


 トロールたちの申し出を聞き、ゴブリンの王は小躍りして喜んだ。


「今なら勝てるぞ!」


 ゴブリンは全軍を挙げてトロールの集落を襲い、残りわずかな食料を全て奪っていった。


 トロールは無双の戦士であるが、空腹で倒れ掛かっていてはゴブリンを止めることすらできなかった。


 やがて冬がやってきた。


 飢え死にするのを待つばかりのトロールたちに、トロールの族長が言った。


「これからわたしの知っている知識の全てを伝える」


 飢えているトロールたちは、訳もわからずそれを聞いていた。


 やがて族長は話し終えると、自ら剣で自分の胸を刺した。


「わたしの知識と、肉を皆で分けるといい」


 トロールたちは族長の意思を悟り、肉を皆で分けた。


 肉がなくなると、次の者が知識を伝え、肉を分けた。


 次々とトロールたちは命を分けた。


 最後に残された少年と少女。


 一族の血を残す希望を託された二人であった。


 少年はまた体力を残していたが、少女は餓えに耐えることができなかった。


「死なないでください。貴方が死んだらわたしは一人ぼっちです。お願いですから死なないでください」


 少年は涙を流して懇願した。


 少年は生き残らねばならなかった。


 だがもう分け与える肉がない。


 少年には懇願することしかできなかった。


「……あなたが、しんぱい」


 トロール族は一族の繋がりを何も寄りも大切にする。


 少女はたった一人で取り残される少年を心配したが、どうすることもできず、そのまま衰弱死した。


 そして春がやってきた時、この山にトロール族は最後の少年しか住んでいなかった。


 悲しみの涙が枯れ果てた赤い瞳。


 怒りと絶望によって色素が抜け落ちた白髪。


 知識を忘れぬために体中に刻まれた傷。


 世界に比類ないほどの悪意と憎悪を向ける魂。


「エルフよ、人間よ、マーメイドよ、ゴブリンよ。お前たちは何も悪くない。当然のことをしただけだ。だから俺も、当然のことを返してやる」


 トロールの少年は世界全ての生きとし生ける者への復讐を誓った。


 彼はのちに【火炎山の魔王】ガルガランドと呼ばれるようになる。


 世界に不幸が訪れる、第一歩であった。




《こうして誰も助からず、みんな不幸になりました。めでたしめでたし》

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