第15話 信仰の民を得る5(マーメイド)

 この世界にも神がいた。


 神は自らを信仰する民を探していたが、全ての種族が神を信ずる道を拒否した。


 神は孤独であった。


 神は水面に顔を出す人影を見つけた。


 それは海に住む愚鈍な種族、マーメイドであった。


 頭が悪過ぎる彼らを、神は信仰民の対象から除外していた。


 しかしもはや選択の余地がなかった。


 神は最後の望みを託し、海洋にその姿を現した。


 突然現れたドラゴンのごとき巨大な、神を名乗る存在にマーメイドたちは大騒ぎになった。


「わたしは神であり、この世界の創造主である。わたしを信仰すれば幸福をやろう」


 混乱するマーメイドたちの中で、一人のマーメイドが神の前に立った。


 彼女こそ全てのマーメイド族を統べる、【珊瑚の女王】イオナである。


 イオナ女王は冷静に神の言葉に応対した。


「神よ。信仰とは何ですか?」


「わたしの言葉はすべて正しく、わたしの言葉に従い生きることだ」


「そうですか」


 マーメイドたちはその言葉の意味を理解していなかった。


 イオナ女王は多少なりとも理解は出来たので、鷹揚に頷いた。


「神よ。幸福とは何ですか?」


「先ず精神が充足し、やがて物質的にも満たされることである」


「なるほど」


 それはイオナ女王にはまるで理解できない言葉であったが、しかし女王は頷いた。


 イオナ女王の視線は、信者を持たぬ彷徨い神をしっかりと見つめていた。そして必要なことを端的に尋ねた。


「神は世界を愛しておられるのですか?」


「……無論である」


「神は我々を愛しておられるのですか?」


「お前たちがそう望むのであれば、そうなるだろう」


 問答が終わった。イオナ女王は必要なことが全て聞けたことに満足した。


「わかりました。世界を愛し、我らを愛する神よ。わたしは貴方を信じます。我々マーメイド族は、神のお言葉に従い生きることでしょう」


 イオナ女王は神に頭を下げた。


 成り行きを見守っていたマーメイドたちも、慌ててそれに従った。


 マーメイドたちの言葉に嘘はなかった。


 しかし知恵が足らず、神の言葉を半分も理解できないであろうことも、神には分かった。


 だが神はマーメイドたちが嘘偽りない言葉で自らに頭をたれる姿を見て、マーメイドたちが愛おしくて仕方がなくなっていた。


「海に住む者たちよ。お前達が嘘偽りない眼でわたしの言葉に耳を傾ける限り、お前達がどれほど愚かであろうとも、わたしはお前達の信仰に答えよう」


 こうしてマーメイドたちは神の庇護を得ることとなった。




《貴方が正しいのか、私にはわかりません。私は何も知りません。何もわかりません。貴方が何者かも知りませんし、私が何者かも知りせん。私の疑問に全て応えてくれるなら、私は貴方に従います》

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