第10話 エルフとゴブリンの優先順位

 森はエルフの領土である。 


 ゴブリンにとって森は便利な資材の宝庫であり、宝を独占するエルフが邪魔でしかたがなかった。


 一方、エルフにとって森は世界の全てであり、ゴブリンが侵入する事など言語道断であった。 


 お互いの主張が激突し、ゴブリンとエルフが戦争を始めた。


 賢いエルフと数の多いゴブリンの戦争は決着がつかず、戦争は長期化して、被害ばかりが大きくなっていった。


 エルフの長老たちは相談し、無関係な第三者に調停をお願いすることにした。


 たまたま旅をしていた【放浪の姫君】レィナスが、その役に選ばれた。

 エルフの長老がレィナス姫に告げた。


「無法なゴブリンどもの蛮行、伐採を止めてもらいたい。さすれば我々エルフ族はすぐにでも戦争を止めよう」


「なるほどゴブリンにそう伝えます」


 レィナス姫はエルフの書状を携えて、ゴブリンの領土に行った。


 ゴブリンの王もまた被害が大きくなるばかりの戦争は早く止めたいと思っていた。


「森でのエルフたちの虐殺を止めさせろ。そうすれば我々ゴブリン族はすぐにでも戦争を止める」


 ゴブリンの王は渡りに船であるレィナス姫の申し出に、そう言って答えた。


 伐採をやめて欲しいエルフ。


 伐採の邪魔をやめて欲しいゴブリン。


 双方の主張が食い違い、調停は難航した。


「意見が真っ向から食い違っている。どうすればいいんだ」


 レィナス姫はこの難問を解くことができなかった。





【放浪の姫君】レィナスは散々悩んだ挙句、解決策が思いつかないので【朱の騎士】ベルレルレンに相談した。


「ベルレルレン。なにか良い方法はあるか?」


「戦争している両者が好き勝手なことを言って平和にならない、と」


「口が悪いがその通りだ」


 ベルレルレンが冷笑を浮かべた。


「では本心では平和を望んでいないのでしょう。戦争狂どもには殺し合いがお似合いです」


「戦争狂だと。エルフもゴブリンも平和を望んでいるぞ」


「ご冗談を。手前都合な平和なぞ、占領と変わらないでしょう」


 レィナス姫の反論に、ベルレルレンは笑って答えた。


 レィナス姫は調停の失敗を連絡した。


 エルフの長老は姫君を無責任、無能と罵ったが、仕方ないので戦争はさらに続いた。


 被害は拡大の一途を辿ったが、休戦交渉はお互いの誇りと利益が食い違い進まなかった。


 エルフも数を減らし、ゴブリンも数を減らした。


 森は荒れてエルフは悲しみ、生産性のないゴブリンには飢えがやって来た。

 それでも休戦は出来なかった。


 やがて冬が訪れようとしていた。


 このまま戦争が続けば、エルフとゴブリンの双方ともが絶滅は逃れられない。


 エルフの長老たちは再度、レィナス姫を呼んだ。


「放浪の姫君よ。かつて罵った非礼は詫びる。なんとか平和を我々に届けて欲しい」


「平和になれば、宜しいので?」


「冬がくるまでに戦争が終わればそれでいい」


 エルフの長老から言質をとり、レィナス姫は再度、ゴブリンの王に面会を求めた。


 レィナス姫はゴブリンの王に謁見すると、やおら地図を取り出して、地図上の森の端に一本の線を引いた。


「ここまでの森ならゴブリンは入っていい。だがここから先に入ってはダメだ」


「なんと酷い条件だ。これでは我々ゴブリン族は、森から必要な量の材木が得られない!」


 レィナス姫は何も言わずに地図をしまい、会見の場から立ち去ろうとした。


 まったく躊躇のないレィナス姫に、ゴブリンの王は慌てて呼び止めた。


「待て! 待て待て待て!! 放浪姫の言にも一理ある。それで平和になるのなら我々は承諾する」


 一方でエルフの長老たちも、姫君の提案した和平案には驚愕した。


「なんという条件か!? 一部とはいえ森を割譲することは、我々にとって腕や足をもがれるのと同然だぞ!」


「死ななければ右腕をもがれる痛みがわからないのであれば、止めはいたしません。どうぞご勝手に」


 レィナス姫は冷たく突き放した。


 そうするようにベルレルレンに指示をされていたからだ。


「……屈辱極みに達するが、受け入れよう」


 エルフの長老たちはうな垂れ、唇を噛み、涙を流し、渋々ながらもその和平案に署名をした。


 こうして森に平和が訪れた。




《お願いです。心からのお願いです。貴方に平和を愛する心と、慈悲の精神があるなら、私の些細な願いを聞き届けて下さい。伏して願います。どうか、どうか。どうかお願いですから、私の奴隷になって下さいませ!》

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