第2話 放浪姫の旅立ち
ある人間の国では、王族の誰かが規定の年齢に達すると、諸国を放浪する慣わしがあった。
王宮にいては得ることができない、世間の見聞を広める為である。
その国の王には4人の息子と1人の娘がいた。
長男の王子が成長すると、周囲の者たちは彼が放浪の旅に出ることを期待した。
だが長男の王子はその慣わしに反発した。
「放浪の慣わしは素晴らしい。しかし俺が放浪中に死んでしまったら、この国はいったいどうなるのか? この国の将来の為にも、俺は国を出るべきではない」
やがて次男の王子が成長した。
しかし次男の王子もまた、放浪の旅には反対した。
「私は体が弱い。とても諸国を放浪などは出来ない」
成長した三男の王子もまた、放浪の旅には出なかった。
「放浪の旅は見聞を広める為に大いに有用である。しかし私は神へ仕える道を選ぶので、旅へは出られない。長兄か次兄がすぐさま旅へ出るべきである」
次に生まれた長女レィナス姫は、成長すると旅の準備を始めた。
長男も、次男も、三男も、全員それには驚愕した。
てっきりレィナス姫は、四男の弟に旅の義務を譲ると思っていたからである。
このままでは女に放浪の旅をさせた男になってしまうと考え、次男と三男の王子たちは慌ててレィナス姫を止めた。
だが説得の甲斐なく、レィナス姫は静かに言った。
「わたしは長男ではなく、病弱ではなく、神に仕えていない。しかし放浪の慣わしには破るわけにいかないので旅に出ます」
こうしてレィナス姫が諸国を放浪することが決った。
レィナス姫が旅にでることが決まったある日のこと、四男の王子が聞いた。
「なぜお姉さまは、放浪の旅に出るのですか?」
「それがわたしの義務だからよ。わたしは誰にも負けたくないの。習わしにも、旅にも、どうせ出来ないと思っている他人にも」
レィナス姫の回答は、まだ幼少の王子には難しかった。
だが幼い王子にもわかることはある。
「旅はとっても危険です。レィナスお姉様は、そんなことも知らないのですか?」
「お前はわたしを心配しているの?」
「はい」
「本当に?」
「もちろんです」
レィナス姫は屈んで幼い王子と目線を合わせて、しっかりとした口ぶりで尋ねた。
「ならばなんでお前は、わたしの代わりに放浪の旅に出ると言ってくれないの?」
姫君の言葉に、幼い王子は絶句した。
「……僕はまだ若いから。お兄様たちの誰かが放浪の旅に出るべきです」
王子は上目遣いの弱々しい態度で、小さな返事をした。
レィナス姫は素直すぎる王子の頭を撫でてあげた。
《権利は留まり、義務は流転する》
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