死神アプリ

@kokonoku

第1話 アプリ

高校の教室(3年C組)、授業後。


 何をそんなに発信することがあるんだろう・・・

 スマホでtwitter、SNSに書き込んでいるクラスメイトたちを見る。

 画面を見て一喜一憂している彼ら。

 その楽しさが分からない訳でもない、でも、それに夢中に慣れる程でもない。

 取りつかれた様にスマホを操作している彼らを眺める。


 退屈だ。

 毎日同じ事の繰り返し。

 朝起きて、学校に行き、授業を受け、家に帰ってご飯を食べて寝る。

 家族と友達と過ごしていると、いつのまにか時間が経っていく。


 そんな平穏で、ぬるま湯のような退屈な毎日を繰り返す。

 ニュースを見ると、そんな平穏を壊すような事件や芸能人のゴシップ。

 どうでもいい事ばかり。


 退屈だ。

 世の中ほんと腐ってる。


 スマホの振動を腿に感じ、ふと画面を見るとそこには見知らぬアプリ。

 黒い背景に、白字で「死」という文字のそれ。

 なんだこれ?ゲームだろうか?

 こんなアプリを入れた覚えはない。

 でも、どこか興味が惹かれるアプリだった。

 中々凝ったデザインがされたアイコンだ。


 何気なくタップすると、アプリが起動する。

 「死神アプリ」というタイトルが表示される。

 それがこのアプリの名前の様だ。

 死神のようなキャラクターと髑髏が表示される。

 地獄の風景でも表しているのかもしれない。

 画面をタップすると、


◇――――――

 あなたには、叶えたい夢がありますか

 何を犠牲にしても達成したい目標

 求める理想

 扉を開けば、素晴らしい世界のはじまりです

――――――◇


 ほう、死神の誘惑か。

 昔からありふれたものだな。

 確か神話か何かでも、リンゴか何かで人をつって後から酷い目にあう話が合った気がする。でも、今どき夢を語るって・・・死神もネタがつきたのかな。

 今の世の中、そんな熱いものは受けないよ。

 平穏にそこそこの娯楽で十分だよ。もうちょっと趣向を凝らした方がいい。

 時代に対応して誘惑を変えないと、誰も引っかからない。 


 数秒経つと、次のページに進む。


◇――――――

何かを得るには、何かを失う必要があります

それが自然の摂理

犠牲なくして得られるものはありません

扉を開けるのには生贄が必要です

――――――◇


 目的を叶えるためには生贄か・・・

 定番だな。まぁ、死神だからそんなとこだろうと思っていた。

 死神がなんの見返りも無しに手はかさないだろう。

 巧妙に甘い餌でおびき寄せて、最後に後ろから刺すが死神だ。 

 それでこそ悪魔だろう。

 与えて奪う、それが死神のイメージだと思う。


 でも生贄か、なんの事だろうか?

 ゲームアプリか何かだろうから、課金でもすればいいのかな? 

 最近のゲームは課金方法にこってるらしいから、被らないように工夫しているのかもしれない。 

 

 再び画面が変わる。


◇――――――

扉を開けるには、以下の素材を人形に吹き込む必要があります

◆必要素材

 頭  2つ

 胴体 2つ

 右腕 2つ

 左腕 2つ

 右足 2つ

 左足 2つ

 目  4つ

――――――◇


 糸でつられ、力なく倒れている人形が2つ画面に映っている。

 生気がなく、ピクリとも動かない人形。

 だらんと垂れ差がった腕と脚。


 この素材を与えれば、この人形達が動き出すのだろうか。

 そんな雰囲気を感じる。

 脱力しきっている人形はどこか空虚で、押し入れの奥にでもポツリと放置されているかのような気配があった。昔子供に遊ばれたが、今は放置された人形といった感じか。哀愁溢れ出る人形達だ。


 それにしても、よくできてるな。

 画像、3D?のレベルが高くてつい目を奪われる。

 死神は生きているように感じるし、人形はそれまで動いていたかのような印象を受け、まるですぐにでも動き出そうな感じだ 

 久しぶりにこういう画像を見たけど、技術の進化を感じるよ。

 大手メーカーが作ったゲームなのかもしれないな。でも、変だな、製作元のロゴも何も出なかった気がする。まぁ、いいか、見落としていたのかもしれない。小さな文字で画面のどこかに映っていたのかもしれないから。


 画面の動きが止まった。数秒立っても変わらない。

 ずっと門と人形のページだ。

 どうやら、この「生贄」というのを捧げないとこの先には進まないようだ。

 とりあえず、押してみるか。


 画面の隅にある「生贄」ボタンを押すと、


◇――――――

 候補を検索中・・・

――――――◇


 数秒後、


◇――――――

◆生贄リスト

 神代白

 佐藤一郎

 久木田隆三

 ・・・

 ・・・


――――――◇


 !?なんだこれ?

 なんでこんな・・・

 いや、それより一体どうやって・・・


 画面に表示されたのは、俺の名前と周りにいるクラスメイト達の名前。

 先頭の神代白(じんだいはく)という俺の名前の後に、ずらりと並ぶ見慣れた名前。

 

 どういう事だ?

 付近にいる彼らの名前が一覧表示されている。

 彼らも同じアプリをインストールしているのか?

 ネット通信できるゲームでは、近くにいる者の名前が表示されるものもあったはず。

 

 いや、でもそれはおかしい、数が多すぎる。

 全員が全員同じアプリをインストールしているはずがない。そんなことはありえるはずがない。

 スマホに最初から入っているアプリならともかく、名前も聞いた事がない初めて見たアプリだ。俺は決してアプリに詳しいわけではないが、全く知らない訳でもない。人気のアプリやゲームは友達や妹から時々耳にするが、こんなアプリ、聞いた事がない。

 

 なら何故、画面にクラスメイトたちの名前が表示されるのか。

 それはゲームのアカウントネームではなく、まぎれもない本名だ。

 まさか全員が公開されるネームに本名を登録している訳がない。それなら、自動的に、意図せずに公開されているのか。

 そうだとしたら、社会的にもこんな個人情報をばら撒くアプリ、許容される訳はないだろう。

 どういうことだ?


 まぁ、落ち着こう。

 どういった仕組かは分からないが、何らかの手段で周りの者の名前を表示させているのだろう。詳しくないので分からないが、それだけなら各スマホの個人情報を読み取って表示させていると考えれば不可能じゃないのかもしれない。完全にまともなアプリじゃないと思うが。


 試に一人の名前をタップすると、


◇――――――

生贄にしますか?

部位を選択して下さい

――――――◇


 各部位が強調された人形のシルエットが表示される。

 

 どういう意味だ、これ?

 生贄?部位・・・

 まさか、これ、周りの人々を人形の生贄にできるのか?

 ボタンを押したらどうなるんだ?

 

 腕を押したら腕が無くなり、足を押せば足がなくなるのか?

 アプリのボタンを押すだけで、そんな事が可能なのか?


 次々に湧き上がってくる疑問。

 それに応える様な説明は、アプリからでてこない。

 画面に映っている空虚な人形がこちらを見つめている気がする。


 いや、ただのシミュレーション、ジョークアプリだろう。

 まさか、アプリで人に何かできる訳がない。まして、人の体をどうこうなど。

 考えすぎだ、そんな事できるわけがない。

 ちょっと空想が過ぎたのかもしれない。

 ただ、架空に他人を生贄にして遊べる悪戯だろう。

 くだらないゲームだ。

 昔からある不幸の手紙や、チェーンメール、ネットの都市伝説。

 それがただアプリになっただけだろう。

 「手紙やメールを他の者に回さないと死ぬ」と書かれていても、実際は誰も死なない。

 その手のものだろう。


 全く、技術は進歩してもこういうのは変わらないんだな。

 皆、こういうくだらないものが好きなんだろう。いつまでたっても変わらない。

 人の性質の様なものかもしれない。


 でも、ここまで凝ってると逆に面白いよ。

 なんでこんなに真面目に作ってあるのか知らないけど、興味は惹かれる。

 作った人は相当だよ。よくできてるよ、滅多にゲームなんかしない俺も惹きつけられたんだ。最近のアプリは凄いな。


 帰り道の暇つぶしに、ちょっと遊んでみるか。

 退屈しのぎにはなるだろう。

 俺は席を立ち、教室を出た。


 歩きながら、スマホを見る。

 えっと、生贄に必要なのは、「頭、右腕、左腕、胴体、右足、左足、目」。

 それが各2つづつ。

 各部位を合わせると人間一人分で、それが2セットか。

 これらを捧げて動かない人形を人にするって感じのゲームかな。


 素材を集めて人間をつくる、う~ん、いかにもゲームチックでいいね。

 人工的に人をつくるのはまだ人にはできない分野だし、映画やアニメではお馴染みの題材だ。そういえば、昔のアメリカ映画でそんなのが合った気がするな。


 でもこれが本物で、もし生贄にした対象者が死んだらが俺が殺人犯か?

 アプリが殺したんだから違うのか。いや、死ぬと分かって道具を使ったのだから俺が殺人犯になるのか?爆弾のスイッチを押した者のように。

 それは違うか、「アプリで人を殺せる」って事が証明されない限りただの不可解な死だ。ある人が死んで、「その人を超能力で殺しました」と別の人がいっても誰も信じない、それと同じだ。という事は、俺は殺人犯ではないという事か。


 ははは、そんな真面目に考える必要ないか。

 銃で人を殺すゲームやって、自分を殺人者と認識する者などいないだろう。

 それなら世界の多くの人、いや、特に日本人の多くは殺人者になるはずだ。

 例え、ゲームの中で人を殺した瞬間に誰かが死んでもそれにはなんの関係性も無いだろう。

 これはただのゲームだ。空想のシミュレーション。

 

 それならゲームに付き合うか。

 偶にはこうして暇をつぶすのもいいのかもしれない。

 そうなると、生贄が人間一体と指定していないところが気になるな。

 わざわざ部位ごとにパーツが分けられている。

 一人の人間から全てのパーツを生贄にするか、それとも複数の人間から一つ一つパーツを集めるか選べるようだ。

 さて、どっちがいいのか?


 犠牲者の面から考えれば、複数の人から取る方がいいかもしれない。

 一人から全部取れば、間違いなくその者は死ぬだろうが、一つ一つ取れば、場合によっては死ぬことは紛れる者もでてくるだろう。頭、胴体の生贄にされた者も助かるのが厳しいと思うが、他の者なら死ぬことはないはずだ。

 だから最低限に犠牲に抑えるなら、頭と胴体を一人、この者は死ぬ。他の者からは、一部分づつ奪う。一人から右足、もう一人から左足と。そうすれば、被害者は増えるが、各人の被害を最小限に抑えることが出来る。死が最大の犠牲と考えるなら、これがベストだ。

 だが待てよ、それならいっそ一人から全ての生贄を集めた方がいいかもしれないな。

 死んでも問題がない人間を一人選ぶ方が良いだろう。例ば死刑囚や、事故や病気により、後1時間で死ぬ者などを犠牲にすればいい。死ぬと決まった者、余命が少ないものだ。

 人生の残り時間が少ないものを生贄にし、新たな生命を誕生させる。この場合は人形の様だけど。それなら、人類全体の面からみれば有益な事のように思える。臓器移植のドナー登録をより一歩進めた感じかな。


 だが、そういった者を生贄にするのはさすがに少し面倒だな。このアプリ、近くの者しかリストに表示されない、つまり生贄にできないようだ。日本で死刑など滅多に執行されないし、俺が近づくのは難しい。事故や病気の場合は、救急病院で待機していればどうにかなるかもしれないが、そこまでするのも面倒だ。

 こんなよく分からないゲームでそこまで熱くなるのも馬鹿らしい。

 スマホのゲームなんだから、電車の中や、授業合間の隙間時間の暇つぶしで終えたい。 

 わざわざ、ゲームの為に時間をとられたくないな。


 それより、先程からアプリの更新され続けるリストを見ているが、大まかにこのアプリの性能が見えてきた。


 画面を見ると、今の表示は以下だ。


◇――――――

◆生贄リスト

 神代白

 加藤一郎

 伊藤弘文

 ・・・

――――――◇


 俺の名前が先頭なのは変わらない。

 それ以外の者は、単純に近くにいる者の名前が表示されている。

 少し歩くと、彼らの名前が消え、別の名前が表示される。


◇――――――

◆生贄リスト

 神代白

 佐藤三詩

 伊藤次郎丸

 ・・・

 ・・・

――――――◇


 歩きながらスマホを眺める。

 どうやら、一定範囲内にいる者の名前が表示されるようだ。

 距離でいうと、俺を中心に10m以内というところか。

 いや、正確には多分スマホを中心にだろうな。

 確かめるには、スマホをどこか見通しが良い場所に放置して双眼鏡で画面を確認したり、誰かにスマホを持ってもらい、俺が離れた際の画面を確認して貰えばいい。まぁ、どちらもやる気はないが。


 立ち止まってスマホを見ていると、周りの人が通り過ぎていくのと同時に、画面に表示される名前も変わっていく。

 スマホを持っていないだろう小さな子供でも名前が表示されていることから考えれば、スマホの個人データを読み取っているという訳でもないようだ。一体どういう仕組みなんだか。付近にいる者から何らかの個人データを抽出し、データバンクと照合して個人の名前を表示していると考えるのが自然か。でも、データ抽出方法も膨大な数のデータバンクもありはしないと思う。全く見当がつかない。

 

 後、当たり前だが、近くに居た犬や猫の名前は表示されなかった。

 予想を超えた機能なので、ポチや太郎などの名前でも表示されるかと僅かに期待したが、そうではないようだ。残念だ。

 でも、まぁ、そうだろうな。

 名前が表示されるアプリだ、人ではない者は多分表示されないんだろう。飼い主がいない、名前のない犬や猫はどうなるか謎だ。犬同士の世界では個体を識別しているだろうから、その名前が出るのかもしれないな。どういう風に識別しているか分からないし、名前などのないかもしれないが。


 だがそんな事より大きな理由が一つ。

 生贄をささげる人形がどう見ても人型だ。人以外の素材が適合するとは思えない。 

 犬の足と人の足は形が明らかに違う。それじゃ、キメラになってしまう。人の子供と大人、男と女、痩せている人と太っている人でも形は違うが、そこらへんは多分許容範囲なんではないかと思う。リストに表示される=生贄にできると考えればそうなる。


 通り過ぎていく通行人を見ていると、名前が次々と更新されていく。

 名前の表示が消える&現れるタイミングで誰がどういう名前かは大概分かる。

 知っているクラスメイトの名前はともかく、知らないサラリーマンや主婦らしき人の名前が表示されるのは新鮮で面白い。へぇ~、こんな名前なんだと素直に驚きがある。若い主婦の人の名前が古風だったり、逆におじさんの名前が若者風だったりする。それに、いかついお兄さんの名前が純朴な名前だったりする。


 名前と見た瞬間に受ける印象はまるで違う。そんな当たり前のことを今さらながら思う。

 でも、これは面白い。

 名前を予想して、合ってるかどうかアプリを見て確認する。

 問題に対して回答が膨大なのでまず当たらないが、時々名字だけ当たったりするのが地味に嬉しい。確率的にみれば、日本で多いだろう「佐藤」や「伊藤」などの名字や、この地域で多いそれを予想すれば当たりやすいんだろうけど、それは膨大な数で試した場合。自分の周りで数少ない問を繰り返す場合は、ほとんど効果はない。だから運と偶然が全て。それだからこそ、そんな一人遊びが中々面白いかもしれない。

 

 暫らく名当てゲームをしていると、しだいに飽きてくる。

 単調な刺激にはやっぱり慣れきて、ある思いが浮かんでくる。


 とりあえず、誰か一人でも生贄にしてみるか?

 それならば、生贄にする部分は、影響が最も少なそうな部位・・・目でも。

 片目なら、足や腕、ましてや顔や胴体よりましだろう。 


「・・・」

「・・・」


 いや、やっぱりやめておくか、例え冗談だとしても不謹慎だ。

 人を犠牲にするようなことはしてはいけない。

 ゲームだとしても、これは度を過ぎてると思う。

 こういう遊びは止めた方がいい。あまり良い気分がしない。

 誰かの部位を生贄にするなんて、正気の考えじゃない。

 全く病んでるよ、このゲームは。そして、このゲームに乗ってしまった俺自身にも反省だ。退屈は敵だな、いや、それだけこのゲームが上手くできていたと思うようにしよう。


 まぁ、少しの間色々考えることが出来て楽しめた。

 課金した形跡がないので、多分フリーゲームだろう。無料で楽しめたんだから、それだけでよしとするか。いい退屈しのぎになった。

 実際、お金を払ってもいいぐらいの娯楽だと思うよ。

 倫理的、法的な問題は多々あると思うし、どういう仕組みが分からないけど、付近の人の名前を表示する技術は凄い。

 でもこれじゃ、ソシャゲーに課金する人を俺も馬鹿に出来ないな。くだらないゲームだと思っても、気づくと時間が経っている。後から振り返って驚くぐらいだ。案外、他の人もそんな感じなのかもしれないな。


 でも、マジになることはないな。

 このアプリはゲームだろう。そしてゲームはゲームで、現実は現実だ。

 ゲームと現実を区別できないわけじゃない。

 一時の退屈しのぎが出来ただけだ。


 さて、家に帰るか。

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