第22話

 なんとか間に合った。それが僕の偽らざる感想であった。

 エリカも詠もぼろぼろで、立っているのもやっと。そして敵のほうを見れば。

 姉さんが予想したとおりの人物――鍋島兵庫――が立っている。

 そして彼の背後には数千の《バグ》達。


「おい、椋野……どうしてここにいるっ!!」


 詠の怒りに震える声が僕の耳朶をうつ。


「お前を安全な場所にやることができたのに。いまさらお前がいてもどうしようもならない。このままだと結局三人とも死んでしまうんだぞ!」


 確かに怒るのはもっともなんだけど……。残念ながら今の僕には彼女と打ちあっている余裕はない。

 そして鍋島先輩はこちらをあざ笑うことなく、非常に慎重な面持ちでこっちを見ていた。警戒しているのか?ならば仕掛けるのは早い方がいい。

 僕は既に痛くなってきている頭に活をいれながら、大きな声で叫ぶ。


「《紙造り》!!」


 結局、この《アプリ》が僕が戦うすべだったのだ。

あたりを舞い落ちる白いもの、つまりは僕が創りだした紙吹雪の一つ一つが、まさに鋼の強度でもって、《バグ》大隊に、整然と、しかしまさに吹雪のように、襲いかかる。

 次の瞬間、あたりは《バグ》達の肉片があたりに散乱し、すぐそれは塵になって消えていく。


「なんで、なんでシュン君が《フレームワーク》を使いこなしてるの……」

「ふむ……はじめてあいつの評価を上げる機会がやってきたようだな」


 はあっ、はあっ。

 女の子二人は好き勝手なことを言ってくれているようだが、こっちはそれどころではない。たった、あれだけのことをしただけで。

 既に息はあがって肩で息をするほど、頭はガンガンと割れそうだ。

 ああ、《フレームワーク》を使うって大変だな、とどこか人事のように考えながら、僕は今度はA4サイズの紙の束を生み出してあたりに撒き散らす。

 そして、そのときがくる。


「グルルアアアっっ!!」


 生き残った《バグ》の残党が奇声を発しながら僕に襲いかかってくる。今の攻撃でできた土煙を利用して。

 兵隊たちは最近よくみる《熊》の《バグ》。僕は熊達から繰り出される鋭いツメの斬撃を「紙で」受け止める。ガツン、とにぶい音がして、攻撃が止まる。

 今度は僕の番。残っていたA4の紙一枚をナイフのように加工すると、そいつののど元を水平に凪ぐ。

 そしてすかさず、数十本単位でナイフを創りだして、投擲。

 なぜか僕の体は、鍛え抜かれた武道家のように、俊敏に反応した。

 バタバタと倒れる《バグ》達。そして倒れた先から彼らは青い光になって消えていった。

 数分後。あれほどいたはずの《バグ》はすべて消え、残すは鍋島先輩のみ。


「……やはり、君は警戒に値する人間だったな」


 ぽつり、とそんなことを漏らす。時間稼ぎだろうか。見る限り鍋島先輩自身、かなり《フレームワーク》を使っているようにも見えたけど。


「そちらも察しているように、私も限界まで《フレームワーク》を使用していて、これ以上使うことは難しいだろうな」


 では、どうするのか。逃げて捲土重来を期すとでも言うのか。

 そのとき、彼は持っていた大き目の鞄から。黒光りのする何かを取り出した。

 それは銃。人が人を殺めるための一番ポピュラーな道具であった。


「《バグ》は《フレームワーク》でしか倒すことができないが。人間ならこれで十分以上に殺すことができるからなあ」


 にやり、と鍋島先輩は愉悦に顔をゆがめ、そして、辺りに発砲音がこだました。


「…………なにッ!?」


 彼らしくない、狼狽した声。そう確かに鍋島先輩らしくない。

 その行動は《フレームワーク》の力を過小評価しているだけだ。

 そう、僕の周りを舞う紙吹雪がその銃弾をすべて受けとめていたのだから。


「鍋島先輩」

「なんだい椋野君」

「投降…………してください」


 僕の精一杯の声かけ。ただこれが通じる見込みはほとんどないだろう。それだけは肌で感じられるほど明らかだった。


「むう、君は無理なことをわかっていながらそういうことを言うのかね。《フレームワーク》という技術が様々なステークホルダーに対してどれほどの魅力を持っているか」

「わかります、でも……」

「わかってくれるならばそれでよし。私も組織人として上からの期待に応えないわけにはいかないのでなッ!」


 僕の声を遮って、鍋島先輩が大きくなにかを叫ぶと先輩を青白い光が包みこむ。そして次の瞬間、なにやら先輩の身体が大きく爆ぜたように、見えた。


「椋野ーー。あれは、《暴走体》だ」

「確か、資料でみたね」

「《フレームワーク》の暴走による力の解放――。もっとも先輩は故意にそうさせたみたいだけど……。シュン君、どうしようか。あれは時間さえかければ勝手に自滅す……」


『《暴走》なんて無骨な言葉を使わないでくれるかな』


 くぐもった声が光の中から聞こえる。


『これはそこの少女が言うような《暴走》のようなスマートでないものではないのだよ。我々の組織が開発した《フレームワーク》を暴力装置として使う一つの完成形なのだよ』


 徐々に光が収まってくる。どうやらお目見えらしい。

 暴走した鍋島先輩「だったもの」は非常にスマートな外見で、身長は三メートルほど。その姿は宇宙服のようだ。

 僕は試しに、先ほど投擲した紙ナイフをなげつけるがーー。

 カキン、と堅いを音を立てて、はじかれ、消える。


「……固いね。僕の『紙』では結構大変そうだ。詠ならどう?」

「ふむ、私の剣ならばたぶん……」


 そんなとき、おもむろに鍋島先輩が両手を挙げ、我々のほうに全ての指先を向けてくる。いやな予感がした。


「みんな、散れ!」


 二人も僕と同じ思いだったらしくその場を飛びのく。次の瞬間、今まで僕たちがいた場所を十条のレーザーが貫いた。


『さあ、最期のあがきを見せてくれ、《まほ研》の諸君ッ!』


  少し間隔があいて、次の攻撃、僕たちは物陰に隠れながらやりすごすしかない。


「ねえ、エリカ、あれに《タグ》をつけて防御力を減じたりできないのかな?」


 肩で息をしながらも優しい笑顔をこちらに向けてエリカは応える。


「時間をかけてならできなくもないけど……」

「環境変化系の《アプリ》を使える人間は希少だ。尾笹部長がいればな……」


 こうやって会話をしている間にも、鍋島先輩からの攻撃は続いている。


『ほらほら。近づいてこなければ私に一撃を食らわせることもできないぞ』

「むう、あれは絶対彼奴からの誘いだな」


 そんなことを言っている詠の顔色もあまりよくない。このまま続けば根負けするのがどちらか、それは明白。

 どうする。どうすれば奴に通じるのか。僕のイライラしながら、ずれた眼鏡をなおす。

 視界が狭まるのがいやなのか、姉さんとおそろいのソレを外してそのへんに放る。

少しだけ頭痛が治まったような気がした。


「ねえ、詠さん?もう一働き、お願いしてもいいかな?」


 僕は詠に少し説明をする。それを終えると今度は少し離れた場所にいるエリカに視線を向ける。微笑む彼女。


「《炎》のカード。お願いっ!」


 ああ、本当に最高の従兄妹を持ったんものだ、僕は。

 エリカの叫びが僕たちの攻撃の狼煙。広範に広がる炎の渦が、僕達と鍋島先輩の間に割ってはいった。

 しかしそれでも鍋島先輩はかまわずレーザーを放つが、炎の渦でどうしても狙いが甘くなり、大きく外れる。

 そして、このレーザーを放ったあと、少しだけ次の攻撃までの時間が空く。

 多分これが彼の弱点。


「いけえええっ」


 僕は紙の槍を作り出すと、ありったけの精神力をこめて、鍋島先輩に向かって投擲した。


『ふむ、煙幕のなかからの遠距離攻撃か。確かに私の図体は大きいからな。良い的になる』


 そういって彼は僕の放った槍を何事もなかったかのように受け止める。

今がチャンス、だ。


「はあああああっっッ!」

 詠が炎の渦を突破し、空中から鍋島先輩に一撃を放とうと剣を振りかぶったときだった。


『さて、私のレーザー攻撃、わざと間隔を空けて撃っていたとしたら、君達はどう対応したんだろうね?』


 嘲笑すら聞こえてきそうな、そんな声。彼は待ち構えていたかのように、詠に狙いを定め、放つ。

 レーザーが彼女に直撃し、詠は……。


「え……? よ、詠ちゃん……?」


 エリカの声が震えている。


「うむ、椋野の言うとおりだったな」


 詠の前には無数の紙のシールドが張られていた。レーザーに破られ、散り散りになりながらも、なんとかそれらは彼女を守りきったようだ。


「……一枚で駄目なら千枚重ねれば、いけるだろ」


 よし、これで詠が鍋島先輩に一発がつんと叩き込めれば……。


『ふむ、ではこれはどうかな』

「えっっ!?」


 鍋島先輩の目にあたる部分から、今までとは違う、赤い光の束が放射されて。

今度こそ、詠に襲い掛かかった。

 ズドンと爆風がして、彼女は吹き飛ばされ……。なんとか着地していた。


『ほう、咄嗟に自らの剣を盾にして免れたか……』


 詠のほうを改めて見ると、彼女の自慢の大剣が根元からぽっきりと折れていた。そして詠には再びそれを創りだす力は、ない。

 どうする。僕は頭痛を通り越して、締めつけられるような鈍痛がのなかで、酸素をもとめる魚のような状態になっている。そんな頭にふとよぎったこと。


(紙を堅くできるのなら。紙自身を他のものに変質させられるのではないか。)


――リストラクション。本来の意味は《再構築》。

すべてを壊し、作りかえることである。

 そして、《フレームワーク》におけるその言葉は、力をふるうために作りだす結界のことを指すわけだ。

 でもそれだけなのか、姉さんも言っていた。『真の《フレームワーカー》は《フレームワーク》を創りだすもの』であると。

 ただ一つだけ、明確なことがある。それは、先日エリカと交わした約束。


(彼女を、詠を、エリカを助けないと!)


 なにかエリカがわーわー言っているが、もう聞こえない。詠の身が危険なのだ。

鍋島先輩は僕達に既に余力が残っていないことがわかっているのか、ひたりひたりとゆっくりした歩調で詠に近づきいている。

 最後の気力を振り絞ってイメージする。

 彼女がいつも使う大剣を……それよりももっと硬度が高く、力を帯びていてさらに、さらに……っ!!


「《カミの造りし型紙》!!」


 僕は渾身の力をもって、創造したものを正にそれを必要とする前線に全力で、放り投げるっ。


「詠ちゃん、それを使って!」


 エリカが僕の意図を汲んで、詠に警告を発してくれた。

 ナイスエリカ。しかし鍋島先輩もそれを察知したのか、腕を上げ詠に向かって攻撃を放とうと予備動作を……。

 パンッ。

 乾いた音を立てて、遠距離から放たれた弾丸が、《暴走体》たる鍋島先輩をグラリと揺らす。


『むう、傷病人風情がこの期に及んで邪魔をするなどと……』

「その傷病人、とやらに隙を作られる御仁というもも存外たいしたことのないものだぞ」


 詠が僕が創りだした大剣を握りしめ、裂ぱくの気合でそれを、振るった。


『……ふん、そうかもしれんな』


 どうやらその一撃は《暴走体》にとって致命的なものだったようだ。切り裂かれた傷跡から、徐々に崩れだし……。残されたのは地面に伏した鍋島先輩本人だけ、そこまで見とどけて、僕の視線は空を向いた。エリカが僕に抱きついてきたからだ。


「や、やったよー、シュン君っ」

「……うん」


 尻もちをつく僕には、もはやそれを支えるだけの余力はどうやら残ってなかったらしく。

 ああ、なんで女の子の身体ってこんなに気持ちよいのだろうか、なんて考えながら、僕は意識を手放した。

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