第20話

 翌日。いつもどおりに朝起きるとリビングについて朝刊をめくる。

 もちろん昨日のことなどどこも報じてはいなかった。ただ一行、交通事故で女生徒が一人入院したことがほんの片隅に載っているだけ。朝ごはんを食べる気もなく、そのまま自室に戻る。何をするでもなく、勉強するでもなく。

 ただ自分の胸におさまっているペンダントをまさぐる。

 そういえばはじめて学校をさぼるなんだよな。両親出張でいなくて本当に良かった。ゲームなども立ち上げてみたが、特にやるきもおこらず、結局ベッドに寝そべった。


(昨日姉さんのペンダント青く光っていたな……)

 姉さんがつけているペンダントは《フレームワーク》発動体。つまり僕がものごころついたときからずっと姉さんにつけさせられていたこのペンダントも発動体なのだろうか。

 そう思って念じてみても、うんともすんともいわない。


(あれ、僕のやつは正真正銘ふつうのネックレスなのか)


 なんとなく安心した気分になる。

 《フレームワーク》と離れられた気がして。

 枕に埋まっている、携帯端末をみてみる。数件の着信とメール。もちろんすべて見ていない。

 そしてこれには昨日姉さんから転送された《フレームワーク》に関する資料がまだ入っていた。いっそのこと削除してしまおう、とコンソールに手が延びたとき――。

 ポーンと時報が時計から聞こえた。


「ああ、もうお昼か……」


 ちょうどお昼休みの時間帯だ。ふと、折角時間があるのだからすっかりご無沙汰になっている囲碁ゲームをしてようと思い立ち、機械を立ち上げる。

 はあ、《フレームワーク》で痛い目をみたのに、結局ゲームをするとか、なんか滑稽だ。

 のろのろとゲームウィンドウをみると、アラウシオさんがログインしていた。あれ、彼女なんか忙しいからしばらくやめるってメッセージを前にもらったけど時間ができたのだろうか。

 すこしだけ迷って、対戦申し込みのボタンを押した。ややあって、相手からも対戦了承の返事が来る。対局の開始だった。

 淡々と対局が進む以前と同様に、先方もこちらも音声をオンにしておしゃべりをしながらの対戦だ。


「アラウシオさん、最近お忙しいと伺っていたんですけど、その期間は終わったんですか?」

『うーん、そうですねー。終わったというより終わる前の手持ち無沙汰な期間ができて思わずゲームに手が伸びた、といったところでしょうか』

「へー、そうなんですねえ」

『ときにSYUNさん。なにやら前話したときより覇気がないようですが……。なんかあったのですか?』


 パチリ、と指された手はいつもどおりの鋭さ。そしてコメントもなかなかに鋭かった。まあ折角だから話の種にでもするかと、話をぼかしながら説明する。

「うーん合成音声でもわかっちゃいますか。すこし落ち込むことがあって。なんかさんざん振り回されたあげく、ちょっと何かあるとすぐ捨てられて……。ああ異性関係の悩みではないですよ。こう言うとそっち関係に聞こえてこまるなあ」


 自分で話してみて、改めて気づく。ああ僕って振り回されてばっかりなんだなあ、ということに。


『なるほどー。そういうときはですよ。思い切って振り回してみればどうです?』

「逆に、振り回す……?」

『そうです。SYUNさんが「俺についてこいー」と言うんです。人間が本気で、それこそ死ぬ気で、そうやって頑張れば割合なんとかなったりするものです。たとえばおいしいオレンジジュースが手に入らなかったりしたときなんて、私は本気でがんばっちゃいます』

「はあ……」


 この人は他人を振り回してしまうほどオレンジジュースが大好きなのだろうか。


『まあ私の意見はちょっと暴論ですけどね。以前から思ってましたがSYUNさんはあまりに物分りが良すぎますよ。だからちょっと言ってみたかったのです。もっとも、こんな物言い、本名も知らない同士だから言えることですが。アドバイスになったかはわかりませんけどなにかの参考になれば』


 袖ふれあうのも多少の縁といいますしね、と上品そうに笑いながらアラウシオさんはログアウトしていった。もちろんゲームのほうは惨敗。


 顔もしらない事情も詳しくない相手からもらったアドバイスだかなぐさめ。でもそういってくれる相手がいて。現金かもしれないけど、なんとなく気が楽になったことは事実だ。


(振り回す……か。《フレームワーク》もそうやってもっと使いこなせるように僕がなっていれば少しは違っていたのか……?)


 よし、決めた。使うかどうかはわからない。役に立つかもわからない。でもとりあえず。

 僕は携帯端末を立ち上げると、いつも以上の集中力で姉さんが書いた本を読みすすめていく。

 それがひと段落ついたころ。僕の目の前にいきなり立体ウィンドウが現れた。このサインはクラスメイトの杉多のものだ。どうしたんだろうか。一日休んだくらいで連絡してくるようなやつではないのだけど。


「おい、椋野。大変なことになっているぞ、おまえのとこのは大丈夫かー?」


 間延びした調子ではあるが、どうやら学校で大変なことがおきたらしい。


「いや、状況がつかめないんだけど……。というか今何時?」

「五時過ぎだが?ていうかおまえ、何か元気そうだな。風邪で休みなんじゃなかったか?」

「……ぐっすり寝てたからよくなったんだよ」


 なんとなく冷たい視線を浴びたような気がして、わざとらしく咳払いをする。対局が終わってからすでに四時間近くがたっている計算になる。


「まあいいや。なんか学校のサーバーが全部飛んじゃってデータがほとんど吹っ飛んだんだと。そんなわけで放課後の部活はすべて中止。今からバックアップを使って復旧作業」


 学校で使う教科書やノートのデータは学校の共有サーバー上に保存してある。

 二重三重にバックアップやらがあるはずなので、致命的なデータ損失にはならないんだろう。まあ今日作ったものはだめなんだろうけど。

 そして、僕にはこの現象が《まほ研》がらみで生じたものであることをほぼ確信していた。


「学生証もなんか全部データがロストしたんだと。なんか学生証を全とっかえしなきゃならんらしいぞ。帰りのホームルームで先生が通知してやがった。で、それをお前に伝える大役を仰せつかったというわけだ。朝一から学校の正門付近であるからちゃんと忘れずに交換しておけよ」

「おう、助かったよ。何も知らずに学校へ行くとこだった」


 明日は学園にはやくいかないと大混乱だな。


「さて、伝えたかったのはそれだけだ」

「ああ、ありがとう助かったよ」

「それと一つお願いがある」


 杉多がお願いとは珍しい。なんだろうか。


「おまえの従兄妹さん、今日このクラスにきたんだけどよ。すっげえ落ち込んだ表情だったぜ。なんとかしろ、以上だ」

「……ああ、善処するよ」


 その日の夜。約束どおり、姉さんがご飯を食べに家に帰ってきた。

 食卓にはグリーンピースご飯に、豆腐のお味噌汁。そして肉じゃがなど。

 わりと姉さんの好みに合わせたつもり。そんな姉さんは食事に一通り口をつけると僕のほうをちらりと見てため息をつく。あれっ、お気に召さなかったのだろうか?


「……あんたの嫁さんになる人は大変ね。これと闘わないといけないんだもん」

「いや、ぞんな大層なものを作ったつもりないんだけど……」


 今日はずっと家にいたから買い物もしていないし。母さんがいるときは当然母さんがつくるからそんなに僕が料理する回数も多くないし。

 ご飯をつくるのは結構好きだったんだけど、ここ最近さらに好きになっている。日常の代名詞。平和の象徴。ご飯がつくれる、食べれるってすばらしい。

 そんな僕の様子を見てそれ以上言葉を重ねるのを諦めたらしい姉さんは、もくもくと食事をすすめた。大体すべての料理が空になったところで、僕は姉さんに尋ねた。


「姉さん、みんなの様子は?」

「いまのところは大丈夫よ。特に怪我とかをしたわけではないし。あまり聞いても詮無きこと、もっとも、ハルちゃんは入院中。しばらくは病院よ」


 そうだ、そういえば尾笹先輩に会ってないよな。


「でも、よかった」

「……何が?」

「シュンが思ったよりも元気で。大丈夫よ。姉さんがバーンと今回の事件を解決するから。エリちゃん達のことは任せときなさい」


 そういって姉さんは拳を自らの豊かな胸に押し当てる。確かに姉さんに任せとけば大体なんでも安心だ。でも一つだけ違うことがある。

 僕は全然大丈夫じゃない――そう叫びたかったが、結局その言葉が発せられることはなかった。


□ 次の日。学生証はタイムカードのかわりもなるため、すべての生徒はタイムカード機能のついた端末にカードを通す必要がある。だからカードが使えないとそれも記録できないのだ。そういう事情もあってみんな早めの行動を心がけたせいなのか、正門近くに設けられたテントで行われている新旧カードの交換もそんなに行列もできておらず、混乱もみられなかった。いつもより一五分ほど早く出てきたけど


「はあ、混乱もなくすごいなあ」」

「混乱がないのは我々の準備がしっかりしているから、ということを忘れないでもらいたいね、椋野君」


 そういってニュっと、生徒会の鍋島先輩が僕の後ろにたっていた。彼は僕の顔を見るなり。


「あれ、どうしたんだ。なんかあったのか?なんなら相談に乗るぞ?」


 僕のいつも冴えない顔が今日はよけいにだめだったのか、先輩にそんな心配をされてしまう。そもそもネットの友人にも指摘される始末なんだからよっぽどひどい顔をしているのだろう。


「……《まほ研》にかかわるのを止めようと思いまして」

「ふむ、いろいろ焚きつけておいてなんだが、キミの判断は適切だろう。個人的には歓迎しよう。俺の見立てでは、君は単なる一般人だ。あの特殊な空間には似つかわしくない」


 そう言い捨てた先輩はなにやら複雑な表情をしていた。僕のことを慮ってくれたのだろうか。たかが一生徒のためにありがたいことだ。


「さて、では君の学生証だ。ここに受領のサインを……よし手続きはこれだけだ。前もっていたやつはどうする?」

「あー、なんかもったいなので持っておきます」

「そうか。まだチャージしている電子マネーは使えるしな。では前のやつも返しておこう。これで手続きは終わりだが……」

「?」


 いつも端切れのよい先輩がすこしだけ、いいよどんだ。


「生徒会に、入らないか?俺は君の能力を結構評価している。あの部で普通を貫きとおすことほど難しいものはない」

「お誘いいただき、ありがとうございます。でも僕にはちょっと荷が重いです」

「そうか残念だ。いやな、生徒会は女性ばかりでなあ。俺は肩身が狭くて狭くて……」


 そういって肩をおとし愚痴る鍋島先輩はなんだか可愛い。

 そうだ、僕も先輩に聞くことがあった。


「尾笹先輩が入院している病院……。ご存知ないですか?」


 僕の質問が意外だったのか、堅い表情で僕を見つめてくる。さっきは『《まほ研》にかかわるのをやめる』なんてことを言っていた人間が《まほ研》のことを聞くことに違和感があるのだろう。


「お見舞いにいきたくて」


 そうなのだ。お見舞いにいかないと。そして、謝らないと。

 何について謝るのかはわからないけど、でも無性にそんな気がしていたのだ。


「……そうだな」


 少し鍋島先輩はためらいを見せたが、僕に尾笹先輩の入院先を教えてくれた。

 その場所を確認すると、僕は正門の方に向かって歩き始める。もちろん、校舎とは反対側、つまり今日も授業はサボタージュするということである。


「おいおい、椋野君。さすがに生徒会役員の前で堂々とさぼりますー、というアピールはやめてくれよ」


 先輩は苦笑しながら言うが、どうやら止めるつもりはないようだ。


「えーと……そうだ。先輩申し訳ありません、どうやらまだ風邪が治っていないみたいで早退したいのですが」

「なるほど、体調不良かそうかそうか、それは確かに仕方がないな」


 鍋島先輩はニヤリと笑って見送ってくれた。そして僕は一路目的地に向かうのだった。


「あら、こんにちは。いえ違いますね、まだおはようございますですね、同志舜一」

「……おはようございます」


 ある大学病院の一般病棟。そのなかの個室の一つに尾笹先輩はいた。

 左腕にギプスをはめて吊るし、ほかにも数か所包帯やらが巻かれているが、その雰囲気はいつもどおりの先輩であった。


「で、わざわざ学校をさぼってまでお見舞いに来てくれたのかしらね。ありがとう」

「いえ、むしろお見舞いが遅くなりました、すいません」

「詠ちゃん達に聞いたわよ。厘先輩から『もうかかわるな』って言われたんでしょう?」

「はい……すいません。まだ頂いたゲーム分も働いてないのに」


 そうだ。巻き込まれたこととはいえ、やったことといったら書類を作ったくらいだろうか。

 そんな僕の発言に、尾笹先輩はおかしいような、それでいて申し訳ないようなそんな表情で笑う。


「あらあら。そういえばそうだったわね。今だから言うんだけど。同志はゲームに負けてなかったのよ」


 ……へ?どういうことだろうか。


「あの神経衰弱の最後の局面で、あなたはスペードと思ってめくったカードがあったでしょう。あれ、私が詠ちゃんに頼んで入れ替えてもらったのよ。あとで詠ちゃんの機嫌をとるのが大変だったけど」


 おかしそうに笑う先輩だか、それがどうやら体に触ったのだろう、すこし痛いそぶりを見せながら笑うという奇妙な光景になっていた。


「でも、イカサマを見ぬけなかった方が駄目ということでひとつ……」

「あらあら、同志はお優しいのね」


 そう言って先輩は遠い目をした。


「私ね、正直言うと同志のことを厘先輩と重ねてみていたわ」

「……」


 僕は無言を貫くことしかできない。かける言葉もない。でも僕と姉さんって水と油というくらい性質が違うんだけど……。

 そんな表情から察せられたのか、クスリと先輩は笑みを漏らす。


「なんやかんやと言いながらも結局はこちらのピンチを見逃さず、自分の危険を顧みず助けてくれる……。普通はそんな人ってなかなかいないのよ。そういったところで厘さんと同志は本当に姉弟だなあと思ったわ。でも結局あなたの命を危険にさらしてしまった。性格は似ていても人は違う。あなたは厘先輩ではない。それなのにこんなことに巻き込んでしまった。本当にごめんなさい」


 そういって深々と頭を下げられた。ああ、なんか話をそらさないと。非常に気まずい。

 そんな僕の口からつい発せられたのはこんな質問だった。


「先輩はなんで、闘うのですか。こんな風に怪我をしたりするのに」

「……そうね。『絆』だからかしら。先輩達との絆、先生との絆、《フレームワーク》を通じて知り合った多くの人との絆。そういったものが私の原動力になってるのかもしれないわ。そして、もちろん同志や、エリちゃん、詠ちゃんとの絆も、ね」


 絆、人はそれで戦えるのかーー。

 あまり学生服姿の僕が平日の昼間に長居するのもあまりよくないと思った僕はそこで、病室を辞そうとする僕を先輩から呼び止められた。


「同志、これを持って行ってください」

「これは……」


 渡されたのは、ついこの間エリカに返したはずの《発動体》。


「これを使ってみんなを助けて、なんて都合のいいことは言いません。とはいってもこれを渡すことで同志には重荷になるかも、とも思います。でも、もし何かの役に立つならと思ってお渡しします」

「……もらえるものはもらっときます」

「ありがとう。さて部長としてまだ仮入部中の同志に最後の注意をします。こんな大変な事件は滅多にないし、勘違いをしないよーに。私達だって普通の女子高生なんだから」


 そういって先輩は僕を見送ってくれた。

 でも、よかった。思ったよりも大丈夫そうで。僕が病室から出て、そんなことを考えながら歩いていると、ナースさんから呼び止められた。

 学生服を着てこんな時間に病院にいることを言われるんだろうな……。


「尾笹さんに面会していた人ね。彼女の様子どうだった?」

「どうって……いたって普通で落ち着いた感じだったですけど?」


 僕が不思議に思いながらも返答すると、看護婦さんは安心したような表情を見せる。

その表情の変化に僕は違和感を抱く。もしかして先輩やっぱり重病だったのだろうか。


「どうしてそんなことを聞くんですか?」

「あー、尾笹さんね。怪我は骨折くらいなんだけど、念のため1週間くらい入院が必要なの。それを彼女に言ったらね、『絶対に出る』と強く訴えて……。そのうえ、学生証をなくした、だのなんだのと色々大変だったのよ。結局そのあとで彼女の先輩を名乗る女性が来て学校の先生と一緒に説得してくれたからそれでなんとか入院を納得したんだけどこんどはかなり落ち込んでいてね……。でもまあ元気が出たのならいいわ。もうたった一週間程度の入院になんであんなにこだわったのか、私にはよくわからないけどね」


 そういって看護婦さんは自分の仕事に戻っていく。

 それを聞いて僕は病室から出てきたことを後悔した。

 それはそうだ。あの《バグ》達は明らかに僕達を狙っていた。そしてまだ学校にはエリカと詠がいて、いくら姉さんがいたとしてもまたいつ襲われるかわからないとくれば先輩の心にどれだけの負担が……。

 しかしいまさら戻って彼女になんて声をかければいいんだ。リタイアしてしまった僕が。

 それを思うと結局、病院をそのままあとにすることしかできなかった。

 病院から自宅に帰ってきてみると、リビングのテレビがついていたいるようで。その音が漏れ聞こえてくる。

 あれ、朝家を出るとき消し忘れたのだろうか。リビングに入るとちょうどローカルニュースがある時間、アナウンサーが淡々と事件を伝えるなかに聞き逃せないものがあった。


『清祥館学園、サーバーダウンのため本日午後より休校』というニュース。


 どくん、と僕の心臓が大きく跳ね上がる。

 すぐにエリカの携帯に電話をかける。圏外。続いて詠にかける。これも圏外。

 姉さんには圏外ではないがつながらない。

 仕方なく杉多に電話をかける。


「おー、椋野か。いやーお前運がいいな。学生証交換するだけで、体調悪いといって帰ったと聞いたぞ」

「まあね。で、今テレビで学園が臨時休校だと聞いたんだけど」

「そうなんだよなあ。昼休みごろか。みんなが一斉に学食でメシやらパンやら買うだろ、学生証で。そしてその学生証はお前ももっているだろうが今日配られたやつ。そしてどうやらその学生証がウイルスかなんかに汚染されていたらしい。一斉にそれを使ったもんだから……」

「そうそう。システムダウンってやつよ。まあ午後の授業がなくなってラッキーだった。しかしなあ」


 いぶかしげな声色の杉多に続きを促す。


「いや、学園側の対応がいやに速くてなあ。火災訓練のときみたいに全員をすぐにグラウンドに集めて、すぐ解散、自宅待機だぜ。なんかもっとぐだぐたやるんかと思ったがあっけなかったなあ」

「なるほど……。まあ明日は学校あるといいね。じゃあまた明日、ありがとう」


 極力平静な声を装って、僕は受話器を置いた。そしてリビングをせわしなく行ったりきたり。

 たぶん今、学園(あそこ)は重大な局面を迎えているに違いなかった。


(行ってもなにもできない。それに姉さんの言いつけを破るのは結果として良くない方向に事態が進展したりするんだよな)


 という心の声。姉さんが言うことはいつも正しい。まかせておけ、と言われれば僕にできることなんて、ない。


(何もできないかもしれない。でも本当に『できることはないのか』?)


 僕のなかでこの二つがせめぎ合い、じりじりと時間だけが過ぎていく。ふと胸元にあるペンダントをまさぐったとき。思い出した。一つの約束を。エリカとの約束を。


(助けるって約束、したんだよな……。『指きり』までして)


 そして僕は思い出す。ネット上で出会った人物の言葉を。僕はメールを一通だけ送る。そいしてすぐに自転車に飛び乗ると全速力で駆け出す。

もちろん行くべきところは決まっていた。

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