第17話
次の日から探索が始まった。《フレームワーク》を使った痕跡を探す、といっても多くの人が使っているため、調査対象がべらぼうに多い。そのため分かれて探索するのが有効な手段であった。しかし僕は半人前以下で調査をしようにも調査をするスキルは無い。
そんなわけで連絡役という名のお留守番であった。
あれ、これって、元もとの部にいたときも毎日店番していたから、それとなんら変わらないような。
ちなみに最近は購買部の店番は他の一年生にやってもらっている。事情を説明したらみんななぜか快く引き受けてくれた。ただし同情の視線を浴びながらだけど。そんな同情されるような境遇ではないと思うんだけどなあ。
あまりにも暇なので、僕は《フレームワーク》で紙を創っては学園のミニチュアサイズの模型などを作ってみたりしていた。ここ最近は『念じる』ことで《アプリ》を簡単に発動できるようなになった。うむ、良い出来になった。
「そうはいってもまだ、紙しか造れないんだけど……」
そんな暇をもてあました空間に訪ねてくる人がいた。トントンと規則正しいノック。僕はあわてて目の前の模型を消す。
「どうもお邪魔するよ。おや、また椋野か。最近はよく会うな」
「おかげさまで。先輩たちなら生徒会からの『お願い』という奴の対応で出払っていますよ。僕は留守番というやつです」
「なるほど、それはすまなかったな。生徒会副会長として感謝の意を表させてていただくよ」
先日食堂で出会った鍋島先輩がウチを訪ねてきたのである。さてどうやら留守番係の力を発揮するときがきたようだ。
「連絡なら皆さん携帯端末をもっていますからすぐ連絡がとれますよ」
「いや、今日の俺も単なる伝言役だからな。あとで伝えておいてくれればいい」
僕に一瞬だけ芽生えた職業意識はこの一言で霧散してしまったようで、鍋島先輩がいくつかのことを僕に伝言するとすぐに部室から出ようとする。しかし、ドアを開けようとしたときに思い出したかのように鍋島先輩はこちらを振り向いた。
「そういえば君は《まほ研》でなぜ所属してるんだ?最近入ったと聞いたんだが」
「いや、書類整理とかをするために買収されただけなんですけどね」
「ははは、なんだそれは。面白いことを言うな君は。一体どうして買収されたんだい?」
仕方ないのでことの顛末を聞かせる。根堀葉堀、聞くだけ聞いて先輩は大笑い。結局そのまま部室を去っていった。なんという所業。僕はぐんにゃりと伸びをする。
その後しばらくして帰ってきた先輩達も収穫はなかったらしく、結局鍋島先輩の伝言をみんなに言伝えて今日の部活動は解散となった。
部活の解散時間が同じ、ということは帰宅時間も同じ、ということで家が同じ方向の詠と途中まで一緒に帰宅することになる。
「ふむ、どうにも雲をつかむような話だな」
「どうしたの詠、いきなりそんなことを言われてもよくわからないんだけど」
「まあ、椋野にはわからんかもしれないが」
「いや、だって説明されてないから。考えていることはちゃんと吐きだしてもらわないと」
長い黒髪をゆらしながら腕を組み考えごとをしている彼女がどんな思案を巡らせているのか、そんなこと僕にわかるはずもなく。
「確かに。口に出したら考える糸口はあるかもしれないな。では改めて。考えていたのは生徒会から依頼があった窃盗事件のことだ」
「この状況で考えるといったらそのことだよねえ」
「そうだ。学生証を盗んで解析し、その個人パスから先生の研究室の成果を得る。確かに一見合理的に見える」
彼女は考えるをまとめるためか、手をあごにやる。
「しかし、本当にそうなのか。特定人物の身分証を盗むこと、それがばれないようにするために敢えてほかに多くの事件を起こした。しかし結果として犯人は事を荒立てている結果になっている」
「相手はばれてない、と思ってるんじゃないの?」
僕の答えにうろんな視線を向ける詠。あれ、的外れなことを言ったかな。彼女は一つため息をつく。
「それも十分にありえる。しかし生徒会ですらこれが《フレームワーク》を使った事件であることに気づいているし、電子マネーがなくなるのは立派な犯罪だから警察も出張ってくる。あまり褒められた手じゃない」
「つまり何かのカモフラージュ、または布石、だと」
「いやそこまではわからない。まあともかくもう少し様子をみるしかない、か」
確かに。ただ一方で学校の事件に、警察は介入しにくいし《フレームワーク》の事件だと気づかれてもそれがすぐ犯人にたどりつくわけではなさそうだ。
目的は延岡先生の研究だという。あれ?そういえば大学にも《フレームワーク》を使う人がいるんだろうか。そのことを聞いてみると。
「大学にも《まほ研》の大学版ともいうべきサークルがある。学園を卒業して大学に進学した先輩達は大体このサークルに入るんだが、あいにく多くの方が出払ってるそうだ。
「へー、そんなもんなのか。大学生なんて暇なもんだと思ってたんだけどなあ。まあ僕の姉さんも大学1年なのに忙しく飛び回っているもんなー」
「そうかお前の姉はそういえば……む」
そこまで言って、彼女の歩みが止まる。僕もつられて立ち止まり、彼女が視線を向けるほうを見ると。
道のど真ん中に『熊』が立ちふさがり、こちらを見据えていた。
まて、僕たちは住宅地の細い路地を歩いていたはずだ。ここは北海道の山の奥ではないんだけど。
体長は3メートルほどだろうか、こちらを威嚇しているような気配。
そして辺りには僕たち以外、人や車の気配はなかった。
「《リストラクション》!椋野下がってろッ!!」
詠がとっさに結界をはる。そして僕の襟首をつかむと後ろの方に追いやると彼女は自らが生み出した大剣を構える。
それと同時に、『熊』が吼える。
そしてそれは衝撃波となって僕達に襲いかかってきた。
ドンッ。
気づけば僕は2、3メートルほど吹き飛ばされ、アスファルトの舗装の上を転がる。……すごく痛い。でも特に出血はない。
彼女は大丈夫だろうか、と詠が立っていた場所に目をやると大きく舗装がえぐられた痕が。
どこに行ったんだろうか。まさか……。
そんな思いが一瞬鎌首をもたげた瞬間、依然こちらを威嚇する『熊』に数十もの剣類ーー剣であったり槍であったり、刀であったり、全てのものが形が違うーーが雨のように降り注ぎ突き刺さる。
『熊』は避ける暇もなく、次々に襲いかかる刃によってまるで演舞をしているかのような動きを余儀なくされていた。見ているだけで非常に痛そうだ。
「速やかに最大限のものをたたき込む。《バグ》を退治する上でのセオリーの一つだ。覚えておけよ椋野」
すとん、と詠が地面に着地する。つまり彼女は空中で大量に剣を生成し、たたきつけた、ということか。
そして、次の瞬間、僕たちを襲ってきた『熊』はあっさりと青色の光の粒子となって消えていく、つまりそれは《バグ》だったというわけで。
それと同時に結界が解除された。僕はほこりをはたきながら起きあがる。
あっという間の邂逅。あっという間の戦闘終了にあっけない気分になる。ぬいぐるみ一匹倒すのにかなりの時間を使った僕とはすごい違いだ。
「いやにあっさりだったね、ありがとう詠」
「感謝されることはない。むしろお前の防御に手がまわってなかった。すまない」
あれ、謝られちゃった。いつもなら一言二言なにかお小言があるような気がするんだけど。
「いいんだけど。でも《バグ》ってああいうふうにふつうの場所に現れたりするんだね」
「ああ。お前は結界内で現れたのしか見たことないんだな。《バグ》は結界内では見えやすくなる、というだけで、今みたいな形で普通に現れることもあるんだが……」
「が?」
「いや、なんでもない。そういうのを防ぐためにも《リストラクション》の《アプリ》で結界を作り隔離しないといけないんだ。今日は災難だったな。このことは私から部長達に報告しておく。お前は安心して帰るがいい」
どう安心していいかわからないセリフを残して、僕たちはわかれるのだった。
◇ ◇ ◇
僕が自宅に帰ったとき家には誰もいなかった。そういえば母さん達は出張だっけ、と思い立つ。ほこりを落として手を洗うとリビングへ。食卓の椅子に上着をかけるとエプロンを装着してキッチンに立ち、はたと考える。さて今晩は何にしようか。
棚においてあった《レシピ》アプリでいくつかの画面を呼び出し、しげしげ眺めること5分。そして冷蔵庫と相談することしばし。結局丼ものをすることに決める。
まずは鶏肉・たまねぎをざくざく適当な大きさに切る。それからみりんを鍋で煮切って砂糖・醤油・だし汁を加え、ひと煮立ちしたら、切った鶏肉・たまねぎを加え中火でしばし。最期に溶き卵をいれて半熟くらいになったら火をとめる。よしよし。よい出来だな。
ほどよく色づいた卵を、ご飯をついだどんぶりに載せようと鍋をかたむけたときだった。
「こんばんは、シュン。元気―?」
いきなり目の前に現れた姉さんの顔に、思わず鍋を取りこぼしそうになる。
いつぞやと同じパターン。正直、心臓に悪い。
「うおっと、危ない。……なんだよいったい」
「あら、今日は親子丼?いつもながらシュンの作る料理は美味しそうねえ。今から帰ってこようかしら」
「とかいって、帰ってこれないんでしょう今日も。出張中なの?」
「まあちょっとねー」
そういって姉さんはこちらの様子をまじまじと見てくる。
先ほどの『熊』の襲撃でこけたりしたが、怪我もしてないし、多分姉さんに気取られることもないとは思うけど。姉さん勘がいいからなあ。というか何で電話してきたんだろ。
「それで、どうしたのいきなり電話なんて。めずらしいね」
「いやね、シュンは忙しくしてるのかなあと思って電話してみたの。忙しくなかったら今週末でも冒け……、もとい遊びに連れてってあげようかなと思って」
「全力でお断りします」
「あら、用事でもあるの?残念ね」
そんな大した用事などない。しかしここで押し負けるととんでもないところに連れていかれるからなあ……。少し前の休みのときなんて、なぜか北のほうの山奥でこれもなぜか冬眠中の熊を怒らせて追いかけられる、なんてこともあったし。そう考えるとここ最近熊に縁があるなあ。全然嬉しくないけど。とりあえずなんとか誤魔化さないと。
「えーと、そうそう用事だよ大事な用事。エリカが買い物に行きたいからつきあってっていってたし」
なんか少し前にエリカがそんなことを言っていたような。とりあえず嘘ではない。
「へーそうなんだー。エリちゃんとー。つまりはデートってことね?」
なんとなく姉さんの声色があやしい感じだ。しかしここはしっかり冷静に受け止めねば。ここで負ければ次はどんなところに付き合わされることやら。
「まあそんなもの……なのかなあ。従兄妹だからこの場合どう認識するかは定かではないけど」
「だってよエリちゃん」
へ?と僕が間抜けな声をあげた瞬間、姉さんとの通話画面にエリカがあらわれた。とんでもないキラーパスに僕が反応できないでいると。
「えっと、今の話……ホント?確かに前お願いしたけどちゃんと行く気だったんだね。すっかりスルーされたものとばかり……」
エリカがなんか微妙な表情でこっちを見ながら尋ねてくる。
「ああ、今晩はわけあってエリちゃん家でご飯をいただいているのよ。言ってなかったわねー。ゴメンゴメン」
絶対確信犯だろ。この姉は。しかしここで話をひっくり返すわけにもいかないし。なんとかエリカに話をあわさせないと。
「今さっきは僕のつくったご飯が美味しそうなんて、言ってた癖に」
「ははは、男の子でしょうそんな小さいことは気にしない、気にしない!」
「まあ、いいんだけど。じゃあエリカ日曜の10時でいいかな、買い物だったらそっちに迎えにいったほうがいいのかな」
エリカの家のほうが町にでるには都合の良い場所にあった。
「ああ、うん。ありがとう。ちょっとお買い物につきあって欲しいだけだからそんなに時間はかからないと思うんだ」
「いいのよ、エリちゃん折角あいつがいいっていってるんだから使い倒してやらないと」
いつもだけど一言多いよ、姉さん。
こうしてよくわかんないまま従姉妹サマとのお買い物の予定が僕のスケジュール帳に記載されることになったのだった。
「なんか今日は非常につかれた……」
自室にもどって、寝る前に一戦しようと思っていつもの囲碁ゲームを立ち上げる。すると新着メッセージが来ていることに気づく。
「へえ、アラウシオさん忙しいのか……」
それはアラウシオさんからのダイレクトメッセージだった。どうやら少し忙しい期間になるようで、しばらく対戦できないらしい。
「それにしても結構律儀な人だよな彼女……」
結構、良いとこのお嬢様とかだったりして。そんなどうでもいいことを思うのだった。
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