第16話
そして結局、資料は全部なんとか間に合ったらしい。
「シュン君のおかげでなんとか部室を追い出されずに済んだみたいどうもありがとう」
僕と並んで歩くエリカがそう言ってほわほわとした笑顔を向けてくる。こんな正面きって誉められることってあまり無いので結構恥ずかしい。
「まあ、それはいいとしてさあエリカ。今日は何をするの?」
そうなのだ。僕と彼女はここ1時間くらいこの学園をぶらぶらと散策しているだけで、特に目的も教えられたわけでもない。いつもどおりのつかず離れず、半身分ほどの距離を開けて。
そういえば
「今日は『はじめてのおつかい』だよ」
「おつかい?」
「そう、おつかい」
一体何をするのだろうか、と思っているうちにエリカがなにかに気づいたらしく、歩みを止める。
「うん、なんとか都合よくみつかったみたい」
そういった彼女が視線を送る先は《フレームワーク》製の立体看板が一つ。エリカがなにごとか呟くといくつものウィンドウがとりかこんだ。そのなかの一つには『アラート』などと書いてあり、あまり良いことではないことが見てとれた。
「えっと、エリカさん?今から何をするのかなあ」
なんとなく愛想笑いを浮かべて、穏便に尋ねてみる。
「もちろん《バグ》退治に決まっているよ。じゃあいきまーす《リストラクション》!!」
エリカの声がこだました瞬間、最近は少しなれてしまった、あの独特な感覚に襲われ、あたりは結界に閉ざされた。
「……なんかいやに可愛いんだけど」
そして僕が見たものも先日とは打って変わった、妙なモノだった。
体長五十センチくらいのぬいぐるみーーかわいらしい目をした熊――。少し前にみた《ミノタウロス》は人の背丈を大きく超える、まさにファンタジーの代物だった。それとはあまりにも大きい落差に思わず頭を抱えたくなる。主にそのファンシーな見た目に。
「あはは、可愛いかどうかは別にして、《バグ》って大体はこんな大きさなんだよ。前のやつはとびきり強いやつだったから。これくらいだったら軽く一撃をいれば、それで終わり。でも可愛いからといって油断しては駄目だよ」
そう言いながらエリカは油断なく杖のようなものを構える。
「確かに。じゃあエリカ、よろしくお願いします。ささっとやっつけちゃってね」
エリカがきょとんとした表情でこちらを見る。何かまずいことを言っただろうか。
いや、ほんとは彼女の意図なんて気づいてはいる。なにせここしばらくいろんな練習をさせられていたのだから。
「いや、あれはシュン君に倒してもらおうと思うんだけど」
「……なんで?」
「やはり《まほ研》の構成員たるものこれくらいはできないと駄目だから」
「えーと僕はもともとはお手伝いだよね? 確かに《フレームワーク》の秘密は知ってしまったけど使える《アプリ》なんて一種類しかないし僕に戦うのは少し無理のような……」
「大丈夫私がフォローするから。ハイっ」
といって、お得意の上目遣いで左手の小指をだす。それに僕は苦笑を見せるしかない。
「あのね、普通の《バグ》ってほとんど力がないはずなんだ。そしてシュン君がいてくれたら私本当に助かるから……駄目かな?」
そういう僕達から遠く離れて《バグ》はとてとて幼児のように歩いてはこけ、歩いてはこけ。
「……まあ、ホントに駄目なときは助けないからな。むしろ僕を助けてくれ」
「ありがとう……」
そうやって僕はエリカと『指きり』をした。いつものように、彼女を助けるという、約束を。
「じゃあやるだけやってみるけど、駄目だったときはフォローよろしく」
「うん、シュン君なら大丈夫だよ」
実は一応、《バグ》への対処方については習ってきていた。
基本的には《フレームワーク》で作りだした『何か』で攻撃をすればいい。例えば尾笹先輩であったら銃であったり、詠だったら大剣であったり。そして僕はーー。
「『紙造り』!!」
そのキーワードで僕が《フレームワーク》で生み出したもの。それはただの紙製のハリセンだ。
「うん、よくできました」
「まあ、ただのハリセンだけど……」
「大丈夫、そのハリセンでも普通の《バグ》なら簡単に退治できるよ?」
なんでそこで疑問系なのだろうか僕の従兄妹サマは。本当にやれるのか非常に不安になってくる。
そして目の前の《バグ》に目をやれば、こちらのほうには目もくれず、そのへんを飛び回っていた。まあそんなに力が強くないということだし、なんとかなるだろう。エリカもいるし。
そう思ったぼくは四肢に力を入れると大地を蹴る。
「だー、すばしっこい。全然つかまらないー」
「シュン君がんばれー」
数分後、そこは戦いというよりもり追いかけっこになっていた。
ぬいぐるみの見た目にだまされていたが、この《バグ》は非常に素早く、全くとらえることができない。
ハリセンを振り回しても、ことごとく《バグ》にかわされる。近づいてはかわされ、近づいてはかわされ。そんなことを5分ほど続けただろうか。
「はあ、はあ……」
数メートル前では熊のぬいぐるみが悠然と立っている。なんとなく、僕をバカにしたような表情。
「うーん、シュン君……大丈夫」
「大丈夫にみえます?」
「まあ、もう少し頑張ってみる?もうやめるんだったら私がやるけど……」
少し心配そうな笑顔で僕の横に立って杖のようなものを構えなおす。
「もう少しだけ、がんばろうかな」
「うん、それでこそシュン君です。がんばって」
でもどうしようか。さすがにこのまま同じことを続けても同じことになりそうだし。
なんとか遠距離でも届くようなものか、あのぬいぐるみの足を止めることができればいいんだけど……。あ、そうか。
「エリカ、少しだけ下がって、試してみたいことがあって」
そういうと彼女は2,3歩下がってくれる。
僕の《フレームワーク》は紙しか作れない。でも形はどうにかなる。それならば。
《発動体》をかまえる僕。ちなみに肩幅くらいの棒のようなものが僕の《発動体》だ。
頭のなかでイメージを整理し、固め、そして念じる。
僕の両隣に数百の紙飛行機が浮かぶ。どうやら成功したらしい。
「いけっ!!」
掛け声と一緒に空間に固定された紙飛行機が本来の役割を果たしだし、《バグ》に一斉に襲いかかる。ちなみに少しだけ軌道制御は僕のほうでできたりする。
幾分かあわてたように、迫る紙飛行機をよける熊のぬいぐるみ。そして何個かを避けたが、さすがにすべてはよけきれなかったのか、ついにその一つが命中――、した。
こつん。そう命中しただけ。特に紙飛行機が爆発したり、《バグ》を切り裂いたりはしていない。表情がないはずのぬいぐるみである《バグ》が不思議そうな表情を見せたような気がした。
「まあ、それが僕にとって近づくチャンスなわけだけど」
そう。僕は《バグ》を倒すために紙飛行機をだしたわけではない。ただ近づくために打った布石。奴の右後ろに回りこんだ僕は大きく両手を振り上げ、そしてハリセンではたく。
パン、と大きな音をたてたハリセンの一撃で、《バグ》は青白い光を放って、そして消えていった。
僕は地面に尻もちをついてへたりこむ。あー、なんか非常に疲れました。隣にエリカが一緒に座ってくる。僕を労るように。
「お疲れさま、シュン君。「はじめてのおつかい」終了、だね」
そうにっこりと笑顔を向けるエリカに僕は愛想笑いを返す。なんだかんだといってこの環境に流されている自分。そのいっぽうで彼女の笑顔をみればそれはそれでもいいのかもしれない、といった気分になってしまうから不思議である。
「一回部室に戻ってから今日は帰ろうか。結構疲れたでしょ?あんなにいっぱい《フレームワーク》を出したんだから」
「確かに。疲れた」
そうなのだ。さきほど紙飛行機を何百と創り出したとき、なにか根こそぎもっていかれたような感覚があった。延々とシャトルランを繰り返したときのような倦怠感。
そんな僕を見てエリカは先に立ち上がると、僕に手をさしのべてくる。なんとか体に鞭をいれ、立ち上がり、最近通いなれてしまった《まほ研》に向かうのだった。
部室にはいってみると、そこにはすでに先客がいる。尾笹先輩、詠、そして延岡先生の三名だ。僕とエリカもいるのでこうやって全員が一堂に会すのは実は初めてだったりするのではないか。
「さて、みんながそろったようなのではじめようと思います」
どうやら先生が司会進行をつとめるらしい。その声と一緒に僕たちそれぞれの目の前にいくつかのウィンドウがひろがった。タイトルは『生徒会からの要望の件』。内容は『学生証の窃盗をしているやつがいるので見つけてください』というものだった。生徒会は《まほ研》を警察か何かと勘違いしているのだろうか。
説明も終わり、先生がクロージングに入る。
「さて、内容は今話したとおり。聞いてわかるように今回の生徒会会長からのお願い、という形だから学園からの直接の依頼ではないわ。でもいつもどおりがんばりましょう」
「もっとも、私が話を聞いた鍋島くんはあまりウチに話をもってきたくない感じではありましたね」
そういって先輩がくすくすと笑う。しかし生徒会からの直接の依頼って受けないといけないのだろうか。僕以外の全員は既に上部組織からの命令であるかのように受けることを前提で話をしているような気がするんだけど。
「生徒会会長からの依頼ってそんなに重要なんですか」
僕の発言はとても空気が読めてなかったのだろう。みんなきょとんとしている。
「ええと、ほらシュン君。生徒会長の名前って知ってるでしょ?」
エリカがどうやらフォローしようとしてくれるらしい。ええと生徒会長の名前、名前ね。たしか……。
「伊万里さん、だったっけ?」
「そうよ、椋野君。伊万里財閥ご令嬢で、伊万里財閥はこの学園にも多額の寄付をしているわ。でも学園だけにじゃないのよ」
ほらねと言って、親指と人差し指で円を作る。ああ、なんとなくわかったような気がした。この《まほ研》ただの学園の一部活にすぎないにもかかわらず、結構な資金をもっている理由が。
「《まほ研》のパトロン、というわけですか」
「正解。創設当時から我々に対し多大な支援をいただけいているの」
なるほど、そういうところから援助してもらっているのか。まあその理由は大方商売への活用とかそんなところなんだろう。
「でもなんで我々なんですか」
「それはもちろん、《フレームワーク》絡みの事案であるからよ、同志舜一」
「尾笹さんの言うとおりね。学生証の盗難は《フレームワーク》を利用した誰かの仕業であることはわかっています」
それも結構恣意的に狙いをすまして盗んでるわね。と延岡先生は付け加える。いつのまにか、エリカが淹れみんなに配膳した紅茶を口につけながら。
「恣意的?」
「そう。結構重要な情報を握ってる人間、この場合は教師なんだけどそういった人の身分証明証が盗まれたりしているのよ。もちろん、無作為にほかの事件も一杯おこして関係ないように装ってはいるんだけど」
「はあ……」
「ほかにも、学園のサーバーにアクセスできる権限をもつ学生のものをねらったりしていたり。もっとも今のところ、そのルートはつぶしたんだけど」
しかしなんでたかが地方の一学園のサーバーなんてねらわれるのだろうか。その疑問が顔にでていたのだろうか。延岡先生はあっけらかんと答えてくれた。
「たぶん、私の研究室を狙ってるのよ」
そういって先生が笑みを浮かべる。その表情をみて愕然とする。ああ、あれはなんかすごく怒っているときの笑顔だ。この種の笑顔をみると姉さんを思い出す。あの人も怒ったときはものすごいからなあ。すこし質問することがためらわれるが聞いてみるほかない。
「先生の研究室…………?」
延岡先生が答えようとする前に詠が僕に対して答えてくれた。
「そんなことは決まっているだろう、椋野。お前は雑誌とかで見たことないのか。この方、延岡中乃瀬は《フレームワーク》の生みの親なのだから」
「あの、詠さん。そんなに大仰に言われると先生ちょっと恥ずかしくなっちゃうんだけど……」
すこしだけ赤くなった顔であわてて詠を制するが、彼女はそれではとまらなかった。
「《フレームワーク》を発見し、その実用化の先鞭をつけた人だ。私達が普段使っている《発動体》やら基本的な理論などを全て確立したんだぞ」
「いや、すべて私が一人でというわけでは……。それに私自身はあまり《フレームワーク》を使うことについては得意なほうじゃなくて教え子のほうがすごかったりするからね」
そういわれると思い出したような。でもそんな有名人がこんな片田舎、というかこの人まだ二〇代前半くらいにしか見えないんけど……。
ということはこの人が希少なアプリの開発者、というわけか。
「む、少し話が脱線したな。まあ、椋野の質問に答えるならば延岡先生のラボには最新の研究成果がぎっしり、というわけだ。それを狙う企業やら国やらもいる」
「そうなんだよシュン君。私も実際には知らないけど、今までも何度か似たようなことがあって、そのつどこうやって対処してきたんだって」
わかったような、わからなかったような。でも一体対処するっていっても何をするのだろうか。
「でも、探るっていっても僕達になにができるんですか」
「《フレームワーク》を使うと、その痕跡がしばらく残るのですよ、同志舜一」
そういって、いくつかのウィンドウを展開する。校内の地図にいくつもの×印がついているもの。
うち一つには見覚えがある。先ほど僕が始めて《バグ》と対峙した場所だった。
「ここは先ほど同志が《フレームワーク》を使って《バグ》を倒した場所です。そして、今回の窃盗事件は《フレームワーク》を使って起こされています。時間帯は放課後部活中になくなってたりすることが多いらしいからその辺を中心にあたってみましょう、ということなの」
「そのとおり。まあ私達が見つけるまえに警察が見つけてくれるといいんだけど。それと先生からのお願いとしては深追いはしないこと。気をつけてね」
そうして、僕達は生徒会からの依頼を受けることになった。
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