第15話

 そうやってぼちぼちと《フレームワーク》の練習につきあわされていくうちに、あっというまに数日がたって。今日は週末、つまりはお休みの日である。そんな休みの日だというのに、多くの制服やらユニフォームを着た生徒達でこの《清祥館学園》はにぎわっている。僕を含めて。

 この部屋には情報端末をやらなにやらを広げている男子1名とそれを見ながらもそれぞれ好き勝手なことをしている女子2名。

 もちろん男子とは僕のこと。そして女子二人とはエリカと詠のことだ。


「さすが男子はこういった仕事に長けているんだねえ」

「……確かに。椋野にも得手というものがあったのだな」


僕は彼女らの賞賛の言葉をあまり気にかけることもなく、黙々とキーボードで打ち込みを続けていく。

ディスプレイは既に過去の遺物となり、今は《フレームワーク》で創りだした画面を使う方法が主流だ。もっとも、キーボードはいまだにその価値を失ってはいないのだけど。


「そうだよシュンくん。将来いい旦那さんになるよ」

「……エリカ、それは飛躍しすぎだと思うよさすがに」

 

 なんでこういう書類仕事をすることがいい旦那さんにつながるのか。


「ほら家計簿をつける旦那さんとか結構多いらしいって少し前もテレビで言っていたよ」

「なるほど「家計簿系男子」と紹介されていたような気がするな」

 

 エリカの説明にうんうんとうなづく詠。

 一体今度はどんなブームを作ろうとしているのだろうか、マスメディアは。


「いやそんな男子は知らないから……。というか、もっと真面目に帳簿くらいつけようよ二人とも」

 

 キーボードを打つ手を休めて彼女らを窘める。

 僕がやっていること。

 それはすなわち書類づくりである。つまり最初に先輩にお願いされた案件であった。


「だからこうやってコーヒーおごっているではないか。馬車馬のように働くといい、椋野よ」

「そうだよ、それに今日は私がみんなの分のお弁当をつくってきたから、あとで食べようね」


 ……なんか僕って買収されやすいキャラって思われてたりするんだろうか。確かに実際いろんなものに買収されているような気はするんだけど


「しかし結構儲けてるんだね、《まほ研》は」


 なぜかこの《まほ研》金をもっている。昨年の帳簿とかが残っていたのでみたが、結構な額がでたりはいったりしていた。それがわかるのも卒業した会計係の先輩がきちっとした人だったからで、今年度分は整理すらされていないので全くわけがわからない状態だ。 

 今僕が格闘しているのはまさにこの部分であった。

 しかしこれだけの金額が未成年によって管理されていいわけがなく、いくら《魔法》だなんだといったってそこまで学生生活の理から逸脱することなんて困難なはずだ。

 基本的にこれらは全て顧問の先生が……、って顧問の先生とかいるのか、ここに。

 そんな僕の疑問を詠が髪をかきあげながら答えてくれた。


「もちろんいるに決まっているではないか。もっとも学園の教師ではなく、隣の大学の先生にやってもらっているのだが」

「へー珍しい。まあこの部の性質を考えればそうなのかもしれないな」


 つまり幽霊部員ならぬ、幽霊顧問みたいなものなのだろうと勝手に納得していると。


「ほら、シュン君手がとまってるよ。がんばってくれると思ったからお弁当づくりもがんばったんだけどなあ」

「……ちなみにメニューを聞いても?」

「えーと、ハンバーグにエビフライに……」

「がんばります」


 《兵糧攻め》という言葉がある。人間胃袋を握られると非常に弱いのだ。とくに休日出勤までして書類の山と格闘していれば。


「ふむ、うまくまるめこまれたな」


 詠はしょうが湯を飲みながらあきれたようにひらひらと手をふる。もうどうとでも言ってくれ。しかし彼女の手には学生証が握られているがなにをしようとしているのだろうか。


「いや、なんか甘いものでも買ってこようと思ってね」

「詠ちゃんは甘いものに目がない女子高生さんだもんね。でもまだ10時だよ。おやつは3時くらいじゃないと。それにそんな学生証を見せびらかしたらだめだよ。目立つところに置かないようにしましょう、って先生も昨日くらいに言っていたし」

「ああ、例の盗難騒ぎか」

「しかし犯人わからないんだねえ……」

「電子マネーが使いこまれているのだから、立派な犯罪だしな」


 先日鍋島先輩に聞いた学生証の盗難事件はほどなく、学園によって注意が喚起されることとなった。

 すでに被害金額は安価な乗用車が一台買えるほどであるというが、その犯人はいまだに不明であり、クラスのHRでチラシが配られるといった程度であった。


「ああ、こんなところにいたのね、みなさんおはようございますー」


 そんな話題のさなかで明るい笑顔を振りまきながら先輩がやってくる。しかし席につくことなく、エリカと詠の腕を引っ張って二人と腕を組む。


「さて、エリカちゃんと詠ちゃんには今から私と一緒におでかけです。あ、同志舜一はこのまま書類整理がんばってほしいのですけど……」

「ええ、いいですよ」


 なにせこの資料、締切は「昨日」だったのだから。拝み倒して月曜日にしたかったのだがそれは諸事情でかなわず。なんとか1日だけ伸ばしてもらっていたのだ。


「助かりますー。そんなに遅くなりませんのでお昼は一緒にたべましょー。では出発」


 ツインテールを揺らしながら部長はエリカ達をを連れていってしまう。

 姿だけみれば胸部以外本当に年下にしか見えない少女である。


「しかし、僕はなにをしてるんだろうな」


 ついため息をついてしまうのだった。

 それからしばらくして。一通りは終わり、ケアレスミスを見直そうしていたとき、僕はある出納に違和感を覚える。

 電卓を叩きなおして検算するが計算は間違っていない。

 (裏帳簿とかあったりするんだろうか。)

 特定のことに対して異様に出金が多い。

 しかし普通の部活動でそんなものは必要無い。

 それもここは運動部のように金を使うわけでもない。まあ《フレームワーク》がらみなのだろうが。もっと調べようかそれともこのままにしとくか迷ったとき。

 静かに2回ノックする音がした。


「……どうぞ」

「こんにちはー。あれ、あなた一人?」


 ドアをあけたのはスーツに身を包んだ女性だった。

 ショートカットで切りそろえた黒髪に切れ長の目がよく似合う、まさに美人といった感じであった。すこし呆然としている僕に、自分が何者であるかを名乗っていないことに気づいたらしいその女性は自己紹介をはじめた。


「はじめまして、ここの顧問をしています延岡よ。尾笹さんから今日提出の資料をあなたが持ってくると聞いていたんだけど、時間もあったからとりにきたの」

「ここに一通りありますけど、もうすこし待っていていただけると助かります」


 急いでまとめに入らないと。先生に席をすすめると超特急で準備を進める。十分ほどたっただろうか。なんとか用意できた書類一式と電子データを彼女に渡す。

 それをめくりながら、ここで用意したであろうジンジャーミルクティーに口をつけながら先生は苦笑した。


「あの娘達、素敵な子ばかりなんだけど、このへんがドンブリ勘定でこまっちゃうのよね」

「でも先生。普通他の部じゃこんなことしないんじゃないですか」


 僕は思ったことを述べる。部活動に使うお金の出納を生徒に完全に任せるなんて彼は聞いたことがなかった。よっぽど目の前にいる美人教師はぐーたらさんなのだろうか。


「あらバレた?本当は先生がしないといけないんだけどねえ。去年卒業した子達が本当に優秀だったから、こういった雑事も含めて全部任せきりだったのよ。生徒に頼りきっても駄目ねえ……」


 そう言いながら僕の作った書類をめくっていく。しばらく無言で彼女の様子をみていたが、唐突に。


「よくできました。合格ね」

「はあ、ありがとうございます」


 合格とは、この書類で大丈夫ということだろう。延岡先生は満足げに書類を封筒になおしていた。


「あの、先生は隣の大学の方だと伺いましたが」

「そのとおり。私のような例は珍しいわね。実のところ、他になり手がなくてここのOGでもある私が引き受けさせられた、といったほうが正確なのかしらね」


 ということはつまり……。


「そう、《フレームワーク》のことももちろん知ってるわ。その可能性もそして危険性も、ね」


 そこで一息。先生は僕の瞳をのぞき込んでくる。


「顧問が言うのも不謹慎だけど。彼女達に関わるとロクな目に遭わないわよ?」

「確かに顧問の先生が言うセリフではないですね」

「あら本当よ?ここに入るってことは覚悟が必要ですもの」


 そういいながら延岡先生は僕から手渡された帳簿一式を持って立ち上がるとこちらを見つめてきた。その瞳は今までみたこともない程、真剣な光を放っている。しかしその様子は一瞬だけどすぐにふいに柔らかな表情に戻るといたずらっぽく笑う。


「女の子だらけのところに男の子が一人入ってもねえ。ハーレムマンガのようにはいかないのだし……ね」


「それは十分承知しているつもりです」

「そうかしら、で本命とかいるの?先生少し気になっちゃうな。主に学園の風紀の面で」

「……そんなのいませんよ」


 それからしばらくはそのネタでいじりまわすと、先生は書類をもって部室から出ていく。

 そういえば帳簿つけながら感じた違和感を先生に聞くのを忘れていたな、と思いながら彼女が残していったティーカップを洗うのであった。

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