第14話

 そして放課後。僕とエリカは校内を散策していた。校内といってもこの学園は隣にある大学の附属という立場であってかつ結構な田舎にあることもあり、敷地面積は結構広かったりする。そのうえ大学との境には壁もなく、昼食時間には大学の食堂で食事をしている制服姿の学生を数多くみることができるくらい、行き来も自由だ。


「習うより慣れろかあ。確かに先人は上手く言ったものではあるんだけど、なんでそもそも僕が《フレームワーク》を使う練習をすることになったんだっけ」

「うーん、やっぱり自分が守れたほうがいいと思うし……」

「いや、さすがにこれじゃ自分の身も守れないだろ」


 そう、結局僕が使える《フレームワーク》は《紙造り》というどこでも紙が生み出せるという便利系アプリのみで。『生成型』という分類らしい。


「でも《フレームワーク》で生み出したものは本人にしか使えないんだよな?」

「うん、そうだね。例えば詠ちゃんが出した剣を私は使うことできないし、私が創ったカードは逆に詠ちゃんは使えない。不便だけどしかたないよ。それにしても、紙をだせるアプリなんてシュン君らしいね。それに紙なら形はどんなものでもいいっていう自由度もあるし」

「この《アプリ》の製作者の顔をみてみたいよ……」


 これジョークアプリのつもりで作ってるだろ製作者は。

 僕達が散策の果てに到着したのは、大学の学食だった。フロアーに入ると隅っこに陣取ってめいめい荷物を広げる。幸い時間的にも繁忙期ではないため、人もまばらだ。

 そんな僕達がやること、それは「練習」だったりする。その練習方法とは。

 目の前に《フレームワーク》によって目の前にちょこんとおいてある、手のひらほどの大きさの熊のぬいぐるみ。僕はそれに服を着せようとしていた。いわゆる着せ替え人形遊びみたいなものだ。

 エリカが言うには、《フレームワーク》を使うためには適切な立体把握と座標コントロールが必要で、この練習がもっとも最適らしい。

 もっとも今のところちっとも成功していないのがこまったところなのだが。


「……結構難しいのな」

「まあ、誰だって最初はそんなものだよ」


 そういってエリカがよしよしと僕の頭を撫でる。


「あの、エリカさん? ここ、公共の場ですよ?」

「うん、もちろんそうだよね。……どうしたのいきなりそんなことを言って?」


 僕の意図は上滑りするばかりのようだ。


「で、結局シュン君は私達につきあってくれるからやさしいよね」


 などと、いきなりなことをのたうちまわる。そうなのだ。結局あのあと僕は先輩の誘惑というかお願いによって、しばらくの間、つまり仮入部期間中はこの《フレームワーク》に関する事象についてもつきあうと約束してしまった。

 あの部は今現在『人手不足』なんだそうだ。新入部員はエリカと詠の二人で、今年卒業していった先輩達の穴を埋めることができないんだそうだ。

 そしてなぜ僕が誘われたのか。それはあの最初の晩、僕がエリカたちの《結界》が張ってあるなか普通に公園にはいってきたことがそもそもの原因だった。通常、普通の人はそもそも公園に近寄ろうともしない。結界をものともせず入ってきた人間は《フレームワーク》を使える適性を持つ人間フレームワーカーたる素質がある。

 そしてその適性をもった人間を先輩は求めていて、それが僕だったというわけなのだ。その上僕は《フレームワーク》で創ってみせた。まあ、なんかよくわからない白紙の本ではあるけど。


「そして使える《アプリ》は一種類だけ、と」

「まあまあ。使える種類は増えたりもするし、まれに《発動体》と使用者の相性もあったりするらしいから、違う《発動体》だったら結果が異なる可能性もあるよ」

「へえ……じゃあ僕がエリカの使う《発動体》でやってみたら違うのかな」


 そういって試してみたものの。


「まあ、それは私用にチューニングしたものだから……。まあしばらくは最初のでがんばろっ!!」


 そんな結果であった。なお、普通の《フレームワーカー》で十数種類くらいは使える《アプリ》があるそうだ。


「でも《アプリ》を使うのにそんなに人を選ぶなら一般社会に普及している《フレームワーク》製品ってどういう原理なんだ?」

「ああ、あれはね。誰でも使えるようなカスタマイズが入っているんだ。だからそんなに種類はないし。一般製品としての実用化にはハードルが高いから色んな企業や国がそれぞれの思惑でしのぎをけずってるの」

「なるほど、じゃあ《アプリ》一つしか使えない僕は一般人に毛が生えた程度、ということか……」

「まあまあ、あせらずゆっくり……だよ?」


 にっこりと邪気のない顔でエリカにそう言われると、腐した気分が少し癒される。


「でも、手伝うと約束はしてみたものの、先日みたいな《バグ》とは戦いたくない……」

「そこは先輩も説明したとおり、あまり心配しないで。基本シュン君はあんなことはしないし、そもそもあのレベルの《バグ》はそう発生しないから」


 聞いたところによると、あのレベルの《バグ》は直接普通の世界に影響を与えるらしい。つまり昨日の《ミノタウロス》に殴られれば、実際に痛みを感じたということだ。もっとも殴られれば痛いどころの話ではないはず。僕はそれを聞いてやっと詠が怒ったわけがわかった。

 しかし、今エリカが言い、そして先輩も説明してくれたが昨日のような《バグ》は滅多に発生しない類のものだそうだ。そもそも、あの公園に《バグ》が残っていたのは僕があの晩にエリカたちを邪魔したせいで取りこぼしがおこったからというから、知らなかったこととはいえ後ろめたいものも感じてしまう。

 だから、つい言ってしまったんだ。「しばらくの間手伝いますよ」と。


「さあ、もうちょっと練習がんばろう? あ、そういえばクッキーを焼いたりしたんだけど……食べる? ちょっと休憩、ということで」


 そういって、いそいそと自分のバックから可愛くラッピングされた包みを取り出す。食堂にわざわざきたのはこれもあってのことだろう。

 でてきたのはごつごつとしたアイスボックスクッキーというやつだ。早速一口いただく。うん、甘さ控えめで好みの味だ。何か飲みものが欲しくなるなあ。


「うん、美味しい。それにしても、《フレームワーク》を使うのっていうのは大変だなあ」

「いっぱい覚えるが初心者。場合に応じて使い分けれるのが中級者。《フレームワーク》を自ら作り出せるのが上級者だって部長も前言っていたよ」

「しかし覚えるといってもなあ」


 《フレームワーク》は《魔法》であると先輩は説明してくれた。

 先輩の説明を聞き、あんな経験をしてもなお、《魔法》という言葉の非日常性に僕は戸惑っていた。

 あと《フレームワーク》の成り立ちとか、《アプリ》の開発の仕方みたいのも先輩に説明されたけど、正直いままでのでもおなか一杯で一度には覚えきれるわけもなく。


「しかし、この《フレームワーク》の発動の仕方には慣れないなあ」

「最初はだれでもそうだよ。むしろシュン君が慣れるのが結構早い感じだけどね」

 おやつの時間もそこそこに僕達は練習を再開する。《フレームワーク》発動の方法は大きく二種類ある。『念じる』か『入力して呼び出す』かだ。

 前者は言葉のままだが、いろいろなコツというか方法があるらしい。そしてもう一つは先輩がしていたように特殊なコンソールを使って《アプリ》を呼び出す方法だ。

 僕は初心者なのでまずは後者の方法を使って練習をしている。


「ほら、先生が、教え方が良いからじゃないかな……」

「たしかに先輩はすごいもんね。あの年で《フレームワーク》に関しては一流の腕前なんだから」


 この娘、自分がほめられたことに気づいてもいない、だと。

 気をとりなおした僕はなれないコンソールをつかって、なんとか目の前に熊さんに服を着せようとするがなかなか上手くいかない。そうこうしているうちに、制服をきた男子学生がこちら近づいてきていた。僕もお世話になっている知った顔だった。


「こんにちは、九品寺君。今日は尾笹さんはいないのかい?」


 男子はバッジの色を見れば学年がわかる。目の前の恰幅の良い男性は二年生の先輩である。僕の視線に気づいたのか、こちらに向かって少し笑顔を向ける。


「よう、椋野。久しぶりだな」

「鍋島先輩、お久しぶりです」


 この人の名前は鍋島兵庫。生徒会で副会長をしている好漢である。僕が入学当初、上級生に絡まれたのを救ってくれた人でもあり、それが後腐れ無いような形に尽力してくれたのも鍋島先輩のおかげだ。


「すまんな椋野せっかくのいいところを邪魔して。少し九品寺君といいかい?ちょっと生徒会関係の話があってね」

「僕に断るまでもなく、全然いいですよー」


 そうして二人がああだこうだと話しはじめた。なんとなく話に加われる感じでもない。折角だからドリンクでも買ってこようと僕はそっと席をはなれた。あ、どうせだからエリカの分も買っておくか。

 学食で注文したリンゴジュースと紅茶をもって僕が席に戻ってきたとき、それをみた鍋島先輩が思慮ぶかそうな視線でそれらを見つめる。


「ふむ。飲み物を買ってきたか。学生証を使って買ったな、君は」


 いまどき買い物をするのは電子マネーでないほうが珍しいくらいになっているけど、なにか気になったことでもあったのだろうか


「確かにそうですけど……、どうしたんですか先輩。そんな今更なことを確認しなくてもみんな使っているじゃないですか」

「ああ、いやすまんな。ちょっとわけありなんだ」

「シュン君。ちょうど今その電子マネーというか学生証の話をしていたの」

「学生証?」


 ウチの学園は学生証が電子マネーの機能もついていて大変便利だ。個人的には購入時になる「パオーん」という音が気に入っていたりする。


「なにやら最近生徒証が盗まれる事件が頻発していてな。数日たてばどこかに落ちているのが見つかるんだが、電子マネーの残高が綺麗さっぱりなくなっているんだ。使用した形跡とかもよくわからないし、先生方の間でも問題になっている」

「物騒ですね」

「幸いなところにいまのところ、誰かが怪我をしたとかということはない。なので大きな事件沙汰にならないうちに《まほ研》に原因調査のお願いをしてこい、とウチの会長から言われてね。たまたま食堂にきてみたら君らがいたから声をかけてみたんだが」


 《まほ研》はそんなこともやっているのか。感心すればいいのか呆れればいいのかよくわからない。


「あの鍋島先輩。ちなみに部長だったら部室にいると思いますから、そちらを訪ねていただければ大丈夫だと思いますよ」

「ありがとう九品寺君。ではそちらに行ってみるとしようか。どうも時間をとらせたようで失礼した。では」


 そういって鍋島先輩は軽く手をあげると爽やかにこの場を去っていった。

 それにしてもやっぱり先輩は背が高い。身長一九〇は超えてたんじゃなかろうか。体つきもまさにスポーツマンといった感じの逆三角形ボディで、ひょろい眼鏡くんな僕には羨ましい体つきだ。


「そういえば前の魔法少女といい、今回の相談といい、なんで《まほ研》はそんなことしてるの?」

「あの格好のことならできれば忘れてほしいんだけど……。生徒会の件は私もこの学園入ってまだ二ヶ月ちょっとなんだからそんなに詳しくはないけど、たまにそういう相談があって先代の人達がいろいろ請け負って解決したりしてたみたい」

「はあ……」


 いったいこの部はなんなのだろうか。机につっぷす僕を、エリカはただ不思議そうな様子で眺めていた。

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