第13話

 先輩のその言葉に、僕はどう答えていいのか、結局わからなかった。

 次の日。朝の目覚めは普通どおりだった。変な夢などにうなされたわけでもない。

 昨晩家に帰りつくと姉さんはどこかしらでかけていた。ほんと自由人すぎる。僕はといえば、お風呂に適当に入ってあとは狸寝入り。

 目覚めてしまえば、いたって普通の朝が僕を待っていた。

 パンを焼いて、コーヒーを淹れて。それを一人ゆっくりと楽しんで学校に向かう。だいたいこの時間には両親は仕事にでていて、ーーもっとも、昨日から2人とも出張にでているのでしばらくはいないーーそして僕はいつもどおりに家をあとにする、はずだったのだが。

 ピンポーンと呼び鈴が静かなリビングに鳴り響く。

 なんだろう。こんな時間に。ぱたぱたと玄関の鍵をあけ、ドアを開けると。


「おはようございます、だ。椋野」


 そこには黒のロングヘアーをたたえた制服少女がちょこんと立っていた。


「小森江さんな……」


 なぜいるの、と聞こうとした僕をさえぎって彼女が口を出す。


「部長が、昨日の今日だから様子を見ていけ、と。そうメールがきていた。なので来た」

「はあ……」

「私が来た理由は、私達のなかで一番通学路が近かったからだ」


 そういうと彼女はとっとと学校に行こうとするそぶりをみせ、にらみつける。つまりさっさと用意をして来いとのことらしい。大体用意をしていたので慌ててリビングに戻り鞄だけをとってくる。

 それから十数分並んで歩くが重苦しい雰囲気がただよう。しばしば僕のほうから話題を振ってみるがこれがまた散々だった。


「そういえば小森江さんは何組だったんだっけ」

「四組だ。というか隣のクラスだろうが。今まで知らなかったのか?」


 出だしから大失敗。そこからの世間話も妙にギクシャクした感じなってしまう。

 無理につきあわせてむしろこちらがなんだか申し訳ない気分になってくるなあ。

 それでも様子を見にきたのは、僕が遭遇した非日常に対する精神的ショックを確認するためなんだろう。もっともあんなことがあったにもかかわらず僕はわりと平静だった。平静というより鈍感なのかもしれない。

 精神的ショックを受けると人間眠れなくなったり、その不眠によって精神的に人を消耗させてしまうこともあるらしいが、そのへんは幸いにも僕自身、眠れないなどといったことに無縁なので問題ない。結構精神的にタフにできているのかもしれない。

 まあ、姉さんがやらかすことで突飛なことにたいする免疫ができているのかもしれない。そこだけは感謝しないといけないのかもな。

 僕が一人勝手にそんなことを考えていると、小森江さんが口をだしてくる。


「何を考えているんだ」

「いや、思ったより普通に朝を迎えてるなあ、と思って」

「確かに。もっと茫然自失となっているのではないかと考えていた。非現実的なことだからな《フレームワーク》のことは。私も最初この事実を知ったときは驚いたものだ」

「……小森江さんはいつ《フレームワーク》のことを知ったの?」

「2、3年前くらいか。知った経緯は椋野と似たようなものだ。もっともその当時は自分がその立場になるとは露にも思ってなかった」


 そういうと小森江さんは自らの艶やかな黒髪をくるくると指でまいていじりだす。

 『その立場』とは自らが《フレームワーク》を使って戦うことなんだろう。僕はその理由に興味があった。なぜエリカは、先輩は、そして目の前の少女はあんなことをしているのか?


「どうして《まほ研》にいるのか、聞いても?」

「気づいたらそうなっていた。ただ自分でもたまに思うがああやって剣を振るう姿にはわれながら違和感があるときもある」

「へえー。でもああいう小森江さんも格好良くて素敵だと思うけどなあ」


 小森江さんには最初のことを含め助けられてばっかりだし。戦乙女という言葉がぴったりだ。

 僕の感想が意外だったようで、彼女は一瞬目を丸くするとちらちらと周りの様子を気にする。

 学校も近くなって、ぼちぼちウチの生徒も増えてきたようだ。たしかに朝っぱら男女二人で歩くのは目立つか。それを察したかのように彼女が申し出る。


「……ふむ。そろそろ学校か。では私は先に行こう」

「あ、わかったごめんね小森江さん。今日はありがとうね」

「ああ」


 そういって僕から足早に離れようとする小森江さんは僕の5メートルほど前をいったところで急に立ち止まりこちらを向く。


「『詠』だ」

「うん?」

「同じ学年、同じ部活。いつまでも苗字にさんづけだとむしろ慇懃無礼な感じがするぞ」


 そう言い置くと彼女はスタスタと歩を早めていってしまった。

 そしてむかえた昼休み。気はすすまないが部室に行ったほうがいいのだろう。

 昨日みたいに迎えが来ても困るし。もっとも、昨日エリカが僕をご飯に誘いにきたあと、クラスでは僕が彼女の親戚であることがしっかり伝わったらしい。そのおかげか、いくぶんか僕に向けられる雰囲気はやわらかくなった。というか、紹介しろという話がさっそく2、3あった。これはこれで困ったものだ。あとが恐ろしいのだ。主に姉さんが。なんか僕が男をエリカに紹介するとなにやらまずいらしい。

 だから親戚だってこと知られたくないんだけどなあ。

 とりあえずその問題は頭の片隅に追いやって、部室に向かう。


「いらっしゃいませ同志。よく来てくれました」


 先輩は僕が挨拶するやいなやガタンと立ちあがり、大きい身振りで歓迎の意をあらわしてくれる。そして立ち上がった拍子に彼女の胸部についている大きいものがぷるん、とゆれる。


 昨日の凛とした姿の先輩とはおもむきが違い、いつもの小動物っぽい様子。まあそれにしても気になることが一つ。

 そして、部室にはほかにはだれも、いや、いた。我らが従姉妹さまが静かに座っている。先輩に席をすすめられるとエリカが静かにお茶をだしてくれた。


「では、そろそろ始めましょうか。《フレームワーク》とは何か……」

「あのー」

「そして私達まほ研とは何かについて」

「先輩……。真面目な話をしていただいているところ恐縮なんですが」

「どうしたの?」

「いえ、その格好はちょっとどうかなあ、と」

「あら、この格好、同志のお好みとは違ったかしら」


 いえ、大好物ではあるのですが。

 なぜかスーツを着て女教師姿になった『尾笹先生』がそこにいた。タイトスカートから伸びる足が悩ましい。


「まあそれはそうとして、はじめましょうか。ではエリカちゃん」

「はい、じゃあシュン君いくよ。《リストラクション》!」


 エリカの言葉。それと同時に最近ある意味なれてしまった違和感が僕を襲う。


「さて、いまエリカちゃんが使った《アプリ》が我々が力を振るうときに張る、結界。それが《リストラクション》なの」


 先輩曰く、これは現実の空間を切り取りある種の別空間に行くことだという。だから見た目は何も変わらない。


「でもねシュン君、いまここは私達がいる世界と全く位相を異にする世界なの。これは主に《バグ》を隔離するための魔法であり、ここで生じた音などはもちろん、破壊されたものも、この《アプリ》を解除すればすべて元に戻るんだよ」


 なるほど、僕がいつも抱くあの違和感はこれが理由だったのか。


「ちなみに、《フレームワーク》=《魔法》。《アプリ》=《呪文》と考えてもらえばオーケーですよ、同志。そして《フレームワーク》を振るうもののことを総称して《フレームワーカー》と言うのです」

「はあ……」

「では、さっそくやってみましょー」


 この先輩、ノリノリである。彼女はコンソールを呼びだしなにかを入力すると、うさぎのぬいぐるみが部室の机の上にちょこん、と鎮座する。

 エリカがそのぬいぐるみに向かってニコリと微笑むと、机の上においてあった彼女のポーチから一枚のカードを取り出した。


「《ソーサラーズカード》!!」


 その声でカードが光り、ピコン、とハンマーが飛び出てぬいぐるみをやさしく小突いた。

 先輩がその現象を説明する。


「《アプリ》にも種類がいろいろあるのですよー」

 《アプリ》には詠のように剣を生み出したりする『生成型』、先輩が前にやったように《フレームワーク》のパラメータに影響を与える『環境変更型』、そして『放射型』と呼ばれるものがあるそうだ。


「『放射型』はまさしく魔法使いみたいに火を使えたりするんですが、使う人は多くありません。一番多いのは『生成型』です。エリカちゃんのカードもこれになりますね」


「ただこのカードは作るのに時間がかかるし、疲れちゃうからあらかじめ創り置きが必要なの」


 これらの《アプリ》はあらかじめ《発動体》に数十―数百種類インストールされていて、人によって使えるものが違うのだそうだ。


「みんなが使えるもの、ある程度の範囲の人にしか使えないもの。いろいろあるのだけど、世界で一人しか使えない《アプリ》を使える人を《スペシャリティワン》なんて言ったりもするのよ」


 エリカがお茶のお代わりをいれてくれながら教えてくれる。


「そして、それより希少なのが新しい《アプリ》をつくりだせる人なのよ、同志」

「なんでなんですか……?」

「《アプリ》の作成はプログラム言語がわからないままプログラムを組んでいるコンピュータソフトみたいなものなのよ。つまりアプリを記述する言語が殆ど解明されていないの」

「……そんなの状態でよく色んな種類の《アプリ》がありますね」

「まあ、トライ&エラーってやつね。《フレームワーク》はまだ歴史が浅いもの。じゃあ同志、早速なにかの《アプリ》を使って、あのうさぎのぬいぐるみに何かしてみてくださいな」


 へっ?どうしてそんなことになるのか。


「前貨した《発動体》あれをもってみて」


 言われるがまま黒い《発動体》を握りしめる。


「『アプリサーチ』と気合を入れて念じてみるっ!」

「《アプリサーチ》!!」


 すると僕の目の前にピコン、とウィンドウが開く。


「《発動体》が同志の使えそうなものをある程度自動的にその人が使える《アプリ》を選別してくれるんだけど……あら?」


 先輩が怪訝な顔をする。それをみたエリカも僕の目の前にでた画面を覗き込む。


「おかしいわね、結構高い適正があると思ったんだけど……」

「……画面真っ暗ですね」


 僕の目の前のウィンドウは真っ暗。つまり使えるものはないということか。巻き込まれなくてうれしいようなちょっと寂しいような。

 すると、ピコンと画面がポップアップし、真っ暗な画面に一行文字列が追加される。


「あ、シュン君。使えるのあるじゃない」


 なんかエリカが嬉しそうにいう。


「でもエリカ、この《紙造り》って何の効果があるの?」

「…………さあ?」


 結局ここでお昼は時間切れ。うさぎのぬいぐるみは微動だにすることなく、机の上に鎮座したままだった。

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