第12話
そして地面には大剣、というより鉄の塊を剣の形に引き伸ばした、剣というには大きすぎる代物が突き刺さっている。幅は両手を伸ばしたほど、そして高さはさきほどの《ミノタウロス》の大きさを超える、そんな振り回すこともできなさそうな。
その上に彼女は立っていた。
「あらあら、私ってば後輩からの信頼感に乏しいのですね。悲しいですわ」
セリフとは裏腹にちっとも悲しそうでない、穏和な声が僕の腕のなかから聞こえてくる。
「先輩、怪我は、体大丈夫ですか」
「ありがとう同志。おかげさまでちょっと痛いけど問題ないみたい」
「それはよかった……」
「その上男の子にお姫様だっこされて、むしろ素敵、なのかしらね?」
ちろっと舌をだす彼女はいつもの先輩で、僕はほっと胸をなでおろす。
「お話はそこまでです。まだ《奴》は倒れていません」
小森江さんの言葉にはっとなった僕は、もうもうと土煙があがる方向を見る。
そこには大した傷を負っていない例の怪物が低いうなり声をあげながら、肩をいからせそびえ立つ。
あ、あれはたぶん怒っているんだろうなあ。
「詠ちゃん。助かりました」
僕の腕のなからするりと先輩は抜け出すと、《ミノタウロス》の方へと一歩。
その先輩と並び立つ小森江さん。そしていつの間にか地面に突き刺さっていた大剣は消え失せていた。
「いえたいしたことは。で、これからどうしますか部長」
「そうねえ。このまま詠ちゃんにまかせてしまおうかしら」
「まあ、それでもいいのですが」
「あら頼もしいわね。でも二人で狩ったほうが楽ではあるのよね」
某モンスターを狩りまくるゲームで協力プレイをするような気安い会話。
そんな少女達におかまいなく、怪物はこちらに向かって突進を始めていた。
「では、部長。いつもどおりで?」
「ええ。詠ちゃんお願いー」
「では参りましょう。《剣練成》!」
彼女から力強い言葉が発せられると、その手にはあの日の夜も見た、身の丈ほどの大きさの剣がおさまっていた。
そしてそのまま地面を強く蹴り正面から突っ込んでいく。どんどんと彼我の距離は縮まって……。
《ミノタウロス》は右手に持つ斧を振り上げ、彼女めがけてたたきつけようとする。
「小森江さん、危ないーー」
僕の声が届くまえに、彼女もお構いなしに《ミノタウロス》に切りかかり、二つの刃が衝突、彼女はその勢いを利用して後方に飛ぶと再び怪物に向かう。
そこから数合ほど打ち合っただろうか。
すごい。相手はいくつかの傷を負っている体格差があるにもかかわらず彼女は普通の人間にはできないような俊敏な動きで圧倒していた。
「詠ちゃん下がってっ!!」
そこに先輩の声が響きわたる。声に呼応して小森江さんが下がると先輩からはなたれた光の弾が《ミノタウロス》に直撃した。
ーーあれ、何もおこっていない?
全くこたえたそぶりを見せない《ミノタウロス》。それにまた小森江さんが改めて切りかかる。
しかし、その様子は、少し前とは全く違っていた。相手の動きが明らかに重くなり、守りも攻めも弱くなり、彼の周りにはふよふよといくつかの《フレームワーク》が浮かんでいた。
「これは……《タグ》?」
《タグ》とは一般的に荷札のことだったり、コンピュータの世界ではホームページをつくるに使うhtmlタグなんかもあったりするんだけど、《フレームワーク》においては、表示されたものの付随情報を示すものである。
今、《ミノタウロス》の周りには『↓10倍』とつけられた《タグ》のほか、いくつかの《タグ》が紐づけられていた。
「そのとおりよー。いま私が《ミノタウロス》に《タグ》をつけてあげたの。それもいくつかキツイやつをね。RPGでいえば状態異常の魔法みたいなものかしら?たとえば『↓10倍』は重力十倍ってことですしね」
いつの間にか先輩がの横にきて解説してくれていた。
そして小森江さんの方をみれば、動きがにぶくなった相手を押し捲っている。
「はあ……」
「ただ、これを準備するにはそこそこ時間がかかるの。便利ではあるんだけどね」
僕はただ相槌をうつことができない。その僕の様子に何が引っかかったのかわからないが、先輩が大きな笑みをたたえてこっちを見る。なんだろう。
「便利といえば、さっき同志が創り出した『本』があるでしょう?あれ、もう一度だせないかしら」
「あの真っ白なノートのことですか……」
まあ見てくれだけはどこぞの魔術書みたいな荘厳なつくりだったんだけど。
とりあえず今さっきと同じ要領で念じてみる。
「あ、でた」
あっさりと、前と同じような本が現われる。ただ、それを生み出したとき、結構疲れたような気が……。先ほどは必死だったので全然気がつかなかったけど。
「ありがとう。それ少し借りますわね」
そういうやいなや僕の手から本をひったくると、ぱらぱらとめくり、そしてそのうちの一枚をおもむろに破るとどこからか取り出した筆ペンをさらさらと走らせる。もちろん怪物のほうへ注意は向けながら。
先輩が書き終わったものを肩越しにみると、某キョンシー映画に出てくるお札みたいになっている。先輩はまじまじと札を見る僕を意に介すことなく、小森江さんのほうへ、札を「ぶっぱなす」
ズドン、と赤い光弾が札から生まれ、《ミノタウロス》に文字通りつきささった。
わけがわからない。なんかいろんなことが起こりすぎだ。なぜ僕が《フレームワーク》で生み出したと思しき本に字を書けば光の弾なんぞが飛び出すのか、とか、そもそもなんで僕はこんなところにいたんだっけ、とかもっとつきつめれば姉さんと先輩で仕組んだドッキリじゃないのか二人は知り合いみたいだし、とか。
僕の頭はぐるぐる回るけど、どうやらまわりすぎてオーバーヒートしてしまったのか、なんの感慨も沸いてこない。
そして、小森江さんのほうはといえばいきなりの援護にすこしばかり驚いた様子を見せたもののすぐ気をとりなおし、剣を大上段に構え、怪物に振り下ろす――。
パリン。
そうあっけない音だけを残し、怪物は青い光の粒子となり消えていった。
怪物のおどろおどろしさと最期に見せるその幻想的な光景のギャップ。
そんな消えゆく怪物を背に先輩は僕に告げた。
「《バグ》退治終了、ですね」
先輩がそう宣言した瞬間、僕は眩暈のようなものを感じて少しの間目をつぶる。
そして次に目をあけたとき、最初この場所に来たときと全く変わらない光景に戻っていた。
不思議に思ってあたりを見回していると、こちらに戻ってきた小森江さんが見えた。あれ、なんか怒ってる。
「まったく、椋野いったいお前はなんなんだ!!」
「いや、最後のは尾笹先輩がやったことだから、僕は特になにも……」
「いや、違う。もっと前だ。さきほど先輩が倒れてたときのことだ。遠目にだったがお前がいきなりなにかものを投げつけて《バグ》……、まあ先ほどの怪物のことだが、その気をひこうなんて。本当に危なかったんだぞ」
結構な早口でまくしたてる小森江さん、身振り手振りつき。
どうやら彼女は駆けつけている最中に僕が結界を抜け出て《ミノタウロス》に向かっていったことを見ていたらしい。
かなり口の悪い娘かと思っていたけど……。これって僕のことを心配してくれているってことなのだろうか?
「し、心配というか……、お前のトンチンカンさというか無謀さというかそういったものを危惧してだな……」
「ふふふ、同志舜一。私もあらためてお礼を言わなければなりませんね。本当にありがとう」
「いえ、そんなたいしたことをした覚えは……。そもそもあれは《フレームワーク》で生み出されたものだから僕達には直接危害を与えれないんでしょうし」
そうなのだ、あの《ミノタウロス》は《フレームワーク》の産物。そして《フレームワーク》で創り出されたものは触感などはあっても、たたかれたからといって怪我をするものではないはずなのだ。
その認識に基づいた発言……、だったんだけど顔を見合わせる二人を見るとどうやら重要な部分において認識に齟齬があるらしい。小森江さんなどはあきれたような顔をしている。
「同志舜一。今日はありがとうございました。よければ明日のお昼にでも部室に来てくださいな。本日のこと、《フレームワーク》のこと、そして私達のこと。ちゃんとお話しないといけませんから」
「はあ……」
「そしてもう一つ……」
「まだなにか?」
「ようこそ《魔法》の世界へ」
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