第10話
「なんですか、これ………」
ハリウッドも真っ青な効果に違いない。
「はいっ、カーット! ばっちりですよエリカさーん」
ひときわ大きな声が聞こえ、エリカはステッキを振るう。
そうするとあっと言う間に彼女の服装はいつもの制服姿に戻っていた。ちなみに彼女のまわりをふよふよとただよっていたマスコット的ななにかも消えてしまっている。どうやら撮影が終わったらしい、エリカの周りに生徒達が集まってきていた。
「同志舜一、どうでした今日の我が部の《活動》は?」
「いや、なんというか……」
「もちろんあのエフェクトなどは我が部特製の《アプリ》を使った立体映像ですよ」
説明されるまでもなく、今日彼女らは映画研究部の自主制作映画の手伝いをしているのだろう。
「もちろんその《アプリ》だけでなく、人使いが荒い部長に命じられた我々ががんばったからこそできる芸当だ、とも認識してもらいたいんだがね」
いきなり声をかけてきたのは、今までいなかった小森江さんだ。
「あれ、いままでどこにいたの?小森江さんは」
「あそこにいた」
「え、そこはさっき怪物がいた場所で今はクレーターになっているはず……」
彼女が指し示すあたりを僕が振り返ったとき、先ほど爆発があったはずの場所はすっかり元どおり、いつものグラウンドの姿に戻っていた。
「あれ、元にもどってる……」
「それはそうだ。私がこれで《創って》いたんだから」
彼女はひらひらと手を振る。そこにはさきほど部室にいた際にはしていなかった、黒色のリングが彼女の指にはめられ存在感を放っていた。
「これは……《発動体》?」
「ふむ、部長から聞いたんだな。まあそういうことだ。エリカも同じようなものを持っている。演じながらああやって色々な《フレームワーク》を使うのは結構骨だ。だから他の部分を私が担当した」
つまり、魔法少女側のエフェクトをエリカが担当し、ほかの部分、背景や敵などを小森江さんが担当していたらしい。
「はあ……」
どうにも頭がついていかない僕は、曖昧な言葉を漏らすしかない。そこに元の姿に戻ったエリカがこちらにやってきた。こころなしか頬が赤い。やっぱりあの格好はさすがのエリカにとっても恥ずかしかったりしたのだろうか。
「えっとごめんね?変な格好を見せちゃった」
「いや、まさかあんな趣味が九品寺さんにあるとは思わなかったけど大丈夫。絶対言いふらしたりしないから。特に親戚周りでは」
「う、確かにそれはやめてほしいなあ。それにあれ、私の趣味じゃないんだよ……」
「なるほど、そういう体にしたいのかわかった。うん忘れるね」
「シュン君、本当に違うの誤解しないで…………。あれ、そういえば部長はどこに?」
「ああ、先輩ならそこに……」
そういって僕が先輩が立っているはずの方向を向くと今までいた場所から忽然と姿を消していた。
そして辺りを見回せば先ほどの映画研究部のリーダーらしき男子学生のもとで何やら話し合っているようだ。
「九品寺さん、先輩何してるの?」
いい加減エリカと呼べ、というエリカからの無言の圧力に耐えながら彼女に尋ねる。
「ええと、交渉、かな?」
「部長は映画研究部に今回の報酬、つまりは金銭を受け取る最終の交渉をしているのだ」
「お金、とるんだ」
二人の少女から返ってきた答えは魔法という言葉からかけはなれた現実的なことだった。
見た目に似合わずガメツイんだな先輩は。
「あらガメツイだなんて心外ですね。正当な対価ってやつをもらっている組織を維持するのって大変なんですよ、同志舜一」
どうやら僕の考えていたことを口にだしていたらしい。
そして彼女はなにやら封筒を大事そうにもっている。あれが報酬というやつなのだろう。
「いや、ただの学校の部活動ですよね、先輩?」
「まあいろいろ物いりなのですよ、この《まほ研》は」
「はあ……」
「まあいいでしょう。さて、同志舜一。これで我がクラブがどういう活動をしているかわかったでしょう?」
自信ありげに尋ねてくる先輩であるが、僕は困惑するしかない。理解力が特別良いほうではないし、なんか妙にふわふわしてただでさえ整理しきれていないのだ。
わかっていることは他の部に協力してその上お金をとっていたということくらいか。
「あの……、シュン君私たちさっき使っていたのは何かな?」
「えっと《フレームワーク》だよねえ。あ、そうか」
見かねた僕にエリカが助け舟をだしてくれた。そして僕の納得した表情をみて、尾笹先輩は我が意を得たり、といったようすで話を続ける。
「そのとおりなのです。我々の《活動》とはつまり、『《フレームワーク》を研究する』ということなのです」
「えっと、それと《魔法》とどのような関係があるんですか……?」
「先人は『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』と格言を残していますが……」
「たしかにそんな言葉がありましたね」
その格言はSF小説の大家が大昔に残したもので、僕も言葉だけは知っていた。
「では、その言葉を逆に考えてみたこと、ありませんか?」
「逆に考える?」
僕の疑問に一拍おいて、彼女は感情の読み取れない表情で僕に語りかける。
それはいままでみたことのない、なにやら神秘性すらも帯びた巫女の託宣のようで――。
「つまり『魔法は高度に発達した科学技術と見分けがつかない』ということですよ、同志」
◇ ◇ ◇
なんとなく狐につままれたような気分のまま、結局その日は解散となった――。
一人家路についている僕はさきほどの光景が鮮明に脳裏によみがえる。
《アプリ》によって様々なことができる《フレームワーク》は、僕の今までの理解よりもずっと面白くて、それはまるでファンタジーの世界から飛び出てきたようなもののように感じられた。
――つまり僕はあの光景に惹かれたのだ。
使ってみたいなあ……あれ。結局先輩に言い出せなかったけど。
もっとも僕は魔法少女になりたいわけではないということは断固主張しておく。それに《魔法 》という先輩の言葉にも違和感があったりする。
だってあれは《科学》だし。あ、だから《魔法『科学』研究会》なのかあそこは。
妙に納得してしまった僕はその一方で、なんとなくあった未知なるものへの憧れのようなものが失われたような気がして……マジックの種が明かされたときのような妙に気が抜けたような複雑な気分を抱えていた。
そんなことを考えていたらいつの間にか自宅の前。鍵を開けてドアをくぐると、いつもより靴の数が多いことに気づく。
つまりこれは、いろんな場所を飛び回っている僕の姉さん、椋野厘が家にいるらしい。
姉さんは大学生でいつもいろんなところに出張やら泊り込みであまり家にいない。まだ大学一年のはずなんだけど。かといって男のところに転がりこんだりしているわけでもなさそうだし、何してるんだろう。まあ僕にとっては接触する機会が減ったので喜ばしいことなんだけど。両親もそのへん放任主義だし。
ちなみに家自体は木造二階建の標準的な、いたって普通の家で、その両親も共働きのためこの時間は家にいない。
なんか最近めずらしいことが続くなあと思いながら、なるべく足音を立てないようにしながらリビングを通りすぎようとした、はずだったんだけど。
「おかえりなさいシュン。……少しお話しない。お茶入っているけど」
リビングにいたらしい姉さんには、しっかりばっちりばれていたわけで。
仕方ないからリビングに入る。
「た、ただいま姉さん……。帰ってきてたんだね」
「ええ。あとついでにお土産もあったんだっけ。はいお土産」
ぽんと姉さんから投げられたものを反射的に受け取る。
渡されたものはなぜか藁人形。
なにやら非常に呪われそうな代物で持っているだけでなんとなく厭な気分になる。というかなんだってこんなものが土産なのか姉さんのセンスには驚かされるばかりだ。
「あ、ありがとう……」
「えっと、聞いた話だとその人形と寝食をともにするともにするとなんだか幸せな気分になれるんだって」
それって脳か何かが侵食されてんじゃないか、その人形に。
「はあ……。どこに行ったらこんなお土産が売っているんだよ……」
「それは守秘義務があるので教えられないわねえ」
人差し指を立てながらウインクをする姉さんを改めて眺める。
身内からの贔屓目も入ってるかもしれないが、肩口まで伸ばした髪は綺麗なウェーブがかかり、顔立ちもはっきりしていて、ほんとうに綺麗な美人さんだ。いろんな人から自慢の姉だと言われるのもまああながち間違いではないのだろう。
もっとも、僕としてはこんな姉と比較ばかりされているからたまったもんじゃないんだけど……。僕自身は顔立ちも至って平凡だしね。遺伝子って不思議。
そしてなぜか彼女は僕とおそろいの眼鏡をかけている。まあ、正確にいえば僕がおそろいにさせられたんだけど。おそろいといえば僕と姉さんはおそろいのネックレスをしていたりする。
そんな姉さんは僕に紅茶をすすめると自分もティーカップを傾ける。うん、やっぱり姉さんの淹れるお茶は美味しいなあ。そんなことを思っていると唐突に話を切り出してきた。
「それで?《まほ研》に入ったんだって?」
「いや、とりあえずって感じだから正式にははいってないよ」
エリカのやつ、しゃべったな……。
「なんか買収されたって聞いたけど」
「誰に聞いたんだよそれ……」
「そりゃあエリちゃんに決まっているじゃない。プレゼントのお礼メールに一緒に書いてあった。彼女喜んでたわよ、シュンが入ってくれたって。まあ、もっとも申し訳ないとも書いてあったけど」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる姉さん。どうやら僕をからかって遊んでいるらしい。でもよく考えれば姉さんもちょっと前まではあの学園に通っていたわけだし、《まほ研》のこと知ってるなら聞いてみるのもいいかもしれないな。
「ねえ姉さん。その《まほ研》ってどんなとこなのか知ってたりする?」
「まあ知っているといえば知っているし。知らないといえば知らないわねえ」
「なんだよそれ」
「うーん表現が難しくて。《フレームワーク》でいろんな面白いことをしよう的な部活動という認識でいいんじゃないかしら」
なにやら昔の探偵のようなポーズで考えこむ姉さんからでてきたのは至って普通の説明だった。てっきり姉さんのことだから『キャトルミューティレーションを追って某エリアの謎を解明しようという秘密結社よ!』などとまた無茶苦茶なことを言うかと思ったんだけど。
「まあ、面白いところよ。そういえばハルちゃんは元気にしてた?」
「ハルちゃん?」
「ええ、尾笹遥花さんのことよ。あなた達の一コ上の」
「ああ、尾笹先輩のことか。すっごくアクティブでびびりました、ハイ」
「ふふ、全然かわってないわね。最近忙しくてなかなか時間がとれないけど、今度学園に遊びにいってみようかしら」
「いや、こなくていいですから」
「つれないのねシュンは」
よよよ、とわざとらしくしなをつくってみせるがそれが姉さんの擬態であることは明らかで……。第一目がすごく笑ってるし。
学園に来られた日にはどんな騒動が起こるかわかったもんじゃない。しばらくとは言わずずっとこの姉には忙しくしていてもらいたいものである。
「とまあ冗談はそれくらいにして本題に入ろうかしら」
「はあ……」
「実はそのハルちゃんから伝言があるの」
「へ、伝言?」
なんだろうか。もう部活に顔ださなくていいよ、とかの類ならとっても嬉しいのだけど、雰囲気からしてどうやらそういうことではなさそうだ。
「そ。『今日の8時あの公園で待ってます』だって。あらー何がまってるのかしらねー。エリちゃんが怒るかもなーこれは」
そういってさらにクックと笑う我が姉。なんか絶対勘違いしているな、あの表情は。そうだ勘違いに違いない、相違ない。しかしそもそもなんでエリカが怒らないといけないのか。でももし尾笹先輩が……。それを考えると自分の頬が熱くなるのが感じられる。えーい雑念退散煩悩退散。
でも《あの公園》ってなんだろうか。全然覚えがないんだけど。
「ほら、何日か前にエリちゃんに出くわしたって公園のことじゃないの?」
「ああ、確かにそうかも」
「あまり遅くならないように行っておいで。母さん達には私が上手く言っとくから」
む……。なんか姉さんが変だ。いつもならもっと事細かにネチネチと聞き出してくるのに、今日はやけにさっぱりとしているような。
「なんか……今日は妙に優しくない、姉さん?」
「うふふ、だってどんなことがあるのか気にかかるじゃない~。伝説の木の下でってやつかしらやっぱりこれはー。あ、朝帰りはさすがに駄目だからね。それだけは姉さんもあんたをかばいきれないから」
めっ、という姉さんはいたずらっこのような目をして僕を送り出そうとする。
はあ、仕方ない。あまりここにとどまっていても姉さんに茶化されるだけだし、少し早いけどどっかで時間をつぶそう。
そうやってリビングから出て行こうとすると、
「さあシュン、ドーンと玉砕してらっしゃいー!」
「いやいや。そもそも玉砕することしないからっ!」
最初なんか言ってたような気がするけど、なんだったんだろう。聞きとれなかったなあ。
そうやってとりあえず私服に着替えるために自室に戻る。ごそごそしていると、また僕にちょっかいという名の危害を与えるであろう人物がおもむろにドアを開ける。
「とんとん、シュン入るよ」
「……どうぞ。でも姉さん、擬音を口にしながら実際にはノックをしないのは、女性の嗜みとしてどうかと思うんだけど」
「男なんだから細かいことは気にしないきにしない」
ひょいと軽い感じで姉さんが僕の部屋を尋ねてきて珍しいそうに僕の部屋を眺める。
姉さんが僕の部屋にくるのってどれくらいぶりだろうか。
「なかなか壮観ねーこれくらい紙の本が並んでいると」
「まあね」
「……地震とか起きたら怖いわね。気をつけなさいよ」
「……まあね」
そうなのだ。僕の部屋は本棚で埋まっていて、もちろんそこには《紙の》本がところせましとならべてある。つまり四方本棚な部屋なのだ、ここは。
耐震対策とか考えないといけないのかも。大昔地震で本につぶされてしまった方がいた、とか聞いたような気もするし。
「それはいいとして、せっかくうら若い女性に呼ばれたのにあなたときたら……」
僕の考えを打ち切るように姉さんがそう言うと、うろうろと僕の周りを歩きながら360度方向から眺めまわす。
どうやらここにきたのはファッションチェックをするためらしい。
姉さんが何を期待しているのかがよくわかるかぎりだ。
もっとも僕自身はいたって普通の格好――適当なシャツにGパン。まあアクセントがあるとすればいつも首にかけている、なんの変哲もない普通のネックレスくらいーーなので良い点数などもらえるはずもなく。
結局、姉さんはため息を一つだけはくと、そのまま僕の部屋を後にするのだった。
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