第8話

『なるほど、君の周りはなかなかに愉快な人が集まっているようですわね』


 その日の晩。僕はいつものようにネットゲームに興じていた。


「残念なことに私自身は平々凡々たる人間なのですが」

『……ありきたりですが、『類は友を呼ぶ』という言葉がありまして』


 パチリ、と石を置く音が自室に冴える。いつもの相手といつもの囲碁のネット対戦。

 ただ、前回からは少し趣が変わった。こうやって音声をオンにしておしゃべりをしながらの対戦になったのだ。もちろん固有名詞やら地域やらぼかしながらだらだらと。


「しかし、アラウシオさんって何をしている人なんですか」


《アラウシオ》とは当然ハンドルネームのことである。そして今日話してわかったことが一つ。

 どうやらあちらの方は女性らしい。相変わらず声自体は合成音声を使った機械的なものだが、その口調は前回より柔らかい。なんか最初は口調に気をつけていたらしいが正直疲れてしまって、今はより普段に近い喋り方だそうだ。

 ただ僕はその一方で彼女のことをいわゆる『ネカマ』かもしれないとの疑念は捨てきれていないのだけど。。


『まあ、SYUN君と同じく学生さんですよ。宿題やらオレンジジュースに追いまくられている、しがない生活ですのよ』

「オレンジジュースに追われることなんてないと思うんですけど……」

『あらご存知?オレンジにはビタミンCが多く含まれていて健康や美容にとっても良いのですから』


 それから暫しの間、アラウシオさんの『オレンジ談義』が続く。もちろんその間にも局面は進んでいて。


「えーと、アラウシオさんがオレンジジュース大好きっこであることはなんとなく理解しました……」


 それが終わるころにはすっかり勝負がついていた。つまりは今日も僕の負けである。


『あ、終わりですか、残念。それではまた勝負しましょうね』


 そう言い残してアラウシオさんはオフラインになる。僕のことを「類友」などと

言い放つこの人も結構いい性格をしているのかもしれない。


 そして次の日、


「で、結局色香に惑わされて入部をすることになった、と」

「……人聞きの悪いことを言わないでよ杉多。まあ、ちょっとの間だけだよ、ちょっとの間。それにカードゲームももらったし」

「なるほど、色香ではなく物につられたわけか、どちらにせよ買収されたことには変わりないな」

「もう……なんとでも言え」


 僕がなにやらなし崩し的に《まほ研》のお手伝いをすることになった明くる日。

 得もいえぬ疲れ――主に昨日の出来事に対して――に休息を欲していた僕は昼休みになるとすぐに机につっぷしていた。

 いつもは母さんがいるときはお弁当をつくってもらうのだが、今日は仕事で早くからでかけていて購買でパンを買ってこないといけないのだが、出遅れてしまった今となってはちょっと休んで時間をずらしたほうがよい。

 そんな僕の小休止は唐突に打ち切られる。三白眼の目を輝かせ、口元をニヤニヤと歪めながらこちらにやってきた、僕の友人、杉多一夕(すぎたいちゆう)の手によって。

 なぜか彼は僕がまほ研に入るという情報を手に入れていて、先ほどから僕は彼からまほ研に関する様々な噂話を講釈を受けていた。その最後の締めが先ほどのやりとりだったりする。

 その噂話とは、曰く。


・夜な夜な黒ミサが行われており、子羊を生贄にささげ悦にいったりする集団であ 

る、とか。

・変なクスリを以下略、だったり、とか。

・対立する団体を呪って廃部においこみ、部でもないのに部室を手に入れた、とか。


 あとまあ、学園七不思議レベルの碌でもないものかつ具体性にかけるものだったりする。

 しかしそんな噂がたつようなとこにエリカ入ってるんだな……。なんだか従兄妹として今度一言いっておかないといけないのかもしれない。


「しかしどれも現実味にかけることで」

「まあな。でも気をつけろよ舜一。さっきも言ったがあの《電子の魔女》尾笹遥花がやることだ、何されるかわかったもんじゃない」

「《電子の魔女》ねえ……。たしかに強引な人だったけどそんな風には見えないけどなあ」


《電子の魔女》


 そんな大層な渾名がついている尾笹先輩は、なにやら《フレームワーク》関係で超高校級な人なんだそうだ。どうすごいのかは全然わかんないけど学業も至って優秀らしい。

 まあ僕が思い出すのは先輩の体柔らかかったなー、とかちっこくてかわいらしかったなーとかそんなどうしようもない感想だけしかない。そしてさすがにそんなこと杉多のやつには間違っても漏らすことはできないけど。


「ああ、お前の間抜け面から察するに、早速彼女の作戦にやられているようだな。まあせいぜいあの《魔女》には気をつけることだぜ。もっともそんな深刻なことにはなりゃしないだろうから俺は楽しく遠くから見守ってやっとくぜ」

「はあ……」

「気のない返事だこと……ってほれ舜一、早速尖兵がきたようだ。せいぜいがんばることだな」


 さらに愉快そうに口の端をあげる杉多が向いた方向に僕も顔を動かすと。

 なぜか小さく手を振る、僕の従兄妹サマがいた。

 その上手にはお弁当が入っているとおぼしき包みを持って。

 そのことに気づいた弁当組の生徒、ほとんどは男子達だ、はその光景に驚愕の表情を浮かべ、それからこちらを訝しげな視線を向けてくる。ところどころ殺意のようなものも混じっている気もする、ほんと困ったものだ。

 僕と彼女が親戚同士と知ってるやつは目の前にいる杉多以外いない。

まあそうなるよね。エリカ男子に大人気だもんなあ、金髪で美人でスタイルもよくて。ほんとに僕の従兄妹なのか疑問に思っちゃうもんな。そしてそんな彼女が昼休みにお弁当をもって特定の男子のもとにやってくる。それも親しそうな笑みまで浮かべて。

 ああ、ちょっと胃がしくしくと痛みだしたような……。


「……だからあまり学校では接触してこないで、とお願いしたのに」

「舜一。その気持ちはわかるが早くお前がアクションを起こさんとどうにもならんぞ」

「わかってるよ」


 杉多にうながされるまでもなく、とりあえずこの状況をなんとかしないといけない。

 僕は可能なかぎりなにごともないような様子かつ、最速の動作でエリカのところにいくと、そのままエリカを学校の中庭のはずれまで連れだした。

 うん、さすがにこの辺でご飯を食べてるほかの生徒はいないらしい。とりあえず手近にあったベンチに座る。その横にちょこんとエリカも座った。

 では早速きつく言い含めておかないと。あんなことをされたら僕の命がいくつあっても足りそうにない。


「で、なんでいきなりクラスまでやってきたのエリカは」

「えっとほら、たまには一緒にご飯食べようかな、と。昔は毎日のように一緒に食べてたし」


 確かに。一緒にご飯をよく食べていたころもあった。それはでも小学生くらい、それも低学年のころだったと記憶しているんだけど。


「この学園に入ってからは一度もないじゃないか」

「そうそう。だから今日が始めてだから、私がんばったんだよ」


 胸の前で両手をグッと握りしめ、ほめてほめてーといったポーズをとるエリカ。


「まあたしかに違うクラスにまで入っていって声をかけるのは大変ではあるんだけど……」

「今日はお母様からシュン君今日はお弁当ない日だって聞いていたから」


 ん――? なにやらまたもや話がかみ合ってないような気が。

 それに気づいた僕が彼女の様子に目をやると、なにやらごそごそと手提げから弁当箱を取り出していた。それもいやに大きい、いわゆる重箱というやつだ。

 ふたをあけると、から揚げ、玉子焼き、おにぎりといった行楽弁当の定番のようなラインナップ。


「はい、半年ぶりかな?お口にあうかどうかわからないけど召し上がれ」

「あ、いただきます」


 ああ、つい条件反射で言ってしまった。反論というか文句の一つでも言ってやろうと思ったのに。

 確かに半年くらい前、つまり今年の正月にウチに遊びにきたエリカにご飯をつくってもらった記憶はある。たしか家族みんなそれぞれの用事ででかけてちょうど二人で留守番することになったんだっけ。


「じゃあ、あーん」

「あーん……って違う。さすがにそれは違うでしょ」

「えー、昔はよくやってあげてたよ」

「いや、だからそれは幼稚園くらいときじゃないか……」


 さすがに公共の場かつ学問の場である学校には似つかわしくない行為。というか今日は妙に彼女が僕にかまってくるんだけど……。近年こんなことはなかったよな?

 ああ、なるほど。なんとなくだけどエリカの真意がわかったような気がする。


「もしかしてエリカ昨日のこと、気にしてる?」

「う、うん?なんのことかなー」

「もう……。昨日のことは僕が勝手に決めて勝手に賭けに負けたんだから気にしない気にしない」

「でも私が誘わなければシュン君がウチに入ることはなかったし……。前々からウチの評判色々と聞いて知ってるでしょ?」

「まあそれは……」


 詳しいことを知ったのはさっきだ、とは言えない雰囲気だ、これは。


「あ、今なら私から部長に謝って無しにしてもらってもいいよ。カードゲームは私のあげるから…」

「いやいやそこまで深刻に考えないでよエリカ。ほら、カードゲームも貰えたし結果としてよかったし。少し手伝えばいいだけなんでしょ。それも僕体験入部のつもりだし、正式に入部するつもりもないし」

「まあそうなんだけど……」


 エリカにしては歯切れが悪い。つまりこの子は罪悪感があったのだろう。あまり評判のよくない自分の部に親戚たる僕を巻き込むことに。普段はマイペースでのほほんとしているような奴がこんなことに気を回さなくてもよいのに。逆になんかこちらが悪いような気になってくる。


「じゃあ今度また弁当作ってよ。それでチャラというわけで」

「ホントにそれでいいの?。前あんなに嫌がってたのに……」

「いや、エリカのご飯が嫌いというわけではないよ。むしろ好きだよ。ウチのとこより味つけ旨いのもあったりするし。ただ別に学校で色々言われるのが嫌なだけで」

「あ……。うん、じゃあそうするね」


 よしなんとか機嫌を直したようだ。それから僕達はエリカが作ったお弁当をとても美味しくいただいて別れた。食べてる途中若干彼女の顔が赤かったのが気になるけど……。まあなんでもないだろう。指摘するほどのことでもなかったし。

 そもそもたかが部活でこんなことで気にやませる必要はないよな、うん。

そしてあっという間に放課後となった。

 既に《まほ研》の部室にいる僕は思わず口にだして尋ねざるをえなかった。


「なんでこんなにいろんな書類が山積みなんですか」

「さあな知らん」


 携帯端末をいじる小森江さんがぶっきらぼうに答える。現在部室には僕と小森江さんの二人だけ。目の前には部室の使用許可証に予算の申請書、部員届や生徒会への報告書がたくさんある。目を回しそうなほどに。

 教科書などはすっかり電子化してしまったのに、なぜかこういったものはいまだ紙のままである。こればかりは、メールだのネットワークを利用した電子申請にしてしまえばいいのにと思う。変なところでお役所仕事なのだ学校という組織は。

僕は手つかずの書類の山に頭をかかえながらそんなことを思うのだった。

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