第7話

 その言葉から十数分後、非常に真剣な顔をして対峙する一組の男女とそれを見守る二人の少女がいる。

 もちろん男性は僕のことで、相対する女性は尾笹先輩。

 既に局面は最終段階、僕と尾笹先輩との一騎打ちの状況。

 正直なところ、僕はこの種の集中力を要するゲームは一番得意だったりする。

 シンプルで小難しいルールを覚える必要もないし。ま、もっとも難しいルールがあるゲームも好きではあるんだけど。

 そして、対する尾笹先輩もこの種のゲームにも絶対の自信をもっているらしい。

 まあじゃないとわざわざ『賭け』なんて言い出さないか。


「結構やるじゃない、あなた」

「そういえばシュン君。親戚の集まりでやるこういうゲーム滅法強かったよね。確かにそうだった」


 小森江さんとエリカはすでに取った手札の枚数で一番になれないことが確定している。そんな気楽な外野二人が何やら好き勝手いっているがここは無視だ。

 先ほど尾笹先輩が持ちかけた《賭け》――。

 それは――『神経衰弱で私より順位が上ならば、先ほどのカードゲームをあげる。負けてもあげる。ただし負けたときは《まほ研》に体験入部してほしい』――というものだった。

 『体験入部』これは、兼部が校則で禁じられているこの学園で認められているルールであり、半月という期限を区切ってたとえどんな部活に所属していようともほかの複数の部に仮で所属できるというルールである。入学当初に使われることが多いほか、弱小運動部がほかの部から人員を借りるときによくこの手を使うという。

 確かにゲームが3度のご飯よりも好きな僕としてはもらえるものならもらいたい。

 しかし例え負けたとしてもカードゲームはくれるという。何か裏があるんじゃないか。僕の心のどこかで警戒アラームが鳴り響くようなそんな違和感があった。


『あの……それはさすがにこちらに都合のよい賭けなのではないですか先輩』

『実は、ちょっと男手がほしかったりするのですよこの部は。ここはなかなか人が寄り付きませんからねえ。それにあげると言ったカードゲームにしても、エリカちゃん達につられて買ったのはよかったものの、ほとんど使わずじまいですから。欲しい人がいるなら使ってもらったほうがいいのかなーなんて思う次第なんです』


 なんとなく納得できるような納得できないような言い分。


『……負けた場合、具体的には何をするのですか?』


 たぶんこの問いかけをするということは賭けにのったも同然だ。

 それがわかっているのだろう、先輩も満足気な表情を浮かべると、視線をある場所に向ける。それにつられて僕もそっちの方を見ると――。

 そこには『未処理』と書かれた箱が置かれており、うず高く書類が積み重なっていた。

 なんとなく言いたいことが理解できた、ような気がした。


『いや、あれは男手という問題ではないんですが……』

『ほら、同志は購買部で帳面をつけたり書類を作ったりと事務仕事に長けていると、とある子から聞きまして。そういうのお得意なんでしょう?』

『まあそれは、ぼちぼち……』


 確かにそういった事務作業、裏方的仕事は昔から嫌いではない。

 むしろ好きだ。他になにも考えなくていいし。

 だから購買部に所属したあとはそういった事務方的作業を先輩から早々に引き継いだりもしたのだ。

 しかし……、普通の部活であんなに書類が溜まるものなのか。

 それも《部》ですらない《研究会》が。

 そういえば、尾笹先輩「部長」って呼ばれてたな。なんでだろ。

 一瞬だけ浮かんだその疑問は尾笹先輩の言葉にかき消されてしまった。


『なので体験入部中、それを手伝ってもらおうかと思いまして。それが終わったらまあ同志の思うように。つまりは正式には入部しない、とかでも全然OKです』


 なんとなくうさんくさいけどやるだけの価値はあるように思う。

 そういえば姉さんにも何かにつけて「するかしないかで迷ったら、やってみて、後で帳尻あわせりゃいいのよ」などと言われていたような気がするし。

 まあ先方も僕がエリカと旧知の仲であることも知っていて、それで誘っているのだろう。

 勝てばよし。負けてもあれを手伝えばよいのだ。

 そう考えると少しだけやる気がでてくる。現金なものだが。


『……わかりました、やりましょう』

『そうこなくては。さすがは同志。では早速スタートですー』



 そんな少し前の出来事を僕が思い出しているうちに前の手番であったエリカが失敗し、順番がまわってきた。

 机上にのこるカードは六枚。

 僕の次が尾笹先輩でもあるしこれが回ってくる最後の順番だろう。

 六枚中三枚は既に一度めくられていて僕はそれを把握している。

 そのうち二枚は同じマークであるのでまずはそれを回収する。

 覚えていたとおり、めくった二枚とも同じマーク。


「あら、これは結構私ピンチですわね。これ取られたら負けではないですか」


 全然ピンチではなさそうな様子で放たれる、尾笹先輩のコメント。

 その余裕はどこかきているのかなあ。

 これで場に残っているカードは四枚となった。そしてその中の一枚は既に一度めくられており、そのマークはスペードなので、未知のカードは三枚。その三枚の中からスペードを引いた時点で僕の勝ち。

 たとえ違う柄を引いたとしても、次は残り二枚の中から一枚を選べばどちらかが正解。僕と尾笹先輩の差は今現在一組分。勝てる確立は割りと高い。

 一つ深呼吸をして、場のカードを……めくる。

 現れたカードはスペード。この勝負、もらった。

 そう思いながら慎重に僕が記憶しているスペードのトランプである札をめくる。

 スペードのマークが現れれば勝――


「あら、残念。前めくったのはそのカードの隣のよ」


 本当に残念そうにいう先輩のつぶやきと同時に僕の目に入ってきたのは、ハート柄のトランプ。

 いや、そんなまさか、確かにここはスペードだったはずだ。


「じゃあ、次は私の番ね」


 僕があからさまに動揺を見せていることなどに目もくれず、すかさず先輩が札をめくる。

もちろん、そこはスペードの札で――。


「はい、私の勝ちー。ちょっとの差だったわねー」


 うれしそうに先輩が勝ち名乗りをあげていたらしいが、残念ながら僕の耳にはまったく入ってきていなかった。


「シュンくんー。大丈夫ー」


 エリカに何度か声をかけられてようやく僕は気づく。


「あ、ああ……。だ、大丈夫だよ。しかし、まさか隣のカードと勘違いするなんて……。一度めくったのはあれだったはずだけど」

「まあ、記憶違いはあることだ。仕方がない。それとも何か。約束を違える気なのかお前は」


 なんとなく剣呑な雰囲気になっている小森江さん。なにやら僕がいちゃもんをつけているように彼女には聞こえたらしい。すごい目でにらみつけてきていた。


「いや、そんなことはないんだけど……」


 いまひとつ釈然としない。なんかペテンに引っかけられたような違和感を抱く。

 しかし気づくと目の前でばらばらになったはずのトランプは既にあとかたもなく消えてしまっていて確認のしようもない。そして、目の前には売切続出のカードゲームが恭しく置かれていた。

 負けは負け。そして負けたにもかかわらずカードゲームは貰える。

 少しくらいこの部を手伝ったとしても、自分の本来の所属にはほとんど影響はない。何せ暇な部活だからだ。そもそも兼部も学校では認められている。

 まあすこしだけ手伝えばいいか。これくらい安いものだ


「ええと、負けましたね」

「ええ同志。残念ながら負けちゃいました」

「ではしばらくの間、ごやっかいになります」

「ありがとうー。新入部員一人ゲットだぜっ!」

「先輩……僕なんかの収集物と同一視されれません?そして訂正が一つ。あくまで少しの間、お手伝いするだけなんですから」


 ここはしっかり釘をさしとかねばなるまい。

 あくまで僕の所属は購買部。少しの間もらったものへの恩返しをして、はいそれまで、としたい。

 しかしそんな前提は目の前のツインテールな先輩には全然なんともなかったらしい。

 昔の大戦であっというまに破られてしまったというマジノラインのごとく僕の張った予防線はすぐさま崩壊し、尾笹先輩に電光石火の勢いで抱きつかれそうになってしまう。というか抱きつかれた。

 そうするとつい先輩の服の隙間からちらちらと見える胸元の白いものに視線が向いてしまうのは当然のなりゆきというやつで。

 えーと、そのうえなにやらその大きな2つの膨らみは僕のあばらのあたりに押しつけられて、若干気持ちよかったりするんですが……。


「こらーおまえ、何を見てるんだ何を!そのうえ鼻のしたをデレデレとのばしおって。青少年育成条例違反でしょっぴくぞ!!」


 それに気づいた小森江さんが噛みつかんばかりの勢いで吼える。

 まあ確かに今の僕は不健全そうな青少年ではあるんだけどでもこれは不可抗力というやつなんだし……。

 つかみかかろうとする彼女はなぜか見られた当人である先輩になだめられおとなしくなる。

そしてその様子をニコニコと笑みを浮かべたエリカが、いつの間に用意したのかお代わりのお茶をさしだしてくる。

 いつもながらのマイペースさだなお前は。


「では改めて。椋野舜一君、《まほ研》へようこそ!!」


 尾笹先輩の祝福の言葉。それはなんとなくこそばゆかった。そして、そうやって、なし崩し的に僕は、《まほ研》こと《魔法科学研究会》のかりそめの一員となったのだ。


 特に不安も感じずに。

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