第6話
「はあ、どうしたものか……」
次の日。いつものような放課後。
僕は授業もそこそこに文化部棟に向かった。購買部の店番もほどほどに今日は早めの店じまいの準備をする。
それもこれも昨夜、エリカとうやむやのうちにゲームをする約束をしてしまったからだ。
さすがに約束を破るのもどうかと思うし、売切続出の人気カードゲームは正直やってみたい。
でもさすがに部活を早めに切り上げるのはどうかなあとちょっとだけ心が痛んだりする。
「といっても、ここにお客は滅多にこないんだけど」
昨日はエリカが来たが、普通は部員の出入り以外、ほとんど人が来ることはない。
そして今は中間テストも近いということもあって、幽霊部員多めの我が部は絶賛開店休業状態なのだ。
「ねえ、シュン君。あまり独り言が多いのは少しどうかと思うのだけど……」
「うおっ、九品寺さんっ!? いつからそこにっ?」
いきなり現われたエリカに驚きを隠せない、というか気配をどこに隠していたんだ、彼女は。
「えっと、シュン君が『売切続出の人気ゲームは正直やってみたい』とか言っているあたりからかな」
「……口に出してた?」
「うーん、わりとー。さっきからダダ漏れだったよ。でもよかった。結構興味を持ってくれたみたいで私も勇気を出して誘った甲斐があったってもんだよー」
ほにほにと笑うエリカ。その後ろには昨夜あった黒髪の少女、小森江詠が僕に対して冷たい視線を投げかけてきていた。彼女にももしかして聞かれていたのだろうか。そうすると恥ずかしいものだ。
でもそんなに睨まなくてもなあ。うーん、そんなに第一印象悪かったのだろうか。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない。でもありがとうわざわざ迎えにきてもらって」
「まあ、シュン君のことですから」
「なに、そのよくわからない返答は」
「まあまあ。では私達の部活へのご招待の旅、出発進行ー」
そうやってエリカは僕の腕に自分の腕を絡ませると、ひっぱるように僕を連れていく。
ああ……、人の目があるのにこれはちょっと……。まあ親戚の集まりで一緒のときはいつもは確かにこんな感じではあるのだけど。
「はい、到着。シュン君どうぞどうぞー」
ある部屋の前でエリカは無造作に扉をあけ、部室に僕を招きいれる。
一見して普通の部室。ただ扉にはしっかりと《魔法科学研究会》と名札がかけてある。
ひどく非日常的な『魔法』という言葉と、なんの変哲もない、どこにでもある学校の部室。
なんだかアンバランスだ――。
そんな僕の想いとは別に、エリカが僕の背中を嬉しそうな様子で押す。
「……思ったより普通の部屋だな」
「どんな部屋を想像していたのよあなたは……」
いままで言葉を発しなかった詠がとあきれたような様子で口を開く。
空調がほどよく効いているその部屋は他の部室と間取りも変わりない。
中央に一つ長テーブルが置かれ、その周りにはいくつかの棚が置いてあるだけの、いたって普通の文化系部部室。
そのとき、その奥の席に陣取っている人がいることに僕は気づいた。
挨拶をしようと声をあげかけた瞬間――。
「ようこそ、新入部員君ッ!」
ハイトーンボイスかつハイテンションなリアクションで少女に歓迎の意を示され、思わず一歩後ずさる。
いや、そもそも今日はゲームをしに来ただけであり、部員になるとかそういう話、全く聞いてないんだけど。
「えっと、はじめまして。今日は見学ということで呼んでいるので新入部員では無いのですが……」
「む……!? 新入部員ではない、ですか。なるほどー。ではこう呼びましょう、ようこそ、同志よっ!!」
なんだかよくわからない空間に僕は迷いこんだのではないか。そんな錯覚を覚えてしまう。
「いや、同志と言われても困りますので……」
「あら、そうかしら。良い響きだと想うのですが。ねえ、椋野舜一君?」
「はあ……」
こめかみを手で押さえる詠と困惑した笑顔のエリカには目もくれない。
その少女はふんわりとウェーブがかかっているライトブラウンの髪を、頭の両サイドでまとめてたなびかせている。いわゆるツインテールというやつだった。その彼女は抱きつかんばかりの勢いで僕に近づく。
座っていたときはよくわからなかったが、立ってみると、中学生といってもぜんぜん問題ないような低い身長と、それに非常に不釣り合いなふくよかなおっ……、いや胸囲が奇妙なバランスで成り立っている。
そして一番驚いたこと。
それは彼女の制服のリボンの色が藍色であるということ。
つまりは僕らの1学年上の上級生であるらしい。
「椋野君は私が今日ちょっと呼んだだけなので入部するとかしないとかそういうわけでは……」
「あら、そうなの?」
「はい、残念ながらそうなんですよ、部長」
やんわりとエリカが割って入ってその趣旨を少女に説明すると、一旦納得したようだ。この学校では二つ以上の部活動に同時に所属する、いわゆる『兼部』を認めていない。そして絶対なにかしらかには所属するように求めているんだから、困ったものだ。これが購買部をはじめとした文科系部活で幽霊部員が多い理由だった。
しかし、その少女は何を思い付いたのか胸の前で一つ手をたたいた。
「じゃあ、今日は《体験入部》というわけですね。納得です。今日一日ゆっくりしてくださいね。同志よ!では、エリカちゃんお願いー」
「もう、部長は人の言うことを……。ごめんねシュン君。入部とかそんなこと関係ないから。とにかくゆっくりしていってね」
エリカは困ったなあといった様子で一つため息をつくと僕に耳打ちしてきた。
そして戸棚のあるほうへと向かっていった。
「そういえば、自己紹介がまだだったかしら。私は尾笹遥花。ここの部長をやってるの、よろしくー。でどうしたのかしら我が同志。驚いた顔して」
「はあ……いやなんか圧倒されちゃって……」
いや、実際彼女のテンションに押されっぱなしだった。
なんだか疲れるなあ。
そんなことを考えながらふとあたりを見回すと、なにやらエリカがごそごそとやっている。
彼女がカラカラと戸棚のドアを引くと、現れたのは電気ポットときゅうすにさまざまなお茶と茶菓子。
その隣では詠が「私は紅茶がいいー」などとのたまっていた。
たしかこの学園の規則では過剰な茶菓子類の持ち込みは禁止だったような……。
ましてや私物の電気ポッドなどはいわずもがなだけど。
とりあえず座るか。僕はドアに一番近い椅子に座ると、ほどなくエリカがお盆を持って近づいてきて、目の前に湯のみを置いてくれた。ああ、緑茶の良い香り。
「はい、シュン君にはいつもの緑茶」
「……ありがとう」
エリカが入れてくれたお茶はぬるすぎず熱すぎず、僕にとって最適な温度。
このへんも良くわかってくれていて、勝手知ったる仲というもののありがたみを感じる瞬間である。
一口いただくが、どうやら茶葉も結構いいものを使っているみたいで苦味と甘みのバランスがとってもいい。
ああ、まったりする。いまさっきの喧騒はどこへやら、といった感じで、部長もエリカの淹れた紅茶をゆったりと楽しんでいるようだった。
そんなこんなで時間がぼんやりとすぎていく。
そして本日の目的であったカードゲームで遊ぶということは早々に達成された。
――もっとも、何度かエリカと対戦し、いずれも惨敗するという結果に終わっただけであったが――。
やはり借り物のカードでは限界がある。早くこのゲームを手に入れたい、という欲求が高まるばかりの対戦だった。
それからは何をするということもなく、それぞれが小説をよんだり、参考書を開いたりしている。僕も持参した小説を読んでるんだけど……。ゲームが終わったら帰ろうと最初思っていたのだが、なぜか口を出す切欠を逃してしまった。
しかしここにいる理由もなくなった。エリカもなにやら別のことをしているみたいだし、そろそろ本当にお暇しようかな。
そう、僕が帰ることを口にしようとしたときのことだった。
比較的おとなしくしていた、あの部長がいきなりひょんな提案をしてきたのだった。
「さて、このままでも暇だからちょっとしたゲームをしません?同志よ」
「ゲーム、ですか?」
ふんわりと笑顔を向ける尾笹先輩に少しだけドキッとしながらも、その発言の真意を僕は測りかねる。つまり、先ほどエリカにコテンパンにやられたカードゲームを彼女ともする、ということなのだろうか。
「ゲームといっても、私が提案しているのはみんなでできるベーシックなもの、なんですけどね」
「はあ………、まあいいですけど」
「あら快諾ありがとう。では詠ちゃーん、あれ、お願いできるかしら」
「……仕方ありませんね」
あまり乗り気でなさそうに黒髪の少女が小さい箱から携帯電話を一回り小さくしたような機械を取り出し、少し操作する。するとほんの数瞬の間に机上には札が綺麗並べられた状態となっていた。
さすがにこれくらいは普通にトランプでやればいいじゃないかと思う。特に紙製ならば最高だ。
「……どうかされましたか、同志?」
「いえ、特になにも。《フレームワーク》製のトランプなんてあるのですね」
「ええ、新製品なんですよ」
なんという技術の無駄遣い。そんなことをこの《フレームワーク》製トランプの開発者には言ってやりたくなる。
そうこうしているうちに、尾笹先輩はエリカと小森江さんを呼びよせている。
机の上にトランプを裏返して並べているこの状態で考えられるゲームといったら……。
「神経衰弱、ですか?」
「そのとおりー。折角この部にいらっしゃったのも何かの縁。みんなでゲームでもしても親睦を深めるのもいいでしょう、我が同志よ。もう一つそれと提案が……」
「提案……?」
さきほどの笑顔とは全く違う、ふてぶてしいまでの不敵な笑みを浮かべる彼女。
いったい何を言い出すんだろうか。
「賭け、しませんか?同志よ」
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