第5話

 僕がぼんやりとこの場に居る経緯を思い出している間にも、彼女達の《ゲーム》は続いている。

 エリカの友達が剣を振るい、エリカがカードを使って中距離から敵をしとめる。またはその逆のパターン。それに僕は釘づけになっていた。ついでにちらりちらりと覗く彼女達の健康的な太ももやその他にも。

 どれくらいのときがたったのだろうか。どうやら勝負がついたようだ。あんなに沢山いた怪物たちも全て塵となって消えていた。


「シュン君ー。おまたせしましたー」


 エリカがとてとてと近づいてくる。

その手には先ほどまで持っていたカードなどはなく、いつもどおりの学生服姿にも当然だが傷一つついたような感じはない。


「お、言いつけどおりしっかりその場にとどまっていたな。重畳重畳」


 少し遅れて、先ほどの少女が大剣を肩に担ぎ、時代劇にでてくる侍のようなゆらりとした歩き方でこちらに近づいてくる。

 なんか格好良いなあれ。そして先程より心なしか声色も明るくなっている。やっぱりさっきはゲームの邪魔をして怒らせてしまっていたんだなあと今更ながらに考えてしまった。

 そして彼女は血糊を落とすかのように大剣を振るうと、それは光の粒子となって消えていった。

 そんな少女の隣にエリカは駆け寄って二言三言話し、こちらを向く。


「シュン君紹介するね。同じ部活のお友達で小森江詠さん。詠、この……」

「知ってるよエリカ。椋野舜一、だよね。評判どおりのオーラのなさ、冴えなさですぐにわかったわ」

「ちょっと詠、いきなりそれは……。まあシュン君はぽわぽわしてはいるし、たしかに冴えない感じではあるけど……」

「あの、エリカさん? それフォローにはなってないような気がするんだけど……」

「ああ、気を悪くしたらすまないな椋野。だが、今日の様子と日頃の噂を総合して得たファーストインプレッションを述べただけだから他意はないぞ」


 ちょっとショックを受けている僕を尻目に、あっけらかんと言い放った少女は黒髪をかきあげる。

 よくよく見れば彼女、身長は僕と同じくらいで女子の中では少し高い方か。

手入れが行き届いた黒髪は、腰ほどまでの長さで公園の電灯に照らされて艶やかな光を放っている。そしてまた、きりりとつり上がった眉に勝ち気な瞳が彼女の性質をよく現しているかのようであった。

 そしてスカートはエリカより心持ち短め。黒のニーハイソックスに黒のローファー。

学年を表すリボンの色は、紺。とりもなおさず、同級生ということなんだろう。

もっとも学生数が多い上に校内事情に疎い僕にとって、彼女とは初対面であることには違いない。

 そういえば、先程彼女がモンスターを倒していたとき、彼女のスカートからちらちらと見えていたもののことを思い出してしまった。ええと、真っ白な例の奴です。はい。

 それを考えると自分でも頬が赤くなるのがわかる。

 幸い先方には気づかれてないらしい。とりあえず何か会話を繋げねば。


「いや、確かにゲームの邪魔をして悪かったけど、こんな夜遅くにやってたほうもやってたほうだけど」

「えっと……その……」「この規模でゲームやろうとしたらこの時間、この場所しか思い浮かばなかった」


 エリカが答えようとするのを遮って詠が僕の疑問に答えてくれた。

 このカードゲーム、サイズが調整できることも大きなセールスポイント。確か雑誌でも最大サイズでプレイした時は、プレイヤーがキャラとなってアイテムカードで武装して直接戦闘できると紹介されていたな。実際にやると先程のようになるのだろう。そりゃ確かに「教育に悪い」とかいう声が出てくるわけだ。

 もちろん、ふつうのカードゲームとしてテーブルの上で楽しむのが一番スタンダードなやり方らしいのだが。これ、日本の住宅事情全く考慮されていないよなあ。


「私がエリカに言って無理にお願いしたんだ」


 確かに人が多い時間帯にこの規模でゲームをすると苦情がでるだろう。でもなあ。結構音もするから結局この夜でも一緒なのでは。


「それで、どうしてシュン君はここにいるの? 家は別方向なのに」

「ああ、そうだよ肝心なことをすっかり忘れてた」


 そうだったそうだった。学生証をエリカに返してやらないと。

 まあ、夜遊びは良くないけど、ここにエリカがいてよかった。彼女の家にお邪魔するよりは気安いしね。あと、ほかの人もいるんだから呼び方も気をつけないとな。ふいに元の呼び方に戻ってしまっていたし。


「はい、九品寺さん。そういえば学生証忘れていたから」

「あ、ありがとう。シュン君のところに置き忘れていってたんだね。よかったー。あ、だから……」

「そのとおり。渡しに行こうと思ってここを通りがかったらたまたま遭遇、と」

「そうなんだ……。じゃあなおさらだね、ごめんなさい」

「いや、気にしなくていいよ」

「うーん、シュン君がそう言うならそうするね。そうだ、明日部室来るなら、四時半位に来てくれると助かるな」


 なにやら、エリカが珍妙なことを言ったような気がした。


「部室?」

「あれ、もう忘れたの?さっき『カードゲームがしてみたい』って言っていたから。やるでしょ?」

「ああ、たしかに言ったような気がするけど」

「それに少し前にシュン君これが買えなかったーといって嘆いていたこともあったよね」

「確かにそんなことがありましたなあ」

「じゃあ、決まりだね」

すっかりエリカは乗り気だ。もちろん僕はその逆で。

「うーん、けどそんなことでよそ様の部にお邪魔するのは……」

「大丈夫大丈夫。ウチの部そんなに人いないし、こういうことにも寛容だから……。ね、ダメ?」


 もう彼女の中では僕が明日部室にいって彼女とカードゲームをすることは確定事項らしい。

 傍から見ればお願いしている体でも、既にこの会話の流れは彼女のペースだ。

 すこし首をかしげて上目遣いを見せるエリカの頼みを、僕が断われるはずがないことを十分にエリカはわかっていた。まあ、本人に悪意はなし。

 なぜなら、本当に僕が無理と思うことを彼女は頼んでくることはないだ。

 この辺の線引きが上手なんだよなあ……。

 確かにカードゲームはやってみたい。自分の部も暇であるし時間的にも問題ない。そのうえ、人目のつかない文化部棟だったら口さがない連中に見とがめられ噂される可能性も低いだろう。

 そしてもう一人の少女、小森江さんは僕達の会話に興味を示すことなく帰りの準備を始めているようだ。

 ただ、部室に僕がお邪魔するというくだりでは露骨に嫌そうな顔をしていたが。

 そういえば、エリカが文化部であることは知っていたが何部だったんだろう。

 ゲーム研究会か何かか。でも彼女がこんなゲームを嗜むなんて全然知らなかったけど。


「そういえば、何の部に入っているんだっけ?」

「あれ、知らなかった? 《まほ研》だよ」


 その名に僕は多いに聞き覚えがあった。入学当初のことだったか。

 購買部の先輩から一つだけ強く言い含められていたことがよみがえる。曰く、


「あの部にはかかわるな、か」


 幸いなことに僕のつぶやきは二人には聞こえなかったらしい。

 あの部、つまり通称まほ研

 正式名称を《魔法科学研究会》という団体を指すんだが、どうにもあまり評判が芳しくない部だった。たとえば、既に卒業した購買部の先輩達がなにやらひどい目に遭わされたとか。

 もっともそれが何なのか、ついぞ教えられることはなかったんだけど。


「エリカは《魔法科学研究部》だったんだ……」

「そうだよ?前一回話さなかったかなあ」

「初めて聞いたよ」

「ああ、姉さんに話しただけで、シュン君にはいってなかったのかなあ、ごめんね」


 そんなことを話しながらもエリカは携帯を取り出し時間を確認している。

既に結構な時間になっているらしい。あまり遅くなっては両親にも心配されるし明日にも差しつかえるな。そろそろ切り上げよう。

 そんなことを思っているとエリカは小森江さんに何事かを伝えるとこちらのほうを向いた。どうやら彼女達も帰るらしい。


「じゃあ、シュン君、私たちはこれで。また明日ねー」

「あ、ああ……。また明日」


 小森江さんは無言でエリカの横に立つと二人一緒に並んで帰っていった。さて、自分も急いで帰らなければなるまい。

 そうやって、三人はそれぞれの家路へとつく。

 はあ、結局ゲーム云々は曖昧なままで終わってしまったけどそれでよかったのだろうか。

 まあ、なんとかなるか。

そんなことを思いながら僕も一路、すっかり遅くなったことをどう母親に説明しようかと考えながら、足早に進む。

帰宅して夕飯を食べてなんとか母さんの追及をかわした僕は、自分の部屋で本などを読んでいた。そのとき。


「やっほー。シュン元気ー?」


 いきなり眼の前に眼鏡をかけた女性の顔が現われた。


「ね、ねね、姉さん……っ!もう、いきなり電話かけてこないでいったじゃないか」


 そう、突然目の前に現れた画面上に見えるのは、僕の血の分けた姉弟、つまりは姉さんだった。

 ちなみに、このテレビ電話みたいにな商品は、《フレームワーク》関連製品で1、2を争う大ヒットを飛ばしたもので、一家に一台といった勢いであった。


「あらあら、お取り込み中だったかしらー。ごめんなさいー」

「いや、別に。本を読んでいただけだから。で、どうしたのさ?」

「え、ただ顔を見たくなっただけよ?」

「そんなことで電話かけてこないでよ……」

「『そんなこと』とはなによ、そんなこととは」


 からかうような口調で姉さんは笑う、それはもうからからと。

 またこれだ。無意味にテンションとバイタリティが高いこのお姉さまに今まで何度巻き込まれたことか。そして多分これからの展開についても容易に予想がつく。


「ね、じゃあ聞きなさいよシュン。今日さー……」


 結局、僕は姉さんの話に付き合わされ、長い夜を過ごす羽目となった。


 ――だから僕は全く公園でのことを思い出す暇などなかった。


 先程の森林公園で行われた『ゲーム』で壊され、直ってなければならなかったはずの木々のうちの一本。その一本は結局直ることなく、へし折れたままであったことなど。

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