第4話
一秒二秒三秒…………。
十秒ほどの時がたっただろうか。幸い、火につつまれることはなかった。ただ一陣の風だけが僕の頬を掠めていっていった。
「……全く、冷や冷やしたわ」
不意に、聞き覚えのない少女の声があたりに響く。
だれの声だろうか。おそるおそる目を開くと一人の少女がモンスターと僕の間に割って入っていた。
先ほど一瞬だけみた少女のようだ
「そこ、うごかないでよ。ウスノロさん」
少女が背を向けたまま吐いた言葉は見た目に似合わずかなり辛辣だった。
でもそのような言葉を浴びても、長い黒髪を颯爽となびかせて自らの身の丈ほどもある刀を軽々と構える少女の姿に僕の瞳は吸い込まれるのだった。
ゲームだろうがなんだろうが、僕を助けてくれたことには変わりがない。
とりあえずお礼を言っとくべきなんだろう。
すこしだけ躊躇して、いまだこちらに背を向けたままの黒髪の少女に言葉をかけた。
「えっと、ありがとう。助けてくれて、ってゲームしてるんだから適切ではないか。邪魔してごめん」
しかしその言葉に少女は反応することはない。
少しの間沈黙が帳を下ろす。あれっ声が小さかったのだろか、と考え始めたころ、風にのって涼やかな声が聞こえてきた。
「穏やかに、心乱すことなく、ここでじっとしていること。それくらいならできるわよね?男の子なんだし」
唐突かつ挑発的に、それだけを言い残すと少女は、怪物(ドラゴン)に向かって駆けだしていってしまった。
ほどなく怪物は少女を敵と認めたのか、彼女に対してその長い尻尾を振るう。
大木をもなぎ倒しそうな重さがあった。当たれば必殺、つまりはゲームオーバーとなるほどの致死の一撃のように感じられる。
そこに少女は駆けるスピードを落とさないまま躊躇することなく突っ込む。
二者が激突しようとする瞬間に、彼女は無造作かつ淀みない所作で刀を振るった。
「……すごい」
無意識に感嘆の言葉が漏れる。
いや、僕だけじゃない。この光景を見ればだれだって口に出してしまうにちがいない。
僕の眼前では先ほどの少女がドラゴンの尻尾を交錯する瞬間に切り落とし、尾を振るったことで体の後ろを見せることになった怪物を更に横に一閃。
するとその巨体は地面にズルリと崩れ落ち、そのまま光となって消えていったのだから。
「ふむ、残りも鎧袖一触、片付けてしまうとしよう」
少女はそのつぶやきを残すとスウっと公園の夜に消えていく。
そしてそこからはじまったのはまるでアクション映画の一場面のようで……。
斬る、斬る、凪ぐ。それもRPGのゲームで一回りレベル差があるような戦い方。
古武術のような体裁きで敵の攻撃をいなしながら彼女は刀一本で怪物達を圧倒していく。そして倒された者達は次々に光を放ちながら消えていった。
まあ、それがこのゲームの仕様なのだろう、それとともに、戦場のようだった公園広場もだんだんと元の姿を取り戻していく。
あ、いまスカートの下の白いものが……。いかん、忘れよう。
どうやらこのゲームではモンスターが倒される毎に、そのモンスターによって破壊されたもの(正確にいうと、破壊されたようなエフェクトがかかられた背景)が元に戻るようだ。開発陣の細やかな作りこみにはほとほと関心するばかりだった。
うんうん、とそんなことを考えながら煩悩を振り払う。結局、あの娘に言われたとおりの場所で腕を頭の後ろで組んでぼんやりとその様子を眺めているしかない。でもこんなすごいゲームなら……、
「あの娘本当にアクションゲームみたいな動きをするなあ。というかゲームか。何か仕掛けがあるんだろうけど。あー、僕もあれやってみたい……」
「今度私とやってみようか、シュン君」
「そうだなあ、エリカがいいならお願いしたいです」
「じゃあ明日放課後、私達の部室においでよ。そこで対戦しよう?」
「うん、わかったよ……、って!?」
勢いよく隣に振り向くと、従兄妹の少女がさも当然のように立っていた。あーびっくりした。つい普段の呼び方で彼女のこと呼んでしまう。
「ごめんねシュン君。私達のゲームに巻き込んでしまって」
「いや、別に謝られることをしたつもりは……」
「うん。ほんとーにゴメンなさい」
ぺこりとエリカは頭を下げる。わけがわからない僕にエリカが説明をしてくれた。つまりは、今までこの公園ではエリカとエリカの友達ーー先ほどの黒髪の少女だろうーーが今はやりのカードゲーム対戦をしていた。そういうことらしい。
なるほど、それならば僕はやはりゲームの邪魔をしてしまったということなんだろう。
もっとも、優等生でもあるエリカがこんな時間にゲームをやっているのは意外な感じがする。結構付き合い長いはずなんだけどな。
「え。えーと、そうそう。このカードゲームではコンピュータ対戦ができて協力プレイができるの知ってる?」
ああ、たしかそういえばカードゲームのくせに付属品を使えばCPU対戦ができるとかなんとかあったなあ。
「だから別に邪魔したとかなんとかで気に病まなくてもいいからね」
「……そうなのか」
「うん、そうだよ。じゃあ私もちょっと行ってくるから。もう少しそこで待っててね」
ニコリと微笑む彼女の笑みに、一抹の引っかかりを覚えながらも僕は彼女の背中を見送るのだった。
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