第2話
さて今からどうするか――。
ゲームを片づけてもなお、放課後終了まで時間があるし、他の部員もやってくる気配もない。仕方ないので鞄にしまっていた小説本でも読もうかと、手にとって移動。いつもの自分の指定席に座るとつい本に夢中になってしまう。没頭すること暫し、徐々に近づく気配に不覚ながら全く気づいていなかった。
「こんにちはー」
唐突に聞こえてきた少女の声に、僕は現実に一気に引き戻される。
どうやらお客様が来たらしい。本の続きは気になるが《お客様》が来たからには仕方がない。僕は学生には似つかわしくない営業スマイルを貼り付けながら、声がしたほうに顔を向ける。
「いらっしゃいませ。是非ゆっくり見ていってください」
僕が所属している部活動、それは《購買部》。
部室の入り口にはそう書かれた古ぼけた表札が掲げられていて、本来部室であるはずの場所は大幅に改造されていた。そして入り口にはなぜか自動ドアが備え付けられている。その結果室内がよく見えるつくりになっていた。
ちなみに僕が先ほど囲碁をしていたのはその部屋から少し奥に入ったところにある別室で、そのあと小説本を読みながら店番をしていたって次第。
で、その室内もレジが備え付けられたカウンターにショーケースが置かれていて、そこにはノートや、使わなくなった教科書や定規などの文房具、果ては理科室においてあるであろう人体標本模型や何に使うのかよくわからないおもちゃまで、様々なものが陳列されており、ちょっとしたお店のようだ。まあ、実際に売ってるのでお店ではあるのだが。
「シュン君ー。お願いしてあったものもってきてくれた?」
その声で誰が来たのかわかる。よく見知った、とてもなじみの顔だ。
「ああ、九品寺さんか。えっとちょっと待ってて」
荷物をとりにバックヤードにへ行くため、一旦席を外す少女はチラリと僕の方を見る。
彼女の名は、九品寺エリカ。
パールブロンドの癖っ毛のあるショートヘアーをふわりとなびかせ、薄青色の瞳をたたえたその少女は、入学早々校内の噂を一時独占するほどだった。それは学園の噂に疎い僕にも散々耳に入ってくるほどで。
《生徒が必要なモノを安価かつ必要なときに生徒自身が提供する》
この理念を掲げ、数十年前の先輩達が創建した購買部だけど、ほどなくして全国チェーンのコンビニなどが学校内に店を構えるとその存在価値は著しく減少し、現在は生徒がいらなくなったものを委託販売する質屋のような部と化していた。まあ僕はそれが気に入っているから入部したのだが。
そんなわけでココは幽霊部員も多く、僕はほぼ一人ここで《売り子》をしている。つまり結構好き勝手ができるわけだ。
おっと、荷物、荷物と――。あ、あったあった。
僕は彼女に頼まれていた小さな包みを取ると、て戻ってきたときもエリカはしげしげとショーケースに陳列してある品物を見続けていた。
「ねえシュン君、いつ見てもここってレトロなものが多いよね。紙の教科書なんて全然使ってないよ」
僕がやってきたことに気づいたのだろう少女はそう言いながら接近してくる。近年では教科書も電子書籍化が進み、紙の本を読むことなど僕らの世代ではほとんどなくなっているのだ。
「まあね。でもこういうの好きな人結構いるよ」
「うーん、まあそういうことなのかな。シュン君、好きだもんねこういったものが」
エリカは部室内をもう一度見回すと、にこにこと笑みを浮かべながらうなずく。
「なんだよ、さも僕の趣味で並べているような口ぶりで……」
「じゃあ、誰の趣味なの?教科書やらノートだけに飽き足らず扇子とかカードゲームとか紙製品ばかり置いてるけど」
「いやだって紙はすごいじゃないか。人類の発展の歴史はこの紙無しにはありえないといっても過言じゃない。それに、紙自身の性質を言えばこの手触りなんかはまだ《フレームワーク》なんかでは再現できないし、記録を残したり内容を確認したりといったこともまだ紙媒体に優位性があると僕は信じている。それに……」
「ほら。やっぱりシュン君の趣味じゃない。それにそんな悪くない趣味だと思うよ、私は」
おやおや、といった様子でエリカがすこし上目遣い気味に僕の様子を伺いながら可愛く舌をだす。
いけない。なぜか紙について語りだすと止まらなくなるんだよなあ。確か昔『紙には神が宿るから大事すること』なんて姉さんか、それとも僕と同じく本好きだったばあちゃんかが僕に言い聞かせていたことは覚えていて。それが理由かどうかはわからないが紙製品を愛でることが僕の趣味といっても過言でない。
もっともこの言葉がどんなときにどんな真意で言われたのかはわからない、大方、本を大事にしなさいとかそんな意味あいで言っていたのだろうけど。
ともかく、彼女の術中に嵌ってしまった僕には彼女の問いかけに対してストレートに切り返すしかなかった。
「むう、すいません。僕の趣味です……」
「うん、素直でよろしい」
ころころと笑う金髪の少女に僕はとりあえず話題を転換することにした。
「あ、でも最近は紙だけでなく、《フレームワーク》で造った本もあったりするんだぞ、知ってた?」
「へー、そうなんだ」
それはさすがに電子書籍よりは手触りもあって悪くはない出来だ。もっともさっき言っていたように紙のものが一番には違いない
だから先ほどまで読んでいた本も正真正銘の紙製の本だし、授業でも紙のノートを使う。さすがに教科書は学校指定のものを使わざるを得ないのでそれは電子書籍だけど。
「あ、《フレームワーク》っていえば、今さっきシュン君囲碁ゲームで遊んでいたでしょ?先生に言いつけようかなあ?」
少しだけ、意地の悪そうな笑顔でエリカは尋ねてくる。
もっとも彼女がそう思っているだけで、傍目にはぽわぽわとした笑顔にしか見えないのが玉に疵だ。
というかなんで知ってるんだ、彼女は? 僕には全然わけがわからないが、先生にちくられるのは非常に困る。ここはしっかり口止めをしなければ。
「いや、さすがに先生に言われると困る。ってなんで知ってるんだ九品寺さんは」
「ふふふ、乙女に秘密はつきものなんだよ――」
「乙女の秘密って、そんなものが九品寺さんにあったんだ」
僕の知っている彼女はいつもぽわぽわ、ふわふわしていて、そんな大それた秘密があるのようには見えなかったのだが――。そんな僕のそっけない態度が癪に障ったのか、彼女は笑顔をすぐに崩し、拗ねたような表情を見せると、
「というか『九品寺さん』はやめようよー。シュン君、今他に誰も見てる人いないんだし」
「いや、学校ではそうしたいって、入学前に言ったじゃないか」
「それでも――」
「いやいや、ほら物事には出来ることと出来ないことがあるわけで、この学校でその名前を呼んだら僕の命がいくつあっても足りないということを滔滔と説明したじゃないか。くほんじさ……」
そうなのだ。彼女は男子の中でとても人気者。美人な彼女に比べて、親戚なのに平凡な顔立ちの僕はあまり学校では目立ちたくない。ただでさえいろいろあって不名誉な意味で一部に有名なのに……。いや思い出すのはよそう。僕自身が悪いわけではないし。
「『エリカ』って、いつものように呼べばいいのに」
「いや、だからさ…………」
そういって、拗ねた表情をしながら上目遣い様子を伺うのは彼女の常套手段だ。
おっとりした娘だが一度言いだしたことはなかなか曲げない変な頑固さがある。
それを僕もそして彼女自身も知っているだけにたちが悪い。
僕と九品寺エリカ。
僕らは親戚同士。つまりは従兄妹なのだ。家もほどほど近いこともあってそれなりに会う機会が多かった。小さいころは僕とエリカ、そしてもう一人の3人で毎日のように一緒に遊んでいたらしい。もっともあまりそのへんのことをよく覚えていないけど。
「まあそのへんは今後の課題として検討することとしまして。それより頼まれたもの持ってきたんだけど」
とりあえずエリカの要求はスルーしよう。うん、そうしよう。ということで話を進めることにした。無造作に小さい包みをテーブルの上に置く。エリカには数日前あるものが欲しいと相談をされていた。
「あ、これが……。ありがとう」
喜色を浮かべながら、エリカは包みを手にとるとギュッと大切そうに抱きしめる。そんな彼女の様子に思わず目をそらした。
「でも、こんなんで本当に良かったの」
こんなの、という表現があまりお気にめさなかったようだ。エリカはすこしキョトンとすると、
「だってこれは姉さんが作ったものだし、シュン君が持ってきてくれるって約束してくれたものだし……」
普段ふんわりな彼女にしては珍しく強い口調で抗議してきた。
「『約束』ねえ。でもいいかげんあれはちょっとやめてもいいかも」
まあ、確かにエリカと僕は約束した、しはしたんだけど。
「えー、だってあれが素敵なんだよ、シュン君そこがわかんないのかなー」
「だからって高校生にもなって『指切り』はちょっと」
つまり指切りげんまんうそついたら針千本飲ーます、というやつだ。アクセサリが欲しいと数日前に同じくこの部室で頼まれた際にはそうやって約束させられた。正直恥ずかしいんだよな、これ。
「恥ずかしくないもん。それに今日もらったこれは姉さんの作ったアクセサリで、それを貰えることが私にとっては重要なことなんだから」
そう言いながら彼女は丁寧に包みを開ける。するとでてきたのは可愛らしいデザインのシルバー製のネックレス。
エリカが『姉さん』と呼ぶ人物は僕の姉のことだ。
そしてこの学園を今年3月に卒業したばかりのOGでもある。僕とエリカは姉さん――椋野厘――と入れ違いで入学した。
「結果として、気にいってもらったならいいんだ。ほら自分の姉にこんな可愛い趣味があるなんてしらなかったからさ」
「もう……。でも、そういえば姉さん何かいってた?」
ちなみに姉さんは僕達が通うこの学園の隣に併設されている大学に入学している。
「『どうぞどうぞ。というか今度顔を見せなさい。最近あんまり会ってないし』だそうです」
もっとも、姉さんは大学一年なのに既にどこかの研究室に出入りしているらしく、飛び回っていてあまり捕まえることはできない。まだ教養課程なはずなんだけど何をやっているのか不思議に思うが、口に出して聞いたことはない。どうせ聞いたが最後、また碌でもでもないことに巻き込まれるだけなのだから。
「どうしたのシュン君。いきなり落ち込んで?」
「いや、なんでもない」
ため息をつく。本当にやれやれだ。目の前の従兄妹は姉さんのことを随分慕っているようだが実弟たる自分からしてみればそれは酷い違和感しかもたらさない。一体何度、あの姉から《迷惑》をこうむってきたことか。
折角つい数ヶ月前に姉は大学に進学し、少しは肩の荷が下りたかと思えば、学園に入学した僕を待ち受けていたのは、
『あの椋野の弟か……』
『おまえの姉は優秀だったぞ、成績も運動もトップクラスで……』
眉目秀麗、才色兼備、質実剛健。先生や大半の上級生から聞かされるのは自らの姉に対する称賛の言葉と、
『それに比べてお前は――』
いつも変わることのない、周囲からの比較の言葉。
出来すぎた姉と普通という言葉の権化のような弟。
それが生まれたときから続く僕と姉さんの評価だった。
でもなあ……。姉さんは『優秀』ではあったが『優等生』ではなかったから……。
忘れもしない、数ヶ月前。この学園に入学したあの日。
僕は浮かれていた。絶対に楽しい学校生活をおくってやる、学園デビューをしてやるとと意気込んでいたのだ。下校時間までは。
『おい、お前の椋野の弟だろ。ちょっとツラかせよ』
姉に恨みをもつ上級生からのお礼参り。とりあえずなんとか逃げて、そこで生徒会の人に助けられたんだよなあ……。幸いなことに、それ以降誰かに直接手をだされることはなかった。まあその生徒会の先輩が尽力してくれたんであろう。それでもなんとなく居心地は悪いわけで。
そんな僕にとって安らぎの時間というのは、こうやって部活でぼんやりゲームに興じたり、本(もちろん紙製)を読んだりするときだけだった…………。
余計なことを思い出してしまった。気分を変えようとして頭をぶんぶんと振るう。
その様子にエリカは少し不思議そうな視線を一瞬向ける。
エリカは僕がこうやって気分がふさぎこむのを敏感に察知するからなあ。気をつけないと。
なんでもない、と身振りをする僕。
「シュン君がなんでもないならいいよ。さてさて、お代を払わなきゃねえ」
彼女はカード型の学生証を取り出し、レジの隣におかれているカードリーダーにかざそうとする。
「いや、ちょっと待った。これお金いらないよ」
本来ならここでパオーン、と像の鳴き声を模した電子音が鳴って支払完了。しかし今日はそういうわけにはいかない。なにせプレゼントの品なんだし。
「ええ!、お代はいらないの?」
それをエリカに伝えると、学生証をカウンターに置きながらびっくりしたような様子で尋ねてきた。
「そう。誕生日近いでしょ?だからプレゼント」
本来ならば大体この年代の若者のお小遣い1か月分ほどのお金を取るらしい。僕にはこれにそれほどの価値があるとは到底思えないんだけど。女子の感性というかアクセサリ-ってよくわかんないな。
「誕生日、覚えていてくれたんだ……」
「姉さんがね。『確かそろそろ誕生日だからプレゼントにしとけ』だって。そんなわけでどうぞもらってやってください」
「…………うん、そうなんだ。嬉しいな、本当にありがとう」
すごく嬉しそうな、それでいてなぜか少しがっかりしたような笑顔でエリカは僕からアクセサリをあらためて受け取る。ん、なんでそんな表情をするのかわかんないけど……、まあいいか。
そして少女は再度お礼を言うと軽い足取りでこの部屋を後にするのだった。
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