REすとらくしょん!

一文字

第1話 

 そこは住宅街の外れにある大きな運動公園の一角。。

 目の前で繰り広げられているのは映画のワンシーン。それも一番製作費のかかりそうなクライマックスシーンだ。それは闘争、いや戦争といっても過言ではないだろう。それもジャンルはファンタジー。ここは平和な国、日本であるはずなのに。

 ――なぜか住宅街の片隅に、怪物達がひしめいていた。

「これはゲームなんだよ……な?」

 頭では既にそう理解しているのにも関わらず、僕は改めて言葉に出すことで自らを納得させていた。

「詠ちゃん、そっちに一匹いったよ」

 金髪の少女がもう一人の少女に声をかけながら持っていたポーチから出しているカードをかざす。

 すると、カードから可視の衝撃波が奔り目の前の怪物に迫る。それはファンタジーでよく見かけるような、背中に翼をもったグロテスクな石の彫像――ガーゴイルと一般に呼ばれるような――で、かのものはカードから生じた衝撃波によって制御を失い、地面への降下を余儀なくされた。

「わかっている、よエリカ。これで一丁あがり、だ」

 そしてそれを見計らったかのようなタイミングで、腰まで黒髪を伸ばした少女が、見た目と全く整合しない大剣を振るう。

 胴体が二つに分離したガーゴイルは青い光の粒子となって公園の闇に消えた。

それを呆然と眺めるのは眼鏡をかけた少年――つまりは僕自身だ。

 あまりの光景に思わず眼鏡の位置を直す。

ここにはたまたま立ち寄っただけ。つまりは巻き込まれただけだ。しかし目の前で展開される光景『巻き込まれた』というにはいささか言葉が簡単すぎるような気がした。

 二人の制服姿の少女は巧みな連携で次々に怪物達を駆逐していく。その姿はまさしくアニメでよくある、魔法少女もののような光景。

「えーと、僕どうしてこんなところにいるんだっけ?」

 目の前で繰り広げられるそんな活劇に、僕、椋野舜一はどうしてこうなったのかと数時間前のことに思いを巡らせるのだった。



 梅雨前の蒸し暑い季節。

 放課後の校舎とグラウンドからは、スポーツで青春を謳歌する少年少女の声がこだまする。

 そんな学園の敷地の片隅に、今時めずらしいプレハブの建物が佇む。

 そこに、僕はいる。

 周りの建物とくらべても一際存在感の薄いこの場所は、近くにおかれている案内掲示板によってかろうじて文化部の部室棟であることを示されていて、みるからに安っぽいそのたたずまいは、活気に溢れる運動部のそれとは似て比なるもので、ここ《清祥館学園》の各部活への力の入れ具合を象徴するんだろうと僕は勝手に納得していた。

 そして僕自身はそんな文化部棟のある部屋で、碁盤に一人向き合っていた。

「これでどうかな?」

 大分長い間考えて手に持った石を碁盤の上に置く。石の色は白。

 しかしながら残念なことに戦況は非常に不利な状況で――。

「……ぐっ」

 積極的に打ち込んだつもりだったが、逆にどうやら相手の術中にはめられてしまったようだ。つい情けない声が漏れてしまう。

 挽回するために暫し黙考し次の手を指すが、相手はノータイムで反撃をしてくる。

どうやら結構な実力差があるらしい。

 相手の様子を伺おうにも対面に座る相手はおらず誰も乗っていないチェックの座布団が一枚だけ。

 といっても僕はなにも幽霊と碁を打っているわけではないんだけど。

 そんなことを思っている間にも、局面は進み、僕の悪あがきもむなしく、あっという間に投了せざるを得ない状況に追い込まれたりする。

 むう、ここまでくるとどうしようもないな。

「まいりました」

 僕がそう言うと、目の前の空間に《YOU LOSE》という文字が写しだされる。

 それはいわゆる立体映像。それも肉眼で見ることができる,昔のSF映画やアニメなどでよく使われるもののような。でも別に驚くことではない。だってこれはもう既にすこし前から『普通のこと』になってしまっているんだから。

 AR(Augmented Reality:拡張現実)。

 現実の環境に電子媒体を通じて、画像や文字、動画など様々な情報を付加させる――。少し前に流行ったその技術は、しばらくの時を経た最近になって、ついに「画面越しに情報を見る」という制約から解き放たれた。

 つまり、疑似情報を現実の環境そのものに付加することができるようになったのだ。そしてそれにだけに飽き足らず、《触れることができる情報》を創りだせるようになる。先ほど僕の前に出てきた立体映像のように。そう、これはまるで――。

「ほんと魔法みたいだな、この《フレームワーク》ってやつは」

 フレームワーク《Frame Work》。

 その技術はいつからかこう呼ばれている。技術的にはARとは全く違う角度からやってきたものだというが、詳しくは知らない。ただこんな片田舎でも、実用化から数年でもすっかり普通のものになってしまったという事実だけが残っていた。

『うんうん。確かに魔法っぽいよねえ』

「え……っ?」

 僕の言葉が聞こえたのか無機質な合成音声が返答する。

 あわてて僕は設定を確認する。どうやらボイスチャット用のマイクがオンになったままだったらしい。

「うわー、すいません。声、そちらに丸聞こえだったんですね……」

『いやいや、僕の方でも先ほど気づいただけだから。そんなに大きな声が聞こえていたわけではないよ。ただ、君の発言にちょっと興味を惹かれたものだから』

 そう言われても恥ずかしいものは恥ずかしいわけで。今僕の顔はリンゴのように真っ赤になっているに違いなかった。

『あ、こうやって挨拶をするのははじめましてだねSYUNさん』

「いえ、こちらこそはじめまして。囲碁強いですねー、今回も完敗でした」

 『SYUN』とは僕のハンドルネームのことだ。僕はなんとなく手で碁石を転がしながらこの見知らぬ相手と話に乗った。

『いやいや。勝負は紙一重だったと思うよ』

「あはは。そういうことにしておきましょうかねえ」

僕の手のなかに収まっているこの碁石。これは現実に存在するものではない。《フレームワーク》によって生み出された《触れる立体映像》だ。持つことも触ることもできるが、その感触は固くなったマシュマロのようで温度も感じられない。

 ちなみに、この人とは今まで何度かこうやってネット対戦をしていた。もちろん、話すこと自体は初めてだ。ちなみに今はこうやって相手の声は合成音声だが、もちろん生の声で話をしたり、それどころか姿を現したりすることも技術的に可能だ。

 それでも物騒なこのご時世においてそのようなことをすることはリアルでの知り合い以外に対してはまれで、こうやって直接話しをするのも珍しいのではないか。

 僕はふと手元にあるお菓子の箱ほどの大きさのコンソールを操作する。すると碁盤の上から碁石と碁盤が消え、かわりに対戦表の立体映像が現れた。

 二勝一五敗

 これがこの見知らぬ相手との現在の対戦成績だった。そしていま操作した機械が碁盤も含めたすべてを《触れる立体映像》として生み出す《フレームワーク》発生機であった。

 それにしてもさっきの対戦は惨敗であった。ちょっとへこむなあ。

『でもSYUNさんが言うように魔法のような《フレームワーク》のおかげで臨場感があるゲームができるのはこの時代に生まれてよかった、と思うね』

「確かにそうですねー。でも囲碁は確かに普通のネット対戦でもいいような気もします」

『ふふっ、確かにそれはそうかもしれないな。でもやはりこういうのは雰囲気が大事さ』

 上品な笑い声が相手から漏れる。このしゃべり方からは相手が男なのか女なのかもよくわからない。でもそんなに年が離れているような感じではないのか?

『そうだ。ネットワーク対戦といえば、最近発売されたカードゲームがそれはもうすごい迫力だと評判でね。実際にモンスターが目の前に現れて戦ったりするのだけど……。ゲーム好きなSYUNさんはやってないかい?』

 相手は大方僕がネット上にプロフィールにゲーム好きと書いてあったのを見たのだろう、そんな話を振ってきた。

 そのカードゲームとは立体映像のモンスターが実際に現れて戦うというその迫力さがウリであり、数ヶ月前に発売されて以来、品切れが未だに続く人気ゲームのことだ。

 僕も当然買いたかったんだけど――、発売日が平日だったこともあり、放課後に方々走り回ってはみたものの手にいれることができなかった。

 もちろんそのゲームもネット対戦が実装され、大盛況らしい。

「残念ながらまだ手に入れてないんですよ。一応お店に予約は入れてるんですけどいつ入荷するかわかならないって言われてまして」

『ああ、確かに品切れ状態が長らく続いているからね。キミが手にいれた暁には是非手合わせ願いたいよ。さて、そろそろ時間のようだ。ではまた対戦しましょう』

「あはは……、そうですねー」

僕は苦笑しながら答える。この彼――あるいは彼女かもしれないが――は多分そのカードゲームも強いのだろう、根っからのゲーマーのようだし。そんなことを僕が考えている間に相手は既にログアウトしていた。

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