第3話 始まりの夜3


 高村はなんとか呼吸を整え、霊装に自らの霊気を流し込んだ。


 流し込まれた霊気は"霊装流気オーラフロー"という不可視の防壁となって体を包み、超常的な攻撃から身を守るのだった。


 研ぎ澄まされた霊気は聖剣にも宿り、青く輝く粒子となって刀身を覆っていく。はずが、ひょろひょろと薄らボンヤリとしたもやが立ちのぼるだけだ。

 訓練では、熟練者以上にできるのに、実践ではいつも大体こうだった。


「あわわわわ」


 突進してきた悪霊に対して、気合いを込めようとして余計に慌ててしまっている。


 それでもなんとか剣を構え、振りかぶった瞬間、高村の全身が炎に包まれた。悪霊の瘴気が物理変換した攻性呪術だ。


「あばばばば」


 高村の意思とは無関係に、霊装に流し込まれていたオーラフローが炎の熱を中和している。


 牙を剥き出しにした悪霊は直前で高村を回避し、俺に向かって突進のコースを変えた。


 左の拳。

 右手は聖剣を持って扉のつっかえ棒にしていて、ちょうど左手が空いている。


 左拳で悪霊を思うさま殴り倒した。

 吹っ飛びながら瘴気が何割か四散して、悪霊は姿が一回り小さくなった。


「じ、じじ、じゃ、邪魔、し、しないでく、くださいよぉっ」


 悪霊の攻性呪術による炎が霧散し、高村は無傷なものの焦って動揺しまくっている。


「強がりも、そこまで行くとすげぇと思うわ、まじで」


 悪霊は空中を高速で移動しながら、こちらの隙を狙っているようだった。パジェロのライトが逆光になっているが、ザカルでの超感覚的知覚には問題なく"視える"。


「せ、せせ先輩は、そそこで尻尾を巻いた犬みたいに、大人しく見てればよいのれす」


 動揺した状態で、ザカルによって脳内に流れ込む多量の感覚を処理できず、目を回してフラつきながら高村は剣を構えている。


「この、わりと切迫した状況で、その様子で、そのセリフ回しはちょっとオモロいな。十七点」


「わーい。えへへへ」


 もはや、自分でもなにを言っているか分かってなさそうに喜びながら、目を回してフラフラとしゃがみ込んでそのまま地面に伸びた。


「はー、だめだこりゃ……」


 盛大にため息をついた時、悪霊は俺たちを大きく迂回して屋敷に突っ込んだ。


 同時に、いまだかつてないほど瘴気が急激に増大を開始。


 周囲の闇は一層濃さを増し、風は止まっているのにザカルによる霊的視覚には瘴気が渦巻いて、町中から凝縮してくるように視えた。


 洋館の中からは、地の底から響いてくるような唸り声が聞こえてくる。


 さきほどの悪霊よりも、はるかに高密度な瘴気にあてられ、足下に生えていた草は枯れ落ち、山の木々までもが干涸らびて倒壊し始めた。


「えへへー、十七点もとっちゃったー」


「このポンコツが!」


 目を回したまま、うわ言を口走る高村を引きずって後退した。


 ゾーマとは今までに三回戦ったことがある。その中で一度、ソークが"深禍"してゾーマにまで成長していく場面に立ち会ったことがあった。


 今、周囲の渦巻く瘴気の状況はそれに酷似している。

 あたり一面を圧する雄叫びが洋館からあがった。

 内側からすべての窓ガラスが砕け散り、柱の裂ける音とともにドスンドスンという、巨人が歩くような地響きが続いてくる。

 次の瞬間には轟音がして洋館の側面が吹き飛んだ。


「百点まで、あとたったの八十三てーん」


「なぜか、ばかにされている気がするな」


 高村は完全に気を失って、むしろ幸せそうな寝顔で寝言をほざいている。

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