11:留美とノラーン

 留美は、お屋敷に戻ってきた。

 半壊した建物の瓦礫や倒れた柱をくぐり抜けて一番奥の部屋に入る。

 そこには、「彼女」がいた。

 留美は大きな彼女を見上げた。

 留美の周りに太い蛇のようなものがうねうねと何本も動いている。

「ノラーン……。大丈夫?」

 細長い指が伸びてきて、留美のおでこに触った。

「ごめんね、あの人、逃げちゃったみたい。私ちゃんと伝えたんだけど……」

 指はおでこのあたりをそっとなでている。

「うん。そうする……。でも、ノラーンは大丈夫なの? だんだん悪くなっているみたいだけど……」

 指は頬をすーっとなでた。

「わかった……わたしも少し休むね」

 留美はうなずくと、部屋を出た。

 廊下を歩きながら、留美は徐々に心細くなっていく。

 あの事件以来、留美が寝起きしている部屋に入った。その部屋も棚がひっくり返ったり、いろんなものが床に散らばっている。留美はそれらを隅に寄せて開けた空間にぺたんと座った。夜になるとここに布団を敷いて寝ていた。

 留美は、横になった。壊れかけた天井を見上げる。

「……」

 この部屋は彼女の部屋ではないし、そもそも彼女の家でもない。

 留美は、この村の住民で最後の生存者だった。

 しかし、この村の生まれではなかった。

 彼女の父親はこの村の生まれで、村を出て東京に行き、そこで留美の母親と知り合った。その結婚に父親の両親、すなわちこの村に住む留美の祖父母は反対したらしい。理由はよくわからない。

 それでも結婚し、留美が生まれた。

 留美が八歳の時、母親が交通事故で亡くなった。

 それがきっかけで父親は音信が途絶えていた故郷の両親と再び連絡を取り合うようになった。

 留美は子供ながらに父親を気遣い、自分でも料理をしたり洗濯をしたりして、父親を助けた。

 ところが、母親の死から一年半後、今度は父親も亡くなった。

 会社で突然倒れ、そのまま急死してしまったのだ。脳出血だったらしい。妻の死の悲しみから逃れるように、働きずくめでいたのが、身体に重い負担をかけたのだ。

 一人になった留美を引き取ったのは、父方の祖父母だった。

 母方の祖父母はすでに亡くなっていたのだ。

 だが、祖父母は留美に冷たい態度で接した。

 その原因は、留美の母親にあった。祖父母は息子を故郷から奪った女としか思っていなかったらしい。両者の間にどういうやりとりがあったのかは判らない。息子の子だからまだしも留美を引き取りはしたが、あの女の生んだ子、という認識もあり、息子の死の原因もあの女にある、そう思ったのだ。だから祖父母はなかなか心を開くことが出来なかったのだ。もう少し、時間をかけて徐々に接していけば、そんなことはなかったのだろうが、あまりにも父親の死が早すぎた。

 祖父母のそう言う態度が、留美にもよくわかり、留美もまた心を閉ざしてしまい、それがさらに関係をぎくしゃくさせることになったのだ。

 それが一年ほど続いた。

 そして事件が起こったのだ。

 あの日、留美は朝食を食べると、すぐに家を出た。祖父母のいる家には出来るだけいたくなかったからだ。夏休みで、友人もいない。行くところもないから、夕食になるまで、河原でぼんやりしたり、城跡の丘に登ったりした。いつも一人だった。この村には、彼女ほどの子供はほかにはおらず、老人ばかりだった。無言で歩いている彼女に村の年寄りらが声をかけることはあったが、留美は黙って会釈するだけだった。

 そして、その時も河原で一人ぼんやりとしていた。

 轟音が響いて、驚いた留美は振り返った。

 村の家並みの中をものすごい土煙と、破片が舞い散りながら移動していくのが見えた。

 煙は村の背後の高台にある「お屋敷」の方へと向かい、激しく煙が噴き上がった。お屋敷の後ろの山の斜面がガラガラと崩れ落ちる。

 なんだろう、と立ちすくんだ留美は、我に返って、家に向かった。

 彼女の住む祖父母の家は、ちょうど土煙の上がったあたりにあったからだ。

 無事だった家から何人かの老人が出てきて、お屋敷の方へ向かった。それらとすれ違うように、土煙の中に入っていった留美は、無残に崩れ落ちた家を見た。手前の家も崩壊していて、屋根瓦の下から人の手が見えていた。

 思わず、立ち止まったあと、

「おじいちゃん? おばあちゃん?」

 留美は呼びかけながら家に向かって走った。

 好きではなかったとは言え、祖父母である。唯一の肉親だった。

 瓦礫が重なって中には入れない。

 留美は裏側に回り、台所の勝手口に行ってみた。傾いた壁の中にゆがんだドアがあった。なんとかドアを開けて中を見ると、すぐに光景が目に入った。

 立ちこめる薄煙の中、大きな梁が落ちていて、祖母が下敷きになっていた。祖母の頭は潰れていた。血が床を流れている。

「……」

 全身が震えてきた。それでも留美は梁や柱を避けながら奥へ入った。

「おじいちゃん、どこ……?」

 祖父は居間で新聞を読んだり、一人で将棋をすることが多かった。

 天井が落ちていて、居間に入ることは出来なかった。

 だが、落ちた天井の羽目板の割れ目から、祖父の白髪頭が見えた。

「おじいちゃん……」

 祖父の頭はぴくりとも動かなかった。

 呆然としながら家を出た留美は、なにが起こったのか確かめようとお屋敷の方へ向かった。その時、悲鳴が聞こえてきた。

 壊れた家の陰から、お屋敷が見えるところまで来ると、留美はそこで異様な物を見た。

 村の住民で、年老いた男性が、立っていた。

 怯えたような顔で現れた留美を見た。わずかに首を横に振った。向こうに行け、と言っているように思えた。

 その老人は、ぐぐぐ、と押されるように数歩歩いた。わずかに後ろを振り返った。

 留美は、老人の背中に、何か細長いものが突き刺さっているのが見えた。

「に、げろ……」

 老人がそう言ったとき、老人の身体が押されて宙に浮き、そのまま前のめりに地面に倒れた。背中に突き刺さっている細い蛇のような物体はボコボコッと動いている。

「……」

 留美が見ていると、老人は蛇が動くと同時にビクビクッと痙攣していたが、少ししてむくっと起き上がった。ゆっくりと立ち上がる。

 だが、明らかに別のものになっていた。目つきが変わり、無表情に留美を見下ろした。おでこがすりむけ、鼻血も出ていたが、そんなことは気にもせず、

「オマエハダレダ……」

「……」

「オマエはダレダ」

 老人は繰り返した。

「あなた、だれ?」

 留美も問いかけた。

 老人は黙った。

「そのおじいさんになにをしたの?」

「……」

 老人は黙ったままだった。

 すると突然、すぐ横の家と家の間から別の蛇のようなものが飛び出してきた。留美の腕よりもやや太い蛇だ。蛇は途切れることなく家の間から続いていた。

 留美は驚きのあまり、悲鳴も上げなかった。

 立ちすくんだ彼女の周りを凄い速さで取り巻くと、先端がばっくり割れて細い触手のようなものが何本も現れた。触手は留美の顔や頭、腕などを突っついた。何かを確認するように、触ってはすぐに離れ、また触る、という感じだ。

「だれなの?」

 触手は何度も留美の身体を突っついていたが、触手が引っ込み、再び、蛇は素早く動き出すと、留美の身体をぎゅーっとしめつけ、そのまま抱え上げた。

 留美ははじめて悲鳴を上げた。

 そしてものすごい勢いで家の間を抜けると、お屋敷の中へと引き込んだ。

 留美は床に放り出された。頭がくらくらしたが、意識がはっきりすると、物音と気配を感じた。顔を上げた。傾いた家の柱と壁を押すのけるようにして何かがゆっくりと現れた。

 それが「彼女」だった。



「ノラーン!」

 留美は目を覚ました。

 お屋敷の部屋だった。いつの間にか眠っていたらしい。

 あれから、留美は「彼女」と意志をかわすようになった。

「彼女」はノラーンと名乗った。それが彼女の名前なのか、ほかの何かなのかは、はっきりしなかった。

 留美は起き上がると、目の前にノラーンの蛇のような腕があった。先端が分かれて触手が出ている。留美の顔を突っついていたらしい。それであの時の夢を見たのか。

 留美は触手を触った。

「どうしたの、ノラーン。苦しいの?」

 留美は立ち上がると部屋を出た。奥の間に行く。

 ノラーンは、身体を動かしていた。悶えているように見えた。何本もの蛇の腕が蠢いている。

「大丈夫? ノラーン」

 だが、留美の見るところ、ノラーンの様子はおかしかった。

「ねえ、助けを呼ぼう。このままじゃだめだよ」

 ノラーンは、身じろぎしている。

「あの人たちをここに呼ぼう。あの人たちは、敵じゃないよ。ノラーンだって判ってるんでしょ」

 ノラーンは身体を動かすだけで、言葉をしゃべらないが、留美にはノラーンの身体の状態が良く判っていた。あきらかに調子が悪い。

 それが、怪我なのか、病気なのか、そこまではわからないが、このままでは死んでしまう。それは間違いなかった。

 留美には、ノラーンの体調が判っても、どうすることも出来なかった。

 村人もことごとく殺されてしまった。

 殺したのはノラーンだ。

 留美はそのことでノラーンを恐れたり、ノラーンを恨んだりはしていない。祖父母や村人らとの疎遠な関係が、多感な彼女にとって、ノラーンに逆の感情をもたらした。

 ノラーンが何者かなんて関係ないのだ。

 ノラーンにしても、この少女の存在が非常に不思議だった。

 村人はみな、老人で、留美のような年齢の人間は一人もいなかった。留美だけが、この村では例外的な存在だった。最初に留美を見た時、ノラーンは少女が、村人とは別の小柄な種族なのかと考えた。広い銀河系では、一つの惑星に、複数の異なる種族が文明を築いていることはしばしばある。そう考えることはおかしな事ではなかった。

 現れた村人を恐れて捕まえ、あるいは殺したあと、留美に遭遇したノラーンは、自分に関心を示す彼女を捕まえた。最初はこの個体が自分にどれだけの敵対行為を行うかを調べるつもりだった。もっと大柄の体格だったら、有無を言わさず殺していただろう。そして探っているうちに、留美はこの星の支配種族の幼生体だと言うことがなんとなくわかった。

 なぜわかったか。

 それはノラーン自身の体内にも、彼女の子供がいたからである。つまり身籠もっていたのだ。

 ノラーンの種族に性別はないが、他の個体と生体子を交換することで、体内に子供を宿すことが出来た。また自家受精で子供を作ることもできた。クローンのようなものだ。しかしそれは滅多に行われなかった。巨大な文明を築き、高度な技術を得たことで、個体の寿命は大幅に伸び、逆に自然の生命体だった頃の生態は失われていったからだ。それに交配も出産も苦痛を伴うため、ノラーンの種族の間ではよほど「その気」にならない限り、忌避するようなところがあった。

 ノラーンが長いこと体験していなかった交配を行って体内に子供を身籠もったのは、悲惨な戦争によって、種族が滅亡の危機に瀕したことが動機だった。長いこと失われていた生物としての本能が甦ったのだ。

 子供を身籠もったことが、ノラーンの警戒心を高め、他の種族に対して敏感にさせていたが、同時に身籠もったことが子供である留美に対して、心を開くきっかけにもなった。それが心の交流にもつながったのである。

 留美が自分を心配していることはよくわかった。

 ノラーンも今の状況が非常に良くないことを理解していた。

 墜落の衝撃で身体の機能がかなりダメージを受けていた。

 彼女の身体は、その高度な技術によって、宇宙船と一体化していた。身体も宇宙船もどちらかが破壊されてコントロールが効かなくなると、非常に危険なことになる。現在はその状態が進行中だった。

 この星の種族は、ノラーンの望むほどの技術を持っていなかった。

 ノラーンが本能によって危惧していたのは、体内の子供のことだった。

 この子供たちだけでも生き延びさせなければ。

 せめて宇宙船の機能が無事であれば、自分の身体の機能をなんとかして切り離し、子供だけでも取り出し、宇宙船に乗せてこの惑星を脱出させることも出来たかもしれない。体内の子供は、特殊な卵殻に包まれて保護されている。これは体外に出しても子供を守り続ける。

 だが、宇宙船の破損もひどく、この方法はもはや困難だった。

 この星の種族は、技術的に非常に遅れている。ノラーンから見れば、原始的とすら言えた。

 たとえ友好的になれたとしても、自分のこの複雑な身体を改善させる方法がない。それではなんの解決にもならない。

 いや、ひとつだけ、可能性があった。

 通常では絶対に考えられないことだが……。

 もし、この星の種族が、自分の子供を保護するのであれば……。

 彼らに、自分の死後、子供の将来を頼むことが出来るか。

 ありえない。

 絶対にあり得ない。

「しっかりして。あの人たちに話してみれば、きっと助けてくれるよ」

 留美は必死に訴えかけてきた。

 ノラーンは留美の顔を見下ろした。

 迷い続けた。

 もう、時間はあまり残されていない。

 ノラーンは、留美の頬に軽く触手を当てた。

「うん。わかった。私、あの人たちを探してくるよ」

 留美はお屋敷を飛び出した。



 どうやらエイリアンのあの蛇のような胴体は、村の端っこにあるこの家までは届かないらしい。

 それか、この家までは探知出来ない、と言うことか。

 隠れてから様子を窺っていたが、なにも襲ってくるようなことはなかった。

 やや高いところにあって見通しも良いし、この家に隠れている分には大丈夫だろう。

「ただ、エイリアンがどんな姿をしているのか判らないから、安心するのは早いかもしれないわね。蛇胴体ほどではないけど、本体も動くことが出来るのかもしれないし」

「とんでもないことになりましたね」

「金井君にとっては災難ね」

 麗香自身はある程度予測もしていた。もっとも、もっと人間っぽいのを想像していたから、この展開は予想外だったわけだが。

 自身が人間であるがゆえに、知的な異星人と言えば、やっぱり人間みたいなのを想像してしまう。

 映画に出てくるような、知性のない凶暴なエイリアンだったら、自分がこの村に来る前に、もっと大騒ぎになっていただろう。

 そういう先入観が、油断だったわけだ。

 今日もこれは寝られそうにないわね。

 麗香は、日が暮れるまえに家の周りの様子を確認し、逃げられそうな場所を物色して、それを記憶しておいた。

 日が暮れると灯りを付けた。

「明るくしていて大丈夫でしょうか」

「あら、金井君は、暗い方がいい?」

 と麗香が顔を近づけてきたので、

「え? あ、いや、あの、そう言う意味では」

 金井はうろたえた。

「冗談。まあ、明るいと向こうからも居場所を疑われるだろうけど、こっちは暗闇では行動が制限されちゃうからね。リスクを考えるとね」

「そ、そうですね」

 金井はむしろ、麗香がいることの方に緊張してきた。

 麗香は冷蔵庫から食糧を持ってくると、簡単に調理した。

「この家にも人が住んでいたんですね」

 金井は食べ物を見てしんみりとつぶやいた。

「そうね……」

「きっと、エイリアンに殺されてしまったんでしょうね」

「仕方ないわよ。ていうか、殺された人にとっては仕方なくはないんだけど、これこそ未知との遭遇でしょ。あらかじめお互いを知っていて、連絡しあって交渉をはじめるのとは違うわ。相手がたとえ知的生命体だったとしても、不意に遭遇してしまったら、ほぼ確実に争いになるわよ」

「そうでしょうが……」

 理屈だけではしっくり来ないこともある。

「さ、食べよ。村人のことを思う気持ちは正しいけど、私たちも生き延びなければいけないわ」

「……そうですね」

 金井は軽くため息をついて、食べ物を口に運んだ。これでもお腹が空くのが忌々しく思えた。

 食事のあと、麗香は窓際に椅子を置いて、外の様子を窺うことにした。

 部屋が明るいので、カーテンを閉め、その隙間からそっと覗いていた。

 金井はおきっぱなしの古文書とパソコンが気になったが、どうしようもない。

 ソファに腰を下ろして、麗香の方を見ていた。

 しばらくして、麗香が振り向いた。金井と目が会うと、金井は視線をそらした。

「心配しないで。体力勝負だから、寝ておいた方がいいわよ。私が見張っているから」

「でも……」

「私のことは気にしないで。こういう事は慣れているから」

 麗香が優しげに言ったので、金井は甘えることにした。

「すみません」

 金井はソファに寝転がった。

 もっとも、なかなか寝付けなかった。

 麗香は明かりを少しだけ落として、いつでも動けるように、緊張感を維持しながらも体を休め、様子を伺い続けた。こういう状況は、久しぶりだった。

 彼女は何年も前、アメリカにあるマグダリアン機関と呼ばれる私的組織で英才教育を受けていた。その頃は、エミリア・ササキという名前だった。機関の中では、セカンドクラスに属し、各国の言語を学んでいた。

 マグダリアン機関はもともと政府関係者も関わって極秘に設立され、莫大な資金も得ていた。優秀な人材を育て、情報機関や軍の工作員メンバーを養成する目的で運営されていた。そこで育てられている子供たちは、みな、幼い頃に親を亡くした孤児や、世界中の戦地から様々な形で連れてこられた身寄りのない子供たちだった。

 優秀な子供たちはファーストクラスに属し、セカンドクラスはその次に位置した。ファーストクラスの子供は、有能だけでなく、忠誠心も高いことが基準となっていた。彼女はどこか醒めた目で組織を見ており、能力を隠していた。それが評価されなかったのだ。

 マグダリアン機関は、その後、独走をはじめた。有能な人材が揃い、アメリカ政府内部にも入り込んでいたことから、権力を握れると考えたものか。他国の組織とつながっているという説もあったが、詳しいことは判らない。

 彼女は、組織のやっていることが危険水域にあることを悟った。そしてある夜、密かに逃亡を図ったのだ。十八歳の時である。

 マグダリアン機関を危険視したアメリカ政府は、政府内部の関係者を密かに拘束すると同時に、特殊部隊を動員して、組織本部を武力攻撃した。彼女が逃亡して二日後のことだった。

 それから何ヶ月も、彼女は逃亡を続けた。

 アメリカ政府は、関係者を調査し、数人の行方不明者がいることに気づいた。そのひとりが、エミリア・ササキと言う名のまだ若い女だった。情報機関は執拗に彼女の行方を追った。

 スキャンダル化することを恐れた政府は、組織を跡形もなく消してしまうつもりでいた。教育を受けていた若者は子供も含めてみな消息を絶った。1人として生かすつもりが無いのは明らかだった。

 同じように逃亡を図った者らが、一人、また一人と捕まっていく中、あらゆる能力を駆使して場所を転々としながら逃亡し続けた彼女は、およそ一年後に、とうとう追い詰められてしまった。そこに密かに接触してきたのが、日本の極秘組織「五月機関」の在米メンバーだった。異星人探査に関するアメリカの調査機関の動きを内偵していたところ、偶然、アメリカ政府がなにか極秘の作戦を続けていることを知り、彼女の情報を手に入れたのである。

 日本は彼女の祖父の出身地だった。五月機関は、彼女の身柄を確保し、安全に日本へ移送することを条件に、自分たちのメンバーになる事を求めてきた。その時はじめて、異星人の侵略が迫っているという話を聞いた。

 もはや選択肢が無く、そして不思議な話に惹かれた彼女は、メンバーになる事を了承した。五月機関は、彼女のために、日本人「村文麗香」のパスポートを用意し、護衛を付けた上で、日本へ脱出させた。同時に、彼女が潜んでいた廃ビルを、探り当てたアメリカ情報機関の関係者の眼の前で爆破し、破壊した。そうして死んだように見せかけたのだ。

 組織の秘密本部である双神山基地に入り、同僚となる人々と会った時、彼女は少しだけ、居心地が付いたのを覚えている。

 それから数年、彼女は村文麗香という新たな人間として生きてきた。

 いろんな仕事をし、能力を磨いても来たが、ここまでの緊張感を伴うことはなかった。

 これから先、こういう事が何度もあるのだろうか。

 暗闇に目を向けながら、麗香は思った。

 この夜空のどこか遠くに、強大な勢力が存在し、いつの日か、地球にも侵略してくるのだ。彼らは地球を狙っているのか、それとも、単にその通りすがりに根こそぎ奪っていくのか。ただ、銀河に凄い勢いで拡大しているらしい、という分析結果が出ている。

 人類もいずれ、今まで経験したことのない時代に遭遇することになる。宇宙に出るのもやっとの技術しか無いのに、恒星間宇宙を侵略する勢力と戦うことになるのだ。

「そのためにも、なんとしてでも情報を手に入れないと……」

 窓越しに映る自分に言い聞かせた。

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