10:事件の「正体」
あの蛇のような胴体は斜めになっていたガラス戸を突き破って出てきたが、家と家の間を抜けて逃げると、蛇胴体をくっつけた男は、どっちへ逃げたのかわからず立ち止まってきょろきょろと見回している。ふたりは露地を抜けきると、川の畔に出た。
金井は、自分が寝かされていた家が、寝泊まりしていた場所から、川を隔てて対岸の集落の中にあることを知った。
川沿いの道を走り抜けながら見回すと、奥の方の家は軒並み壊れている。
あの不気味な蛇のようなものが、壊していったのか、と少し思ったが、すぐにそれは違うと感じた。
どの家も壊れ方が激しいからだ。あの蛇男でもここまで派手には壊せないだろう。先端にくっついている人間も無事では済まない。
金井は麗香に引っ張られたまま、今までいたと思われる家の方を振り返ってみた。露地からヘビ男が出てきた。あたりをきょろきょろしている。
麗香は金井と木立の側に隠れた。金井がふと視線を上げると、家々の先にお屋敷が見えた。少し高台になっていて、木々に囲まれた大きな家だが、そのあたりも派手に破壊されていた。木々をなぎ倒し、さらに対岸からはよく見えなかったが、お屋敷の後ろの山を一部崩すほどであった。あの老人が言っていた、がけ崩れの現場だ。
だが、自然災害による土砂崩れなどとは違う。明らかに何か強い力がぶつかって壊れた感じである。
もしかすると、家々を壊したなにかが、お屋敷の後ろの山に激突したのではないか。
ヘビ男が路地に引っ込んだので、麗香は木陰を出ると、川沿いに上流の方へと走りだした。金井も仕方なく走った。
緩やかな上り坂になっていて、肉体的には全く鍛えていない金井は、すぐに息が上がってきた。それに夕べ、なにかに跳ねとばされたときの痛みが残っている。
「ちょ、ちょっと麗香さん……」
金井は息切れしながら、麗香に声をかけた。
「なに?」
「す、少し休みませんか」
麗香は呆れた表情で金井を見た。
「化け物に追いかけられているのに、よくそんな呑気なことが言えるわね」
「も、もう、追っかけてきませんよ……」
金井は後ろをみて言った。麗香も後ろを見た。逃げ出した路地から、あの不気味なうねうねした蛇男は現れなかった。
やっと走るのをやめる。
「あの……、き、気持ち悪いのは一体何なんですか。せ、先端に、人間がくっついていましたけど」
金井は息を整えながら、顔をしかめた。冷静になってみれば、あんな気味の悪いもの、見たことがない。いや現実にあり得ない。
「私にもよくわからないわよ」
「でも、麗香さん、あの人を知っていたようですけど……」
蛇胴体の先端にくっついていた男だ。
「確かに知っているわ。私の同僚だもの」
「同僚?」
あの蛇男が?
「麗香さん……、あんなのが同僚だったんですか」
「あんなのは知らないわよ」
「は?」
川沿いの道が林道の入り口に到達した。舗装道路が終わっている。ここから先は、本当に山の中だ。目の前に鬱蒼とした林が拡がっている。
道の傍らに、比較的新しい家が建っている。
「ここに入りましょう」
「入るって、いいんですか? だれか家の人がいるんじゃ」
「たぶんいないわ」
「たぶん? どうしてわかるのです?」
「あなたも薄々わかってきてるんじゃない? この村の人たち、ほとんどいなくなってるのよ。あなたがいたところのおじいさんとか、女の子とか以外は」
「女の子。あの子に会ったんですか?」
「あなたも会ったようね」
「食事をくれましたよ。あの子が作ったみたいだったけど」
「へえ」
なによ、自分の時とは随分対応が違うじゃない。麗香はやや憮然とした。
金井は集落を振り返った。この位置からだとよく見える。集落の一角が、一直線に壊れている。その先には高台の「お屋敷」だ。やはりなにかが家々を壊しながら進んでいき、あの山にぶつかったのだ。それがさっきの蛇男の怪物と関係があるらしい。
「村人がいなくなったって、どうしたんですか?」
「多分死んでしまったんだと思う」
「死んで……」
金井は絶句して再度集落を見回した。数十人は住んでいたであろう、村人がほとんど死んでしまった?
「それって……、さっきのあの化け物ですか」
「たぶんね」
「で、アレは一体何なんですか……」
麗香はドアを開けた。鍵は掛かっていない。調べた限りのほとんどの家が、鍵は掛かっていなかった。この集落で何かあったとき、おそらく昼間だったのだろう。そして短時間のうちに村人はほとんど殺された。だから、どの家にも鍵が掛かっていないのだ。
「どなたかいますか?」
麗香は一応、声をかけてみたが、なんの反応もなかった。
土足のまま、上がる。
「ちょ、ちょっと麗香さん、靴」
「緊急の時、すぐ逃げられるようにしておいた方がいいわよ」
そう言ってから、
「というか、あなた靴はいてないじゃない」
「あ……そうか」
気が動転していたのか、靴下で走っているのにも気づかなかった。夕べなにかに襲われて、その後連れ出されたとき、当然、靴は履かされなかったわけである。
「ちょうどいいのがあるわ」
麗香はそう言うと、靴箱から、ベルトで固定出来るスポーツサンダルを取り出した。
「これなら簡単には脱げないでしょう。大きさも合うんじゃない」
金井はそれをはいてみた。そのまま家に上がる。わざわざ靴を履いて家に上がるなんて初めてである。
集落側に面した窓のある居間に入った。麗香は台所を覗きに行った。食糧を探しているのだ。煮魚や蒲焼きの缶詰を数個持って戻ってきた。
「麗香さん、そろそろ教えてください。あの不気味な化け物はなんなんですか。麗香さんの知り合いなんですか?」
「知り合いじゃないわよ、あんなものの」
「でもあの男の人とは知り合いなんでしょう? 同僚って……」
「正確に言えば、同僚だった男ね。もちろん、あんな化け物じゃなく、普通の人間だったわよ」
「それがなんであんな蛇男になっちゃってるわけですか」
「問題はそこ」
「操られている感じがしましたけど」
「たぶん、その通り。蛇の胴体に操られてるのよ。見てわかったでしょ」
「しゃべっている内容とかもそんな感じしました……」
「どんなことをしゃべったの?」
麗香は興味ありげに聞いた。
「何しに来たのか、とか、私を殺しに来たのか、とか言っていました。歴史を調べに来たんだ、と言ったら、歴史とは何か、と聞かれましたよ。でも、あの男ではなく、あの男の口を借りていっているような、そんな感じがしました」
「それが正解よ」
「正解?」
麗香は立ち上がって、
「金井くん、見て」
麗香は窓から指さした。
「家が一直線に壊れているでしょう。あなたが連れてこられた家もめちゃくちゃだったわ」
「ええ。あれは一体何なんですか……」
麗香は答えずに、
「そしてその先にあるのが、あの高台のお屋敷。お屋敷の辺りもひどく壊れている。裏の崖も崩れてるし」
「あそこまで一直線になにかが移動していって、お屋敷の辺りにぶつかったって感じですね」
「その通りよ」
「どういうことです? あれとあの怪物となにか関係があるわけですか? まさかあの怪物が一直線に壊していった訳じゃないんでしょう」
「違うわ。あの怪物はね、たぶん、あの破壊跡を残したものの中にいたのよ」
「破壊跡? それはなんですか?」
「おそらく宇宙船」
「え?」
「宇宙船よ。多分さほど大きくないと思うけど」
「宇宙船って、その……、エイリアンの乗り物?」
「そういうこと。それが不時着したのよ。たぶん、そこの谷間の方からやってきて、家々を壊しながらね。そしてあのお屋敷のところにぶつかった。ここからじゃよく見えないけど、背後の崖のところにめり込んでいるんだと思う」
「そ……、それじゃ、あの怪物ってのは……」
「エイリアンってこと」
「……」
金井は、口を半開きにして、無言で集落の方を見た。
「そ、それじゃ、あの、男の人は?」
「これは幾分か推測を交えて説明することになると思うけど、いい?」
金井はうなずいた。
「五日ほど前に、この集落に宇宙船が不時着した。故障か何かしたのかもしれない。見た感じ、かなりの家を壊しているので、村人も大部分はそれで死んでしまったんじゃないかと思う。残りの村人も、おそらく短時間で殺されてしまった。墜落したのを知って驚いて集まってきた人たちを。すなわち、その宇宙船に乗っていたエイリアンにね。エイリアンは、あの蛇のような部分を使ったんだと思う。蛇だけなのか、ほかに体があるのかは判らないけど。で、おそらくはあの蛇の部分を人間に突き刺すと、その人間をコントロールすることが可能になるんだと思う。ただし、その人は、すでに死んでいるか、仮死状態になっているようね」
「じゃあ、あの人は、死んでいたんでしょうか。そのエイリアンに操られて……でも、日本語で質問してきましたけど」
「エイリアンが質問していたのは間違いないわね。ほら、私たちの言葉を聞いて、微妙に反応が遅かったり、突然早くなったりしていたでしょう」
「ええ」
「たぶん、操っている人間の脳からあらかじめ吸収出来た知識とか記憶とかの部分に関する会話や出来事には、すぐに反応出来る。ところが、予想していない質問などをされると、また脳にアクセスして情報を入手しなければいけないので、反応が鈍くなるんじゃないかしら」
「なるほど……」
そこで金井は、寝泊まりしていた家の老人を思い出した。
「まさか、あのおじいさんも」
「あなたのいた家の?」
「はい」
「まあ、間違いないでしょうね。そのおじいさんも操られていたのよ。あなたを襲ったのも、そのおじいさんを動かしていたあの蛇胴体ね、きっと」
金井は、そんな化け物と同居していたのか、と思うと、ゾッとなった。しかも人間を突き刺してコントロールする、と言うのもおぞましい。自分もそうなっていたかもしれないのだ。
「でも、さっきの家と、僕が宿泊した家は結構距離がありますよ。あの蛇胴体は、そこまで伸びてたのでしょうか。それとも、そのエイリアンが移動してきて……」
金井はそこまで言って、奇妙な感覚にとらわれた。
やはり、あの老人は、あの家の住人だったのだろうか。自分が歴史調査のために訪ねたことは判っていたわけだから。
でも、さっき現れた男の方は、歴史調査と言うことが理解出来ていなかった。
コントロールする人によって、知識とか理解度が変わるのか?
でも、古文書のことは知っていた風だったけど……。いや、古文書が何かはわかってなかったわけか。あの老人の記憶から自分が「古文書」なるものを見に来たことだけ知っていたということだ。
窓からそっと眺めてみる。
「今のところ、考えられるとしたら、蛇胴体があなたの泊まった家まで伸びたのだと思う。私も昨日、河原で蛇胴体らしきもの数体に襲われたからね。かなりの長さがあると見るべきね。ここまで来るかしら」
「襲われたって、麗香さんも……?」
「危うく逃れたけどね。どうも、エイリアンは、私たちに対し、警告か、敵対的行動を取るようになったものと思われるわね」
「村人を殺したようにですか?」
「村人の場合と状況は違うと思う。エイリアンがその気なら、あっという間に殺されてるわ」
「では、生かされてるわけですか?」
結構ひどい目にあったんだけどな。あちこち痛い。
「墜落直後は、エイリアンも気が立ってたでしょうし、警戒してたんでしょう。異なる方法で一気に殺害したのかもしれない。村人には気の毒だけど、運が悪かったと言うしかないわね」
不運という一言では片付けたくないものだけど……。自分で言いながら麗香は顔をしかめた。
金井は再び窓の外を見て、何か考えるように首をひねり、
「すると、エイリアンは、蛇……というより、大きなタコみたいな生き物って事ですかね」
「タコ……?」
「あの男の人や、おじいさんや、あなたを襲った蛇胴体を考えると、同時に複数の胴体があるってことでしょう? どこかそれをコントロールしている中枢みたいなのがあるんじゃないですか?」
「うん、いい推測だわ。そのエイリアンの頭の部分は、村のどこか、たぶんあのお屋敷のあたりだと思うけど、そこにいて、蛇胴体をあちこちに張り巡らせている、ってことになるわね」
「そして、蛇胴体の先を使って人間を取り込んで、操っている、ってことですね」
「まあ、それで間違いなさそうね」
「僕たちも、あの足で取り込むつもりでしょうか……」
そう言ってから、金井は思い出した。
「そういえば、あの女の子は……」
「ああ、ごはんを作ってくれたとか言ってたわね」
「麗香さんもですか?」
「私の場合は、警告されただけ。でも、あの子は操られているような様子はなかったわ。蛇胴体もなかったし」
「そうです。僕に食事を持ってきてくれたときも、あの子だけでした。料理もおじいさんが持ってきたのとは全然違って美味しかったし。自分で行動している感じがしましたよ」
「なんか言ってた?」
「ええ。何かが僕のことを興味持っているって。いま思うと、あの蛇胴体のエイリアンのことを言ってたんだと思います。あの家にいれば殺されないって」
そう言ってから、顔をしかめて、
「でも逃げ出しちゃったから、次あったら殺されてしまうかもしれないな」
「まだわからないわよ。私の方は確実に狙われている感じだけど、あなたはどうかな」
「怒らせてしまったと思いますよ。……エイリアンにどんな感情があるか判りませんけど」
「正直に言うとね、わたしがここに来た目的は、あなたと話をした木田さん、蛇男にされちゃったけど、彼を探しに来たわけ。彼はエイリアンの宇宙船がこの辺りに降りたかもしれない、と調査しに来て、消息をたったのよ」
「え? じゃ、じゃあ……、麗香さんは最初から、知っていたわけですか」
「いいえ。木田さんから話はちょっと聞いたけど、正直、信じてはいなかったわね。でも彼が消息を絶ったんで、私が後を引き継いで、調べに来て……、結果的にあのエイリアンと交渉することになったわけなの」
「交渉? あんなのとですか? ……ていうか、あなたなんなんですか?」
金井は胡散臭げに麗香を見た。
すると麗香は、横目で金井を見た。日が少しずつ下りてきて、窓からの日差しで逆光になっていたが、笑い出しそうな表情にも、困ったような表情にも見えた。
「ま、私の正体とかの詳しいことはオイオイ教えるわ。……あなたも巻き込んじゃったからね」
「よくわからないけど、それはぜひ教えていただきたいです。で、その木田さんという人は最初から宇宙船があるって知ってたわけですか?」
「事前に情報を得ていたのよ。正確に言うと、宇宙船らしきものが墜落したらしい、と言う情報をね。もすこし詳しく言うと、自衛隊のレーダーと岡山県にある美星天文台っていうところの望遠鏡が、落下してくる物体を捉えたの。その落ち方が奇妙だったんで、情報を手に入れた彼が調べようという話になったわけ」
「というと、あなたたちは政府機関のようなものなんですか? じゃあ、交渉するって言うのは? 殺さないでほしいって事ですか?」
「それもあるけど、あのエイリアンには、おそらく重要な情報が隠されていると思うの」
「どういう情報ですか?」
「地球侵略の情報よ」
「地球侵略って……あのエイリアンの仲間がですか?」
「ううん、たぶん違うんじゃないかな」
「どういうことです?」
「実はね、細かい説明は省くけど、地球はあるエイリアンの勢力から、侵略される恐れが非常に高いと考えられているの」
「……それ、誰が言ってるんです?」
金井は露骨に胡散臭げな目で見た。せっかくの美人なのに、変なことを言い出すとは、と言いたげだ。
「いっとくけど、変なカルト宗教とかじゃないわよ」
「そうだといいけど」
「エイリアンを目の当たりにしてるんだから、変に疑うこともないでしょ。……侵略の情報は、まず間違いないようね。宇宙にはね、いくつかの異星人の文明が存在していると考えられていて、それらのひとつが、宇宙中に侵略の警報を発したのよ」
「侵略の警報?」
「あるエイリアンの種族が、宇宙のいろんな文明に対し攻撃を仕掛けているらしい。その危険性が高まっていることを宇宙のあちこちへ送ったわけ。警告としてね」
「初耳の話ですね」
「一般人は誰も知らないからね」
「誰が知っているんですか?」
「私の属している組織や、同様の組織は他の国にもあるけど、そう言ったところよ。いずれも秘密の研究機関というべきものだけど」
「やっぱりあなたはどこかの研究機関の人というわけですか? 政府関係者とか?」
「政府機関と言っていいかどうか。一応ある省庁とつながっているけど……。組織の名前は、五月機関と呼ばれてるわ。知っている人の間ではね」
「さつききかん……。それは、その、宇宙人を調べる組織なんですか?」
いいながら、金井はさっきからどうしても奇妙な感じがぬぐえなかった。目の前に宇宙船の墜落したあとを見て、エイリアンらしき化け物に襲われたにもかかわらず、宇宙人の話には、何か現実離れした物がある。
あまりにも非常識な現実に遭遇してしまったからだろうか。
「その認識で間違ってはいないけどね。……なぜそう言う組織があるかというと、いま言った侵略の警報は、地球にも来ていたの。ただし、もう百年も前の話だけどね」
「百年?」
百年って言ったら、いつだ? 大正頃か?
「そして、その警報を知った人々が、組織を作った。全世界のいろんなところでね。日本にも出来た。それが五月機関なの。歴史は長いのよ。戦前は軍部ともつながっていたみたいね」
「そんな昔にそんな組織があったなんて」
「知らないのは無理もないわ。本当に隠しているのだから。一部の政治家と官僚は知っているけど、ほとんどの人が知らないもの」
「それで、その警報……ですか? それを調べているわけですか」
「そう。もちろん、最初すぐにその警報がどういうものか、はっきりとは理解できたわけじゃないけど、警報は数学的に記述されていたので、当時でも十分解読はできた。もう、相対性理論とかまとめられていたからね。数学って、宇宙共通の法則だから、言語が違っても理解はできるのよ。ただ、異星人の存在に関して言えば、その当時はまだ宇宙の観測なんて今のように詳しくなかったでしょ、だから逆にすんなりと信じられたみたいね。むしろ、異星人がいるのかどうかの論争になったのはずっとのち、宇宙の観測が盛んになって、火星人とかがいないことが明らかになってから。そのせいで、侵略に対してなかなか対応策が採れるところまでは行かなかった。それでも、エイリアンの侵略は、最初の警報の内容を分析した結果、今から十~二十年くらい先、と考えられているのよ。もっと先になる可能性もあるし、もっと早いかもしれないけど」
「十年だったらすぐじゃないですか」
「警報の内容は、警報が来た当時から見て、地球時間でおよそ百~百五十年程度の未来に始まるだろう、と言うようなものだった。内容がおおざっぱなのは、警報を送った星々によって状況が異なっていることや、侵略するエイリアンの情報が必ずしもはっきりとは言えなかったからでしょうね」
「なんだか、わかったようなわからないような」
「それは私たちも同様。警報の内容は、部分的には詳細だけど、全体的にはいまいちはっきりしない。同様の警報めいたメッセージは、いくつか地球に届いたようで、他の国の組織が手に入れたものもある。だけど、内容はみな同じ。それに、問題はそれだけじゃないのよ」
「と、いいますと?」
「私たちは、警報の内容などから、宇宙にたくさんの異星人の文明があることは推測できたけど、どの異星人とも、接触してこなかったの。ただ警報を受け取っただけ」
「……つまり、本当にいるかどうかもわからないと?」
「いるとは思う。五月機関にはちゃんとした生物学者、天文学者、言語学者が揃っているし、彼らはいると考えているからね。だけど、実際問題、ほかの異星人とやらは、どこにいて、どんな形で、どんな文明を持っていて、どれくらいの科学技術を持っていて、そして地球のことを知っているのか、知っていたら、どうしたいのか、そこら辺がさっぱりわからなかった」
「こちらから連絡は取らなかったのですか」
「電波でメッセージは送っているわよ。でも、何十光年、何百光年離れているかわからない相手に、電波で送っても、それこそ何十年、何百年もかかるわ。返事が来るのはいつの事やら。意思疎通なんて出来やしない」
「なるほど……」
「あるいは超光速の通信手段があって、異星人たちはそれを使っているかもしれないけど、人類にはそれがないでしょ。だからもしかすると、どこかの異星文明が地球に連絡を送ってきているかもしれないけど、人類に受信装置がないので気づいていないだけ、ということもありうるわけ」
「そうか、そう言う可能性もある訳か……」
「でも、唯一、過去に一回だけ、異星人と接触しかけたことがあるの」
「そうなんですか? 宇宙人と遭遇した、と言う話は、よくオカルト系サイトとかに載ってますけど」
「ああ言うのは、全部デタラメ、あるいは妄想の類よ。医学か心理学の範疇ね」
麗香は苦笑してみせた。彼女にとって異星文明はかなりのリアルさを持っているから、オカルト話のちゃちさは苦笑するしかない。
「エリア51とかも? アメリカのUFO基地があるとかよく聞きますよね」
「あれは単なる新兵器テスト用の航空基地よ。米軍が秘密にしているのはそのためよ。ロズウェルもそう。軍の実験中の事故を半ば冗談で宇宙人話を匂わせて、実態から目をそらそうとしたら、大騒ぎになっただけ」
「ああ、そうなんだ……」
まあ、そんなことだろうとは思ってたが、ちょっと拍子抜けでもある。
「ただ、異星人が地球に来たことは、少なくとも、一回はあるのよ。前にね。正確には1979年9月22日」
「接触しかけた、と言うのがそれですか?」
「そう。異星人とは直接交渉できなかった。そのまま地球を去ったのよ。ただ、その異星人は色々残していったらしいわ。それでそれまで得ていた警報とは違い、いくつかの詳細な情報が手に入った。重要だったのは、その異星人の言語、その数学のレベル、所有する技術の一部、そして銀河中に拡がっているという侵略者の大まかな進出範囲がわかったこと」
「進出範囲って、たとえば銀河系のどの辺り、と言ったことですか」
「まあ、そういったことね。太陽系を中心にして見たときに、周囲のどの辺りまで侵略しているか、というようなことよ」
「それでいつ、と言うのがわかったわけですか」
「いつ、というのは、さっきも言ったけど、警報の内容にあったものを分析した結果よ。侵略者の考えていることはわからないから。ただ、新しい情報でも同じ侵略に関する情報があったので、時間的範囲を絞れたのは間違いないわね。侵略自体の裏付けにもなったわけだし」
「なるほど。……でも、そんなことが起こっているとはしらなかった」
「その異星人との接触で得た情報でも、彼らの宇宙船の技術が判らなかった。だから侵略者が銀河のどのあたりに進出したと判っても、どうやって恒星間を短期間で移動するかが判らないから、正確な予想が立てられないのよ」
「SFだったらワープするんでしょうけどね」
そう言ってから、金井は我に返ったように、
「では、あの蛇男エイリアンはなんなんですか? その侵略とやらとは関係ないわけですか? さっき、宇宙船がここに落ちた情報を得て来たと言ってましたけど、それはその、なんとか機関、でしたっけ、そこが得た情報だったわけですか?」
「そうよ。私は単なる調査員だから、自衛隊や天文台の情報がどういう過程で伝わり、何を持って宇宙船と判断したのかもよくわからない。そういう担当者や専門家もいるからね。木田さんはそういうことに詳しいようだった。彼からエイリアンの可能性がある、と言うことは聞かされていたけど、言った本人もどこまで信じていたかはわからない。で、あらためて組織のほうが私に調査を命じたってわけ。こう見えても私、言語学の専門家なのよ。だから交渉できるかもしれないってことでしょ。でもまあ、人間の中枢を乗っ取ってしゃべることが出来るんなら、誰でも話は出来そうだけど」
たしかに、と金井は苦笑した。そしてすぐに顔をしかめる。思い出したからだ。
「木田さんはここに来て、何かを見たかしたんでしょうね。消息を絶ったので、組織は私に調べるよう命じた。その時はもちろん、エイリアンと確定していたわけじゃないのよ」
「なるほど。で、木田さんはあの蛇胴体に取り付かれてしまったわけですね」
「彼も専門家だった。海外での軍隊経験が豊富な人でね。咄嗟の判断が的確だった。そんな彼が、ああ言う姿になっているとは思っても見なかった。殺されてる可能性の方は考慮していたけど、まさか乗っ取られてるなんて……。それでも私は、あのエイリアンと交渉して、宇宙で起こっている情報を手に入らなきゃいけないの。だから、なんとしてもあのエイリアンとはもう一度、接触してみる必要があるわ。蛇胴体の中枢がどこにいるのか調べないと」
「それは、なんというか、重い任務ですね」
「そういうこと。わかってくれた?」
麗香にしてみれば、身内より、無関係の金井の方が状況を理解してくれることが皮肉である。金井はエイリアンを目にしたからだ。
「……しかし、あのエイリアンは一体どうして地球なんかに……」
「破壊の跡を見ると、宇宙船も小型じゃないかと思うし、侵略とはちょっと考えにくいわね。偵察だったらわざわざ地上に落ちてくる理由もないし。だから、おそらくだけど、たまたま通りがかったのでもなければ、侵略に巻き込まれた別の異星人だと思うわ。攻撃でもされて宇宙船が故障し、漂流して地球に墜落してきたんだと思う」
「その、警報とやらで指摘された侵略ですか?」
わかんない、と麗香は首を傾げる。
「地球の近傍で攻撃されたとなると大問題だけど、そういう情報は入ってないし。ワープする前に攻撃されて、何とか太陽系まで逃げてきたけど……ってことかも」
「長い間宇宙を移動していて故障したのかもしれませんよ」
「そうかもね。でも、そのせいかどうか、ひどく気が立っているようね。話し合うような雰囲気じゃないもの。こっちは争う気なんてさらさら無いんだけど、なかなか難しいわね」
「さっきも、大変でしたね。あんな風に操らなくても……」
木田という男はひどいことになっていた。あれじゃどっちにしても死んでしまう。
「私は最初から警戒されてたみたい。あなたはまだ殺されるところまではいってないようだけど」
「……これまではそうだったでしょうが、もうダメですよ。結局逃げて来ちゃったし……。あ、もちろん、麗香さんに助けて貰ったことは感謝してます」
「いいのよ、気を使わなくても。でも、まだわからないわよ。私の代わりに交渉してみる?」
「か、勘弁してくださいよ。あんな怖い目にはもう遭いたくありません」
金井は顔をしかめた。夕べの恐怖を思い出す。
その「現場」を見てきた麗香は、
「結構、ひどい目にあったみたいね。あなたの泊まってたうちに行ってみたけど、中めちゃくちゃだったし。……よく見ると、あなたも、かなりあちこちぶつけたようね。青あざが出来てるじゃない」
そう言って、麗香は手を伸ばして、金井のおでこの辺りをそっと触った。
金井はちょっとどきっとして、話をそらすように、
「そ、そういえば、あの女の子は、全く無事なようだけど、なんでなんだろう。エイリアンの考えていることも判ってるみたいだったし」
「そうなのよ。なぜなのかしら。きっとなにか、エイリアンに警戒されずに済む方法があるのだとおもうわ」
麗香はそう言いつつ、手を引っ込めると、ヒップバッグから何か取り出した。
「ちょっと、じっとしてて」
麗香は小さなチューブを手に取ると、蓋を開けた。軟膏のようだ。指で取って、金井のおでこに塗る。
「いてて」
ここまで緊張感と驚きの連続ですっかり忘れていたが、全身いたるところが痛い。
だが、それ以上に、麗香の動作に緊張してきた。彼女の顔がすぐそばにある。いい匂いが鼻をくすぐる。女性の匂いだ。息も止めつつ、じっとして、おでこや頬に薬を塗って貰う。
「あまり効き目無いと思うけど……、他に痛いところはある?」
「あ、いえ、とりあえずは大丈夫です」
しゃちほこばった感じの言い方をして、麗香はちょっとおかしくなった。
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