6:襲撃

 金井は麗香が持ってきてくれたおにぎりを二個、持って帰った。おにぎりは、彼女が握ったものだという。ラップで包んであった。冷えていたが、細かいことはどうでもいい。なぜくれたのかはよくわからないけど、それもどうでもよかった。出来れば、麗香も同じ家に泊まって欲しかった。おにぎりをもらって変な欲が出たからではなく、あの家に一人でいるのがうんざりだったからだ。しかし、さすがにそれは口に出来なかった。

 あの不気味な家にまた一人で戻るかと思うと、憂鬱になった。

 麗香が金井のその様子に気づいたのか、実にあっさりと、携帯の番号を教えようか、と言ってくれた。

「いいんですか?」

「不安なんでしょう、あの家に一人でいるのが」

「そ、そう言うわけでもないですけど」

 麗香はくすっと笑い、いいわよ、私は構わないから、いつでも電話して。と微妙な言い回しを口にして、番号を教えてくれた。金井は、麗香がどう言うつもりで番号を教えてくれたのか、さらに判断に困ったが、教えてもらう分には異論はなかった。自分の番号も教える。

「いつでもいいからね。電話。遠慮しないでいいわよ」

 麗香はそう言ってくれた。

 屋敷まで戻って、玄関の前まで来た時、金井は盛大なため息をついた。

 時間は三時前である。

 戸をがらがらと横に開き、大きく息を吸って、

「ただいま戻りました」

 と声をかけた。中からは反応がない。ふう、と金井は再度息をついて、もう一度大声で声をかけた。

 何も反応はない。

 全く人のいる気配もしない。また、あの廊下の角のところに突っ立っているのだろうか。そこまで声を掛けに行く気も起こらない。

 真夏にもかかわらず、何となく薄ら寒く感じたが、仕事があるのだから、と自分を納得させて玄関を上がった。

 部屋に戻り古文書を見ると、少しだけホッとした。自分の仕事場のようなものだ。結界が張られているわけでもないが、自分のすべきものがあると、そこが自分だけの世界のように感じられて安心するのである。

 金井は麗香にもらったおにぎりを置くと、早速作業を再開した。

 麗香に言われたからではないが、解読を急ぐことにした。

 大まかな分類は終わっている。しかし文章を解読するのは、それなりに大変なのだ。

 まず文字が難しい。

 書体は大きく分けて五種類あるのだが、古文書で良く見るのは草書体である。一番書き崩された文字だ。それでも漢字や仮名の基本形はあるので、時代や身分によっては、素人でもわかる丁寧できれいな文字を書く場合がある。一方、時代によっては、全く字体に統一性がないこともある。

 特に戦国時代と幕末の書簡は、字体がめちゃくちゃである。礼儀作法お構いなしの時代である上に、身分に関係なく書簡のやりとりが盛んだからだ。成り上がりものも多い。その人その人ごとに字体があるため、一概にこの文字はこうである、とわからないのである。それでよく当時の人は読めたものだ、と感心するくらいにバラエティに富んでいる。

 しかもやっかいなことに、古文書解読に欠かせない文字辞典は、ある程度古文書の文字が読めないと使えない代物なのだ。

 普通の辞典は、単語ごとに意味や説明があるわけだが、よく使われる古文書字体辞典は、くねくねとした草書文字が先にあって「この形の字体はこの字である」という風に載っているのではない。

 ではどういうふうに掲載されているかというと、仮名や漢字の「活字」の一覧があり、それぞれの字に対して、「この字はこういう字体で書かれる」とくねくね文字があとに載っているのだ。

 つまり、くねくねした字体がどういう字かをある程度わかった上で、辞書で確認する、と言うような使い方なのである。

 人によって書き方が異なる字体をインデックスにしたら、膨大な量になり、辞書が何冊も必要になってしまう。考えてみれば、当たり前の話だ。おおざっぱに分類して、漢字ごとに字体を載せるしかない(草書字典には著名な書家別に点や跳ねを基準にした形が先に載っているものもあるが、実用書簡である古文書の解読には向いていない)。

 パソコンを操作しながら金井は思う。

 あらゆる古文書の文字を画像処理して、デジタル検索できるようにすれば、古文書解読は一気に楽になるだろう。画像検索というのはすでにあるのだから。

 しかし、学者たちはなかなかそれをしたがらない。古文書や文献のコピーを取るだけでも「自分たちの時代は手で書き写した」とか言うし、パソコンで論文を書いて原稿用紙に印刷してもいやな顔をする。

 機械を使うと勉強にならん、と言っているのだが、実のところ教授陣らは、パソコンなどのデジタル機器の使い方が苦手なだけなのだ。わかれば、率先して楽な道を選ぶだろう。現に若い研究者や、ベテランでも新しもの好きな教授などは、パソコンで論文を書いたり、研究データをデータベースソフトで管理したりしている。

 だからますますパソコンなどが使えない研究者は焦って、意固地になると言うわけである。

「大学も学生にメールを割り当てたり、講義の通知をSNSでしたりする時代なんだから、もう少し努力してもいいようなものだけどなあ」

 金井はよく若手の研究者と語り合ったものだ。

 実際、東大などの大きな大学研究機関では、古文書をデジタル画像管理していて、それぞれの画像ファイルに検索用のタグデータを付けて、かなり閲覧も出来るようになってきており、文字解読のデータベース化も進んでいると言うから、金井が籍を置いている大学だけが特に遅れてなにもしてないだけかもしれない。

 さらに、文字がわかっても文章がわからないことだってある。なぜかというと、現代の我々が使っている文体は、明らかに明治以降の言文一致から発展したもので、それ以前の、特に書簡のたぐいは、かなり独特の言い回しや省略をしているのだ。また、書簡の内容が何を指しているかは、ひとつの書簡だけではわからないことも多い。手紙やメールの往復のやりとりの片方だけでは内容がわからないのと同じである。

 金井は、文字を解読しながら、これまでに調べた内容をパソコンに表示させて、見比べる作業を始めた。

 デジカメで撮った画像を見て、これまでに自分で作ったデータベースの内容と比較しながら、金井はこれから先の歴史学を思いやった。自分のような歴史の隅っこを研究しているような研究者には、あまり学者としての将来性はない。おそらく院を出たら、良くても地方の博物館か図書館勤務となるだろうし、おそらくは学校の先生か塾の講師がもっともあり得る落ち着き先になるだろう。

 まかり間違っても大学の講師はない。学校制度の変更や、予算削減、人口の減少の世の中では、どの大学もいかにして生き残るかに必死で、実社会に応用の利く理工系や医学はまだしも、歴史学などに本腰を入れるところなど、それを目玉にしている一部の大学以外にあり得ない。そんな大学ですら、講師の空きなど数年に一人か二人だ。

 そもそも文系の学部を減らす方向で、大学どころか、文部科学省までが音頭を取っている時代なのである。

 でも、今やっている研究は、他にやっている人がほとんどいない。それはそれで大事なことだ。誰かが残すべきものを残しておけば、あとで誰かが継いでくれるだろう。世の中にはそう言う研究分野もあるのだ。大学とは本来、利益とは無関係に研究する機関であるべきだろう。

 ふと、そこまで考えて金井は首を傾げた。

「残すべきものを残す?」

 自分の考えに少しおかしくなった。

 残すと言っても、一応発表することになっている論文はともかく、他に何があるのだろう。あるといえば、目の前の古文書だけである。世の中のなんの役にも立たないし、現代社会への戒め、などというような類でもない。殆どの人にとってなんの価値も無いものだ。

 しかし、この存在を公表すれば、この家の人も大事に扱うようになるし、研究者も注目する。時代が古いので、文化財に指定される可能性もある。よっぽどの大事がない限り、古文書が失われることはない。

 古文書などの貴重な歴史的遺物が失われる場合、天変地異や戦争などでもない限り、最大の理由は所有者がその価値に気づいていないことにある。地方の旧家のトイレの拭き紙に古文書が使われているのに気づいた古書店の主人があわてて手に入れた話などがあるが、実際、昔から自分の家にあるものについては、さほど貴重だと思わないものだ。

 最近は、お宝番組なんかのために、古いものをお金の価値で見ようとする風潮が出ているが、陶磁器や絵画などはともかく古文書を見て、金になりそうだと思う人がどれだけいるだろうか。逆にお宝ブームのおかげで、金にならないと思われて処分されてしまった貴重な文化遺産がどれだけあるか。金井はそれを思うと、テレビメディアの罪の大きさと、その影響で浅ましくなった人々の価値観に失望を感じてしまう。

 この古文書を自分のような無名の研究者に見せてくれるだけでも、この家の人はまともだといえよう。

 金井はあの不気味な老人の顔を思い出して、首を振った。

 あの老人がそんなにまともな人には思えなかった。

 いや、古いものを粗末にすると言う意味でのことではなく、もっと別の、何というか生物学的に、まともな人には見えなかったのである。

 金井は脇道に逸れそうになる考えを振り切って、解読に没頭した。

 一刻も早く、解読を終え、この集落を離れ、古文書の存在を世の中に公表しなければ……。



 金井と別れたあと、麗香は村の中を少し歩いて様子を調べてから河原に戻ることにした。

 少女に警告されたことを無視したわけではないが、麗香は村の様子を出来るだけ把握しておこうと、集落の中を歩いて回った。

 家々はどう見ても無人である。

 支流仮屋川の北岸に家は並んでいる。元からの空き家もかなりあるが、つい最近までは人が住んでいたのが明らかな家も人気がない。家は人が住まなくなると、植物が覆ったり、傷み始めるので、空き家かどうかは見ればわかる。

 麗香は家と家の間の細い路地を覗き込んでみた。

「え?」

 表からは判らなかったが、路地の奥に瓦礫が見えた。

 辺りをうかがってから、路地に入ってみる。

「なによ、これ……」

 民家が大きく全壊していた。壁が壊れ、屋根が地面につくまで傾いており、瓦が散乱している。古い家だが、柱の折れた断面などを見ると、ごく最近破壊されたことが明らかだった。日用品や家具などの壊れた破片が辺り一帯に散らばっている。

 非常に強い力でこの家は破壊されたのだ。

 しかし最近、この辺りで地震があったという話は聞かない。がけ崩れに巻き込まれたわけでもないようだ。だが、周辺を見ると、同じように壊れている家が何軒も見えた。みな表側からはわからない、裏側の家屋ばかりが壊れている。つまり局所的に何かがここを破壊したのだ。

 一体、何が起こっているのだろう。

 瓦礫の下などを覗いてみるが、人が埋まっているかどうかはわからなかった。

 五時過ぎになり、まだ日は沈んでいなかったが、周囲を山に囲まれた小さな盆地のこの集落では、徐々に薄暗くなってきた。

「……」

 麗香は薄ら寒く感じて、急いで路地から出た。

 何かに見られているような感じがする。

 どこかの家から、まだ残っている住民がこっちを見ているのだろうか。

 視線を動かし、すぐ側の家、少し離れた家、対岸の家などの窓を見る。

 白いレースのカーテンの隙間から、誰かが覗いているのかもしれない。あるいは庭の植え込みの影から。

 誰? 誰か居るの?

 そう叫びそうになるのを抑えて、足早に河原に停めてある車へと向かった。

 ようやく車に戻った麗香は、一旦車の中に入ってドアを閉めた。すると、なんとなく安心感が戻ってきた。愛用しているこの四WD車は、頑丈にできているし、なにかあっても車ならものの数分でこの集落を抜けられる。なにより、自分の居場所に戻ったような気がしたのだ。

 落ち着くと、麗香は外に出た。日が暮れ始めている。

 一端は消したたき火の火を再び点けて、河原に落ちている枝などを乗せ、火力を強くした。キャンプ道具から飯盒を取り出すと、川の水で研いだ米でご飯を炊き始めた。いつも置いている肉の缶詰と、川原の草っ原で見つけた食べられる野草で簡単な炒め物を作る。少しは調理をしようと思ったのだ。

 麗香は手を動かしながら考える。

 もともとこの村に来たのは、同僚の木田が行方不明になったためだ。彼が行くと言っていたこの村に探しに来たのである。

 木田がなぜこの村に来たかというと、ある調査をするためだった。

 自衛隊と岡山県にある美星天文台から得た「情報」を見ていた彼は、「気になる」といって許可を貰うと、一人調査に出かけた。大げさなことを考えていたわけでないのは、出掛けに廊下でばったり会った麗香に、

「まあ、偶然にも双神山からも近いところだし、様子を見てくる程度だから。まあ、夜には戻ってくるよ」

 と言っていたことでもわかる。双神山というのは、麗香や木田の組織の本部施設がある山のことだ。宮崎市の南西山間部にある。

 だが。

 木田は行方不明になり、探しに来たこの仮屋川集落には、住民のほとんどがいなくなっていて、しかも大きく壊れた家が何軒もあるではないか。

 なのに、誰も警察や消防に通報もしていない。少なくとも、住民が二人は「生き残っている」にも関わらず。

 麗香はこれが、彼女の所属する組織で言うところの、「調査カテゴリー」に分類される事象ではないか、という感覚が強くなってきた。

 今朝現れたあの少女の言葉から推測して、木田が何者かに襲われて殺されてしまった可能性が出てきた。

 麗香は自分の身に関しては、まだそれほどの危険を感じてはいなかった。

 しかし、村に入ってからというもの、誰かに見られているような気配がずっと続いている。気配は強くなったり弱くなったりしているものの、確かに誰かが麗香の事を監視しているのだ。

 家々に人がいないのも、多くは殺されたりしたのかもしれないが、残っているものは、わざと自分に近づかないように動いているのかもしれない。

 それがどういう「相手」なのかはまだ想像もつかなかった。

 仮に木田が殺されたとしたら、それは彼が、見てはいけない何かを見たとか、彼自身の好奇心や調査の過程で深入りしたからだろう。

 だから少なくとも、普通にしている分には、まだ殺されはしない。正体のわからない相手も、おそらくこちらの様子を探っている段階で、しかもあまり事を荒立てたくはないはず。金井がまだ無事なのもそのためだ。彼は事態に何も気づいていないのだから。

 それはあの少女の言葉でもわかる。

 だから、まだ少しの間、大丈夫だろう。

 麗香はそう踏んでいる。

 実のところ、これまでに相当な修羅場をくぐった経験がある麗香は、状況を分析出来る自信があった。だから、少女が現れた時は、自分でも情けないほどに驚いたのだが、それまでの予想外の展開の連続だったために、唐突な少女の出現が、全く意外だったのである。

 だが、彼女の経験は、予想外の状況に遭遇しても、すぐに冷静に戻れる力を付けた。あわてずに対処でき、その分危険を回避できる。それが彼女の自信でもあった。

 問題は、木田が気にして始めたこの調査が思わぬ方向へ行く可能性をはらんできたことにある。もしそうだとしたら、自分だけでなく、組織も、それどころか、日本や、人類全体にも関わってくる可能性があるからだ。

「まだ、安易な結論には早すぎるわ。異常事態とは言っても、相手の正体がわからないのだから」

 限界集落の中で老人らの精神状態がおかしくなってしまい、なにか悲惨な事件が引き起こされた可能性もある。横溝正史の小説ではないが、大量殺人などといったことだ。

 たとえば、金井が泊まっている家の老人、が、実はとんでもない事件を引き起こしていた、ということも。

 あるいは、終末思想を持ったカルト集団のようなものが、この村に入ってきている、なんてことだって十分にありえる話だ。海外にはそういう話が時々あった。

 ようするに、

 肝心の相手についての情報がないのだ。情報がなければ、事態に対処する想定が出来ず、つまずくかもしれない。そして木田はそれにつまずいたわけである。

 一時間ほどして飯ごうのご飯も炊きあがった。火を弱め、しばらく蒸らしてから、麗香は器用にご飯をこぼさず飯ごうを逆さにして、木の棒でゴンゴンと底をたたくと、飯ごうを元に戻した。蓋を開けると綺麗にできあがっている。蓋を閉め、しばらく待つ。

 炒め物もできあがり、やれ食事だ、とご飯と炒め物を同じ器に盛り、食べ始めてまもなく、麗香は音に気づいた。

「……!?」


 なにかが複数、前方から自分の方へ向かってすごい勢いでやってくる。


 麗香は器だけを持って、素早くたき火のそばから離れ、気配のしない方に移動し、草むらに隠れた。

 草の陰から車と、その向こうのたき火の明かりが見える。そっとご飯を口に放り込み、口を動かしながら様子を見た。

 複数の気配が近づき、草むらからぐわっとなにかが数体現れ、たき火の方へと殺到した。イタチとかキツネのような動物には見えなかった。もっと大きい。人の様にも見えたが、なにか細長いものがうねっているのが見えた。蛇のような……。蛇にしては大きいが。

 直後にたき火の火が消えた。辺りは暗くなった。お湯が火の上にこぼれたのか、ジュウッと言う音とわずかに白い湯気が上がるのが見えた。

 麗香はご飯を飲み込み、息を殺した。

 まだなにかの気配がする。うごめいているような感じだ。

(あれは一体なに? なにをしているのだろう。私を捜しているのかしら……)

 十分以上もその気配は続いた。ごそごそと動いているのが判る。なにかがいるのは間違いないが、たき火が消えてしまったために、よくわからなかった。

 この反応は、麗香にとって予想していなかった。

「……」

 正体がよくわからない。

 しばらくじっとしていると、その気配は急に動き出し、草むらの中を音を立てて去っていくのがわかった。

 辺りが静まりかえる。

 麗香は草むらに潜んだまま、じっとしていた。

 そっとご飯を口に入れる。我ながらこんな状況でもご飯を食べようとするところがおかしくもあったが、少しでも食べ物を腹に入れておかなければ、と言う意識もあった。麗香はもうたき火の場所へ戻るつもりはなかった。

 この場所は目を付けられている。それは少女の出現でわかっていたが、その場所を襲撃することがわかったらなおさらである。

 とは言っても、人間の少女ならまだしも、今のはなんだ?

 何かウネウネとした長い物体だった。その先端になにか大きなものがくっついているような……。

(蛇にしては長いし、まるで知能があるかのように、焚き火を襲ってきた。あの少女が言っていた「あの人」と関係があるのかしら)

 しかし、あの正体不明の何かはたき火の周囲まで探そうとはしなかった。

 麗香はそのことから相手の知的レベルを考えた。

 少女は自分の存在のことが知られていることを言っていたが、それはおそらく車で村に入ってきた時に気づいて、そのままトレースしていたのだろう。この狭い土地では、車で行ける場所など決まっている。

(すると、相手は、視覚で状況を判断しているということ? 昨夜のあれは、たき火を確認してやってきたのだろうか? 光? 熱? 赤外線? もし五感以外の何かを使って探っているのだとしたら、なぜここにいるのに気づかなかったのだろう。それとも、気づいていたがそのままにした?)

 なぜ?

 考えながら、我ながらおかしな事だ、と改めて思った。

 まるで人間じゃない「何か」を想定しているとしか言いようがない考えである。

 だが、それこそが、木田が気にし、所属組織が密かに調査をしている問題だった。

 麗香はお皿のご飯とおかずを食べ終えると、自分の持っている装備を確認した。

 ヒップバッグの中に三五〇ミリリットルの水の入ったペットボトル、ナイフ、携帯電話、コンパクトにまとめたロープとライター、小さいチョコレートが十個ほど入っている。

 これだけのものは、どんな状況でも必要と考えて身につけたままにしている。

 この状況なら、車をそのままにしても、誰かに持って行かれるものはあるまい。また、持って行かれたからと言って、自分が損をしたり、相手に有利になるようなものもない。

 これは、組織に連絡すべき事態になったと判断すべきだろう。おおごとになる。

 麗香は辺りの気配を探ると、車には鍵をかけず、そっと草むらの中へと姿を隠した。

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