夢と祭事


 


..1




「クソがッ!」

 上段蹴りを叩き込む。

 そのまま崩壊しかけのガイコツを地面に引き倒すと、剣をその頭蓋骨に突き立て、真っ二つに引き裂く。

 ガラガラガラと全身の関節を打ちならす。

 まるで死にかけた動物の様な、全身を使った痙攣。

「大人しく、なれ!」

 肋骨を全力で踏みつける。

 パキリッ、と乾いた音ともに、あっけなく僕の足は踏み抜け、そして動かなくなった。

「クソが、クソがクソがクソが」

 僕は剣を引き抜くと、休むことなく通路へと駆ける。

 

 ――それが如何に危険な行為か、それぐらいは分かってる。

  一人でダンジョンに潜る事、ダンジョン内を駆ける事、手当り次第的に斬りかかる事。

  でも、今の僕はそうせずには居られなかった。

  そうやって、ヤケクソにでもならないと、僕は。

  僕は。

  僕はやっていけない。

  やっていく事ができない。

  死にたくなってしまう。

  『君が「知りたい」と望むならね』

  僕はバカだ。

  何故あれほど。

  ギルドの話を聞いて、あれほど自分の無力さを知ったというのに。

  何故僕は。

  『知りたい、教えてくれ』

  『若さだねぇいいよ、別に大した理由さないさ、彼女はただ……』

  僕は知った。

  自分の身の程を。

  そして死にたくなった――

 

 

 通路の暗がりから、何かが現れる。

 それは天井に張り付いた、瑞々しい光を放つ、巨大な何か。

 

 【名前:モイストスラッグ

 レベル:4

 評価:丁度良い相手だ

 考察:打撃耐性の高そうな相手だ】

 

 ナメクジか。

 その巨大な軟体動物は、僕の接近に合わせぐっと首を下げ口を広げ、大量の粘液を水鉄砲の様に飛ばしてきた。

 僕はそれを左手で受け、右手のスパタの持ち方を逆手に変え、大きく振り被る。

「付呪:エレキ!」

 刃の先を帯電させ、そのまま敵目がけ投げつけた。

 ゲチャ、っと嫌な音が響く。

 刃がナメクジの顔面に深く突き刺さった。

 そしてナメクジの全身に緑色の放電が走ったかと思うと、天井から体がべりべりと剥がれていき、そのまま床に脱落する。

 

 

 

 ――『彼女はただ、顔に痣ができちゃっただけよ』

  ゼノビアはただ端的にそう言った。

  当然僕はその言葉の意味なんてまったく分からなくて。

  何も言葉を返せず、真意を推し量るだけで。

  そんな僕の様子を見て、彼女は満足そうに言葉を続けた。

  『かなりひどい痣だよ、頬骨が砕けただろうからね』

  『痣って、なんでそんな。それは一体』

  『察しが悪いねぇ、そんなの決まってるじゃん』

  ゼノビアは嬉しそうに、満足そうに、楽しそうに、湿った舌を覗かせながら言葉を放つ。

  

  リンチだよリンチ。

  

  ダズが、ダズと私達で彼女をリンチしたんだ――

 

 

 

「クソが痛ぇ」

 そう言って僕は左腕を抑える。

 ナメクジの粘液を浴びた僕の腕は、まるで剣山で肉を抉るかのような刺激に包まれていた。

「クソが、クソが」

 僕は鞄から水筒を取り出すと、中の水を乱暴にぶちまけて、粘液を洗い落とす。

 右腕全体が赤くはれ上がり、粘液が直撃した箇所には、水泡みたいなできものが急速に発生してる。

 ちなみにモイストスラッグはもう動かない、電気が極端に弱点だったようだ。

 一撃かよ。

「まったく、本当に、一々思う通りにならないな」

 僕はそう吐き捨てながら水筒を鞄に戻し、再び走り出す。

 もっとだ、もっと強い敵と戦わなくては。

 第一層が駄目なら、第二層に進んだっていい。

 とにかくもっと強い敵と。

 

 

 

  ――『リンチって、どういう意味ですか』

  『どういうもこうも無いよ、そのままの意味さ』

  ドアを蹴破り、四~五人で彼女の部屋に乗り込んで、無理矢理押さえつけて殴りまくった。

  下手に喚かないようにベッドに頭を押し付けてだな、暴れないようにシーツで簀巻きにして、その上から棒で袋叩きにした。

  私達はロナを殴って殴って殴りまくった。

  『何を、何を言ってるんですか?』

  僕は言葉が呑み込めなかった。

  容赦のない彼女の残酷な言葉の羅列を、脳が処理してくれなかった。

  『当然だろ? 彼女は職務を放棄していたんだ。ロナは自分から進んで君の<教育係>になった、にも関わらずその職務を放棄して自室に引き籠り、結果として君を殺しかけて』

  『だから何言ってんだよテメェ!』

  僕は激昂すると、まだ痛む右手を力任せにベッドを殴る。

  メシッっと音を立て、ベッドの一部が壊れる。

  『何を興奮してるんだルカ、私達は間違った事をしてるか?』

  『本気で、本気で言ってるのか』

  そんな行為が正しい事だと。

  一人の少女をリンチする事が、正しい事だと。

  『正しい事さ、私達にとっても、そしてロナにとっても』

  『は?』

  『もう一度尋ねるよルカ君、何故ロナは君の見舞いに来ないと思う?』

  何を言ってる。

  彼女は僕に何を。

  『ロナもそのリンチを正当な罰だと認識してるのさ、だから君に痣だらけの顔を見せないようにしてる』

  ロナは君に気を使ったんだ。

  君みたいに非常識な人間が、ダズや私達に悪感情を抱かないように。

  この世界のルールに則って生きる私達に、君みたいな異世界人がキレない様に――

  

  

  

  

 第二層への入り口を見つけるのには、そう時間が掛からなかった。

  敵の強い方へ、強い方へ、瞳に映る情報を頼りに進んで行くだけで、その階段は見つけられた。

  道中の敵にはそれなりに苦戦した、でもゼノビアさんに貰った武器のお陰か、ソロでもどうにか切り抜ける事が出来た。

「第二層か」

 その階段を上りながら、僕はそんなしみじみと思う。

 この世界に降り立った場所、中央の呪い城の第二層。

 そして、あのトラウマ。

 ザーリカの鎧鬼の居る場所。

「そういえば『ザーリカの鎧鬼』って、他のモンスターと名前の法則が違うような。あれは特殊な敵だったのか?」

 ネームドモンスターとかいう、ちょっと強い雑魚敵が居ると聞いた事がある。

 ロナには「絶対に交戦するな」と念を押されていた。

 強い敵か。

「倒さなくちゃ、第二層の強敵ぐらい、倒せるようにならなくちゃ」

 そうじゃないと僕は、いつまでもこのまま……

  

  

  

  ――『ぜ、ゼノビアさん。今何て』

  『異世界人、そう言ったんだ』

  当たりか、ほとんど勘だったが言ってみるもんだね。

  彼女はそう言うと、満足そうに目を細める。

  『い、いや僕は』

  『よっぽど平和な世界から来たんだねぇ君は、そっちの世界ではリンチは野蛮な行為なのかい?』

  羨ましいよ、私はそっちの世界に行きたい。

  『いや違う、違う。僕はただの記憶喪失で』

  どうしてそんな嘘を必死についたのだろうか。

  僕は何故か、素性を隠した異世界人というステータスに拘った。

  この期に及んでもまだ、そんな子供っぽい事をしていた。

  僕は愚かだ。

  『便利な記憶喪失があったもんだ。いいかいルカ、君は<異なる価値観>で動きすぎだ、そんな嘘は簡単に見破れたよ』

  意味不明な倫理観、自分勝手な正義感、そして謎の男尊女卑の思考。

  『僕は男尊女卑なんて……』

  僕の精一杯の反論。

  それに対して、彼女は酷くつまらない物を見るかの様な、冷たい刃物のような視線で答えた。

  『まぁどうでもいいよ、君が異世界人だろうが異邦人だろうが、宇宙人だろうが獣人の生き残りだろうが』

  私が君に言いたい事はただ一つだ。

  身の程を弁えろ、子供は子供らしく遊んでなさい――

  

  

「うぉあああああッ!」

 強力な付呪を施したスパタを振るう。

 新しいその武器は、僕の付呪の力をより増幅し、今までとは比較にならない程の威力を発揮する。

 が、しかし。

 ギャキっと鈍い金属音が響き、その斬撃は金属製の盾で受け止められた。

「クソっ」

 

 【名前:グレイアーマー

 レベル:5

 評価:自分と同じぐらいの強さの相手だ

 考察:防御力の高そうな相手だ】

  

 ザーリカの鎧鬼と良く似たその重装備の敵は、やすやすと僕の攻撃を受けてみせる。

 そして左手に持った金鎚を振り上げ、僕の頭部目がけカウンターを叩き込もうとする。

「あぶねッ」

 慌てて一歩下がってその攻撃を躱す。

 が、鎧はそのまま勢いに任せ、金槌を振り回しながら近づいてくる。

「調子に乗るな!」

 僕は叫びながら、より強く魔術を剣に流し込む。

  

  【詠唱成功

 新魔法を習得

 付呪:エレキピアサー

 

 詠唱可能条件

 破壊(9)

 変性(3)】

  

 また新しい魔法?

 とにかくそのまま、魔力を帯びた鋭い突きを放つ。

 するとその刃は、敵の盾と鎧とを容易に貫き、敵の肉体を串刺しにした。

「オォオオオオ!」

 鎧の中から響くような咆哮。

 心臓の位置を貫いたというのに敵は停止せず、再び金槌を振り上げる。

「大人しく死ねよ!」

 叫びながら剣を引き回す。

 すると、相手の体に突き刺さった僕のスパタは、まるでバターでも切断するかの様に、やすやすと相手の体を横一文字に切り裂いた。

 映画の様に大量の血を噴出しながら、グラレイアーマーが崩れる。

 ……強い。

 なんだ、今の魔法は。

 付呪?

 いや、武器のお蔭か?

 このエレマイトスパタについてる「触媒」とかいうステータスの力か?

 いろいろの想像が脳内に渦巻くが、それに浸ってる時間はあまりない。

 グレイアーマーの悲鳴を聞きつけたのか、新たなモンスターが、群れで通路の先から僕の元へ迫ってきていた。

 目を凝らし、その瞳に敵のデータを映す。

 また重装備の敵、三体。

 二体がグレイアーマー、そして残る一体は。

 

 ザーリカの鎧鬼だ。

 

 

 

  

  ――『ダズも、君と同じだ』

  彼女の口調が、唐突に切り替わった。

  冷笑や享楽の匂いが消え、物悲しい憂いが言葉の端に僅かに覗く。

  『同じって?』

  『ジェロームの言っていた、<夢追い旅>さ。不相応な夢を追ってしまった』

  いや、不相応な夢なんてないのか、夢を追う事そのものが、人には不相応なのかもね。

  『夢を追って、何が悪いんですか』

  『そりゃこの結果、このザマを見れば一目瞭然だろ……』

  彼女はそう言うと、力なく両手を広げた。

  『……見ろよこの居住区を、空き部屋ばかりだ。つまりそれだけ人が死んで、それだけ人が補充できなかった』

  ダズは夢を追って、夢に敗れて、その対価を支払う事になった。

  自分を慕う人達の命を持って、その対価を支払った。

  『それは、それはでも……』

  『ルカ、君も無茶を続ければ対価を支払う事になるよ。君の命か、もしかしたらロナの命か』

  それでも、君は夢を追うのかい?

  君はダンジョンに挑み続けるのかい?

  君はね、悪く言えばマヌケ、良く言えば優しすぎる。

  別の生き方を模索しなさい――

  

  

  

  

「爆ぜろ! エレキピアサー」

 放たれた閃光が、グレイアーマーの頭部を貫き、木端微塵にした。

 もう一体のグレイアーマーが、それに怯むような素振りを見せる。

 間違いない、これはかなり強い魔法だ。

 だったら、これで片づけてやる。

「もう一発、エレキピアサー!」

 二体目のグレイアーマー目がけ、さっきよりもさらに魔力の込めた雷の槍を唱えた。

 唱えたつもりだったのだが……

 先ほどの鮮烈な閃光とは打って変わり、まるでちょっとした花火のような弱弱しい光で。

 速さこそはあったので、見事敵の頭部に命中したのだが、先ほどの様に脳味噌が爆ぜたりはせず。

 ただグレイアーマーが「ぐぎゃあああああ」という悲鳴と共にその場にうずくまるだけだった。

 え?

 威力めっちゃ下がった。

 なんで?

 僕は慌てて自分のステータスを見る。

 

 【名前:ルカ・未入力

 HP:56/82 MP:2/65】

 

 MP切れ?

 え?

 ヤバくない?

 打ち倒した二体のグレイアーマーの死体を蹴り除け、一際大きな鎧が。

 ザーリカの鎧鬼が、僕の方へと近づいてくる。

 待って、ちょっと待って。

 待ってよ無理だよ!

 

 

 

 

 

..2





「無理だよ!」

 僕は悲鳴のような声をあげ、必死に鎧鬼からの猛攻をしのぐ。

 ギンッ嫌な金属音が、幾度なくダンジョンに鳴り響く。

 斬撃が速いッ、重いッ

「うぉああ!」

 一際重たい一撃。

 受けに失敗した僕はそのまま体を吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「がっ、うっ」

 転生一日目の悪夢が脳裏に掠める。

 嫌だ、僕は強くなったんだ。

 ザーリカの鎧が大上段に剣を振りかぶり、僕目がけて突っ込んでくる。

 クソッ。

「『絞り出せ』――エレキ」

 僕は残った僅かなMPを使って、無理矢理に微弱な電撃を引き起こす。

 その貧弱な魔法は一直線に飛び、敵の目前で光と共に爆ぜた。

「オオッ!」

 爆ぜた閃光は一瞬だが敵から視力を奪い、結果相手は上段切りを僕に当て損ねる。

 ジンと重い音を立て、空ぶった鎧鬼の直剣が深く壁に突き刺さる。

 好機!

 壁から剣が引き抜かれるより先に、僕は全力の突きを撃ち込む。

 一撃目は盾で受けられる。

 だが直ぐにもう一度、二撃目の突き放つ。

 確かな手ごたえ

 右わき腹、鎧のつなぎ目に突き刺さった。

 突き刺さったが……

「抜けない!」

 スパタの刃先が、鎧にガッツリと固定されていた。

 敵が壁の剣から手を離し、そして固く拳を握りしめ。

「あ、ぐぇッ」

 次の瞬間、重い衝撃が僕の顔面に叩き込まれ、僕は再び吹き飛ばされた。

 右ストレート、鋼鉄のハンマーで殴りつけられたかのような威力。

 視界だけでなく意識まで薄れる、馬鹿げた威力。

「うっ、ぐ、うぇえああ」

 僕は顔面を抑えその場にのたうち廻る。

 戦闘を、戦闘を続けないと。

 早く立ち上がらないと。

 敵が来る。

 敵が、腹に突き刺さった僕の剣を引き抜いたザーリカの鎧鬼が、引き抜いた僕の剣を構え、それで僕を斬り殺そうと。

 どうする?

 僕に武器は、ってかまともに立ち上がる事さえ……

 待って、マジで待って。

 どっと胸に強い負荷が掛かる。

 うずくまっていた僕を、鎧鬼がその足で踏みつけたのだ。

 そしてスパタが振り上げられ、僕目がけ止めの一撃が。

「クソがぁああああ、エレキピアサー!!」

 僕は自分の胸を床に押し付ける、相手の足を掴み絶叫した。

 唱えられるなんて思ってなかった。

 最後の悪あがきのつもりだった。

 しかし――


【詠唱失敗

 MPが足りません

 マインドクラックが発生します】


 ――は?

 次の瞬間、右腕に魔力が漲った。

 でもそれは、今までの魔力と質が違う、もっと鮮烈で、野卑で、過激で、馴染むようで。

 まるで、揺らめく大火のような。

 

 純粋な魔法?

 

 右手から雷の槍が迸り、僕の掴んでいたザーリカの鎧鬼の右足を木端微塵に分解した。

「オオオォオオッ!」

 敵はそのままバランスを崩し、その場に倒れる。

 僕は這うようにして転倒した相手にマウントすると、鞄の中からもう一つの武器を取り出す。

 

【クファンジャル D:3 重量:1

 魔力+3 精神+3 破壊+2 変性+3 疾駆Lv8 付呪不可】


 エリノフの短剣。

 それを両手で握りしめ、鎧鬼の頭部目がけめちゃくちゃに振う。

「死ねよオラアアアアッ!」

 だが全然刃が刺さらない、ガキガキと弾かれるばかりで、一向にダメージが入らない。

 なんだこれ、鈍器かよ!

 そこで初めて僕はその武器のステータスを思い出す。

 確かDとかいう値が3しかなかった。

 Dって武器の威力の事か?

 初期武器のブロンズソードでもDは6あったぞ。

 弱ッ!

「オアアアアア!」

 敵がじたばたと四肢を振り回して暴れ始める。

 このままじゃ……クソが。

 僕はクファンジャルを投げ捨てると、相手の額に右手を向ける。

「『貫け』『爆ぜろ』――エレキピアサー」


【詠唱失敗

 MPが足りません

 マインドクラックが発生します】


 また意味不明な表示が瞳に現れる。

 そして、再び大渦の魔力が――

 次の瞬間ザーリカの鎧鬼の頭部は、まるで花火の様に爆発四散した。




 敵はもう、動かなかった。

 二体のグレイアーマーも

 ザーリカの鎧鬼も

 その場で死体となって、折り重なっている。

 微動だにしない、屍の山となって。

 やったのか?

「僕は勝ったのか」

 僕はカラカラに乾ききった舌でそう呟くと、その場にうずくまる。

 そして嘔吐した。

 体が勝手に痙攣し、気持ち悪いとか、吐き気とか、そういう物を感じる間もなく嘔吐した。

 同時に涙があふれ出す、全身から滝のような汗が噴き出す。

 鼻水が垂れてきた、とおもったら鼻血だった。

 それも尋常じゃない量。

「なんだ、僕は、どうした」

 再び嘔吐。

 黄色い異様な液体が、ボドボドと口から零れ落ちる。

 良く見ると全身の皮膚が、まるで老人の様に水分を失っていて。

 先ほどナメクジからの粘液を喰らった左手に至っては、肉がぼろぼろと。

 全身が、崩壊してる?

 慌てて自分のステータスを表示する。

 

 

【名前:ルカ・未入力

 HP:19/91 MP:-35/72

 ジョブ:魔剣士

 レベル4

 筋力:6 技量:8 知覚:7 持久:3 敏捷:6 魔力:12 精神:8 運命:3


武器スキル

 片手剣(3)

 両手剣(11)


魔法スキル

 破壊(12)

 神聖(5)

 変性(13)


アビリティ

 近接適正

 ファストキャスト

 蒼き玉座の担い手

 

異常

 マインドクラック(深度2)


 装備

 鋼鉄のスパタ

 革の鎧】


 ――なんだよ、マインドクラックって。

 というか、MPがマイナスになってる?

 これは、さっきの魔法の、対価?

 対価って、つまり。

 再び嘔吐。

 そして、自分の思考が急速に鈍っている事に気づく。

 まずい、これは、不味い。

 僕は立ち上がろうとするが、体は一ミリだって僕の指示通りに動いてくれない。

 勝手に全身の体液を吐き出すだけだ。

 ――やばい、僕は、死ぬ?

 死ぬって、いやだ。

 死にたくない。

 

 

 

 

 

 意識が混濁している。

 まるで夢をみてるかのような。

 まるで、幻覚の檻の中でうずくまってるような。

「ごめんなさい、ルカ、本当にごめんなさい」

 ロナの声だ。

 僕は今どこに?

 やわらかいベッドの上に居る気もするし、ダンジョンの硬い床の上な気もする。

「マインドクラックか、愚か者め」

 ダズの声もする。

 でもその二つには、何か隔たりがあるような。

 なんというか、全然別の事象の様に脳が認識していて……

「それもそうだ、ルカ君はいま精神混濁状態にある。現在と過去の認識があやふやにな、出来事を正しく切り分けられてないのだ」

 なに、それ。

 ごめんなさいルカ、私のせいだ、私が何もできないから、何もしなかったから。

 貴方を二度もこんな危険な目に。

 ごめん、ごめんルカ。

 ――ロナの泣き声が混ざる。

 泣かないでくれ、どうして泣いてるんだ。

 どうして僕は。

「安心するといい、その混濁も一時的な物だ、二三日も寝てればなおる」

 二三日も、こんなダンジョンで寝てろと?

「大丈夫、今助け出してあげるから」

 ロナの声、そして引きずられていく僕の体。

 ロナ?

 僕を、助けに?

 僕を見つけ出してくれたのか?

「私は最低だ、私は貴方に酷い事をした、貴方を守るどころか負担になってた」

 彼女はぽろぽろと涙をこぼしている。

「二度とマインドクラックなんてするな、寿命がどれ程縮んだと思ってる」

 ダズの声。

 ベッドの上で熱にうなされる僕に、彼が語りかけている。

 他のギルドメンバーも代わる代わるやってきて、僕を看病してくれた。

「エレキピアサーの使用も当面は厳禁だ、あれは君には早すぎる」

「記憶障害を患ってるのか? 記憶のただしい配列ができてない?」

「マインドクラックした奴が偶になるんだって、深度2でここまで酷くなってるのも珍しいが」

「まったく、今日はオフの日だってのに世話かけさせやがって」

 そうか、僕は精神を焼き切ったのか。

 精神を対価に、あの強力な魔法を詠唱していたのか。

「無茶ばかりして、昔の俺を思い出す」

 僕はベッドから体を起こし、彼と向き合う。

「昔のダズさんですか?」

「若かったころさ、俺もよくそんな無茶をしていた」

 ――ダズは夢を追って、夢に敗れて、その対価を支払う事になった。

  自分を慕う人達の命を持って、その対価を支払った――

「僕は、強くなりたい。僕も英雄になれたらと」

「分かるよ、俺も特別な人間になりたかった。そしてそれは、力と仲間さえあれば、達成できると思ってた」

「違うんですか?」

「違うよ、それだけじゃ世の中どうにもならない。もっといろんな物が必要なんだ」

 そして、そのいろんな物は、大抵が手に入らない。

 だから人は妥協していく。

 自分の夢に背を向けて、妥協を積み重ねていく。

「妥協……」

「でもなルカ君、その妥協っていうのが、真の強さなんだ」

「え?」

「全てが思い通りになり、全ての夢を容易に叶えた英雄なんて物は、弱さの塊だ」

 人は妥協を積み重ねて強くなる。

 そういう物だ。

「人は諦めて強くなる、切り捨てて強くなる、君なら解るんじゃないかな?」

 解らない。

 力があれば十五層を攻略できる。

 仲間がいればアウトキャストを払いのけられる。

 それが強さでなくてなんなのだ。

 妥協して、アウトキャストに下って、それの何が強さなんだ?

「若いね、そのうちわかるさ」

 そして彼はそっと手を伸ばし、僕を再びベッドに寝かせた。

「ゼノビアの言う通りさ、夢なんて物は、人には過ぎた物だ」

 人の身じゃ、夢は追えないんだ。







..3



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 あぁ

 そうだ

 ようこそ

 ヨウコソ

 ウェルカム

 夢を見てるのか?

 ソレモイイカ

 ネテタホウガイイ

 

 

 

「ルカ君、俺は間違っていたんだ、間違った認識をしていた」

 キケヨ、デズモンド

 ムシヲスルナ

「マインドクラックをした君ならわかるだろ、魔法は意識と、正確には記憶と深い結び付きがある」

「魔法とはつまりは炎だ、MPを薪として起こされた炎」

「だが過ぎた炎は火事となる」

「それは薪を燃やしつくし、そしてやがて記憶さえも燃やす」

 まったくどうなってるんだ。

 どいつもこいつも仮契約ばかり。

 本契約はそこのお前だけか。

 何故仮契約者ばかりこれ程?

 オレニキクナ

 ソコノバカニキケ

「……というのが、今までの定説だった。だが最近、新たな説が魔術師ギルドから示された」

「魔法と記憶はつり合いの関係にある」

「強大な魔法とは、強大な記憶と同義だ」

 キオク

 キオク

 よせ、まだ起きちゃいけない、傷が開くぞ

 アハハハ、傑作だな

 母と交わり娘を成し、それと交わり私を成した。

 ソレデモキサマハショセン

 赤色は魔の祖

 黒色は命の祖

 では青色は?

「教えてくれ、ルカ君は一体どんな魔法を使ったんだ、どれ程の魔を行使すればそれ程の記憶を失う?」

「この世界と噛み合わぬ記憶? それが一体どれ程の、どんな魔を産み出す?」

 セカイヲツクリカエタノダ

 偉大だ。

 英雄?

 英雄無き時代の英雄。

 イツマデ「ユメ」ヲオイツヅケル?

 生も死も、本質ではない。

 本質とは境界線だ、命という線。

 ドウデモイイ

 ソンナコトヨリ、シゴトノハナシダ

 キサマハ、ワタシノ「ウツワ」ニナニヲ

「……始めまして、いつも私の器が世話になっております」

 デズモンド!

 デズモンド!

「名? そうだな、蒼の王とでも名乗っておこうか」

 可哀そうに。

 可哀そうだ。

 すっかり取りつかれてしまって。

 君は道を間違えた?

 正しき道を選ばなければならない。

 ダイジョウブダ。

 正しき心によって導かれた道は、全て正しい道だ。

「誤解なきよう先に言っておこう、君がティトラカワンと何をしようが私にはどうでもいい事だ」

 オソレルナ

 クルシメ

 イタメ

 ナケ

 サケベ

 全ての記憶が君を形づくる

 正しき選択を成せれば、君はこの後私と二度出会う。

 マチガエレバ、サンド、ワタシトデアウコトニナル

 ワタシハシニガミダ

 私は境界線だ

 僕達は王だ。

 器を求め、玉座を守護する。

 世界の終わりに来る者と運命を結びつけられた、哀れな鐘楼たち。

「私の器には手を出すな、君の主にもそう伝えておいてくれ」

 アドバイスをしておこう。

 次に私と出会うまでに、この三つ問題を考えなさい。

 

 一つ、残酷さの本質とは何か?

 二つ、誰が君をこの世界に送った?

 三つ、君はだれだ?

 

 じゃあ、目を覚ますと良い

 オキロ、デズモンド!

 

 

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 意識が覚醒する。

 長い長い夢が終わり、五感が現実を知覚し始めた。

「え?」

 予想外な事に、僕は歩いていた。

 夢から醒めてみると、そこはベッドの上なんかじゃなくて、街の喧噪の中だった。

 ファクルリース市街の大通り、夕闇と人々の声、そして祭囃子の様な奇妙な笛の音。

 此処は何処?

 ってか、なんで僕は歩いて……

 そこで始めて、自分が誰かに右手を掴まれ引かれている事に気づいた。

「な、なんだよッ」

 僕は反射的にそう言って、右手を引く。

 すると僕を牽引していたその人が振り向いて――

「『なんだよ』って、どうしたのルカ?」

 真っ白な、まるで絵本のお姫様がそのまま飛び出てきたような、美しい少女。

 ロナ……さん?

 僕は思わずたじろぐ。

「え、うっ、あ、これは?」

 久しぶりの再会だ、いつ以来?

 もう一か月近く顔を合わせてなかった?

 というか、そもそもこの状況は何だ?

 なんで僕は外に居て、いきなりこんな状況なんだ?

 そんな混乱で言葉に詰まっていた僕を見て、ロナは何故か少し楽しそうなため息を吐いた。

「んもー、また記憶飛んじゃったの? 私に何回説明させる気?」

「え? 記憶?」

「ルカには今、マインドクラックの後遺症が軽く残ってて、記憶が不安定になってるの」

 ちなみにこの説明は本日四回目だからね。

 彼女はそう言って、指を四本ビッと立ててみせる。

「四回目? えっと、どういう事?」

「ルカは今かなり忘れっぽいの、短期記憶が絶望的に死んでる状態なの」

 つまり、僕は今ボケ老人みたいな状態なのか?

 それで、この説明はもう四回目で……

「ねぇルカ、貴方の最後の記憶は?」

 最後の記憶?

 僕は激しく混乱しながらも、とりあえず彼女の言う通り記憶を掘り返す。

「えっと、ザーリカの鎧鬼を倒して、倒れて、それで……ロナに救出されて、ダズさんに看病された?」

 いや、それだけじゃなかったような。

 その後、もっと大事な何かがあったような。

 ――デズモンド?

 あれ、なんだっけそれ。

 そう思った途端、また瞳に奇妙な物が映った。

 

【???達成

 名前の入力が完了しました

 《ルカ・未入力》

   ↓

 《ルカ・デズモンド》】


 は?

 え? 何?

「あ、ダズに看病された事まで思い出したんだ」

「へ?」

「いやぁ、さっきまでのルカって『ダンジョンにまたソロで潜った』って事さえも忘れてて、説明大変だったんだよ」

 いや待って、それよりもだ。

 今の何?

 僕の名前?

 デズモンド?

 誰かに夢でそう呼ばれた、そして大事な話をした。

 とても大切な話、でも何一つ思い出せない。

 何かめちゃくちゃ難しい質問をされた。

 誰に会った?

 いや、僕はそもそもなんであんな場所に。

 あんな場所って?

「どうしたのルカ? 気分が悪い?」

 ロナがそう言って僕の顔を覗き込む。

 鼻息が掛かるほどに彼女の顔が近づいてきたので、僕は思わず一歩退く。

「あ、いえ、大丈夫です」

「そう? でも少しそこのベンチで休もう」

 ロナはそう言って再び僕の手を引き、大通りの脇に設置さえていたベンチに座らせた。

「あ、ありがとう。ロナ」

 僕はそう感謝の言葉を掛けると、僅かに痛みを持ち始めた頭を抱える。

 駄目だ、思い出せない。

「ロナ、良ければ僕がダンジョンで倒れてから今までの経緯を、もう散々説明してくらたんでしょうけど、もう一回教えてくれませんか?」

「うん、いいよ。そんな遠慮しないで」

 彼女はそう言うと、一つわざとらしい咳払いをして、ここ数日の出来事を事細やかに丁寧に教えてくれた。

 僕がロナに救助された事、ギルドメンバーがつきっきりで看病した事、「原因は私が追い詰めたからかも」とゼノビアが気に病んでいた事。

 そして救助から三日目、大分精神も治ってきたみたいだから、リハビリもかねてロナと一緒に街のお祭りに行くことになった。

 そして至る現在。

「お祭り?」

「そう、今日は旧月祭だよ。一年で一番月が青くなる日」

 月の色なんてあるのか?

 いや、それよりも、それも気になるけど。

「ロナ、僕が倒れてた数日、誰か、えーっとギルドメンバー以外の誰かって来ましたか?」

「へ?」

「ギルドメンバー以外の人が、僕の元に来なかった?」

 ロナは不思議そうに瞼を何度かパチパチすると、やんわりと首を左右に振った。

「ううん、来てないよ。どうしたの?」

「いや、来てないならいいんです。来てないなら」

 じゃあ、アレは夢?

 いや、だからそもそもアレってなんだよ。

 クソッ! 何も思いだせねぇ。

 僕は思わず頭を掻き毟る。

「ル、ルカ、大丈夫?」

「あぁ、ごめん。なんか記憶が」

 ロナは心配そうに、そっと僕の背中に手を添える。

「無理しない方が良いよ、マインドクラックで失った記憶は『失うべくして、失った記憶』だから、無理に思い出しちゃだめ」

「そ、そうなんですか?」

「うん、だから今はその事は忘れて」

 思い出してはいけないのか。

 失うべくして……か。

「わかったよロナ、思い出さないよ」

「うん、そうしてルカ。マインドクラックっていうのは、それだけ不安定で危険な物だから」

 だからもう二度とやらないで、彼女はそう言って僕の右手をギュッと握った。

「わ、わかりました」

 僕は思わず顔を赤らめてしまう。

 久しぶりのロナとの接触だし、しかもいつもに増して彼女はなんかベタベタして来る。

 赤くならずにはいられない。

「よろしい。じゃあ、お祭りを楽しみましょう!」

 彼女は元気よくそう言って、再び僕の手を引いて立ち上がった。

 






..4




 それから一時間程歩くと大通りは活気に満ち溢れ、まさにお祭りといった雰囲気になっていった。

 多くの出店がならび、大人たちが大声で客を呼び込み、ガスランプの様な不思議な提灯が通り全体に吊るされている。

「す、すごいな」

 出店の種類はさまざまだ、怪しげな食べ物を売る屋台に、ちょっとした小物が並んだ屋台。

 あ、射的だ。

 使うのは弓で、射抜くのはブリキの的かな?

「さては、ルカはお祭りって初めて?」

 熱気にうかれる僕に、ロナは声を掛ける。

「あ、えっと、うん。初めてです」

「そっか、実は私も初めてなんだ」

 そう言って彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「え? ロナも?」

 それは予想外。

 だって彼女は僕と違って……

「この歳になっても一度も来てないって、ちょっと恥ずかしいんだよね」

 彼女はそう言うと、薄い舌をチロっと突き出しておどけて見せる。

「そうなんですか」

「うん、パ……父が厳しかったから」

「なるほど、そうだったんですか」

 ……また反応の難しい重いことを。

 何て返せばいいのか、僕にはちょっと判断がつかない。

「ギルドの皆も、『あんなお祭り、子供の遊びだ』なーんて冷めたこと言っちゃってさ、誰も付き合ってくれなかったんだよ」

 そういう事か。

 つまり僕のリハビリという名目で、彼女も楽しんでいるのか。

「わかりました、じゃあ僕と一緒に廻りましょう」

 できる限りテンション高めの声で僕は返事をする。

 とりあえず、手近な屋台で買い食いをして、通りを練り歩く事になった。

 出店の食べ物のラインナップは多種多様だ。

 綿あめやリンゴ飴みたいな見慣れた物もあれば、奇抜な色の付いたスープやら、不思議な焦げ模様のついた煎餅みたいな何か。

 興味深い物ばかりだ。

 でも僕よりも彼女の方が圧倒的に興奮していて……

「ねールカ、あれなんだろう?」

 そんな感じの歓声を上げながら、彼女は珍しい屋台を見つけては駆けて行き、楽しそうにいろいろ買い込んでくる。

 一緒にはしゃいであげようと思ったが……これ、マジで僕らのほかには子供しかいない。

 元の世界でいう中学生未満な子ばかりだ。

 だからロナがやってくると、店番のお兄さんはみんな一瞬「えっ」という表情になる。

 半分はロナの年齢のせい、そしてもう半分はロナの美貌が要因な気がする。

 子供達に紛れて、いきなりこんな美女が現れたら、そりゃ面喰うよな。

 そんなわけで、僕は一応ちょっとクールな感じで、ロナの一歩後ろを追う体にする。

 屋台自体も最初の内こそは何もかもが目新しかったが、少し落ち着いて観察すると元の世界とそう変わらない事に気づいた。

 色は派手だけどただの薄味な水だったり、異様に味の濃い練り物だったり。

 僕は勝手に「焼きそば系」とか「綿あめ系」とか「かき氷系」とか名付けて、頭の中でラベリングをして遊んでみる。

「うん、これおいしいよ」

 ロナがそう言って、串に刺さった濃い緑の肉を僕に差し出した。

「あぁ、どうも頂きます」

 僕は一口齧ってみる。

 

 ……辛ッ!!

 

 舌が電気を通されたかのようにビリビリと痺れ、僕はその場で激しくむせ返る。

「あははっ、ごめんごめん」

 彼女は大爆笑しながら僕の背中をバシバシと叩く。

「何をッ、何をするんですか」

 マジか、異世界屋台舐めてた、こんな危ない物まで売ってるのかよ。

「ごめんねってば、はいコレ」

 彼女はそう言って、また屋台で買ったと思われる変な水を差しだされた。

「あ、はいどうも」

 うわぁ、変な甘さだ。

 だが舌がバカみたいに熱を持ち始めてたので、とにかくぐびぐびと飲んだ。

「それ、あんまり美味しくないよねぇ」

「なんかさっきから不味い物ばかり、僕に押し付けてません?」

「うん、ごめんね」

 否定しないのかよ。

 そんな愚痴を溢そうとして、僕はふと気づく。

 あれ?

 これってデート?

 女子と二人でお祭り、屋台めぐりって、デートの定番じゃね?

 デートなのか?

 僕は今、ロナとデートしてるのか?

 だってさっきから僕はロナから食べかけの物を……間接キス?

 そう思った瞬間僕はがっと恥ずかしくなって、思わず彼女から顔を背けてしまう。

「あーごめんルカ、そんなに拗ねないでよ」

 間接キスとか、そんなので恥ずかしくなるとか小学生か俺。

 キモっ、俺キモっ!

「あっと、ロナさん、あれはなんでしょうね?」

 僕はそう言って傍にあった適当な屋台を指差す。

「ほんとだ、行ってくるね!」

 言うが否や彼女は走り去っていく。

 一人になった僕は深呼吸をして心を落ち着かせる。

 クソ、何なんだこの状況は。

 死にかけたり、絶望したり、デートしたり、記憶が飛んだり。

 次から次へと目まぐるしく状況が変わる。

 しんどい。

 正直疲れた。

 でも、そんな弱音を吐いてる暇はない。

 そもそも、こんな風に祭りなんか来てる場合なのか?

 十五層への挑戦は多分もう間もなくだ。

 状況はひっ迫してるんだ、怠けて環境に流されていては、何もできずに終わってしまう。

 僕は不味いジュースの残りを一気に飲み干す。

 出来る事をできるだけやって、それで……。

『別の生き方を模索しなさい』

 ゼノビアの言葉が脳裏によぎり、僕は激しくかぶりを振る。

 別の生き方ってなんだよ。

 折角やってきた憧れの世界なのに、農家にでもなれってか。

 お断りだ。

『自分を慕う人達の命を持って、その対価を支払った』

『君の命か、もしかしたらロナの命か』

 うるさい。

 うるさいッ!

 その時、強い頭痛が頭に走った。

 歯の治療をした時の様な、記憶の削られた場所から露出した心を触られたような。

 沁みるような、キツい痛み。

 僕は思わずこめかみを両手で抑える。


 ――僕だって気づいてる。

 無意味だ。

 全部無意味だ。

 バカな夢追い旅だ。

 分かっているさ。

 ダンジョンに潜って何が得られる。

 命の恩人であり、僕の大切な人、ロナを殺すのか?

 無理な戦いを繰り広げて、この頭痛よりもさらに酷い後遺症をいくつも背負うのか?

 その先に何があるって言うんだ。

 何がある。

 僕と似てる、僕と同じ夢を追った「ダズ・イギトラ」は何を得た?

 ギルマスターになった、でもその先には何も無かった。

 全部を失った。

 全部を――

 

「ルカっ!」

 パンっと強く肩を叩かれる。

「え、あ? なんですかロナ?」

 いつの間にかロナが戻ってきていた。

 両手には綺麗な細工が施された棒付き飴を持っている。

「ひょっとしてまた記憶飛んだ? もー今日五回目だよ?」

 なんだか嬉しそうに言って、僕に飴を差し出した。

「あ、いえ大丈夫です。覚えてます」

 そう答えて僕は敢えて彼女が差し出した方じゃない飴を取った。

 絶対また不味い方を寄越した、そんな確信があったからだ。

「あ、こらッ!」

 ロナが取り返そうとするが僕はさっさと口に突っ込んでしまう。

「またろくでもない味を選んだんでしょ、そっちはロナが食べてくださいね」

 僕はそう言うと、これ見よがしにバリバリと齧る。

「んもー、今回はちゃんと買ってきたのに」

 彼女はそうむくれると短い舌で、ぺろぺろと小動物みたいに舐め始めた。

 再び僕たちは歩き出す。

 驚くことにロナは見た目によらず大食いだった。

 目につく屋台にかたっぱしから入っていき、気に入った物は両手いっぱいに買ってくる。

 どれもこれも味が濃いか、変な味かで僕は直ぐに僕は辟易した。

 が、楽しそうに頬張り続ける彼女の手前、残す分けにもいかず必死に食べ続ける。

 吐き気をこらえて食べて食べて食べ続けた。

 どんだけ喰うんだこの娘は。

 もう元の世界でいうと五千円分ぐらいは喰ってるぞ。

 ……そういえばロナって、引き籠ってる時も食料の買い出しだけは行ってたんだっけ?

 なるほどそういう事か。

 もう三本目になる「フランクフルトっぽい物」を必死に嚥下しながら、そんな事を考えていると、街の中央の広場にやってきた。

 そこには今までの様な物を売る店だけじゃない、派手なくじ引きやら、妙な仮装をした人々による大道芸や、理解できない類の屋台まである。

「あ、凄い」

 僕は思わず歓声を上げる。

 街の中心部だからだろう、今までの屋台とは明らかにグレードが違う。

 しかも魔法を使ってる物と思われる種類の屋台が、何故かここに集中してる。

 あれはお化け屋敷? 見世物小屋?

 なんだあれ、魔法を込めた何かを売ってる?

 もと居た世界では見たことも無い物がいくつもある。

「なぁ、あれなんだか凄くないか?」

 僕はすっかり高揚して彼女にそう問いかけたが……

「うん、そうかもね」

 何故かそれまでと一変して、ロナは気乗りしない様子で言葉短くそう言った。

「え?」

 いきなりテンションの下がった彼女に困惑して、僕は思わず口ごもる。

 なに?

 なんで?

 なんかマズイことした僕?

「あ、ごめんごめん。面白そうだね、一緒にやろう」

 ロナは直ぐに取り繕うような笑顔を見せると、僕の手を持ってその屋台へ引っ張る。

 どういう事だ?

 ロナ、本当は楽しんでない?

 いや、でもさっきまでは明らかに……

 なんで、急に。

 ここに来た途端。

 街の中心部に……

「あっ」

 僕はそこで気づく。

 ここって。

 周りが暗くて見えなかった。

 でも少し目を凝らせばほんの数十メートル向こうにそれは見えた。

 銅像。

 英雄「グィンハム・ヴァルフリアノ」の像と、慰霊碑。

 ロナに過酷な運命を押し付けた、いや、ひょっとしたら虐待さえしてたかもしれない……

「ご、ごめんロナ」

 僕はそう言って慌てて手を引く。

 ロナは振り返る。

「何? どうしたの急に、また記憶飛んだ?」

 彼女は微笑んではいるが今までの笑顔とは明らかに違う。

 無理をしてる、引きつってる。

「ごめんロナ。いいから、あっちへ行こう」

「なに? どうしたの? いいよアレ楽しそうじゃん」

 僕は彼女の言葉なんて無視して、強く握った手を引っぱった。

「なぁに? ルカどうしたの? 私もアレやりたいんだけど」

 彼女はちょっと不満気味に言葉を落としながらも、大人しく僕に牽かれてくれる。

 その足取りはどことなく軽く、その声も微かな歓喜を含んでいる。

 ロナの手を引きながら、僕はとても大切な事に気づいた。

 ……そっか、これが彼女の望みなのか。

 何時もは気丈に振る舞ってはいるが、本当は逃げたがってる。

 こうやって、誰かが手を引いてくれるのを待ってるんだ。

 銅像でこんだけ辛いんだ、きっとダンジョンや、ギルドだって見たくもないはずだ。

 探究者なんて多分もう二度と……

 でも、彼女は抜ける事ができない。

 だってそれしか知らないのだから。

 探究者としてモンスターと戦い続ける道しか知らなかった。

 そして何より、それしか望まれていないんだ。

 誰もが彼女にそれしか求めなかった。

「だからか、だから僕なのか」

「え? ルカ、いまなんて?」

 だから僕なのだ。

 僕はそれまで彼女が見てきた「探究者」と違ったから。

 僕は「外から来た」人間だったから。

 彼女は僕に付きまとった。

 心のどこかで、現状が崩れる事を期待していた。

 今みたいに手を引いてもらう事を。

「ねぇロナ、ギルドに帰ろう」

「え、まだ早いよ」

「じゃあ何時までいる?」

「いや、それは……」

 彼女はそこで返事に困る。

 それを見て僕は確信した。

「今日は、第十五層攻略の日なんだね?」

 そう口にした途端、僕の手を握る力がギュッと強くなった。

「ロナ、隠さなくていい。今日はみんな十五層の攻略に行っていて、ギルドハウスには誰も居ないんだよね」

 それを隠すために僕をギルドハウスから遠ざけるために、祭りに来ていた。

「……知ってたの? 十五層の事」

「うん、ゼノビアさんから聞いた」

 それだけじゃない、アウトキャストとの件も、これから何が起きるのかも、そしてロナの血線術の事も全部聞いたんだ。

 僕はロナを見つめる。

 彼女はその場でうつむいて僕から視線を逸らしてしまう。

「ゼノビア、あのクズ女……どうして私を……」

 そして聞き取り辛いボソボソとして低い声で、呪詛のような言葉を呻き初めた。

「ち、違うよロナ。全然違う、そんなんじゃない」

 ロナの考えてる事が今ならわかる。

 彼女は僕に知られたくなかったんだ。

 自分の事、自分の力の事、自分が力を持っているにもかかわらず何も選択できない事を。

 知られたら嫌われると思ってた。

 他のギルドメンバーと同様、僕からも憎まれると思ってたんだ。

 ――誰もが彼女を求めているが、誰もが彼女を憎んでいる。

「僕は、君を憎んだりなんてしない」

 僕は君に力の行使を強要したりなんてしない。

 なにもせずに引き籠る君を非難したりもしない。

「え……」

 ロナが顔を上げる。

 やっと目があった。

「ロナ。君は、君の生きたいように生きればいいと思う」

 僕の言葉にロナは目を見開いた。

 そして何かを返そうと口を動かす。

 でもそこから声は出てこず、代わりに瞳から大粒の涙が零れだして……

 幼い子供が泣きじゃくる姿を幻視する。

 弱弱しく脆い、寄る辺を持たず、ずっと彷徨ってきた幼子。

 力を持つが故に完全であることを要求されて続けた少女。

 僕が見ていた「強いロナ」は偽物だ、求められたから演じていた役に過ぎない。

 僕はそっと彼女の事を抱きしめた。

「ご――ごめん――ごめんルカ」

 彼女は僕の胸に濡れた顔を押し付け、しゃくりあげながら必死に謝る。

「ごめん――ルカ――全部、話すから――貴方には、全部話すから――」

 全身でしゃくりあげながらも、必死で言葉を絞り出している。

 僕は黙って、強く抱きしめてあげた。

 それぐらいしか今の僕にはできない。

 

 ――私は貴方に全てを話します、だから、ギルドハウスに帰りましょう。

 

 ロナは僕の胸の中で、必死にそう言い続けた。

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