ブラザーフッドとアウトキャスト





..1



「おっはようールカ!」

 ドンっと鈍い衝撃が僕の夢に割り込み、肺の空気が一瞬にして全て吐き出された。

痛みはなかったが、不意打ちも良い所な衝撃で、僕の意識はパニック気味に覚醒する。

「えふぅ? へぁ? なに?」

 起き抜けでろくに呂律の回らない僕は、酷く間抜けな悲鳴を上げる。

「朝ですよ、今日も一日がんばりましょう!」

 瞼を開くと、視界一面にロナの笑顔が広がっている。

 彼女は僕の胸の上に飛び乗っていて、まるで顔を突き合わせるように僕の瞳を覗きこんでいた。

「え? あ? 今何時?」

「朝の五時」

 早っ。

 うわ、外はまだ朝焼けだ。

「ほらほら起きなさい、今日は君の武器を見繕わないといけないんだから」

 おきろーおきろー、と子供みたいに言いながら、僕の頬をペシペシと叩く。

「あ、はいすいません起きます、起きますからどいて」

 僕がそう懇願すると、彼女は仕方ないなぁと意味不明な事をいって飛び降りる。

「じゃ、部屋の外で待ってるから。早く着替えてねー」

「判りました、直ぐに支度します」

 僕はまだ圧迫感の残る胸をさすりながら、部屋を出ていく彼女を見送る。

 一日経ったのか。

 異世界転生四日目……か。

 昨日は、結局あの後二時間近くダズ達との食事に付き合わされ、しこたまあの泥臭い肉(実は虫だった)を喰わされて、倒れるように寝たんだっけ。

そんな事を考えながら、僕は麻布の部屋着を脱いで、ダンジョン攻略用の装備に着替える。

厚手の布の服、革製の胸当て、作りの頑丈な革靴。

ブロンズソードは、もう無いんだったか。

新しい武器とかロナが言ってたよな。

 普通のラノベだと「二番目に手にする武器」っていうと……まぁそういうセオリーはどうせ通用しないんだろうな。

流石に僕も学習しましたよ。

きっと普通の武器が渡されるのだろう。

「お待たせしました」

 僕は自室を出て、待っていたロナに声を掛ける。

「うん、じゃあ『武器庫』に行こうか」

 彼女はそう言って金属細工の様な髪を書き上げると、廊下を歩きだす。

僕は彼女の背を追うようにして、その歩みについていく。

今日の彼女の格好はいつにも増してラフだ。

不思議な紋章が掛かれた薄いジャーキン、ホットパンツみたいな丈のカーゴパンツ。

 ラフっていうか、煽情的というか。

大胆に露出された白い彼女の素肌は、半端じゃなく目の毒だ。

「武器って、どんなのを?」

 僕はなんとなく気恥ずかしくなり、彼女から目を逸らしながら尋ねる。

「えぇ? うーん、どんなのがいいかな?」

 あ、決まってないんですか。

 彼女は首を傾けて僕を視る。

「やっぱ軽めの武器がいいよね、詠唱の邪魔にならないヤツ。欲を言えば触媒機能があってほしいけど、そういうのはまだ君には……ね」

 にっと笑いかけてくる。

「簡単な武器で構いませんよ、今の僕に使いこなせる物なんて、たかがしれてますし」

「えー、そんな卑屈にならないでよ」

 彼女はそう言って楽しそうに笑う。

 僕も釣られて少し笑ってしまう。

 ――彼女が「引き籠り」か。

 なんとなく、昨日のゼノビアの言葉を思い出した。

 一応普通に外出はしてるし、こうして僕と普通に話しているのだから。

 きっとゼノビアの言った「引き籠り」と、僕の世界の「引き籠り」は意味が大分違うのだろう。

 もしくは彼女の事じゃなくて――

 なんとなく、今歩いている「居住区通路」の両端に並んだドアを見る。

 随分と多い、三十部屋はある。

 あまり自信は無いけど、このギルドには精々二十人弱しかメンバーがいないはずだ。

 ひょっとしてこの部屋のどれかに――

「はいはい、着いたよルカ」

「え?」

 何時の間にか廊下の突き当たりに来ていた。

 大広間につながる階段がある方とは逆の突き当たり。

 そこには巨大な鋼鉄の扉があって、その前に一人の色黒の女性剣士が立っていた。

「ロナぁ、てめぇ、こんな早く私を呼びつけるとはいい度胸じゃないか」

 たしか、この人の名前は、えっと「ウルミア・リオード」だっけ?

 彼女は三角眼の目を吊り上げて、僕らの前に立ちふさがるように仁王立ちをしている。

 日焼けしたように浅黒い肌、髪は僕と同様の黒さでボブカット、そしていかにもエルフな尖がった耳。

 ダークエルフ的な種族だろうか。

 それとも単に日焼けしたエルフ?

「ごめんごめんウルミア、昨日はいろいろ忙しくてさ」

「私は今日オフの日だったんだからな、これは貸しだ覚えとけよ」

 ウルミアは乱暴にそう言うと、僕の方をビシっと指差す。

「新入り、てめぇもだ。これは貸しだからな」

「あ、はい判りました」

「んもーうるさいな、早く開けてよ鍵当番さん」

「私に命令するな。いいかロナ、てめぇは私より年齢もレベルも――」

「わかったからわかったからウルミアさん、早く開けてよ」

 ロナは心底面倒臭そうに言って、手を乱暴にひらひらと振る。

 挑発的とも言えるロナの言葉を受け、彼女はさらに肩を怒らせたのだが。

 ブツブツと文句を言いながらも、大人しくドアに掛けられた鉄の錠前を外し始める。

 ガコンっ、と鈍い音とともに錠が外れた。

「外で待ってるから、さっさとしろ雑魚二人」

 ウルミアは憎まれ口を叩くと鉄のドアを開け、僕らに中へ入るよう促す。

 ――なんだかんだで、二人とも仲好さそうだな。

 そんな事を考えながら僕はロナに続き、トビラの奥へと入る。

 そして――

「うわぁ、本当に武器庫だ!」

 僕は思わずそんな歓声を上げる。

「あはは、だから言ったじゃん」

 小学校の教室程の広さ。

 そこには所狭しと幾つもの武器のラックが並び、様々な武器がこれもまた大量に収められている。

 ロングソード、ウィングドスピア、ハルバード、グレートアクス、クレイモア、それから杖も壁に膨大な数が掛けられていて――

「さぁ、好きな物を選ぶと良いよ」

 ロナはそう言って両手を大きく広げて見せた。

 僕はさっそく手近のラックに駆け寄り物色を始める。

 【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】

 【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】

 【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】

 【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】

 【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】

 うっ。

 各ラックの中は全部同じ武器か。

 まぁそれはそうか。

 えっと、隣のは【鋼鉄のロングソード】のラックで、その隣は【鋼鉄のレイピア】のラックで――

 鋼鉄武器ばっかりだな。

 多分、名前通り別段なんの特殊性も持ってないありふれた武器なのだろう。

 武器庫の中に足を踏み入れた時、一瞬だけ膨らんだ期待が、これまた一瞬で萎んでいくのを感じる。

「……それでも、銅製よりはマシか」

 ロナに聞こえない様にそんな愚痴を呟くと、再び物色に戻る。

 とりあえず軽めの武器が良い、重いのは筋力的に無理だ。

 レイピアとか短剣とか技量が必要なのもやめておこう、僕の技量はそんなに高くない。

 となると、片手剣とか槍とかその辺りか……

「ねぇルカ」

 と、僕のすぐ横で弓矢を漁っていたロナが話しかけてきた。

「なんですか?」

「ルカってエルフが好きなの?」

「は?」

 思わず視線を上げ、彼女の方を見る。

「オークションハウスの受付の子といい、さっきのウルミアといい、随分じっくり見てるなーって」

 ロナは僕の方を見ずに、手元の作業に集中してるような素振りのまま、言葉を投げつけてきた。

「え、いや、別にそういう訳では……」

 ただ珍しくて観察してしまっただけだ、元居た世界には存在しなかったから――とは言い切れなかった。

 ぶっちゃけて言えば、僕はエルフが結構好きだ。

 この世界のエルフはかなり可愛い部類の外見をしてるし。

「まぁ別にいいけどね、そんなのルカの勝手だし」

 そう言うとわざとらしく大きな音を立て、矢筒に矢を突っ込む。

 え、ロナさん怒ってる?

「あの、なんかすいません。ああいう人々を見慣れてなくてつい」

「なら良いさけどさ……私のことだってもうちょっと見てくれてもいいんじゃない? こんなに一緒に居るんだし」

 うっ。

 マジか。

 そういうフォローもしないといけないのか。

 もしも可愛いヒロインに片っ端から手を掛け様ものなら、普通に人間性を疑われてしまう世界観なのか。

 ぜんぜんラノベっぽく無い、むしろ「ときメモ」並みに面倒臭い。

 ――が、面倒臭いとも思うが。

 今の素直に拗ねているロナは、なかなかに可愛らしかった。

「いや、ロナさん綺麗すぎて目に毒なので」

「ふふん。そういう事なら、まぁ許してあげなくもないかな」

 彼女はちょっと芝居の掛かった口調でそう言うと、ようやく僕の方を向いてくれた。

「ルカ、私はエルフより綺麗か?」

「はい」

「ウルミアよりも?」

「いや、それはちょっと難しいです」

「コラッ!」

 ペチンっ、と軽く頬をビンタされた。

「冗談です、すいません」

「ふん、いいよ別に。むしろちょっと変な絡みをしちゃったね」

 ごめんねルカ、そう言って薄い舌をぺっと見せた。

 そうおどけてみせるが彼女の表情は、どことなく無理をしてるような。

 なんだろう、何か不安なのだろうか?

「ロナさん、一つ聞いてもいいですか?」

「なぁに?」

「アウトキャストってどんなギルドなのですか」

 瞬間、彼女の表情が濁ったように感じた。

 僕には理解できない類の思いが、表情に影を忍ばせた気がした。

「えー、それ聞くの」

 そう言って彼女は指先でカーゴパンツの裾をいじると、武器のラックの上に腰かけた。

「教えてくれたら、いろいろありがたいです」

 僕は真剣な眼差しを彼女に向ける。

「うーん、ゼノビアは『あんな事』を言ったけど、そんなにウチとあっちは仲悪くないからね」

 なんてったって彼ら「アウトキャスト」は、ちょっと前まで「ブラザーフッド」の一員だった人達なんだから。少女はそう前置きをする。

 その声は水の様に透明で、柔らかに僕の耳朶をくすぐった。

 ――この人は、嘘を吐くとき美しくなる。

 そんな予感にも似た事実を、僕は漠然と認識する。

「私達ブラザーフッドってギルドはね、先代のギルドマスターが十層を攻略するまではさ、ウチって微妙な探究者ギルドだったのよ。だって他のダンジョンはどこも三十層とか四十層まで攻略されているのに、ここだけ十層どまりでさ」

 まぁ、それだけアレが強かったって事なんだけどね。

 彼女は少し落ち着きの無い様子で、衣服の端を手で弄っている。

「アレって?」

「ワイルドキーパー『囁く者、ティトラカワン』の事、彼女は不死の特性をもっていてね、攻略困難って言われてたのよ」

 彼女、という表現が少し引っかかったが、僕は黙ってロナの言葉の続きを待つ。

「でも別にそれで全然問題なかったんだけどね。ダンジョン攻略を放棄して、ここファルクリースの人々からのクエストをこなす『ブラザーフッド』。たしかに探究者ギルドとしてはカッコ悪いかもだけど、街のみんなからの評判は良かったんだよ?」 

 どこか言い訳っぽい口調でそう言うと、ジッと僕の瞳を覗き返してきた。

「でも状況が変わってしまった、と」

「そう。あの先代のギルドマスターが囁く者を封印してくれちゃってね、それでいろいろ変わる必要が生まれちゃったんだよ」

 あの先代のギルドマスター。そう言ったロナの口調は明らかに恨みがましく、露骨に批判の色を浮かべていた。

「先代のギルドマスターって今は何を?」

「死んだよ、囁く者の封印と引き換えにその身を犠牲にしたんだ」

 彼女は優しい表情を浮かべたまま、しかし僅かに陰鬱さを抱えた口調で語り続ける。

 きっと「あまり語りたくない話」なのだろう。

 このまま無神経に聞き続けるのは、少し心が痛む。

 が、今は少しでも情報が欲しかった。

「彼が死んで、それで一体?」

「だから別に大したことじゃないんだよね。ただ十層を突破したことで、改めてダンジョン攻略ができるようになったわけだから、『攻略中心』のギルドと『クエスト受注専門』のギルド、その二つが必要になった」

 それだけの話よ、そう言ってラックからヒョイと飛び降りた。

 攻略中心のブラザーフッド。

 クエスト受注専門のアウトキャスト。

「別に私達はいがみ合ってなんかいないし、潰しあってもいない。ただお互い役割を分担しているだけ」

 美しい声だ。

 美しく優雅な仕草でそっと髪をかき上げながら……

 

 嘘だ。


「だったら、だったらどうしてゼノビアはあんな――」

「こォラッ! 雑魚共、てめぇら何をチンタラやってんだよ!」

 怒鳴り声と共にウルミアがドアを蹴り飛ばし、室内に入ってきた。

「言っただろうが私は今日オフなんだ、武器の一つや二つちゃっちゃと選べないのか!」

 凄い剣幕だ。

 思わず僕は体を竦ませてしまう。

「あぁ、ごめんごめんウルミア。すぐ選ぶから」

「まったく何してんだお前らは。雑魚魔剣士なんざアレで十分だろうが!」

 ダークエルフは再び怒声を上げると、部屋の奥のラックへ向かっていき、そこから武器を一つ取って――

「おらッ、キャッチしろ新入り」

 かなり大きめの剣が僕目がけて放られる。

「え、うぁ、ぐぁ!」

 僕は全身でなんとかその武器を受け止める。

 クソ重い、なんだこれは、長剣?

 手に取って、その随分立派な鞘に収まった剣をじっくりと観察してみる。

 

 【鋼鉄のスパタ D12 重量13】

 

 スパタ? なにそれ?

 鞘から引き抜いてみる。

 ギジャアとめちゃくちゃカッコイイ音を立て、両刃の刀身が踊り出てきた。

 刃先が長い。

 1メートル以上はあるその刀身は、窓から差し込む朝日を受け鈍く輝いて見える。

 長さは立派だが、反面横幅は狭く、5~6センチほどしかない。

 その為見た目ほど重量はないようだけど、重心の位置がかなり不安定で、体感重量は結構凄いことになっている。

「スパタ? うーん、ちょっと初心者の彼には難しいんじゃない?」

 ロナは心配そうに僕を見ながら、ウルミアへ戸惑った様子で意見する。

「いいんだよ、さっさとシゴいて熟練度を上げちまえ」

「でも、壊すかもよ」

「壊せ壊せ、どうせ誰も使わねぇよそんな武器」

「うーん……ねぇルカ」

「え? あ、あはい」

 ロナから声を掛けられ、僕はその「スパタ」から彼女へ視線を移す。

「どう? その武器」

「えっと、いいんじゃないですか、ね。僕は好きですよ」

 正直、僕はこのスパタがかなり気に入った。

 確かに重量に少し難があるのだが、それを補ってあまりある「カッコよさ」があった。

 細く鋭く長い刃はとても見栄えが良く、それこそライトノベルの主人公の武器の様にも見えるし。

 なにより名前に聞き覚えがない、「鋼鉄のロングソード」とか「鋼鉄の槍」に比べれば百倍はファンタジーっぽい。

「ルカがそれがいいっていうなら、別にいいけど……ちょっと貸して」

 そう言ってロナは手を伸ばし、そっとスパタを僕から取り上げる。

「ふーむ、まぁたしかに魔剣士の武器っぽくはあるかな」

 言いながら、彼女は細い指で刃の縁をなぞる。

 その指は石英のように細く儚く、見ていて不安な気持ちになった。

 なんというか、鉄の無骨な硬度に負けて、彼女の指先がパリッとひび割れてしまいそうな気がして。

 僕は思わず目を逸らそうとした――が。

「ルカ、ちょっと見ててね」

 そう言って僕の視線を引き戻すと、なにやら魔法を唱え始めた。

「『癒し』、『滞留』――付呪:ヒール」

 詠唱と共に彼女の手のひらが白く輝き始め、その光がゆっくりとスパタに流れ込んで行く。

「うん、定着したかな。はいルカ、ちょっとこれを持ってみて」

 スパタが僕に返される。

 その剣は奇妙な熱を帯びていて、柄を握る僕の手を優しく温めた。

「この感触……回復魔法ですか?」

「その通り、回復魔法をその武器に付与したんだよ」


 変性魔法、付呪

 その付呪によって、一次的に魔法を定着させた武器を「付呪装備」と呼ぶ。

 

「魔剣士」とは、付呪に高い適正を持ち、変幻自在の魔法剣術を駆使する事で、相手にテクニカルなダメージを与えていく技能派ジョブなのだ。

「とにもかくにも、さっさと付呪を使えるようになれって事だ」

 ウルミアはそう言ってロナの解説を総括する。

「付呪って、えっとそのどうやって……」

「難しく考えなくて大丈夫だよ。とりあえず、やってごらん」

 やってごらん、と言われても。

 そもそも何をどうすれば良いんだ?

「新入り、てめぇエレキは撃てるんだろ? だったら簡単だ、それを武器に溜め込むイメージだ」

「はい?」

「『発現』する直前の感覚を装備に再現すんだよ、その剣も自分の体の一部と考えろ」

 言ってる事の意味が良く判らない。

 発現ってなんだ? 自分の体の一部?

「モタモタしてねぇでさっさとやらんか! このノロマ!」

 まごついていた僕はウルミアに一喝され、思わず縮み上がる。

「はいッ、すいません」

 悲鳴にまみれた返事を絞り出し、僕は慌てて魔力を刃に流し込んだ。

 そして――

「え、えん、えんちゃんと、えっと、付呪:エレキ」








..2



「――付呪:エレキ」

 ダンジョンに響く僕の詠唱。

 そしてスパタの刀身に微かな雷が踊り、薄闇の中で仄かに光輝く。

「来たよルカ!」

 ロナの警告が耳に入った、次の瞬間真っ黒な弾丸が僕目がけて突っ込んでくる。

 僕はスパタを横にして盾のように構え、なんとかその弾丸を受ける。

 鉄と鉄が激突する。

「ぐっ、がぁ」

 強い衝撃と、甲高い金属音――それから「ブブブブブ」と不快な翅音が。

 真っ黒な「それ」は弾丸ではなく、握り拳ほどの巨大甲虫だった。

 

 【名前:ブラックビートル

 レベル:2~3

 評価:自分と同じぐらいの相手だ

 考察:素早さが高そうだ、攻撃力が低そうだ】

 

「剣の腹で受けない! その武器は脆いんだよ!」

 ロナの檄が飛ぶ。

 だけど僕には返事をする余裕なんてない。

「うっ」

 ギャッっと嫌な音を響かせ、甲虫が再び僕から距離を取って――また突っ込んでくるのか。

 僕は付呪に意識を集中する。

 刃全体に強い電気を帯びさせようとする、が。

「そういう付呪の使い方はしない! MPがもったいないでしょ、もっとピンポイントで狭い面積に一瞬だけ付呪をするの!」

 うるせぇロナ!

 ブラックビートルが突っ込んで来た。

 僕は直ぐに撃ち合わせるように刃を振るう。

 一応はロナの指示通りに、付呪を刃全体ではなく、丁度ビートルと激突するだろう部分に魔力を集中させたが……

 ギンッと鈍い音が響き、剣が弾かれた。

 ブラックビートルが直前でわずかに軌道を逸らし、付呪のされてない剣の根本に体当たりされたようで――

「熱ッ!」

 甲虫はそのまま、がら空きになった僕の胴を薄く切り裂いた。

「この、このクソがッ」

 直ぐに剣を振り回すが、再びブラックビートルは僕から距離を取る。

 むかつく!

 そして黒い甲虫は三度目の突撃の構えを取る。

 僕もスパタを構え、全神経を魔力操作に集中させた。

 さっきは「撃ち合う前」に付呪をしていたから、そこを避けた撃ち合いをされた。

 だったら「撃ち合う瞬間」に付呪をすれば。

 ブラックビートルの翅音が一際強く響き渡る、そして三回目の突撃が――

 速ッ!

 今までより断然速い!

 魔力操作にばかり集中していた僕は、当然上手く斬撃を撃ち合わせることができなかった。

「ぐぇッ」

 右頬が斬られ、鮮血が飛び散った。

「かはッ、てめっぇこのクソ虫が」

 あと少し避けるのが遅かったら、首の動脈を抉られていたかもしれない。

 僕は貫通するほど深く斬られた頬の痛みに苦しみながら、必死で敵の姿を追う。

 ブラックビートルは、遥か遠くで第四の突撃の構えを取っていた。

 クソが。

 どうする。

 武器全体に付呪をする?

 いや、それはMP効率が悪い。敵が見に回って攻めて来なくなれば、あっという間にガス欠だ。

 だったら、だったらどうする?

 翅音が強くなる、三度目よりもさらに強い翅音。

「クソ虫が! 来るなら来いよオラァ!」

 怒声を上げると、尋常じゃない傷の痛みが僕を襲った。

 でも、そうやって痛覚という鈍器で脳を無理矢理ぶっ叩くことで、僕の闘争本能はより刺激されていく。

「来い!」

 剣の刃先一点に魔力を集中させる。

 チリチリと黄色い閃光が爆ぜたかと思うと、緑色の怪しげなスパークが走った。

 そして、四度目の突撃が――

 もはや僕の動体視力では追えない、音速の突撃。

 だが「軌道」だけはわかっていた。

 相手は概ね「直線的」な軌道でしか襲ってこれない、僕はそれに気づいていた。

 ならばおのずと対処方だって――

「『貫け』――エレキ!」

 魔力を溜めていた剣先から、電撃が迸る。

 それは「手」から直接唱えた時に比べて、随分と威力の落ちた、ほとんどダメージを持たないような魔法だったが。

 いまはそれで十分。

 ブラックビートルは全力で僕のエレキに突っ込んでしまう。

 ジッと何かの焦げるような音が聞こえると、ブラックビートルの突撃の軌道が大きく左に逸れ、そのままダンジョンの壁に激突した。

 おそらく、触角か何かが焼けてしまい、方向感覚が狂ったのだろう。

 巨大甲虫はそのまま地面に墜落し、ひっくり返って翅をブンブンと打ち鳴らす。

 勝った!

 僕は剣先に付呪をして、無様に腹を晒している敵の元へ駆け寄って――

「ルカ! 油断しちゃ駄目!」

 敵の翅が大きく開かれる。

 そして形容しがたい、強烈な不快音が辺りに響き渡った。

「うっ!」

 無警戒に剣を振り上げていた僕は、まともにその音波攻撃を喰らってしまう。

 瞬間、強烈な吐き気と頭痛と視覚の異常に襲われる。

「チクショウがッ!」

 叫びながら必死で刃を敵に叩き込む。

 だが付呪が上手くできない。

 精神をかき乱されてしまった僕は、魔力の制御ができなくなっていた。

 付呪はもちろん、狙いの正確さえ欠いた僕の斬撃は、ブラックビートルの脚を二本斬り飛ばしただけで、致命傷にはならない。

 もう一度斬撃を叩き込もうと剣を振り上げるが、平衡感覚を失っていた僕は、剣の重みに耐えられずそのまま後ろに倒れてしまった。

 マズい!

 これは、マズい!

 必死に立ち上がろうとするも、足の筋肉は滅茶苦茶に痙攣するだけだ。

 マズいって!

 これは、マズいってば!

 嫌な翅音が響く。

 見ると、ボロボロになったブラックビートルが再び飛び上がっていた。

 角はへし折れ、脚は千切れ、触角の一本は焼け焦げ、鞘翅は大きくひび割れ――

 それでも、僕目がけて最後の突撃の構えを――

 

「これ無理! 助けてロナ!」

 

 瞬間、真っ白な閃光が甲虫の体を貫いた。

 

 

 

 


「今のは四十点、反省点は結構あるよね」

 笑顔のロナ。

 これ以上ないくらいの満面の微笑み。

 ほっそりとした指先に治癒の魔法を灯し、ダンジョンの回廊に座り込んだ僕の頬を撫でている。

 まぁ君は良くがんばったよ、と何故か少し誇らしげな口調で僕を慰めた。

「すみません、いつもいつもお世話になります」

 瞳に疲労に膿んだ色を浮かべながら、僕は感謝の言葉を絞り出す。

「まぁまぁそんなに気落ちしないで。でも、これでなんとなく魔剣士の弱点が判ったんじゃない?」

 ロナは優しく、そして楽しそうに語る。

 ごく近距離から浴びせられる彼女の言葉は、ささくれ立った僕の心に深く染み込んだ。

「弱点……ですか」

「魔剣士は高い柔軟性と、それに裏打ちされた確かな削り能力をもつ優秀なジョブとされてる。でもねルカ、柔軟性が高いってことは『気にしなくちゃいけない事』が多いとも言えるの――」

 前衛にしては耐久力が低いので、敵の攻撃を確実に避ける判断力。

 MPが無くなればただの劣化戦士なので、徹底したMP管理

 筋力が低い為、敵の弱点に適格な攻撃を当てる集中力。

 そして何よりも、高威力な魔法剣を発動するための魔力操作。

「――ただエモノを振り回してればいいだけの物理前衛と違って沢山の事を、本当に沢山の事を意識して戦う必要があるのよ」

 今はソロだからあまり気にしなくていいけど、パーティを組んだら「連携」の〆役を頼まれる事も多いから、さらに大変になる。

「……」

 思わず絶句する。

 これより大変になるのかよ。

 無理だよ、さっきの戦闘でもう僕はいっぱいいっぱいなのだが。

「もう、そんなに気を落とさないでルカ、魔剣士は優遇ジョブだよ? 強くなればどんなパーティにも席が約束されてる……あぁでも攻略パーティには……」

「え?」

 ロナは申し訳なさそうに、弱弱しい笑みを浮かべた。

「えっと、攻略パーティにはちょっと誘われないかな」

「攻略パーティってなんですか?」

 嫌な予感がする。

 それはとても嫌な予感がする言葉だ。

「えっとね、魔剣士はつまり『不測の事態』って奴に弱いのよ、ただでさえ頭をフル回転させて、余裕のないギリギリの状態で戦闘するから」

「つまり、攻略パーティって――」

「未踏査の層に行ったり、ワイルドキーパーと戦うようなパーティの事かな。そういう最前線は常に情報不足で、不測の事態ばっかりだから」

 目の前が暗くなるのを感じる。

 唇が震える、胸がざわめく、自分の中でドロドロとした不愉快な感情が湧き上がるのを感じる。

 冗談だろ?

 最前線に席の無いジョブだって?

 僕が?

 攻略に向いてないジョブ?

「マジ、ですか?」

「うん、マジマジ。気持ちはわかるけど、本当に行かない方が良いよ」

 彼女は至極真面目な表情で、少し言葉に重みをもたせて僕を諭す。

「僕がどんなに強くなっても、ですか?」

「……良く聞いてルカ、何事も向き不向きっていうのがあるの。攻略組に行けるのは経戦能力か瞬発力に優れたジョブだけ、魔剣士にはどっちも無いの」

「例外とかいないんですか? えっとほら、あのグィンハムさんとか」

 僕は思いつきで咄嗟にその名を口にした。

 それは異世界転生二日目に、街の大広場で見た銅像の――

「ルカッ!」

 ロナはいきなり僕の顔をガッと掴むと、そのまま直ぐ近くまで引き寄せた。

 え!

 何?

「ご、ごめんなさい」

「ルカッ! その名をどこで聞いた、言え!」

 彼女の顔は歪んでいた。

 激情に瞳を燃やし、怪物の様に食いしばった歯を覗かせる。

 いつもの可愛らしい少女の姿はそこには無く。

 それはまるで、憎悪に身を焦がす獣のようで。

「ご、ごめなさい、広場です、広場の銅像を見たんです、ワイルドキーパーを封じた人って、先代のギルドマスターだって」

 そう言った瞬間、僕の記憶に一瞬の閃光が走った。

 

 <偉大なる探究者『グィンハム・ヴァルフリアノ』ここに眠る>

 

 グィンハム・ヴァルフリアノ

 ヴァルフリアノ。

 そして今僕の目の前にいる少女の名は「ロナ・ヴァルフリアノ」

 ヴァルフリアノ家?

 つまり、先代のギルドマスターの娘?

 そういえば、彼女は僕に一度だって「下の名前」を名乗ったことは無かった。

 初めて会った時も、ただ自分をロナって。

「――ごめん、ルカ」

 彼女はそう言って、僕の顔から両手を離す。

 怒りの表情は一瞬にして影をひそめ、代わりに罪悪感と動揺と、悲壮感の濃い顔に変っていた。

 一瞬だ。

 それはあまりにも一瞬の変化だった。

 彼女の激昂は「夢だったのでは」と思う程に一瞬だけ現れ、一瞬で消え失せた。

「びっくりさせちゃったね、本当にごめん」

「いや、別にその、なんかこっちこそ。ごめんなさい」

 言いながらも僕の脳はあわただしく回っている。

 ロナの父親が先代のギルドマスター?

 だからこの歳で、このレベルでギルドの幹部を務めているのか?

 英雄の娘。

 偉大なる探究者の子孫。

 でも、武器庫での会話を思い出す限り、ロナは先代のギルドマスターをあまり快く思ってなかった。

『あの先代のギルドマスターが囁く者を封印してくれちゃってね』

 そんな事を、少々恨みの籠ったような口調で言っていた。

 不仲?

 いや、なんというか、もっと強い確執のような。

 

 ――何故その事を隠していた

 僕にヴァルフリアノ家であることを知られたくない?

 

「あのねルカ、グィンハムは魔剣士じゃないから」

 彼女は謝罪するように、うしろめたさの残った声色で僕に話かける。

「じゃあ、彼のジョブは一体?」

「それは……」

 少女はそこで一つ息を飲んだ。

「……血線術師」

 僕の心臓が早鐘を打つ。

 血線術師、ロナと同じか!

 つまり、つまり……どういう事だ。

「それってどんなジョブなのですか?」

「ごめんなさい、私も良く知らないの」

 もうこの世界に四人しか残ってないジョブだから、彼女はそう言って目を逸らした。

 四人?

 残ってない?

 どういう事だ?

「えっと、それは一体――」

「ごめんルカ!」

 質問を続けようとした僕を、ロナはそう遮った。

「え?」

「ごめん、私は好きじゃないの。グィンハムの事も血線術の事も。だからお願い、それ以上聞かないで」

 そして、これ以上なにも詮索しないで。

 僅かに涙を滲ませた眼が、すがりつくように僕を視ていた。

 


 どういう事だ

 これは一体どういう事なんだ?

 「血線術」

 「グィンハム」

 「僕を欺く理由」

 「ワイルドキーパー」

 「ブラザーフッドとアウトキャスト」

 僕の胸には沢山の疑念がひしめいている。

 どれもこれも不愉快で、興味深くて、重要な事で。

 そしてその全ての答えを、ロナは知っているのだという確信もあった。

 

 でも僕はゆっくりと目を閉じると、それら全てを飲み込む。

 とても容易に嚥下できるような量でも質でもなかったが、必死で飲み込む。

 ロナが嫌がってるんだから、ロナの為に……

「ごめん、もう何も聞かないよ」

 レベル上げに戻ろう。

 僕はできる限り能天気な声を絞りだし、彼女に言った。








..3



「くらえッ!」

 僕はそう叫ぶと、全長一メートルほどの巨大コウモリ目がけ刃を振り下ろした。

 

【名前:アイアンバット

 レベル:1~2

 評価:丁度良い相手だ

 考察:防御力が高そうだ、攻撃力が低そうだ】


 ギチッっと確かな手応えを感じる。

「オラッ!」

 コウモリの羽が引き千切れ、辺りに紫色の血が飛び散った。

 キュッキュッっと甲高い金切声を上げながらアイアンバットは地に堕ちて、その傷口からどくどくと血を流す。

 僕はさっきの戦闘の反省点を念頭に置き、剣を構えたまま慎重にコウモリに近づく。

 手負いのモンスター、一番攻撃的な状態だ。

 ゆっくりと間合いを詰め、刃の届く距離まで接敵した後、出来る限り素早く最小限の動きでスパタを振るう。

 ビッと肉が裂ける音がして、コウモリの頭が胴から離れた。

 血が切断面から零れるようにドッと流れ出て、辺りに生臭い匂いが漂った。

「うん、上出来。百点をあげよう」

「ありがとうございます」

 言いながらも、僕の内心は大分困惑していた。

 巨大コウモリの死体。

 僕が斬り落とした首、神経がビロビロと伸び、目玉ぐっと飛出し、胴体からは臓器の一部が溢れて……

 気持ち悪い。

 甲殻類や骨や昆虫としか戦ってこなかった僕には、いささか刺激の強い光景だった。

「やっぱ見慣れてない? 動物の死体は」

 そんな僕の心を読み取った彼女が、気を使って声をかけてくる。

「はい、正直ちょっと応えてます」

 吐き気を押し殺しながら、なんとか返事を溢す。

 なんだろうこの気持ち悪さ、血や臓物が怖いんじゃない。

 暴力によってバラバラにされた脊椎動物の死体、それが原始的な嫌悪感を僕に植え付ける。

「やっぱりね。よかった弱い敵で試して。いざナマモノの類と戦ったとき、躊躇しちゃう新米っているんだよね」

 貴族の探究者とかが偶にそうなる、ルカも実は貴族だったのかな? 彼女はそう言って悪戯っぽく微笑むと、テキパキとコウモリの死体から薄い翼膜を剥し始めた。

 翼の片方は僕が雑に叩き斬った為、一枚しか採集できないようだ。

「あ、次からは翼は無傷にしますね」

「ううん、それだと倒すのが大変だから気にしなくていいよ」

 果物ナイフのような小さな刃物をくるくると使い、どんどん翼膜を削いでいく。

「うん。剥がれた、じゃあルカ、クリスタルを抜いてみて」

「は、はい」

 僕は返事をすると、恐る恐るコウモリの胴体に近づく。

 体の臓器が見える、まだ僅かに脈動していて、それが数舜前まで生きていたことを力強く誇示していた。

 死だ。

 これが、死だ。

 暴力によってもたらされた、強制的な生の終わり。

 ――気分が悪い。

 僕は吐き気をこらえながら、右腕を斬り口からコウモリの体内へと突っ込む。

「体の中心にあるよ、正中線のさらに中央」

 ネタネタとした血の泥濘、やや冷めた湯水のような生々しい体温。

 そして、指先が硬い鉱物の様な物に触れた。

「あ、ありました」

 僕はそれを引き抜く。

 腸の様な臓器と一緒に、体外に引きずり出されれる。

「うんうん、それだね。それがクリスタル」

 野球ボールほどの、重たい水晶。

 暗い血にべっとりと覆われながらも、それは緑色の不思議な深い光を放っている。

 【風のクリスタル 重量:1】

 僕はそっと臓器を除き、血をぬぐうと、ロナに差し出す。

「はい、ここにいれて」

 彼女が自分の道具袋を差出し、口を広げて見せた。

 中にはいろんな物がピシっと整備され、詰め込まれている。

 あ、アクアムルスムだ。

「よしよし、クリスタルは結構良いお金になるから必ず回収してね」

 まるで、友人と木苺を摘む少女の様に、ロナは無邪気に笑っていた。

 無邪気に、コウモリのハラワタを……

 あまり考えないようにしよう。

 ここはファンタジーの世界なんだ、そして彼女は探究者なんだ。

 なにも変な事はない、これがこの世界での常識なんだ。

 そうやって自分自身の心を説き伏せながら、僕は刃の血を払い、ゆっくりと立ち上がる。

「じゃ、次の敵を探そっか」

「はい」

 








「ねぇルカ、なんでダンジョンに潜ってるの?」

 アクアスムルスを舐めていたロナは突然、倒したレッドラビットの解体作業に苦戦している僕にそう話しかけてきた。

「なんでって――」

 僕は思わず解体の手を止めてしまう。

 またその質問か。

 先日ダズにも聞かれた。

 ロナの表情は珍しく真剣そのもので、前々から聞こうと思ってタイミング見計らっていたようだ。

「――ダンジョンに潜るのが、楽しいからですよ」

「え? 嘘だぁ」

「本当ですよ」

 嘘なんかじゃない。

 ずっと憧れてたダンジョン生活だ、楽しくないわけなんてない。

 でも……本当にそうか?

 そんな嫌な疑惑が胸をかすめた。

 ひょっとしたら、嘘になりつつあるかもしれない。

 事実「楽しい」と言い切るにはあまりにも過酷な作業が増えつつあった。

 強敵との連戦。

 普通に痛みがある傷。

 びっくりするぐらい疲れる魔法。

 生き物を殺すという慣れない作業。

 今日のダンジョン探索は本当に辛かった。

 根っからの軟弱者な自分は、肉体面も精神面もボロボロで、楽しんでる余裕なんてこれっぽっちも無い。

 ……ヤバい、気が滅入ってきた。

「ロナさんこそ、どうしてダンジョンに?」

 僕は逆に質問を返すことで、気を紛らわそうと試みる。

「えぇー私? うーん?」

 私は特に無いんだよなぁ。そんな愚痴のような一人言を溢すと、薬酒の瓶を指で叩いて持て遊ぶ。

「理由も無く、ダンジョンに潜ってるんですか?」

「あーいや、そこまででは。うーん」

 少女は歯切れの悪い様子で、ごにょごにょと言葉を濁している。

 あまり聞かない方が良い事だったかな?

 そんな後悔が沸き始め、話題を変えようかと思案していると。

「私はさ、今までずっと『ダンジョンに潜る』っていうのが当たり前の事で、当たり前の環境で育ってきたのよさ――」

 ロナはそう一息に捲し立て、何かを決心するように、残りのアクアスムルスを一気飲みにした。

「親がそういう親でさ、毎日毎日ダンジョンに潜って、五歳の頃からだよ? 信じられる?」

 マジでイカレてるよね。そう言って強く同意を求めてくる。

「え、五歳から?」

 五歳の頃から、こんな敵と戦ってきたのか?

「私の親は本当にどうしようもない親でさ、私の事だって……まぁいいや。とにかくダンジョンに潜る以外の選択肢なんてなかったから」

 楽しいと思った事もなければ。

 苦痛と感じた事も無い。

 ただただダンジョンに潜って。

 ただただ魔物を倒して。

 ただただそんな日々をほぼ十年間。

「三年前、パ……父が死んで初めて自由になった時、自分が無くなっちゃってさ」

 うっ。

 重すぎる。

 思ってたよりヤバい話が転がってきて僕は困ってしまう。

 ロナの父親がむちゃくちゃ過ぎる。

 そりゃ不仲になるよ、あんまり話したくない事になるよ。

 同情してあげるべき?

 いや、僕みたいな人間が安易に同情していいの?

 っていうか、下手なこと言うと彼女の父親を否定するわけで、それってやっていいのか?

 何を言えばいいんだ僕は。

 どう返せば好感度が上がる?

 ラノベだとえっと、こういう時は……まごついてれば、勝手にヒロインの方からデレてたか。

 クソが、役にたたねぇな僕の知識。

「それでも、またこうやってダンジョンに潜る事を選んだんですか?」

 僕は頭をフル回転させて、できる限り無難に、それでいて無関心さを感じさせない言葉を返す。

「いやぁ、君にあったらさ、なんとなくね」

 なんか放っておけないじゃん、ルカって弱いし。

 そう言って赤い舌をベっと見せる。

「僕の……為に?」

「為にっていうか、きっかけ? 気に負わなくていいからね、私は好きでやってるんだから」

 彼女はニコニコと微笑みながら、そんな優しい言葉を並べてくれる。

 なんとなく、繋がった。

 たぶんロナは、父親のグィンハムが死んだ事で自分を見失って、ずっと引き籠っていた。

 そんな時に僕と出会ってそれで、なんとなく僕と行動を共にすることにした。

 ――本当にそうだろうか。

 本当にそうなのか?

 確かにその仮説はとても理論だっているようだけど。

 それはあまりにも、都合が良すぎる。

 僕に都合が良すぎる。

 それは、嘘じゃないか?

 それが本当にロナが……


「それが本当にテメェが出張ってる理由なのか、クソガキ」


 突如、聞き覚えの無い男の声が空間に響いた。

 僕は一瞬、自分の心が漏れ出てしまったのかと焦ったが、直ぐに我に返り声の方を視る。

 通路の奥、ダンジョンの闇、その中から何かがこちらへと歩み寄ってくる。

「誰だッ!」

 ロナが吠える。

 目を見開き、弓をつがえ、彼女は即座に臨戦態勢に入った。

「誰だ? 俺みたいな雑魚は憶えてもいないってか、ロナ・ヴァルフリアノ」

 闇の中から二人組の探究者が現れる。

 真っ赤な皮膚を持った「鬼」の様な見た目をした戦士と。

 巨大な鈴の付いた錦杖を持った、魔導師。

 うっ。

 敵? プレイヤー?

 僕は咄嗟に剣を引き抜こうとするが、ロナに静止される。

「止めて、それよりも逃げてルカ」

「逃げる?」

「早く逃げなさいッ!」

 ロナは怒号と共に僕を突き飛ばす。

「させねぇよ。やれ、パジェ」

 鬼が魔術師に命じる。

「はいよ、『起これ』『形成せよ』――ジオデフォーム!」

 詠唱と共に、杖の先の鈴がカランと一つ鳴る。

 次の瞬間僕のすぐ背後で、ダンジョンの床がいきなり隆起し、退路が塞がれてしまった。

「まぁまぁお二人さん、少しぐらいは話に付き合ってくれよ」

 魔導師はそう言うとシニカルな笑みを口元に浮かべる。

「弓を下せロナ、そっちのガキの命が惜しけりゃ、滅多な真似はよしな」

 鬼はドスの効いた、真実躊躇なく僕を殺しそうな口調で、ロナに命じる。

 こいつら……。

 

―――――

 【名前:エリノフ・マクシミリアン

 レベル:12

 ジョブ:闘士】


 【名前:パジェ・アーヴェル

 レベル:13

 ジョブ:風水士】

 

―――――


 うっ。

 強い。

 まずい、僕がお荷物だ。

「ろ、ロナさん」

「大丈夫だから、ルカは武器を抜かないで」

 彼女はそう念を押すと、構えていた武器を静かに下げた。

「落ち着いてルカ、彼らはアウトキャストの人間、本気で危害を加えてくるつもりなんて無いから」

 ロナは小声でそんな事を囁くが、とてもそうとは思えない。

 その場は異様に殺気立った空気に満ちていた。

 

 

 ――そんなにウチとあっちは仲悪くないからね。

 つい数時間前、ロナは僕にブラザーフッドとアウトキャストの関係をそう説明した。

 やっぱり、あれは嘘だったのか?

 今の状況を鑑みれば、答えは明らかだ。

「ここで何をしてるんだ、ロナ・ヴァルフリアノ」

 エリノフという名の闘鬼は、自分の背中のエモノに手を掛けながら問う。

「何処で何をしていようが、私の勝手でしょ」

 脆い鋭さを伴った声で、少女は相手に拒絶の意志を示す。

「勝手? 舐めた事言ってんじゃねぇよクソガキ、今の状況ぐらい解ってんだろ、稟議書が連盟で承認されたんだぞ!」

 エリノフは目を引き絞り、剣の柄を握る手を震わせ、怒りを露わにする。

「落ち着けってエリノフ、女の子相手にカッカしなさんなって」

 パジェは飄々とした言葉、それでいて緊張感を含んだ口調で鬼をなだめる。

 なんなんだこの二人。

 目的は……ロナ?

「ロナ・ヴァルフリアノ、てめぇは結局ブラザーフッドの肩を持つのか、散々っぱら引き籠った挙句の結論がこれか。なんとか言えガキッ!」

 エリノフ叫びながら拳でヒステリックにダンジョンの壁を撃つ。

「だから落ち着きなってエリノフ。でもロナ、君も悪いんだよ、こんな思わせぶりな行動してくれちゃって。リンツの爺さんも随分と気をもんでるからね」

 ゆくゆく僕たちは仲間になるんだ、勝手な行動は慎んでくれないと――感情の読み取れない嘘くさい笑みを張り付けて、パジェは言葉を紡ぐ。

「私は、あんた達の仲間になんてならない!」

 一方のロナは毛を逆立て、獣の唸るように吠える。

 いつもの彼女からは想像もつかない姿。

 憎しみ一色で糊塗された、鮮烈な形相。

「はっ、じゃあどうするんだクソガキ、ブラザーフッドと心中するつもりか? 自分で殺すギルドと一緒に自分も殺すってか」

 傑作だぜ、てめぇも傑作な父親と同じ――

「うるさいッ、黙れ! 黙れ! 黙れぇええ!」

 ロナの咆哮。

 針金のような銀髪を狂ったように掻き毟り、エリノフの言葉を叫び声で押しつぶす。

 

 ――なんだ。

 なんなんだこの状況は。

 何の話をしてるんだ。

 おかしい、全てが意味不明で、全てがただただ異様だ。

 アウトキャストの二人が言う事の意味も掴めないし。

 ロナの様子も……なんで、こんなに狂ったように。

 ――いや、それよりもエリノフの言葉だ。

 ロナが、ブラザーフッドを、殺す?

 父親と同じ様に?

 ロナは、なんなんだ。

 彼女って。

 

 興奮で過呼吸になったロナの喉音が、嫌にはっきりと僕の鼓膜に刻まれる。

 

「私が君に言える事はただ一つ、『身の振り方を良く考えろ』だ。君はただのか弱い女の子じゃないんだから」

 パジェは、ロナの異様な興奮に動じる様子も無く務めて冷静に、諭すように言う。

「そっちの可愛い新米君もまとめて面倒見てあげるよ。その辺を良く良く考えて……」

 そこで、突如ロナの体が揺れ。

 

 赤。

 血の飛沫。

 飛び散った鮮血。

 

 矢筒から引き抜いた一本の弓矢。

 少女はその矢尻で、自身の手の甲を貫いていた。

 僕は度肝を抜かれる。

「ロ、ロナ!」

 大量の血が、まるで蛇口を捻ったかのように流れだし、矢を伝い地に流れ落ちる。

「ロナ! やめろ!」

 上ずった声が響く。

 パジェの声?

 それまで冷静沈着だった彼が、初めて動揺を見せた。

「うるさいッ!」

 押し殺した様な発声を漏らすと、血濡れたその利き手を退路を塞ぐ砂壁に叩きつけた。

「『偽り』『融解』『反発』――フェイクドディスペル」

 血が滲む。

 砂壁に紅血が広がり、花のような紋章が刻まれる。

 ――血戦術だ。

 僕がそう直感した次の瞬間、パジェの作り出した砂壁が崩れ堕ちる。

「ルカッ!」

 ロナは左腕で僕の腕を握る。

 そしてぐっと引っ張り逃げるようにして、その切り開かれた退路へ駆け出した。

「待てクソガキ」

「よせ追うな、死にたいのかエリノフ!」

 背後で二人の声が遠ざかる。

 彼らの姿は、真っ暗なダンジョンの闇に置き去りにされ、直ぐに見えなくなった。

 

 

 

 僕の手を引く少女は泣いていた。

 頬を赤く染め、まるで悔しさがその瞳から溢たかのように泣いていた。

 それは、あまりにも苦しそうな涙だったから……僕は何もできなかった。








..4




《遠い遠い昔、まだダンジョンも連合国もギルド連盟も存在しなかった時代――》

《――『角の女王』を名乗る獣人に率いられた、八種四十氏族の『獣人連合』と、人類は長い戦争を――》

《――ですが人々は諦めませんでした、獣人達を倒す手段を探し続けました――》

《――こうして作られたのが二千人の『血線術師』です。彼らはとても強力な魔術を授かった特別な存在、人類の救世主です――》

《――血線術師たち『ハイドラ戦隊』は見事『角の女王』を打ち倒し、世界に平和をもたらしました――》

《――世界を救った血線術師達は、自ら魔術を封印して普通の人間に戻り、幸せに暮らしました――》




「クソが、随分ざっくりした書き方だな」

 僕は悪態をつきながらその本、「なぜなに、璧晶大戦」を閉じる。

 今僕は、異世界転生一日目にやって来た図書館、その二階の備え付けテーブルの一つに座っている。

 目的はもちろん、「血線術」を知る為。

 先ほど司書の人に血線術師に関する本を聞いてみたのだが、そのほとんどが閲覧不可だと断られてしまった。

 唯一僕でも閲覧する事ができたのが、この子供向けの歴史書。

「でも結局、肝心の血線術については誤魔化されてる」

 強力な魔術を持つ人間、としか書かれていない。

 自ら魔術を封印した?

 じゃあロナはそれを拒んだ……いやいや待て待て、璧晶大戦って二千年も昔の話じゃないか。

 ロナはそんなババァ、というかロリババァキャラなのか?

 うーん?

「とにかく血線術っていうのは、禁術っぽいな」

 何故禁術扱いなんだろう?

 ロナが僕の前で見せた魔法、フェイクドディスペルは一見するとただの「ディスペル系の魔法」だった。

 魔法便覧を見る限り、ディスペルは別に特異な魔法では無い。

 寧ろ一般的な魔法の一つに思えた。

 禁術指定を受けるほどの力とは考えられない。

「魔法効果自体じゃなくて、その行使の方法が問題なのかな?」

 フェイクド……か。

 複製された魔法。

 ロナは自傷行為によって血を流し、その血を使って唱えていた。

 血で複製した魔法。

「コピー系の能力か」

 それなら色々合点がいく。

 彼女はギルドで幹部を任されているにも関わらず、レベルがたったの「8」というのは、かなり疑問に思っていた。

「もし、ああやって血を使う事で、簡単に高位の魔法をコピーできるとしたら……」

 ステータスに関係無く、上位魔法が行使できるのか?

 ひょっとしたらMPという概念さえ持っていないのかもしれない。

 つまりは、血液さえあれば無尽蔵に強力な魔術を唱えられるという事。

 それは最早、彼女にとってレベルなんて物は意味を成さず。

 既に完成された、最強の……

「最強の魔術師、それがあのロナの生まれ持っての定めだ」

 いきなり目の前の虚空から声が響いた。

「うっ?」

 空間に歪みが生じたかと思うと、そこから人間がぬっと出てくる。

 緑衣の召喚術師。

「ぜ、ゼノビアさん?」

「失礼するよ」

 何?

 どういう魔法を使ったんだ?

 いきなり空間から……

「君には追跡魔法を貼っていたから、悪く思わないでくれ」

 驚愕で口をパクパクさせていた僕に、彼女は機械的な説明をする。

「追跡って……」

「私は君に『ある種の危険性』を感じていた、それだけの話だ」

「危険性って、だからってそんな……」

 威嚇するような舌打ちが鳴り、僕は思わず怯んで言葉を引っ込めてしまう。

 そして僕の心境を払いのけるかのように、彼女は強引に本題を切り出す。

「ロナの様子がおかしい、ダンジョンで何があった」

 ロナの様子が変。

 その言葉は、僕の胸をキリキリと締め付けた。

「い、いや、それは僕は何も……」

「隠すな、さっさと話せ。それとも私に手間を掛けさせる気か?」

 ゼノビアの言葉はどれも高圧的で、筋だっていて、人を追い詰めるように強い。

 僕は抵抗せずにさっさと白旗を上げることにした。

「アウトキャストの方に会いました、パジェとエリノフ、それで――」

 洗いざらい全てを打ち明ける。

 アウトキャストに襲われた事。

 ロナの警告を聞かず逃げそびれた事。

 ロナが彼らに「ゆくゆくは仲間になる」と言われていた事。

 ブラザーフッドを殺すという話。

 血線術。

 逃げ切った後「お願い、少し一人にして」と彼女から懇願された僕は、素直に少女の元を離れ、ここ図書館にやってきて――

 僕のつっかえつっかえで要点を上手く絞り切れていない話を、ゼノビアは瞬き一つせずジッと真剣に聞いていた。

 そんな彼女の姿勢が、僕により緊張感を与え、言葉を絞り出すのに苦労する。

「――そ、それで至る現在です」

「ふぅん、そうか」

 聞くだけ聞いといて、ゼノビアは気のない返事を落とす。

 そして少しの間押し黙った後、ちらりと僕の手元の本を見た。

 なぜなに、璧晶大戦

「報告ご苦労。次からはもっと早くギルドに戻れ、ダズが心配している」

「へ?」

「以上だ、ギルドに帰ろう」

 彼女は一方的にそう言い切ると、席から立ち上がる。

「ま、待ってください。説明してください、これで終わりなんてあんまりだ!」

 ロナの事、アウトキャストの事。

 このまま何の説明も無しに終わるなんて、それはあまりにも。

「説明、そんな物を聞いてどうする?」

「どうするって……」

「お前みたいな低レベルの新人が、手出しのできるような次元の事件で、私達が右往左往していると。そういう舐めた事を言ってるのか君は?」

 ゼノビアはこちらの方を見向きもせずに、吐き捨てるように言った。

 うっ。

「そ、そんなつもりは。でも、こんな事があれば誰だって何が起きてるか――」

「お前はただ黙って報告だけすればいい、厄介事は私達の領分だ」

 他に質問は? とだけいい添え、彼女は歩き出してしまう。

「待ってください。報告するだけって、僕はそんな!」

「私は『他に質問は?』と聞いたんだ、聞こえてないのか」

 僕は慌てて席を立つと、彼女を追う。

「そんな強引な言い方で、僕が納得すると?」

「できなかったらどうする」

 何もできない癖に、彼女はそんな悪意の強く籠った口調で煽ってくる。

「構いませんよ、ダズさんに聞きます」

 ばっとケープが翻る。

 え?

 僕の言葉に反応して、瞬時に振り返ったゼノビアは、何時ぞやのロナの様に僕の胸ぐらを掴む。

 そして一気に自分の手元に引き寄せた。

「お前な……それは絶対にやめろ」

「なんで、ですか」

 怯むな。

 ここで怯んだら負けだ。

「少しは分を弁えたらどうだ、新人の分際が」

 鬼気迫るゼノビアの語気に、僕は必死で反論する。

「アウトキャストの奴らに殺されかけたんですよ、そんな物弁えてる場合じゃないんですよ」

「あの程度で『殺されかけた』……か」

 ゼノビアは一つため息を漏らすと、僕を解放する。

 そして僕に背を向けて。

「――稟議書が提出されたんだ」

 背中越しにそう言うと、再び歩き出す。

 え、説明してくれるのか?

 僕は慌てて彼女を、緑のケープがはためくその背中を追う。

「稟議書って?」

「ファルクリースの探究者ギルド統合に係る稟議書、つまり私達はアウトキャストに吸収されるんだ」

「吸収って」

「そのまんまの意味だよ、経営不振に陥った私達ブラザーフッドは、アウトキャストに吸収統合される。これはほぼ決定事項だ」

 経営不振?

 吸収統合?

 なにそれ。

 まるで企業の買収みたいな。

 え?

 そんな事態になってたの?

「連盟の理事長はほぼ全員が稟議書にサインした、今からこれを逆転するには次の条件を満たす必要がある」

 そう言って彼女は手を上げ、二つの指を立てた。

「一つ『ギルド戦果』。これを解決するには踏査階層を引き上げ、力を見せる必要がある」

 私達はもう二年も同じ階層で行き詰っているのだから、それ以外に道はない。

 そう言って彼女は指を一つ折る。

「二つ『収入の確保』。これは十五層にあると噂されるクロマ鉄鋼の鉱脈さえ手に入れば、解決すると期待されている」

 つまりは、今度の十四層攻略組というのは、この二つの条件を一気に満たすかもしれない、私達の最後の希望なのだ。

 そう言うゼノビアの声色には一切の熱がなく、まるでその「希望」には、欠片も期待していないいかの様だ。

「ぎ、ギルドが吸収されたら一体どうなるのですか?」

「アウトキャストのギルドマスター『リンツ・グリセル』は私達を憎んでる。まぁ良くても奴隷扱いって所か」

 マジで?

 なにそれ。

 なんでそんな状況になってるの?

 経営不振って。

 そこで、ふとロナの言葉が脳裏に過った。

 

 ――『攻略中心』のギルドと『クエスト受注専門』のギルド、その二つが必要になった

 

 ゼノビアの話によれば、ブラザーフッドはもう二年も十四層で詰まってる。

 つまり、ギルドの使命「攻略」が果たせていない?

 それ故の、経営難?

 嘘だろ?

 まずい、こんなのは、確かに僕なんかの手に負える問題じゃない。

 事態が既に政治的な局面に移行してるじゃないか。

 木端の少年な僕なんかがどうこうできる話ではない。

「じゃあ、ロナは、彼女って一体……」

 何か、僕にできる何かは無いのか。

 ラノベの主人公みたいに、人助けはできないのか。

 そんな一縷の望みを掛けてゼノビアに問い続ける。

「有り体に言えば抑止力だ」

 そんな僕の願いもむなしく、ゼノビアは難しい話を続ける。

「それ故、誰もが彼女を求めているが――」

 そう言って、少し間を置く。

 まるで、そこから先を言うのを躊躇うかのように。


「――誰もが彼女を憎んでいる」


 これ以上は、お前が本当に「アウトキャストに殺されかけた」時に話してやる。

 その言葉を締めにして、彼女の説明は終わった。

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