第52話

 桜の中で舞う少女とそれを見る青年。そんな二人を遠くから見る少女と青年がもう一組いた。


「相変わらず進展ねぇな……」

「でも、莉桜ちゃん幸せそうです」


 確かに、と幸丈は思う。

 莉桜は政斗と出会ってから表情が豊かになった。姫巫女という重圧に耐え、国のためにと顔を造り続けていた頃とは違う。本当に少女らしい、自然な顔だ。


「政斗は何してるのかな! もっと頑張ってくれないと……」

「あいつは、見かけによらず人との接触を避けるからな」

「え?」


 華那の驚き顔に、幸丈は苦笑した。


 政斗の過去はあまり知らない。もともと捨て子で、山賊に育てられ、右目をつけた奴を探している、それぐらいしか知らない。

 だが時々ふと感じるのだ。彼は、あまり他人と関わろうとしない。表面的には接しても、決して奥深くまでは進入させない。そういった感じが窺える。

 幸丈や莉桜、華那にはその壁も薄くなったが、未だにそれは感じるのだ。


「莉桜はそういう気持ちも初めてだろうし、まだ上手く伝えきれないんだろ。焦っても良いことないし、ゆっくり見守ってやろうぜ」

「はい」


 それは自分にも言い聞かせたことだ。

 幸丈も、華那が時々自分に壁を作っていることを知っている。一朝一夕で消える壁ではないことも悟っている。だから、時間をかけるしかないのだ。


「あ、そうだ幸丈様! これ!」

「え?」


 華那が差し出したのは、桜の形をした菓子だった。ちょっと不恰好だが、可愛い。


「えへへ、感謝の気持ちを伝えても良いんですよね。政斗に習ったんだけど、不恰好で……これで良ければ食べて欲しいなって」

「ばっ、良いに決まってるだろ! やべっ、俺何も用意してないぞ!?」

「良いんですよそんなの。あたしが勝手にやっただけですから!」

「んなわけにはいかないだろ! 俺も帰ったら政斗に習う。ちゃんと渡すからな!」


 たとえ感謝の意でも、これがこの時期に貰えることは嬉しい。ぜひ自分も、と伝えれば、華那は照れたように頬を染めて笑った。

 こんな風に素直な彼女だからこそ、幸丈は愛おしいのだ。


「ありがとな、華那」

「はい!」


 くしゃくしゃと髪をなでながら思う。

 いつか、彼女が壁を取り払って、何もかも見せてくれれば良い。どんな華那であろうと、自分は絶対に嫌わないし、受け止めてみせる。


 この愛おしい存在が、最高の笑顔を見せるのが自分であれば良い。

 幸丈は目の前にある明るい笑顔に、切に願った。




※ ※ ※ ※ ※




 木の上でそんな二組の様子を見ていた青年は、ふうっと息をこぼす。


「何やってんだか、あの二組」


 政斗は別にして、他の三人の気持ちは手に取るように分かる。華那とて、実際はかなり幸丈に懸想している状態なのだ。それを自分で分かっていないだけで。


「あの二組、分かってるのか……?」


 彼らは桜の形をした菓子をそれぞれ渡し、渡そうとしている。最近では感謝の意という意味でも使われているようだが――


「手作りだと、『偽りなき真実の愛』って意味になるんだけど……」


 あとで政斗に教えてやろうか。そうすればきっと面白い反応が見られる。


「この桜みたいに、咲き誇れば良いんだけどな」


 ひらりと舞う花びらを一枚手に収め、青年はそう呟いた。


 あの四人の想いが、そしてその想いの行き着く未来が、この桜のように艶やかで、美しくあれば良い。

 幸せな光景の中で笑いあう彼らを見ながら、青年はその未来を望み、小さく花のように笑った。

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百花繚乱 詞葉 @kotoha96

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