第50話

 花の宴の初日。宮中の広場では盛大な飾りと大多数に人間が所狭しとひしめいていた。

 帝の口上に続き、始まった宴。雅な音楽が流れ、出席者はそれぞれ思い思いの者のところへ挨拶したり酒を酌み交わしたりしている。

 この宴の時期は無礼講に近いのか、普段は座から動かない帝や東宮も己の足で広場を歩いていた。


 そんな中、政斗は次々来る挨拶や愛想笑いを受け流し、すでに引きつった口角をなんとか保っている状態だった。


「こんなにお若くていらっしゃるのに戦衛隊の一番隊隊長だなんて」

「先の内乱では武功をお立てになられたとか」

「私、小笠原太原の娘、彩萌にございます」


 などなど、次々訪れる貴族の姫君にその親。

 親は政斗の顔を見て、というか、右目を見て一瞬顔を顰めるものの、その娘は逆に頬を染めて話しかけてくる。何度か打ち切り立ち上がろうとするのだが、こういう時の姫君のしつこさは恐れ多いものがある。

 そっと、だが決して逃がすまいと政斗の着ている正装の裾を掴むのだ。


(ああくそぉ! 宴の最中じゃなくてしかも男だったら殴り飛ばしてんのに!!)


 別に政斗は女だからと容赦することはない。ただ、彼女達は貴族の子女で、有力者だ。何かことを起こせば、政斗に関わる全ての人間に迷惑がかかる。

 今日はまだ幸丈にも莉桜にも会えていない。彼らは雲の上の人物だが、友人でもある。せめて挨拶ぐらいは、そして、二日後の予定を伝えなくてはと思っていたのだが――


(どうやって抜け出したもんかね……)


 言い寄る少女達の声を耳に流しながら、政斗は持ち前の頭を回転させていた。その時、澄んだ鈴の音が鳴り、一瞬で場の喧騒が途切れる。


(なんだ?)


 顔を上げて少女達の間から中央に目を向ける。

 この日のために作られた舞台。そこに、莉桜が静かにたたずんでいた。


「あ……」


 小さく声をこぼしたのは、その姿が普段見慣れたものではなかったからだ。

 長い黒髪を結い上げ、煌びやかな髪留めと花冠をつけた姿。普段化粧をしない唇には紅が塗られ、少女ではなく女性としての艶やかさが垣間見える。服装は巫女の緋袴と正装であろう白衣に鮮やかな模様の入ったもの。手には五色の紐がついた鉾鈴を持っていた。


 莉桜はスッと一呼吸したかと思うと、流れるような所作で鈴を鳴らした。それと同時に雅楽隊が舞の曲を奏で始める。

 美しい曲だった。雅楽隊はこの大和国でも有数の手練だろう。だが、それ以上に耳に染み渡るのは莉桜の持つ美しい鈴の音色だ。


 体を動かすごとに、手を揺らすごとに空気を伝わる音。ただ鳴っているだけなのに、それだけで一つの音楽を奏でているようだ。

 舞台の中央で、それこそ桜のように舞う姫巫女。普段おっとりして足元のおぼつかない彼女からは考えもつかない清廉な動き。

 まさしく、陽の神に捧げられる巫女の舞だ。


 政斗も、周りにいた姫君も、そして帝ですら口を開くことはなかった。一言でも言葉を発してしまえば、それだけでこの場を汚すことになる。そう思えるほどに、莉桜の舞は場を異質な空間に変えた。

 長いようで短い清廉な空気。それは、再びリンッという澄んだ鈴の音で終わりを告げられた。莉桜が、舞を終えたのだ。


 一瞬の沈黙。そして、次の瞬間には沸きあがる歓声と拍手。


 まずは帝に、そして次は四方に向かって深く礼をする莉桜。彼女がこちらに向かって下げた頭を上げた瞬間、ほんの少し目が合った。

 政斗のいる席は中央からはるか離れている。だが、莉桜は確かにこちらに目を向け、ふわりと華のように笑った。

 つられるように政斗の頬が熱くなる。


(いや……いつもと違う姿だしな……)


 言い聞かせつつも、一度上がった熱は簡単には引いてくれそうにない。彼女を見てしまった以上、今周りにいる姫君達などそこらの雑草に見えてしまう。


「政斗様? いかがなさいましたの?」

「いや、別に……」


 一度そう思ってしまえばもうここにはいたくない。できるなら、早く彼女に舞の感想を伝えたい。


「あの、政斗様。よろしければこれをお召し上がりになってくれませんか? 私の家の者が作ったお菓子ですの」


 なんとか抜け出す算段をしていると、一人の姫君が桜の形をした菓子を差し出してきた。おそらく家の料理人が作ったのだろう。可愛らしい造形の菓子だ。


「まあ、それでしたら私のもぜひ!」

「あら、私のもお召し上がりになって!」

「え? い、いや、あの……」


 一人が言い出した途端、周りの姫君が我も我もと菓子を差し出す。それは一様に桜の形を持っていて、おそらく誰か菓子職人に作らせたのだろう。店も顔負けの繊細さだった。


「政斗様、さあ!」

「「「さあ!」」」

「あ、え? っと……」


 先程までのしおらしさはどこへやら。姫君達は言外に『どれか一つを選べ』と迫っている。

 どうするべきか。とりあえずこの中では一番有力な家の姫君のを取っておくべきなのか。笑顔のまま悩んだ末、そうしようかと手を動かしかけたその時。


「雪竹様」


 不意に後ろからかかる声。分からぬ程度に肩を動かした政斗は、肩ごしに微笑む宮仕えの男を見た。黒髪の好青年といった風貌だ。


「ご歓談中申し訳ありません。幸丈親王から雪竹様をお連れするように、と仰せつかっておりまして」

「そうか。ご苦労」


 青年の言を受けて、政斗はすっと立ち上がった。

 名残惜しげに伸ばされる手をやんわりと遮って、最後の笑顔を見せる。


「親王の思し召しゆえ、失礼いたします。また機会があれば時間をお与えください」


 最上級の作り笑いを残して、政斗は青年の後に続いた。歓談している人の中からは、政斗の姿を認めてヒソヒソとさざめく声が聞こえる。それは褒め言葉であったり、突然のなり上がりに対する暴言であったりだ。


「助かったぜ。ありがとな」


 そんなさざめきに聞こえない振りをしつつ、政斗は前を歩く青年に声をかけた。だが、その声は非常に微量なもの。耳を口元まで寄せなければ聞こえない程度のものだ。

 しかし、青年は当たり前のように言葉を返した。


「大したことはありませんよ。貴方にあれを受け取られては困りましたし、幸丈様が呼んでいたのも事実です」


 その言葉もまた、政斗と同じぐらい微量なもの。


「ったく、上手く化けてんな。砕」


 そう言えば、彼は少しだけ目をこちらに向けた。

 黒髪の好青年。だが、それが変装した幸丈付きの護衛で、なおかつ、国内外に名をはせる暗殺者だと、政斗はすぐに気づいた。


「どこで分かりました?」

「最初からだ。宴で多少気が緩んでるとは言え、俺に気配を察知させずに後ろに立てるのなんて、大和国じゃお前以外知らないね」

「十分な褒め言葉です。っと、すいませんが、ここから先は砕として扱わないでください」

「あ?」

「嫌いな奴がいるんで」


 ニッコリ笑ったかと思うと、彼はスッと脇に避けて頭を下げた。

 前に現れた顔に手を挙げそうになって、政斗は内心慌てた。そして、半拍遅れて砕と同じように頭を下げる。


 友人に似た顔。むしろ、同じといってもいい顔。それを持った一人の青年が、前から歩いてきていたのだ。脇に避けた政斗の前を通り過ぎるかと思われた彼は、なぜか立ち止まり、政斗の方を向いた。


「もしや、雪竹政斗殿?」


 政斗はその言葉に膝を折り、失礼にならないようゆっくりと顔を上げた。

 友人の、親王たる幸丈に似た顔の青年。幸丈とは違い、長い髪を結った東宮、大和幸辰。


 幸丈と同い年で、彼とは腹違いの正室から生まれた子だ。しかし、生まれた日にちは同じ。なおかつ、子を生む産殿は男子禁制の、妃の周りの者しか出入りできない場所。

 幸丈の母は身分が低く、もし幸丈が先に生まれていても、抑えられていれば口答えをすることはできなかったと聞いている。嫡子は、幸丈かもしれない。それがこの大和国で派閥を作る原因になっているのだ。

 活動的で民に慕われ、大きな懐を持った幸丈の方が帝の器だ、と。


「お初にお目にかかります、東宮殿下。いかにも私が雪竹政斗です。僭越ながら、兵部省戦衛府一番隊隊長を勤めさせていただいております。名を知っていただき、恐悦至極」

「そのように畏まらないでください。貴方のことは幸丈から聞いております。父の覚えも高い。一度面と向かってお会いしたいと思っていたところでした」


 微笑む顔は幸丈のそれよりも大人びて、優しい顔だった。だが、幸丈ほどの意志の強さは感じない。東宮たれ、と大事に育てられたからこそできる目だ。


「もったいないお言葉」

「それに、最近は莉桜殿も貴方のことを話されますからね」

「莉……姫巫女殿が?」


 幸辰から出された名前に、政斗は少し目を見張った。

 確かに莉桜は天照家の姫。会うこともあるだろうが、幸丈と話しているように彼と話しているとは驚きだった。


「ええ、羨ましくなるほどに、貴方の名前を出されることが多いですよ」


 嫌味ではない。だが、何かを含んだ声音だな、と思えた。

 その時、別の衣擦れの音が近づいてくる。


「兄上?」

「幸丈」


 近づいてきたのは友人である親王幸丈。その後ろには、珍しく女官の格好をした華那がついていた。その華那の顔が、幸辰の隣に立つ男に向けられた瞬間、さっと青ざめる。

 政斗は彼女の視線を追って幸辰の隣に立つ男を見た。黒髪の、冷たい灰色の瞳をした男。顔には、何やら呪印のような模様があった。

 その男も、華那を見つけた瞬間口元を歪め、面白そうに彼女を見ている。

 だが、スッと幸丈がその視線を遮るように華那の前に立った。


「華那に何か言いたいことでもあるのですか? 貞光殿」

「いえ。ただ、護衛するべき親王に守られる森の民もどうかと思いまして」

「女を守れぬ男にはなりたくないもので」


 普段はあまり見ない、幸丈の殺気。貞光と呼ばれた男の気配もあまり気持ちの良いものではない。

 政斗はすぐにでも動けるように、微かに腰を浮かした。だがそれより早く、幸辰が声をあげる。


「二人とも、今日は宴だ。場を弁えなさい」

「失礼いたしました、殿下」

「何やらあまり話せませんでしたが、以後の武功も期待しています。雪竹殿」

「はっ」


 この緊張した空気に慣れぬのか、幸辰が貞光を嗜め、早々に踵を返した。もう一度頭をたれる政斗だが、その気配が確実に消えた瞬間、幸丈を呆れた目で見た。


「おいコラ。はっちゃけ親王。こんなとこで何殺気をバリバリ出してんだ」


 人目がないのを良いことに、スコンッと頭を殴る。本来なら極刑ものだが、彼は気にした風もなく、むしろそれでいつもの雰囲気に戻ったようだった。


「だぁって、あいつ嫌いだ」

「お前それでも親王か。確かにいけすかない奴ではあるが……」

「あいつ、昔、訓練だとのたまって華那を殺しかけたんだ」

「あ!?」


 ビクリと揺れた華那の顔を見れば、それがどのようなものだったか想像がつく。


「あれも森の民なんですよ。華那の一族と違って、幸辰様のお母上、つまり現皇后の家系に仕えている一族ですが……」


 ようやく会話に参加した砕も、その瞳に侮蔑と殺気を持ち合わせている。


「まだ華那は六歳だったんだぞ。それを……」


 言いながら、まだ怯えている華那の頭をなでてやっている幸丈。華那は服の上からそっと胸の辺りを握っていた。おそらく、傷跡があるのだろう。


「幸丈様、アレ、殺っても良いですか?」

「コラコラ、物騒なこと言ってんじゃねぇよ、砕」

「でも、どうせいつかはぶつかると思いますけどね」


 嗜めた政斗に、砕はまた小声で伝えた。どういうわけか、彼も幸丈信者だ。むしろ、他の幸丈派閥の人間よりも、彼を帝につけたがっていると言って良い。


(ったく、どうにもこうにも目の前しか見えてない奴が多いな……)


 幸丈ですら、華那のことになると大局を見る目を曇らせる。まったくもって、政斗には理解できない感情だ。というよりは、もう持てない感情と言った方が良いだろうか。


「そうそう、華那。政斗殿がとある姫君の菓子を受け取ろうとしていたぞ」

「え!? ちょっと政斗、あんた受け取ってないでしょうね!?」

「あ!? な、なんだよ。受け取ったらマズイのか!?」


 重くなった空気に砕が話題を変えると、彼女は先程までの青ざめた顔を一気に赤くして詰め寄った。その勢いに一歩下がった政斗の衿を、華那は般若のような顔で掴む。


「当たり前でしょう! 受け取ってたらこの場で噛み殺すわよ!」

「お前が言うと洒落になんえぇよ! 受け取ってない、受け取ってないから!!」

「ほんとに!?」

「マジだ。こら、砕! お前が止めたんだろ。最後までちゃんと説明しろよな!」


 切羽詰って砕に頼めば、彼は華那を後ろから羽交い絞めにして放してくれた。そのあと、ちゃんと説明を始めてくれている。

 乱れた衿を直しつつ息を吐くと、その隣に幸丈が並んだ。


「そっくりだな。お前と兄貴」

「親父が一緒だからな」


 あっさりと言う幸丈だが、その顔には微かに複雑な表情が表れていた。

 帝の地位には幸辰がつけば良い。そう言ってはいるものの、周りはそれを簡単に許してはくれない。幸丈自身、幸辰に思うこともあるようだ。


「兄上は良い方だ。ハッキリ言って、俺には兄上の代わりはできない」

「けど、俺にしてみれば、お前の代わりもあの人にできるとは思えなかったけどね」

「まぁな。兄上は東宮たれと、その威厳と地位を保つ勉学に身を注いでこられた。今更俺みたいにちゃらんぽらんにはなれねぇだろうさ」

「そういう意味じゃねぇよ……」


 ポソリと、幸丈には聞こえないように政斗は呟いた。

 幸丈に幸辰の代わりはできない。あの落ち着いた雰囲気も、今まで培ってきた東宮としての威厳も、幸丈では完璧にできないだろう。

 だが、アレとは違う威厳、国主たる雰囲気も、幸丈なら新たに作り上げられる。


 逆に、幸辰に幸丈のような意志は持てない。優しく、後宮の奥で育ってきた彼には、幸丈のような強さがない。あの場で、すぐに立ち去ったのがその証拠だ。

 彼は、争いを知らない。争いに身をおくことができない。それは、下々の動乱と争いに瀕した者の気持ちが分からないということだ。


(帝にはなれる。けど、アレでこの国が守れるかってぇとな……)


 大和国は周りにいくつかの巨大な国を持っている。大陸の西からの文化を持っている成安国。女王が治め、独自の術式と暗殺集団を持つ弥眞泰国。そして、二十年ほど前に政権を交代し、巨大な軍備を持つ飛鳥国。


 成安国は沈黙、弥眞泰国は中立を掲げているが、飛鳥国は虎視眈々と他の三国を狙っている。もし事が起こった場合、あの東宮で戦に勝利できるのか?

 民は、武官は彼についてくるのか?


(俺は無理だな)


 あの東宮のために、刃を振るおうとは思えない。

 資質、そう言ってしまえばそれまでだが、彼と幸丈の資質はあまりに違いすぎる。人をひきつける力が、幸辰は弱い。


「はぁ……」

「どうした?」


 なんでもないと幸丈に返し、政斗は苦笑した。


(なんで俺が大和国の将来とか考えてんだか)


 牢から出る取引として受けた隊長の座だというのに。なぜ、こんなにもこの国の将来を憂いているのか。これも、この目の前でとぼけた顔をしている親王の力だろうか。


「あ、莉桜ちゃん!」


 ガシガシと頭をかいていると、華那が政斗の後ろを見て嬉しそうに叫んだ。

 反射的に振り返れば、先程舞台の上で舞っていた姫巫女がそこにいる。


「皆、ここにいたんですか。探しました」


 ふふっと笑う顔は、いつもと違う服装のせいか大人びて見える。

 彼女は政斗の前まで来ると、ことりと首を傾げた。


「何か、変ですか?」

「え? あ、いや……アレだよな。馬子にも衣装?」


 言った瞬間、なぜか莉桜ではなく周りの人間が固まった。空気を言葉にするなら『お前、それはないだろ、おい』な感じだ。

 数瞬遅れて政斗も『あっ』と思ったが時すでに遅し。莉桜はにっこり笑顔のまま可愛らしい唇を開く。


「今夜は夢見が悪そうですね」

「ち、ちがっ、ちょ、言葉が出なかっただけでっ。貶してない! ぜんっぜん貶してないから!」

「良いんですよ。どうせ私は何着ても変わらないでしょうし」

「だから違うって!」


 慌てて言い繕うが、莉桜はぷいっとそっぽを向き、踵を返す。


「ちょ、おい待てって!」

「知りません。これからまだ挨拶回りがあるんです。せっかく見つけたから来たのに……」


 咄嗟に腕を掴んで引き止めれば、彼女は少し拗ねたように、というか、寂しそうに歪んだ顔を作った。めったに見ることのないその表情に、さすがの政斗も罪悪感が沸き起こる。

 彼女は自分と身分が違う。きっと、挨拶回りのほんのわずかな時間で政斗達を探していたのだろう。


「悪かった。似合ってるよ。ほんとに咄嗟で言葉が出なかっただけだ」


 前に回りこんで顔を覗きこむが、彼女はよほど気分を害したのか視線を逸らす。

 どうしたものかと政斗が悩んでいると、隣に華那が駆けつけて莉桜に飛びついた。


「あのね、莉桜ちゃん。今日の罪滅ぼしとして、政斗が二日後お詫びしてくれるんだよ!」

「え?」

「おい、華那……っ!?」


 『それはお前の案だろう』と言いかけた政斗の足を、華那は莉桜に見えないよう思いっきり踏みつける。あまりの痛みに声の出なくなった政斗をおいて、華那はさらに言葉を続けた。


「二日後の最終日なら、午前だけ顔を出して、午後は何もないでしょう? 政斗が良いところに連れてってくれるって! ね。それで許してあげて!」

「良い所?」


 痛みで言葉が出せない代わりに、政斗は何度か頷いた。もうそういうことにしておいた方が良いようだ。


「外に、行くんですか?」

「あ、ああ。つってもお忍びだから、俺と華那が護衛だ。幸丈も来るから、砕も護衛にはつくだろうが……心もとないか?」


 莉桜はめったに外へは出ない。莉桜の住んでいる天照家は、宮中と地続きの場所にあるから、あまり遠出もなく、する際は精鋭の護衛が大量につくのだ。


「い、いいえ。あの、でも、私は馬には……」

「んなの、俺のに一緒に乗れば良いだろうが。嫌なら幸丈か砕に交代……」

「大丈夫です! あの、なんとか予定は空けますから」

「お、おう」


 外へ行けることが嬉しいのか、莉桜は満面の笑みを見せた。すぐに侍女に呼ばれたため場を去るが、その背からも楽しげな雰囲気が伝わってくる。

 泣いた烏がもう笑っているような状態に、政斗は困惑しつつ振り返った。


「……なんだよ」

「莉桜ちゃんに暴言……」

「いやぁ、お前らしいなぁ、と」

「春だな、と思っただけです」


 憮然とした華那、ニヤニヤ笑いの幸丈、微笑ましそうな砕。三者三様の顔が政斗を迎えてくれる。


「つうか、俺も出かけるなんて聞いてないけど?」


 いつの間にか自分も行くことにされていた幸丈は、楽しげに華那を見る。彼女はちょっと罰が悪そうな顔をしたが、やはり嬉しそうに笑った。


「驚かせたくて。大丈夫ですよね?」

「ま、二日後なら問題ないだろ。ちゃらんぽらんな親王がいなくても、宴は回る。砕は承認済みだよな?」

「もちろんです」


 何がそんなに楽しいのか、幸丈のニヤニヤ笑いは止まらない。気持ち悪い。


「政斗! 二日後はちゃんとアレ、用意してきてよね! 絶対だからね!」

「分かった分かった」

「莉桜ちゃんに暴言も許さないからね!」

「はいはい」

「はいは一回!」

「はい……」


 華那のいつもの様子に、先程の青ざめた顔でないことを喜ぶべきか、それとも、またうるさくなったと悲しむべきか。

 政斗は重い正装に凝った肩をほぐしつつ、やはり大きく溜息をついた。

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