舞い散る花に咲く想い

第49話

 宮中には、いくつか行事がある。年間で決められた行事が十五ほど、突発的なお祝いごとに真逆に当たる物忌みごと。その他にも、貴族は自分達で宴を主催しては人を呼び、楽しみ、己の権威を見せ付ける。


 冬には行事ごとも少ないが、年始と秋、そして、大和国の国花が咲き誇る春は、宮中が大わらわになる。行事には省も部も関係ない。宮仕えの宮内省ら行政四省、司法を司る法刑省。そして、軍事を司る兵部省ですら皆忙しくなるのだ。


 兵部省戦衛府一番隊隊長、雪竹政斗も仕事に追われていた。行事中の各巡回警備の配置と時間、各地方から訪れる有力者の護衛の設置、さらに手薄になる国境警備の穴埋めなど、ありとあらゆる仕事が舞い込んできているのだ。


「だいたいなぁ、俺は学だってそんなに習ってねぇんだぞ……」

「それでもそれが隊長の仕事ですし、政斗殿はそこらの大学を出た人間よりよほど現実的な知識が豊富ではないですか」

「そこは否定はしねぇ。まあ、予算案なんかは学ありきの坊ちゃま達にまかせっきりだけどな」

「そのあたりは信秀殿もいますからね、頼りにしていただいてけっこう。私も、まだ十代の貴方に全てを任せて責任逃れはしませんよ。それが貴方を引き込んだ私のやるべきことですから」


 宮中を歩きながら、政斗と戦衛府副長である士郎はそんな話をしていた。

 たった今、まとめた案件を戦衛府の総隊長に出してきたところなのだ。

  以前失脚した総隊長と違い、新たな総隊長は非常に落ち着いた初老の男性だ。今はもう老いているが、かつては歴戦で名をはせた武官だったらしい。政斗も初めて謁見した際、その威圧に舌を巻いたものだ。


(もう退いたつっても、まだ普通に戦えそうだしな)


 彼は政斗に一目置いているのか、時々無理難題も吹っかけてくる。今回の全ての案件を三日以内というのも彼の指図だった。


 ハッキリ言おう。今まで政治に関わったことのない政斗にそれは酷なことだった。旅の最中で培った知恵と知識をフル回転させ、頭のいい部下に調べさせた各地の状況と貴族の動向をまとめ、予算の割り振りだけは信秀と士郎に頼った。この三日間徹夜である。

 まあ、そのおかげで兵部省内の政斗の株はまた上がったようだが、体を襲う疲労と脱力感は否めない。


「とりあえず、花の宴は二週間後だ。それまでは出した案件の穴を埋めて、警護に行く奴には気を緩めねぇように言い含めておくぐらい……で良いか?」

「はい。政斗殿も、当日は宴に出席なさるのですからお体を壊されませんよう」

「はぁ……なんで一武官の俺が宴に出るんだ?」

「それが習わしですから」


 花の宴という春に行われる宴は、国を挙げての祝いだ。

 大和国の国花である桜が満開のこの時期、これからもその花のように栄光を、そして安泰をと祝う行事で、丸三日宴が行われる。

 国主である帝をはじめ、天照家の当主も出席。各地の貴族も集まり、東宮や親王、執政官に各省の長官と副長官。そして、その下につく部署の隊長、副隊長も出席を義務付けられていた。


 もちろん、戦衛隊一番隊長である政斗も末席ではあるが出席が申し渡された。ただし、その間も隊長としての執務。つまり、各部下への命令や問題はこなしていかねばならない。

 どうせなら仕事にだけ集中させてくれ、と言いたくなる面倒くささだ。


「でもまあ、今年は異例の一番隊隊長就任。しかも姫巫女の護衛も受けもつ貴方を一目見たいという姫君や貴族が多いようです。列席者の中でもかなり注目株であるのは確かですよ」

「げっ、最悪だ……」


 政斗が大和国に入ったのは年始の宴が終わってからだ。そのため、まだ全ての貴族に顔を知られているわけではない。今回は、ちょうど良い機会だと思われているのだろう。


「そんな顔をなさらないで。そうそう、姫巫女様も舞を舞われるそうですよ。ご覧になるのは初めてでは?」

「莉桜が? そういや得意だって言ってたな……」

「ええ。姫巫女様の舞は歴代でも並ぶものなき、といわれるほどの美しさですから」

「へぇ……」


 士郎は親王たる幸丈派であり、大和国の土地を守る天照家に忠義を尽くしている家系の人間だ。それでも、審美眼は確かなもの。彼がそこまで言うのだから、きっと言葉どおりに美しいのだろう。


「ま、その辺は楽しみにしとくか」


 ここ最近、あちらも行事の段取りで忙しく会っていない。甘い物好きで、政斗達には気さくなあの姫君も、大和国で最も権威ある地位の人間なのだ。

 久しぶりに思い出した顔に頬を緩めたその時、政斗はこれまたしばらく聞いていなかった声を聞くことになった。


『政斗~ッ!!』


 甲高く明るい少女の声。そして、政斗でなければ聞き取れないような微量な足音。ただし、それは人のものではなく四足歩行の動物がたてる音だ。

 政斗はふうっと溜息をついて、その声の主を振り返った。瞬間、ギョッと目を剥き反射的に右手を突き出す。

 右手がふわりと温かいものに触れたと思った途端、政斗は腕を捻ってふわりとした物体を地面に押し付けた。


『うぎゃん! 何すんのよ政斗!』

「そりゃこっちの台詞だ! 急に牙剥くたぁどういう了見だ狼娘!」


 灰色の毛並みを持った大きな喋る狼。その首を掴みながら、政斗は思いっきり怒鳴った。すると、狼は勢いよく跳ね起き、その場でくるっと回る。

 たった一瞬、目にも止まらぬ速さで狼は一人の少女の姿になっていた。


「だって、あんた見ると噛み付きたくなるんだもん!」

「なんでだよ!」

「お二人とも落ち着いて。お久しぶりですね、華那殿」

「うん、久しぶり、士郎さん!」


 ニコッと笑う華那に、政斗は額を抑えて大きく息をつくしかなかった。

 この灰色の髪を持つ少女の名は楪華那。森の民と呼ばれる古くから続く家系で、それぞれ濃い血を継ぐ者は獣に変化することができる。先程の華那の狼が良い例だ。

 彼らはその血筋と戦闘能力を生かし、代々貴族でありながら、兵部省暗殺部隊にも身をおいている。大和家に忠誠を誓っており、華那は表向き親王幸丈の近衛兵だが、本来は暗殺部隊に所属する暗殺者だ。


「んで、なんの用だよ。お前、確かこの時期は人の出入りが激しくて、幸丈の護衛が忙しいんじゃなかったのか?」

「うん、それはそうなんだけどね。今は砕にちょっと任せて時間もらったの。あんたにお願いしたいことがあってさ……」

「俺に?」


 そう言う華那は、いつもと違い少し沈んでいるようだった。

 彼女の場合、大抵の願いは幸丈に言えば叶えられるだろう。何せ彼はこの国で三番目に偉い親王で、華那を最も大切にしている青年だ。

 華那は華那で、幸丈とは違う意味で彼を大切に思っている。そのため我侭もあまり言わないようだが、それでも自分に言う前に幸丈にそれとなく聞くぐらいするだろう。それに、相談相手には莉桜も居るはずだ。


「なんだ? 幸丈じゃなくて俺になんて珍しいな」

「だって、幸丈様にも莉桜ちゃんにも内緒にしたいんだもん」

「ん?」


 はてさて、あの二人を一番大事に思っているこの少女がそんなことを言い出すとは思ってもみなかった。

 政斗が眉間に皺をよせていると、彼女は意を決したように口を開いた。


「あのね……」


 そうやって聞かされた少女の願いは、小さいながらもとても大切なものを含んでいた。

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