第47話

「政斗、今日は何を持ってきてくれたんですか?」

「あ? ああ、普通に団子だな」


 政斗は何やら紗雪が含み笑いをしたのが気になっていたが、待ちかねたのか莉桜が声をかけてきた。その目線は相変わらず政斗が持ってきた菓子に注がれている。


「いい黒糖を見つけたから、黒蜜を作ったんだ。この甘芋も大和国じゃなかなか手に入らないものだしな」

「甘芋は私も数回した食べたことがありません」

「そりゃ良かった。ま、いつもどおり味に保障はしねぇぞ」


 政斗が言ったそばから、莉桜はぱくりと団子を頬張った。次の瞬間、ふにゃっと頬が緩む。その顔を見て噴出しそうになるのを、政斗は必死に堪えていた。


(こいつ、自分がどんな顔してるか分かってねぇんろうな)


 出会った時は、喜怒哀楽を顔に出すことが乏しい少女だった。

 巫女姫たる者、常に冷静であれ、という教えを忠実に守っていたからである、というのは後に紗雪から聞いた話だ。

 確執のある父親に言われた言葉。仲が良くなくても守っていたのは、父親に認められたい一心だったのかも知れない。


 そんな少女が、何かを吹っ切ったのか、何か変革でもあったのか、最近ではくるくると表情を変えるようになってきた。きっと自分ではその変化に気づいていないのだろう。

 感情が素直に出る顔は、見ていてとても微笑ましい。

 団子と甘芋の菓子を幸せそうに食べる姿は、街中で見かける子供と何も変わらなかった。


(やっぱ、普通だよなぁ)


 姫巫女などという大そうな役職を請け負っているけれど、莉桜もまた、普通の少女だと政斗は思う。

 と、ジィっと見ていたのに気づいたのか、莉桜が心持そわそわしだした。


「悪ぃ、気が散ったか? 別にガキみてぇに団子のタレつけてないから大丈夫だぞ」

「そんなはしたないことしません! そうじゃなくて、その……」


 莉桜はお茶をすすって一息つくと、微妙に政斗から視線をそらして口を開いた。


「もうすぐ花の宴ですが、政斗も出るのでしょう?」

「ああ、あれね。ちゃんとした正装の上で出席を、とは言われてる」


 大和国最大の行事、花の宴。

 国花である桜が咲く季節の行事であり、国の繁栄を祝うもののため、政斗も警備の役割ではなく、正式な武官として出席するよう言われている。

 堅苦しいものが嫌いな上、正装など持ってもいない。士郎が『私の物を丈を直して差し上げますよ』と言ってくれているから、それを着ることになるだろう。

 それでも、面倒臭いという気持ちは消えないものだ。


「その、正装はどうされるのですか?」

「士郎がお古をくれるらしいが……、あいつの奥方に迷惑かけんのもなぁ」


 そう、採寸をし直してくれるのは士郎の妻だ。良いとは言ってくれているが、二男四女の大家族を切り盛りしている女性にさらに仕事を増やすのもどうかと思われた。

 政斗の言葉を聞いて、莉桜の表情が少し明るくなる。

 何だと首を傾げれば、彼女はおずおずとぎこちない動作で衣装箱を差し出してきた。

 綺麗にたたまれているのは、若草重ねの衣。


束帯そくたい?」


 手に取ってみれば、それは女性が着るうちきではなく、男性用の正装である束帯だった。

 大和国従来の伝統衣装ではなく、近年簡略化された少し動きやすいつくりだ。


 その衣をしげしげと眺めながら莉桜に目を移すと、彼女は扇で顔のほとんどを隠していた。それで、ピンと来る。


「これ、お前が縫ったのか?」

「い、いらないのなら別に良いんです! 最近暇をもてあましていたので、手慰みに縫った物ですから。そういえばちょうど貴方が正装がないとぼやいていたのを思い出しまして」

「へぇ……」


 布の染め、裁ち方、縫い目の綺麗さ。どれをとっても暇つぶしには見えないのだが――


「…………」

「…………」


 しばらく莉桜を見ていた政斗は、ふと何かに気づいたように声の高さを変えた。


「おい、お前、指に怪我してるぞ」

「え? あ、これは昨日徹夜をしてる時に針で……っ!」


 しまったと言うように、莉桜が息を呑んだ。


「へぇ、徹夜で作ってたのか」


 ニィッと笑って言ってやれば、彼女の顔が一瞬で赤く染まる。

 それは面白くもあるし、そして同時に――


「そ、ちがっ、作ったからには仕上げないと意味がないと思ったからで、その!」

「ああ」


 染も極細心の注意が払いながら行われたのだろう。色のむらがない。縫い目は一針一針、細密な間隔を保っている。荒くなく、少し乱暴に動いても大丈夫なくらいだ。


「その、その……」


 少女の顔には少し疲労も見える。

 政斗は懐に手を入れると、そこに隠してあった物体を手に持ち、莉桜の頭に触れた。


「ありがとな」

「え?」


 政斗のお礼に目を丸くし、ついで、彼女は自分の髪にある感触に気づいた。

 恐る恐るやった手に触れるのは、繊細なガラスと漆器があわせて作られた桜の髪飾り。

 薄紅に彩色されたガラスの花が莉桜の髪を彩り、そこから数本垂れた細い銀の鎖がキラキラと陽光に反射して輝いている。


「これ……」

「市で見かけたもんだ。手作りらしいぞ。見た瞬間お前が浮かんだからな。つい買っちまったんだ。御礼にやるよ」


 何となく気恥ずかしくなって、ガシガシと頭を掻いて俯く。ゆっくり三拍。


(あれ?)


 反応が、ない。


「おい、莉……」


 やはり市の安物など気に入らなかったか、と顔を上げた時、政斗はひどく後悔した。

 頭をよぎったのは、なぜか『ヤバイ』という言葉。

 顔を上げた体制のまま、動けなくなる。


「嬉しい……」


 髪飾りを両手で大事そうに持つ姫巫女。その目元は柔らかい曲線を描き、頬には自然な薄紅が乗っている。そして、小さく鈴のような声が漏れた唇は、今まで見たどんな微笑よりも綺麗な笑みを湛えていた。


(う、わ……)


 これ以上ないほどの、花のような笑顔。胸の奥で、何かが咲きほころぶような感覚がある。

 この時初めて、あの市の男が言った『神々しい』という言葉を理解した気がした。


「政斗……ありがとうございます」

「お、おう」


 いうことを聞かない体を無理やり動かし、ふんわりとした笑顔から目線をそらす。

 それでもなお、胸に宿った何かは消えないまま。

 自分がどういう顔をしているのか自覚してくれ、と莉桜に思うと同時に、今平常心を保っている顔の熱が気づかれなければいい。

 政斗は切に思った。

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