第43話

 莉桜の視線の先で、幸丈と華那が嬉しそうに互いの人形を持っていた。笑っている華那は本当に幸せそうで、莉桜も嬉しくなる。でも同時に――


(良い、なぁ……)


 何だか羨ましくもあった。

 見下ろせば色とりどりの布の山。そして光る糸に、願いを込めた玉。

 誰かの為の願いごとを込めた人形をもらえるなんて、凄く羨ましくて贅沢だと思った。


「何だ、お前もやりたいのか?」

「きゃっ!」


 ひょいっと後ろから声をかけられて、莉桜は飛び上がった。別にやましいことを考えていたわけでもないのに、心臓がドクドクいっている。

 政斗はそれに気づかないのか、布の山を見て唸っていた。


「でもなぁ、自分の人形なんて持ってたら、自己愛強い奴に見られるぞ」

「そ、そんな人間じゃありません! 別のにします!」

「親父さんとか?」

「いりません!」


 あの父親の人形を持っていて何になるというのか。夜中に動き出して説教をしてきそうで嫌だ。絶対に嫌だ。でも人形は何か欲しい。

 そう思いながら、莉桜はちらりと政斗を見た。幸丈とはまた違う、強い思いを秘めた黒の瞳。


「政斗……」

「あ?」

「政斗の人形が良いです」

「はい?」


 鳩が豆鉄砲を食らったように、彼は目を見開いて固まっている。言ってしまった後、莉桜もとっさに口を押さえたが、すでに遅い。

 こうなれば言い切った方が良い。


「せっかくですから政斗の人形が良いです! 貴方にいつでも呪をかけられますし」


 言わなくて良いことを言った気がする。


「ちょっと待てこの腹黒巫女!」

「それに! 政斗には私の人形を差し上げます! 姫巫女の祈りがついた一品ですよ! どこを探してもないんですから!」


 案の定怒った政斗を遮るように身を乗り出して言えば、彼は少し唖然とした後、クツクツと笑い始めた。その笑いを聞いて、今になって恥ずかしさがこみ上げてくる。


(やだ……何でこんなにムキになったんでしょうか)


 あそこまで力説しなくても良かったと思う。爆発しそうな恥ずかしさに俯いていると、不意に政斗が莉桜の手を取り、小さな玉を二つ落としてきた。

 黒い、黒曜石のような玉。


「え?」

「ま、今のお前の格好は珍しいし、それが人形になるってんなら面白いしな」


 そういう彼の手の中には、彼の目と同じ温かみと強さを秘めた夜色の玉。それを見て、莉桜の顔に自然と笑みが浮かぶ。

 二人は、小さく微笑みあいながら玉を握って目を瞑った。

 願いが、あなたに届きますように、と祈りつつ。




   ※ ※ ※ ※ ※




 木の上で一部始終を見ていた砕は溜息をついた。


「何であれでくっつかないんだ? 二組とも」


 あの状況とあの会話とあの笑顔で、そうならない方が疑問だ。四人が四人とも馬鹿なのか、それとも鈍感なのか。

 まあ、一部は気づかない振りをわざとしているのだろうけれど。

 そう結論付けて、砕はもう一度下を見下ろした。目に映るのは色とりどりの布を瞬時に縫う芸人。その速さは一級だ。


「やるな、あの縫い師」


 今度弟子入りしてみようか。そんなことを考えつつ、砕は木の上で観察を続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る